労働問題633 自宅での待機時間や携帯電話対応時間は労働時間に当たるのか?―会社経営者が押さえる判断基準
目次
1. 労働時間の基本的な考え方
労働時間とは、労働者が会社の指揮命令下に置かれている時間をいいます。労働時間に該当するか否かは、就業規則や契約書上の定めだけで決まるものではなく、実態に即して客観的に判断されます。
裁判実務においては、当該時間帯に労働者が自由に行動できるか、それとも会社の指示があれば直ちに業務に従事しなければならない状態に置かれているかが重要な判断要素とされています。たとえば、手待ち時間のように、作業が発生していなくても、会社の指揮監督のもとで待機を命じられている場合には、労働時間に該当します。
会社経営者としては、「実際に作業をしていない時間」であることのみを理由に、直ちに労働時間に当たらないと判断することはできない点を理解しておく必要があります。自宅待機や携帯電話対応の場面においても、拘束の程度や業務との関連性を踏まえた慎重な判断が求められます。
2. 自宅での待機時間の労働時間性
緊急対応などに備えて労働者を待機させている時間が労働時間に該当するかは、その待機時間が会社の指揮命令下に置かれていると評価できるかによって判断されます。待機しているという事実のみから、直ちに労働時間と判断されるわけではありません。
自宅での待機の場合、待機中の行動がどの程度制約されているかが重要な判断要素となります。たとえば、待機中に制服の着用を義務付けている、仮眠を禁止している、一定時間内に必ず出動できるよう厳格な行動制限を課しているといった事情があれば、拘束性が強く、労働時間と評価される可能性が高まります。
これに対し、待機場所が自宅であり、外出の制限がなく、待機中の過ごし方について会社から具体的な指示や制約がなく、実際の呼び出し頻度も低い場合には、労働から高度に解放されているとして、労働時間に該当しないと判断されるのが通常です。
会社経営者としては、自宅待機を命じている場合、その拘束の内容や実態を踏まえ、労働時間と評価されるリスクがないかを事前に整理しておくことが重要です。
(1) 自宅待機の場合の判断ポイント
自宅での待機時間が労働時間に該当するかは、待機場所が会社ではなく自宅であるという点のみで判断されるものではありません。重要なのは、待機中の労働者がどの程度会社に拘束されているかという点です。
具体的には、待機中に制服や作業着の着用を義務付けているか、仮眠や入浴を制限しているか、一定時間以内に必ず出動できる状態を求めているかといった事情が考慮されます。これらの制約が強い場合には、労働者は実質的に自由な時間を確保できておらず、会社の指揮命令下に置かれていると評価されやすくなります。
また、緊急対応の発生頻度も重要な判断要素です。呼び出しが頻繁に発生し、待機時間中も常に業務を意識せざるを得ない状況にある場合には、たとえ自宅待機であっても、労働時間と判断される可能性があります。
会社経営者としては、自宅待機を命じている場合、その拘束内容や呼び出しの実態を踏まえ、労働時間と評価されるリスクがどの程度あるのかを慎重に検討する必要があります。
(2) 裁判例① 大道工業事件
自宅待機時間の労働時間性を判断するうえで参考となる裁判例として、大道工業事件があります。この事案では、ガス管からの漏出が生じた場合に復旧工事を行う会社が、緊急対応に備えて労働者にシフト制での待機を義務付けていました。
もっとも、裁判所は、待機時間と実際の稼働時間を比較したところ、実稼働時間が極めて少なかったことに加え、待機中、労働者は寮の自室でテレビを見たりパソコンを操作したりするなど、自由に過ごすことができ、外出についても特段の制限がなかった点を重視しました。
その結果、裁判所は、労働者は待機時間中「高度に労働から解放されていた」として、当該待機時間は労働時間に該当しないと判断しました。この裁判例は、自宅やこれに近い環境での待機であっても、拘束の程度が低ければ労働時間性が否定され得ることを示しています。
会社経営者としては、自宅待機時間が労働時間と評価されるか否かは、待機を命じているという形式ではなく、待機中の自由度や実際の対応頻度といった実態によって判断される点を理解しておく必要があります。
(3) 裁判例② 大星ビル管理事件
自宅待機や仮眠時間の労働時間性が肯定された代表的な裁判例として、大星ビル管理事件があります。この事案では、ビル管理業務に従事する労働者が、夜間の仮眠時間中も警報や電話等に即時対応することを義務付けられていました。
裁判所は、本件仮眠時間中、労働者が労働契約に基づき、仮眠室で待機し、警報や電話があった場合には直ちに相当の対応をする義務を負っていた点を重視しました。また、作業が発生することが皆無に等しいなど、実質的に義務付けが形骸化していると認められる事情もないと判断されました。
その結果、最高裁は、仮眠時間であっても労働者は会社の指揮命令下に置かれていたとして、当該時間を労働時間と認めました。この裁判例は、待機時間中の拘束の程度が強い場合には、作業が断続的であっても労働時間性が肯定されることを示しています。
会社経営者としては、大道工業事件との対比により、待機時間の労働時間性は、待機場所の名称や形式ではなく、拘束内容と実態によって大きく左右される点を理解しておく必要があります。
3. 携帯電話対応時間の労働時間性
社員に業務用の携帯電話を持たせ、夜間や休日でも問い合わせ対応を求める運用は、多くの会社で見られます。この場合、労働時間に該当するかどうかは、「実際に対応している時間」と「問い合わせに備えて待機している時間」とを分けて考える必要があります。
(1) 問い合わせ対応時間
実際に携帯電話で顧客や社内からの問い合わせに対応している時間は、会社の指示に基づき業務を行っている時間であり、原則として労働時間に該当します。対応が短時間であっても、業務として行われている以上、労働時間として適切に把握し、割増賃金の支払いを含めた処理が必要です。
会社経営者としては、労働時間の把握方法にも注意が必要です。自己申告制を採用する場合には、正確な申告を行うよう説明したうえで、着信履歴や対応記録と突き合わせて確認するなど、実態に即した管理を行うことが求められます。
(2) 待機時間
業務用携帯電話を携行し、問い合わせがあった場合に備えて待機している時間については、原則として労働時間には該当しないと考えられます。特に、着信頻度が低く、待機中の行動に大きな制約がなく、私生活を自由に送ることができる場合には、拘束の程度は低いと評価されます。
もっとも、頻繁に着信があり、実質的に自由な時間とはいえない状況にある場合や、即時対応を強く求められ、外出や就寝が事実上制限されている場合には、待機時間であっても労働時間と判断される可能性があります。
会社経営者としては、携帯電話対応の運用が、労働者に過度な拘束を課していないかを定期的に見直し、労働時間と評価されるリスクを踏まえた制度設計を行うことが重要です。
4. 会社経営者が実務上注意すべきポイント
自宅での待機時間や携帯電話対応時間については、「待機だから労働時間ではない」「実作業が少ないから問題ない」といった感覚的な判断をしてしまうと、後に大きな労務リスクを抱えることになりかねません。会社経営者としては、拘束の程度と実態を冷静に整理することが重要です。
まず、待機中の行動について、どのような制約を課しているのかを明確にする必要があります。出動までの時間制限、仮眠や外出の可否、即時対応の義務の有無などは、労働時間性を左右する重要な要素です。これらの制約が強いほど、労働時間と評価される可能性は高まります。
また、携帯電話対応については、実際の対応時間を労働時間として適切に把握・管理する体制が不可欠です。待機時間は原則として労働時間に該当しないとしても、問い合わせが頻発している場合や、実質的に自由な時間が確保できていない場合には、判断が変わり得ます。
会社経営者としては、待機やオンコール対応を業務運用として組み込む場合には、労働時間と評価されるリスクを前提に制度設計を行い、必要に応じて実施方法やルールを見直すことが、未払残業代請求などのトラブルを防ぐうえで重要といえるでしょう。
最終更新日2026/2/7
