労働問題496 就業規則に反する労使慣行が労働契約の内容となることがありますか。
民法92条(任意規定と異なる慣習)は、「法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。」と規定しており、就業規則に反する労使慣行が同条にいう慣習(事実たる慣習)として認められれば、労働契約の内容となることになります。
問題は、どのような場合に就業規則に反する労使慣行が同条にいう慣習(事実たる慣習)として認められるかですが、商大八戸ノ里ドライビングスクール事件大阪高裁平成5年6月25日判決は、「民法92条により法的効力のある労使慣行が成立していると認められるためには、同種の行為又は事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われていたこと、労使双方が明示的にこれによることを排除・排斥していないことのほか、当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていることを要し、使用者側においては、当該労働条件についてその内容を決定しうる権限を有している者か、又はその取扱いについて一定の裁量権を有する者が規範意識を有していたことを要するものと解される。そして、その労使慣行が右の要件を充たし、事実たる慣習として法的効力が認められるか否かは、その慣行が形成されてきた経緯と見直しの経緯を踏まえ、当該労使慣行の性質・内容、合理性、労働協約や就業規則との関係(当該慣行がこれらの規定に反するものか、それらを補充するものか)、当該慣行の反復継続性の程度(継続期間、時間的間隔、範囲、人数、回数・頻度)、定着の度合い、労使双方の労働協約や就業規則との関係についての意識、その間の対応等諸般の事情を総合的に考慮して決定すべきものであり、この理は、右の慣行が労使のどちらに有利であるか不利であるかを問わないものと解する。それゆえ、労働協約、就業規則等に矛盾抵触し、これによって定められた事項を改廃するのと同じ結果をもたらす労使慣行が事実たる慣習として成立するためには、その慣行が相当長期間、相当多数回にわたり広く反復継続し、かつ、右慣行についての使用者の規範意識が明確であることが要求されるものといわなければならない。」「したがって、右の要件を充たす場合には、労働協約や就業規則に反する労使慣行が事実たる慣習として認められる場合がありうるのであって、この点において、控訴人の主張(長期間反復継続して行われた労働条件等に関する取扱いに基づいて労働契約が成立したとされたことがありうるのは労働協約や就業規則の明文の規定に反しないという範囲に限られるとの主張)は採用することができない。」と判示し、同事件の上告審判決である最高裁平成7年3月9日第一小法廷判決は、原審の判断は結論において正当として是認することができると判断し、上告を棄却しています。
商大八戸ノ里ドライビングスクール事件判決を参考に考えれば、就業規則等に反する労使慣行であっても、その慣行が相当長期間、相当多数回にわたり広く反復継続し、かつ、当該労使慣行についての使用者の規範意識が明確である場合には、労働契約の内容となるものと考えられます。
弁護士法人四谷麹町法律事務所
代表弁護士 藤田 進太郎