労働問題526 退職勧奨の際に「本来なら懲戒解雇」と言ってもよいのか|不用意な発言が招く重大なリスク

1. 退職勧奨の場面で生じやすい発言リスク

 社員に対して退職勧奨を行う場面では、「できるだけ円満に辞めてもらいたい」「紛争は避けたい」という思いから、つい強い言葉を使ってしまうケースがあります。その典型例が、「本来であれば懲戒解雇だが、退職願を出してもらえれば自主退職として扱う」といった発言です。

 一見すると、会社として譲歩しているようにも見えるこの言い方ですが、実務上は非常にリスクの高い表現です。発言の内容次第では、単なる退職勧奨ではなく、不当な圧力をかけた退職強要と評価される可能性があります。

 特に注意すべきなのは、退職勧奨はあくまで「任意の退職を促す行為」であり、社員に退職を強制することは許されていない点です。懲戒解雇という重大な処分を示唆することで、社員が精神的に追い込まれ、やむを得ず退職の意思表示をしたと評価されると、その退職自体が後から争われるおそれがあります。

 会社経営者の中には、「実際に問題行為があるのだから、懲戒解雇の可能性を伝えても問題ないのではないか」と考える方もいるでしょう。しかし、その発言が許されるかどうかは、客観的な証拠によって懲戒解雇事由が認定できるかという点に大きく左右されます。

 退職勧奨の場面での一言は、後に録音やメモとして証拠化されることも少なくありません。だからこそ、「どの言葉を使うか」「どこまで踏み込んでよいか」を事前に整理せずに話を進めることは、会社経営者にとって大きなリスクとなります。

2. 「懲戒解雇に該当する」と言える前提条件

 退職勧奨の場面で「本来であれば懲戒解雇に該当する」といった表現を用いてよいかどうかは、懲戒解雇事由が客観的証拠によって認定できるかにかかっています。この前提を欠いたまま発言することは、極めて危険です。

 懲戒解雇は、懲戒処分の中で最も重い処分であり、就業規則に明確な根拠規定が存在し、その要件に該当する事実が客観的に裏付けられていなければなりません。単なる疑念や推測、本人の弁明を十分に検討していない段階では、「懲戒解雇相当」と断定することはできません。

 客観的証拠とは、例えば、業務記録、メールやチャットの履歴、防犯カメラ映像、第三者の証言など、後から見ても事実関係を裏付けられる資料を指します。会社内部の「評価」や「印象」だけでは足りず、第三者から見ても合理的に認定できる状態であることが求められます。

 また、懲戒解雇事由に該当するかどうかは、行為の内容だけでなく、これまでの指導経過や改善の機会が与えられていたかといった点も含めて判断されます。これらを十分に検討せず、「懲戒解雇もできる」と示唆することは、後に会社側の主張の信用性を大きく損なうおそれがあります。

 会社経営者としては、「本当に懲戒解雇まで可能な事案なのか」「そのことを裏付ける証拠を説明できるか」を、退職勧奨の前に冷静に確認する必要があります。この前提を欠いたまま強い言葉を使ってしまうと、退職勧奨そのものが違法と評価されるリスクを高めてしまいます。

3. 客観的証拠がある場合の退職勧奨の考え方

 懲戒解雇事由に該当する事実が、客観的証拠によって明確に認定できる場合には、退職勧奨の進め方として一定の幅が生まれます。この場合、「本来であれば懲戒解雇を検討せざるを得ない事案である」という説明自体が、直ちに問題となるわけではありません。

 もっとも、ここで注意すべきなのは、「言ってよい」ということと、「言い方に注意が不要」ということは全く別だという点です。客観的証拠がある場合であっても、懲戒解雇を断定的に告げたり、退職を迫るような口調になったりすると、退職強要と評価されるリスクは残ります。

 実務上は、「現在把握している事実関係からすると、就業規則上、懲戒解雇に該当する可能性がある」「会社としては厳しい判断をせざるを得ない状況にある」といった形で、可能性として説明するにとどめることが重要です。そのうえで、「本人の今後の対応も踏まえ、最終的な判断を検討する」という余地を残す表現が求められます。

 また、客観的証拠がある場合であっても、懲戒解雇を回避する選択肢として自主退職を提示するのであれば、「会社として一方的に迫っているのではない」という姿勢を明確にする必要があります。退職願の提出を即断させるのではなく、十分な検討時間を与えることも重要なポイントです。

 会社経営者としては、「証拠があるから強く出てもよい」と考えるのではなく、「証拠があるからこそ、手続と説明をより丁寧に行う必要がある」と捉えるべきです。冷静で節度ある対応を心がけることが、後の紛争リスクを抑えるうえで不可欠となります。

4. 客観的証拠がない場合に懲戒解雇を示唆する危険性

 懲戒解雇事由を裏付ける客観的証拠が十分にない場合に、「本来であれば懲戒解雇だ」といった表現を用いることは、極めて危険です。このような発言は、後から振り返ったときに、退職勧奨の適法性そのものを揺るがす原因になりかねません。

 客観的証拠がないにもかかわらず、懲戒解雇や解雇といった強い言葉を用いると、社員に対して事実と異なる不利益を示唆し、心理的な圧力をかけたと評価される可能性があります。その結果、「自由な意思に基づく退職ではなかった」として、退職の有効性が争われるリスクが高まります。

 特に注意すべきなのは、「問題行為があったと会社は考えている」という主観的評価と、「懲戒解雇が可能である」という法的評価は全く別物だという点です。社内調査が不十分であったり、証拠が曖昧な段階で、懲戒解雇を示唆する発言をしてしまうと、その後、会社側の主張の信用性は大きく損なわれます。

 また、このような発言が録音やメモとして残っていた場合、社員側は「懲戒解雇をちらつかせて退職を強要された」と主張することが容易になります。裁判や労働審判の場では、発言の一つ一つが厳しく検討されるため、会社側にとって不利な証拠として使われるおそれがあります。

 会社経営者としては、客観的証拠が不十分な段階では、懲戒解雇や解雇という言葉自体を使うべきではないと考えるべきです。退職勧奨を行うのであれば、あくまで業務上の課題や今後の方向性を冷静に説明するにとどめ、強い法的評価を示唆する表現は避けることが、重大なリスクを回避するための基本的な姿勢となります。

5. 不当な退職勧奨と評価される可能性

 退職勧奨は、あくまで社員の自由な意思による退職を促す行為であり、会社が退職を強制することは許されていません。そのため、発言内容や進め方次第では、退職勧奨が不当な圧力を伴う行為と評価される可能性があります。

 特に問題になりやすいのが、「懲戒解雇になる」「解雇も検討している」といった言葉を繰り返し用い、社員に強い不安や恐怖を与えたケースです。たとえ明示的に「退職しろ」と言っていなくても、懲戒解雇という重大な不利益を示唆することで、社員が事実上選択の余地を失っていたと評価されることがあります。

 また、退職勧奨の回数や態様も重要な判断要素です。短期間に何度も面談を重ねたり、長時間にわたって説得を続けたりする行為は、退職強要に近いものと受け取られやすくなります。特に、精神的に追い込まれた状態で退職届を書かせたような場合には、後に大きな紛争へ発展するリスクがあります。

 会社経営者として注意すべきなのは、「退職勧奨のつもりだった」という主観的な認識は、後の紛争ではほとんど意味を持たないという点です。問題となるのは、客観的に見て、社員の自由な意思が確保されていたかどうかです。

 不当な退職勧奨と評価されてしまうと、退職の有効性そのものが争われるだけでなく、会社の対応全体が厳しく問われることになります。だからこそ、退職勧奨の場面では、強い言葉や断定的な表現を避け、冷静で節度ある対応を徹底することが、会社経営者にとって不可欠な姿勢となります。

6. 退職の意思表示が取消・無効とされるリスク

 退職勧奨の進め方を誤った場合、社員が行った退職の意思表示そのものが、後から取消・無効と争われるリスクがあります。特に、「本来であれば懲戒解雇だ」といった発言がなされていた場合、その影響は決して小さくありません。

 退職は、本来、労働者の自由な意思に基づいて行われるべきものです。しかし、懲戒解雇や解雇を示唆することで強い心理的圧迫を与えた結果、やむを得ず退職願を提出したと評価されると、「真意に基づかない意思表示」であったとして、取消や無効が主張される可能性があります。

 特に、客観的証拠がないにもかかわらず、懲戒解雇が確実であるかのように説明していた場合には、会社側の説明が事実と異なるとして、「詐欺」や「強迫」に近い状況と評価されるおそれもあります。この場合、退職届が提出されていても、それだけで問題が終わるとは限りません。

 実務上は、退職後しばらく経ってから、社員側が「退職は無効だ」「辞めさせられたものだ」と主張し、紛争が再燃するケースも見られます。会社としては、「すでに退職している」という認識で対応が遅れ、結果的に不利な立場に立たされることもあります。

 会社経営者としては、「退職願をもらったから安心」と考えるのは危険です。その退職が、本当に自由な意思に基づくものだったと説明できるかが問われます。退職勧奨の過程で不用意な発言をしていなかったか、圧力と受け取られるような対応をしていなかったかを、あらためて振り返る必要があります。

7. 地位確認・賃金請求に発展するケース

 退職勧奨が不適切だったと評価された場合、単に「退職が無効になる」だけで終わらないケースがあります。実務上特に注意すべきなのが、労働者が地位確認請求や賃金請求を行ってくる可能性です。

 地位確認請求とは、「自分は今も会社の労働者である」という確認を裁判等で求めるものです。退職の意思表示が取消・無効と判断されれば、法的には労働契約が継続していることになります。その結果、退職後に出社していなかった期間についても、「本来は労働者であった」として賃金請求がなされる可能性があります。

 このような請求が認められた場合、会社は、実際に働いていなかった期間であっても、**バックペイ(未払賃金)**として多額の支払いを求められることがあります。紛争が長期化すればするほど、金額も膨らみやすく、会社経営に与える影響は小さくありません。

 特にリスクが高いのは、「懲戒解雇になると言われたから仕方なく退職した」「退職しなければ解雇されると思い込まされた」といった主張が成り立つケースです。客観的証拠が乏しいにもかかわらず強い言葉を使っていた場合、会社側の対応が厳しく評価される可能性があります。

 会社経営者としては、退職勧奨が一時的には「問題解決」に見えたとしても、その進め方を誤ると、後からより大きな法的リスクとして跳ね返ってくることを認識しておく必要があります。地位確認や賃金請求に発展する事態を避けるためにも、退職勧奨の段階で不用意な発言や過度な圧力をかけないことが、極めて重要なポイントになります。

8. 会社経営者が退職勧奨で押さえるべき実務上の注意点(まとめ)

 退職勧奨の場面で「本来であれば懲戒解雇だが、退職願を出せば自主退職として扱う」といった発言をすることは、会社経営者にとって想像以上に大きなリスクを伴います。特に、懲戒解雇事由を裏付ける客観的証拠がない場合には、その一言が退職勧奨全体の適法性を否定する決定的な材料になりかねません。

 懲戒解雇は、最も重い処分であり、就業規則の根拠と明確な事実認定が不可欠です。その前提を欠いたまま懲戒解雇を示唆すれば、退職勧奨ではなく、退職強要や不当な圧力と評価されるおそれがあります。その結果、退職の意思表示が取消・無効と争われ、地位確認や賃金請求に発展するリスクも現実的に生じます。

 一方で、客観的証拠が十分にあり、懲戒解雇の可能性を冷静に説明できる事案であっても、言い方や進め方を誤れば、安全とはいえません。断定的な表現や即断を迫る対応は避け、あくまで可能性として説明し、本人に検討の余地を与える姿勢が重要です。

 会社経営者としては、「円満に辞めてもらいたい」という思いから強い言葉を使ってしまうことこそが、最大の落とし穴であると認識する必要があります。退職勧奨は、慎重さと節度が強く求められる場面です。

 退職勧奨を行う前には、「この発言を第三者に見られても問題ないか」「証拠に基づいて説明できる内容か」を自問することが重要です。懲戒解雇や解雇という言葉を使うかどうかは、事案の中身だけでなく、その後の会社の命運を左右しかねない判断であることを、常に意識しておくべきでしょう。

 

最終更新日2026/2/2

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