退職した元社員の競業行為を差し止めできる?仮処分の手続きと要件を会社側弁護士が解説
退職した元社員が競合他社に転職したり、独立して同種事業を始めたりする場合、会社としては「競業をやめさせたい」「顧客を奪われる前に止めたい」と考えることがあります。しかし、差止めは退職者の職業選択の自由を直接制限する強力な手段であるため、認められるためには厳格な要件を満たす必要があります。
このページでは、退職した元社員の競業行為の差止めの可否と手続きについて、労働問題を専門とする会社側弁護士が詳しく解説します。
競業行為の差止めが認められるための前提条件
退職後の競業行為の差止めは、退職者の職業選択の自由(憲法22条)を直接侵害する措置です。そのため、差止めが認められるためには大きく分けて次の2つのルートがあります。
第一は、競業避止義務の合意に基づく差止めです。就業規則の規定や退職時の誓約書・合意書で競業避止義務が定められており、かつその合意が有効である場合に、合意違反を理由として差止めを求めることができます。
第二は、不正競争防止法に基づく差止めです。競業避止義務の合意がない場合や合意が無効であっても、元社員が在職中に知得した営業秘密(顧客リスト・製造ノウハウ・価格情報等)を不正に使用または開示しているときは、不正競争防止法2条1項4号・5号等に基づく差止め・損害賠償請求が可能です。
なお、競業避止義務の合意も営業秘密侵害もない純粋な競業行為(競合他社への転職・同種事業の開業等)は、職業選択の自由として保護されており、法的根拠なしに差止めを求めることは困難です。
競業避止義務の合意に基づく差止めの判断要素
競業避止義務の合意を根拠とする差止めが認められるかどうかは、まず当該合意が有効かどうかの判断から始まります。裁判実務では、有効性の判断において次の要素が総合的に考慮されます(詳細は976「退職後の競業避止義務の有効性判断」で解説しています)。
- 守るべき企業の正当な利益が存在するか
- 対象社員の地位・職務内容が限定されているか
- 禁止期間が合理的な範囲に収まっているか
- 禁止行為の範囲・地域が過度に広くないか
- 代償措置(補償金等)が講じられているか
これらの要素を総合的に衡量した結果、合意が有効と認められて初めて、差止めの根拠となる「被保全権利」が存在することになります。合意が無効であれば、差止めは認められません。
仮処分による差止めの手続き
競業行為の差止めは、競業が続く間にも損害が拡大し続けるため、通常の訴訟手続きでは間に合わないことが多く、緊急の仮処分(民事保全法に基づく仮の地位を定める仮処分)として申し立てることが一般的です。
仮処分が認められるためには、次の2つの要件を疎明する必要があります。
① 被保全権利の存在:競業避止義務の合意が有効であること(または不正競争防止法上の権利があること)を一応示す証拠が必要です。誓約書・就業規則・雇用契約書・対象者の職務履歴・機密情報へのアクセス記録などが証拠となります。
② 保全の必要性:今すぐ差止めをしなければ、回復困難な損害が生じるという緊急性が必要です。元社員がすでに顧客と接触している証拠、競合事業を開始している事実、これにより会社の営業上の損害が生じていることを具体的に示す必要があります。
仮処分は地方裁判所に申し立て、審尋(審問)手続きを経て決定されます。仮処分決定が出れば、元社員に対して競業行為の停止を命じることができます。ただし、仮処分はあくまでも暫定的な措置であり、最終的には本案訴訟(差止め・損害賠償請求訴訟)で確定させる必要があります。
不正競争防止法に基づく差止め
競業避止義務の合意がない場合や合意が無効であっても、営業秘密の侵害があれば不正競争防止法に基づく差止め・損害賠償請求が可能です。
不正競争防止法上の「営業秘密」に該当するためには、次の3つの要件をすべて満たす必要があります。
- 秘密管理性:秘密として管理されていること(アクセス制限・秘密保持の表示・管理規程の整備等)
- 有用性:事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること
- 非公知性:一般に公知となっていないこと
これらの要件を満たす顧客リスト・価格情報・製造ノウハウ等を元社員が不正に取得・使用・開示している場合、不正競争防止法2条1項4号・5号等の不正競争行為として、差止請求(同法3条)や損害賠償請求(同法4条)が認められます。
ただし、単に元社員が在職中に記憶した顧客の氏名や一般的な業界知識を使って営業活動をしているだけでは、「営業秘密の不正使用」とはなりません。不正競争防止法による対応は、情報の秘密管理体制が整備されていることが前提となります。
差止めを求める際の初動対応
元社員の競業行為が発覚した場合、初動対応が極めて重要です。早期に適切な対応をとらなければ、証拠が散逸したり損害が拡大したりするリスクがあります。
まず、競業行為の事実・態様・損害発生状況を裏付ける証拠を保全することが最優先です。取引先からの報告・SNS・登記情報・競合商品のカタログ・メール記録など、競業の事実を示す資料を早期に収集・保存してください。
次に、競業避止義務の合意(誓約書・就業規則)の内容を確認し、合意の有効性評価と法的対応の選択肢を専門の弁護士に相談することが重要です。差止めを求めるか、損害賠償請求にとどめるか、または警告書の送付から始めるかなど、事案の状況に応じた戦略的な判断が必要になります。
仮処分申立てを検討する場合は、申立て準備に一定の時間が必要なため、競業行為の発覚後できる限り早期に弁護士に相談することをお勧めします。
よくある質問
Q.退職した元社員が同業者に顧客を紹介している場合、差止めはできますか?
競業避止義務の有効な合意がある場合、または会社の顧客情報(営業秘密)を不正使用している場合は、差止めや損害賠償請求ができる可能性があります。顧客紹介行為が競業避止義務違反にあたるかどうかは合意の範囲・内容次第です。早急に証拠を保全したうえで弁護士にご相談ください。
Q.競業行為の差止めに成功した裁判例はありますか?
あります。ただし、差止めが認められた裁判例では、競業避止義務の合意が明確であり、守るべき企業利益が具体的に特定されており、代償措置が講じられているか在職中の処遇が相応であるといった要件が揃っているケースが大半です。合意の有効性が疑わしい事案では差止めが認められないことも多くあります。
Q.退職時の合意書に競業避止義務を定めましたが、その後内容を変更できますか?
合意書の内容は、双方の同意なく一方的に変更することはできません。退職後に条件変更が必要な場合は、改めて当事者間で協議・合意することが必要です。なお、元社員が合意変更に応じない場合は、合意内容の範囲内でのみ差止め・損害賠償請求が可能です。
Q.競業行為の差止め訴訟と仮処分はどちらを先に行うべきですか?
通常は、緊急性のある場合に仮処分を先行させ、その後に本案訴訟(差止め・損害賠償請求)を提起する順序が一般的です。仮処分は通常の訴訟より迅速に決定が出るため、競業による損害が拡大し続けている場合は特に有効です。ただし、仮処分が認容されなかった場合の見通しも含めて、弁護士と戦略を検討することが重要です。
監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
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