競業行為をした元社員への損害賠償請求|損害額の算定と証拠収集を会社側弁護士が解説
競業避止義務に違反して独立・転職した元社員に対し、会社として損害賠償請求をしたいと考える経営者は少なくありません。しかし、実際の損害賠償請求では「損害をどのように立証するか」という点が最大のハードルとなります。
このページでは、競業行為をした元社員への損害賠償請求における損害額の考え方と実務上の注意点について、労働問題を専門とする会社側弁護士が詳しく解説します。
損害賠償請求の法的根拠と請求の構造
競業避止義務に違反した元社員に対する損害賠償請求は、競業避止義務の合意(誓約書・就業規則等)の債務不履行(民法415条)または不法行為(民法709条)を根拠とします。不正競争防止法上の営業秘密侵害が伴う場合は、同法4条に基づく損害賠償請求も可能です。
いずれの場合も、会社側(請求する側)が次の4点を主張・立証する必要があります。
- 競業避止義務違反の事実:元社員が競合他社に転職または同種事業を開業した事実
- 損害の発生:会社に具体的な損害(売上減少・顧客流出・利益逸失等)が生じていること
- 相当因果関係:競業避止義務違反と損害との間に相当因果関係があること
- 損害額:損害の具体的な金額
このうち実務上最も困難なのが「損害額の立証」です。売上や利益の減少が競業行為によるものなのか、他の市場要因によるものなのかを明確に区別することが容易でないためです。
損害額の算定方法
裁判実務では、損害額の算定方法について事案ごとに様々なアプローチが採られています。主な算定の考え方は以下のとおりです。
① 逸失利益による算定
最も基本的な考え方は、競業行為がなければ得られたはずの利益(逸失利益)を損害とする方法です。競合した取引の内容・規模・粗利益率などを踏まえて算定します。ただし、逸失利益の立証には、「元社員の競業がなければ会社が当該取引を獲得できていた」という事実の立証が必要であり、これが困難な場合もあります。
② 顧客奪取・売上減少による算定
元社員が在職中に担当していた顧客を独立後に獲得し、その顧客との取引が失われた場合、失われた取引から得られるはずであった利益を損害額として算定するアプローチがあります。この場合、元社員が関与していた顧客との取引記録と、その後の取引消滅を証拠として示すことが有効です。
③ 裁判例における算定の実例
東京地裁平成27年9月29日判決では、派遣会社の社員が在職中に新会社を設立して派遣社員を引き抜き、元の派遣先と派遣契約を締結した事案について、「退職者が生じたことによる損害は、これを補充するまでの間において得られるべきであった利益などの観点から算定するのが相当である」として、各人の平均派遣料金の一定割合を一定期間の逸失利益として認定しました。このように、具体的な取引実態を積み上げて損害額を算定する手法が採られています。
④ 損害額の推定・民事訴訟法248条の活用
損害が発生したことは認められるが、その性質上損害額を正確に証明することが困難な場合、裁判所は口頭弁論の全趣旨および証拠調べの結果に基づいて損害額を認定することができます(民事訴訟法248条)。ただし、この規定は損害発生自体の証明を不要とするものではなく、損害額の算定が困難な場合の補完的手段です。
証拠収集と立証の実務
損害賠償請求を成功させるためには、競業行為の発覚後できるだけ早期に証拠を保全することが不可欠です。有効な証拠としては、次のようなものが挙げられます。
- 元社員が設立・入社した競合会社の法人登記・商業登記簿
- 競合会社のウェブサイト・SNS・パンフレットなど(事業内容・顧客名の確認)
- 取引先から入手した競合会社への乗り換えに関する情報・証言
- 元社員と取引先の間のメールや商談記録(在職中のものが特に重要)
- 会社の売上記録・取引先台帳・受注記録(競業前後の比較のため)
- 元社員が退職前に社内データを持ち出した証拠(ログ記録・USB使用履歴等)
特に、競業行為が在職中から準備されていた場合(在職中競業)は、競業避止義務違反に加えて、労働契約上の誠実義務違反・不法行為の成立も問題となり、損害賠償請求の根拠が強化されます。
退職金の減額・没収条項の活用
就業規則に「競業避止義務に違反した場合は退職金を減額・不支給とする」旨の規定が設けられている場合、競業避止義務違反が認められれば退職金の減額・没収を主張することが可能です。裁判例でも、競業避止義務違反が退職金の減額事由に該当すると認めた事例があります。
ただし、退職金の全額不支給が認められるためには、その違反が退職金を不支給とすることが相当と評価されるほど重大なものであることが必要とされており、一部減額にとどまる場合もあります。就業規則の規定内容と実際の違反の重大性を踏まえた判断が必要です。
差止めと損害賠償の組み合わせ
競業行為が現在も継続している場合は、差止め(仮処分)と損害賠償請求を組み合わせることが最も効果的です。差止めによって将来の損害拡大を防止しつつ、過去の損害については損害賠償請求で回復を図るという戦略です。
また、訴訟提起の前段階として、内容証明郵便による警告書を送付し、競業行為の停止と損害賠償の交渉に持ち込む方法も有効です。訴訟に至らずに和解解決できれば、時間・費用の節約になるとともに、双方にとって柔軟な解決が可能になります。
よくある質問
Q.損害額が小さい場合でも損害賠償請求は意味がありますか?
損害額が小さくても、競業行為への対抗措置として意義があります。また、差止めと組み合わせることで実効性を高めることができます。さらに、損害賠償請求の提起や警告書の送付によって競業行為の抑止効果が生じることもあります。費用対効果を検討したうえで弁護士と相談することをお勧めします。
Q.証拠が十分でない場合でも損害賠償請求できますか?
競業行為の事実と損害の立証は会社側の責任です。証拠が不十分では訴訟で勝訴することが難しくなります。競業行為を発見した段階で取引記録・メール・証人など証拠を早期に保全することが重要です。ただし、損害額の算定が困難な場合は民事訴訟法248条による裁量認定が活用される場合もあります。
Q.在職中から競業の準備をしていた場合、退職後の競業と取り扱いが異なりますか?
在職中の競業準備は、競業避止義務違反に加えて労働契約上の誠実義務違反・不法行為にもなり得ます。在職中から競合会社を設立したり顧客の引き抜きを図ったりしていた場合、退職後のみの競業と比べて損害賠償の根拠が強化され、認容額も大きくなる可能性があります。
Q.元社員が無資力の場合、損害賠償請求に意味はありますか?
元社員個人が無資力でも、競合会社が法人として利益を得ている場合、法人への損害賠償請求(不正競争防止法や不法行為に基づく)を検討できる場合があります。また、強制執行の可能性も含めて弁護士に総合的な戦略を相談することが重要です。判決を得ておくことで、将来的な資力回復時の回収が可能になる場合もあります。
監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
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