労働問題784 定額残業代の最近の裁判例を教えてください。

この記事の結論
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月45時間を大幅に超える定額残業代は、公序良俗違反とされるリスクがある

36協定の延長限度基準である月45時間を大幅に超える時間数を前提とした定額残業代は、その時間数を義務付けること自体が安全配慮義務や公序良俗に反するとして、月45時間相当分の対価としてしか認められない裁判例があります。

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手当の性質が時間外労働の対価であることの立証が肝心

「営業手当」「職務手当」といった名称の手当が、実質的に時間外労働の対価としての性格を持つといえるかが、多くの裁判例で争点になっています。インセンティブや職務の対価と評価されると、残業代の支払として認められません。

 783の記事で解説した定額残業代の基本要件(判別可能性)を踏まえたうえで、近時の下級審裁判例では、より具体的な争点が浮き彫りになっています。特に、月45時間という基準を大幅に超える時間数を前提とした定額残業代は、それ自体が公序良俗違反と評価されるリスクがあることが分かります。

 会社側専門の弁護士の立場から、定額残業代に関する近時の裁判例を紹介します。

01月45時間を超える定額残業代のリスク

 ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件(札幌高裁平成24年10月19日判決)では、使用者が、基本給とは別に支給していた定額の職務手当を95時間分の時間外賃金であると主張しました。裁判所は、職務手当の受給に合意した労働者が95時間の時間外労働義務を負うことになり、このような長時間の時間外労働を義務付けることは、労基法36条の規定を無意味なものとするばかりでなく、安全配慮義務に反し、公序良俗に反するおそれさえあるとして、職務手当は、労基法36条の上限として周知されている月45時間分の通常残業の対価として合意され、支払われたものと認めるのが相当と判断し、月45時間を超える時間外労働時間・深夜労働時間について、残業代の支払を命じました。

 同様に、穂波事件(岐阜地裁平成27年10月22日判決)では、10万円・83時間相当であるみなし残業手当について、83時間の残業は36協定で定めることができる月45時間の2倍近い長時間であり、相当な長時間労働を強いる根拠となるものであって、公序良俗に違反するといわざるを得ないとし、この手当は時間外労働に対する手当として扱うべきではなく、月によって定められた賃金として、時間外労働等の割増賃金の基礎とすべきであるとしました。

 もっとも、X社事件(東京高裁平成28年1月27日判決、上告棄却・不受理)では、36協定の延長限度基準である月45時間を大幅に超える業務手当を残業代の支払として認めた例もあり、常に月45時間を超えれば無効になるわけではなく、事案ごとの事情が考慮されている点にも留意が必要です。

02手当の性質が争われた裁判例

 アクティリンク事件(東京地裁平成24年8月28日判決)では、賃金規定上「時間外労働割増賃金として月30時間相当分を支給する」と定められていた「営業手当」について、固定残業代の支払が許されるためには、当該手当が時間外労働の対価としての性格を有していることに加え、支給時に対象の時間外労働時間数と残業手当の額が労働者に明示され、固定残業代を超えて残業が行われた場合には別途清算する旨の合意があるか、少なくともそうした取扱いが確立していることが必要不可欠であると判示しました。そのうえで、当該営業手当は、営業活動に伴う経費補充や一種のインセンティブとして支給されていたとみるのが相当であり、実質的な時間外労働の対価としての性格を有していると認めることはできないとして、残業手当として否定しました。

 トレーダー愛事件(京都地裁平成24年10月16日判決)でも、成果給を時間外手当とし基礎賃金には含まれないと明記した就業規則・給与規定について、成果給は人事考課によって決められる一方、時間外手当は労働時間に比例して支払われる手当であって性質が異なるとし、この給与体系は時間外手当を支払わないための便法であって不合理であるとして、成果給には基本給と時間外手当が混在しており、割増賃金計算の基礎賃金に含まれるとしました。

03区別の不明確さが問題となった裁判例

 マーケティングインフォメーションコミュニティ事件(東京高裁平成26年11月26日判決、原審横浜地裁平成26年4月30日判決)では、おおむね100時間に相当する時間外手当について、割増賃金に相当する部分とそれ以外の部分の区別が明確でないことに加え、36協定の延長限度基準である月45時間を大きく超える100時間の恒常的な時間外労働を行わせること自体が法令の趣旨に反するとして、営業手当の支払が割増賃金の支払であることを否定しました。

 有限会社空事件(東京地裁平成27年2月27日判決)では、月額賃金の一部が残業代として支払われていたという会社の主張について、給与支払明細書には「基本給330,000」とのみ記載され、通常の労働時間の賃金部分と割増賃金部分とを判別できないとして、この主張は理由がないとされました。給与明細の記載自体が判別可能性を欠いていたケースです。

04会社側が押さえておくべき視点

 これらの裁判例から、会社側が定額残業代制度を設計・運用する際に注意すべき点が浮かび上がります。第一に、想定する時間外労働の時間数を、月45時間程度を大きく超える水準に設定しないことです。極端に長い時間数を前提とすると、それ自体が公序良俗違反や安全配慮義務違反と評価されるリスクがあります。第二に、手当が時間外労働の対価であることを、賃金規程や給与明細で明確にすることです。営業活動の経費補充やインセンティブと誤解されないよう、名称・記載内容を工夫する必要があります。第三に、給与明細に、基本給・定額残業代・その他手当を区分して記載し、対象時間数を明示することです。

 既存の定額残業代制度がある会社は、これらの視点から、規程・明細の記載を見直しておくことをお勧めします。

05よくある質問(FAQ)

Q. 定額残業代を月100時間分として設定してもよいですか。

避けるべきです。月45時間を大きく超える時間数を前提とすると、公序良俗違反や安全配慮義務違反と評価され、月45時間相当分の対価としてしか認められないリスクがあります(ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件、穂波事件等)。

Q. 「営業手当」として支給していれば、残業代を払わなくてよいですか。

名称だけでは足りません。営業活動の経費補充やインセンティブとしての性格が強いと判断されると、時間外労働の対価とは認められません(アクティリンク事件)。

Q. 給与明細に「基本給」としか書かれていない場合、問題がありますか。

問題があります。通常の労働時間の賃金部分と割増賃金部分とを判別できる記載でなければ、定額残業代の主張が認められません(有限会社空事件)。

経営上のポイント 36協定の延長限度基準である月45時間を大幅に超える定額残業代は、それ自体が安全配慮義務違反・公序良俗違反と評価され、月45時間相当分の対価としてしか認められないリスクがあります(ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件、穂波事件)。また、手当の実質が時間外労働の対価かどうかも重要な争点で、インセンティブや経費補充と評価されると否定されます(アクティリンク事件、トレーダー愛事件)。通常の労働時間の賃金部分と割増賃金部分の区別が不明確な場合も認められません(マーケティングインフォメーションコミュニティ事件、有限会社空事件)。会社側としては、想定時間数を月45時間程度にとどめ、手当の性質を賃金規程・給与明細で明確にし、対象時間数を明示する運用が重要です。定額残業代制度の見直しは、会社側・使用者側専門の弁護士にご相談ください。具体的な事情に応じて、実務で使える方針をアドバイスします。
監修者 弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。従業員から残業代を請求されてお困りでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

最終更新日:2026年7月13日

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