労働問題420 労働審判が利用される理由とは|労働者側・使用者側それぞれの動機
双方が労働審判を利用する背景には、感情論を超えた「極めて現実的なメリット」があります。
- 労働者の本音: 「会社に戻りたい」ではなく、「早く解決金をもらって転職したい」。迅速な解決が最大のインセンティブです。
- 経営者の本音: 「徹底抗戦」ではなく、「事実関係をハッキリさせて、経営リスクを早期に清算したい」。
- 共通の期待: 裁判官とプロの審判員による「公正なジャッジ」。不透明な交渉ではなく、公的なお墨付きを得た解決を求めています。
目次
1. 労働審判が選択される背景
労働審判が多く利用されるようになった背景には、個別労働紛争の増加と、従来の訴訟手続の使いにくさがあります。解雇、雇止め、賃金、配置転換などを巡る紛争は日常的に発生する一方で、通常の民事訴訟は時間と負担が大きく、必ずしも当事者の実情に適した解決手段とはいえませんでした。
労働者の立場からすると、訴訟は長期化しやすく、転職活動や生活設計に悪影響を及ぼすおそれがあります。そのため、権利侵害を感じていても、実際には法的手続を断念するケースが少なくなかったというのが従来の実態です。
一方、会社経営者の側にとっても、訴訟は経営資源を消耗し、紛争が長引くことで職場環境や企業イメージに悪影響を及ぼすという問題がありました。白黒をつけることが必ずしも最善とは限らず、早期に紛争を整理したいというニーズは、使用者側にも存在していました。
このような労使双方の事情を背景に、裁判所の関与のもとで、迅速かつ現実的な解決を図る制度として労働審判が位置づけられ、現在では、個別労働紛争の主要な解決手段の一つとして定着しています。
2. 労働者側が労働審判を利用する主な理由
東京大学社会科学研究所の意識調査によれば、労働者が労働審判を利用する理由は、感情的な対立よりも、現実的・実利的な動機に基づくものが多いことが分かります。主な理由は、次のように整理できます。
第一に挙げられるのが、**「公正な解決を期待できること」**です。労働審判では、裁判官と労働関係の専門家が関与し、権利義務関係を踏まえた判断が示されるため、使用者との力関係に左右されず、公平に評価してもらえるという安心感があります。
第二に、経済的利益の確保が重要な動機となっています。解雇や雇止めの事案では、職場復帰を目的とするというよりも、短期間で一定額の解決金を得て、次の生活や転職に備えたいと考える労働者が少なくありません。迅速な解決が予定されている労働審判は、このニーズに合致しています。
第三に、社会的名誉や自尊心の回復という側面も見逃せません。不当な扱いを受けたと感じた場合、単に金銭的補償を受けるだけでなく、「自分の主張が正当であった」と第三者に認められること自体が、心理的に重要な意味を持ちます。
さらに、労働審判による解決には強制力があるため、単なる話合いに終わらず、実効性のある解決が期待できる点も、労働者側にとって大きな魅力となっています。
このように、労働者が労働審判を利用する理由は、感情的な対抗ではなく、公正性・実効性・現実性を重視した選択であることが特徴といえます。
3. 使用者側が労働審判を利用する主な理由
東京大学社会科学研究所の意識調査によれば、使用者側が労働審判を利用する理由は、積極的な活用というよりも、実務上の必要性に基づくものが多いという特徴があります。
第一に挙げられるのが、**「公正な解決を期待できること」**です。労働審判では、裁判官(労働審判官)と労働関係の専門家である労働審判員が関与し、権利義務関係を踏まえた判断が示されます。そのため、感情的な対立や一方的な主張に流されるのではなく、第三者による客観的な評価を得たいという理由から、労働審判を受け入れる使用者は少なくありません。
第二に多いのが、**「申し立てられたので仕方なかった」**という理由です。実務上、使用者側が自ら積極的に労働審判を申し立てるケースは限定的であり、多くは労働者からの申立てに応じて手続に参加することになります。労働審判は裁判所の正式な手続であるため、これを無視することはできず、結果として利用することになります。
第三に、事実関係をはっきりさせたいという動機も重要です。解雇や懲戒、評価を巡る紛争では、当事者間の認識に大きな食い違いが生じることが少なくありません。労働審判手続を通じて、事実関係や評価の妥当性について、第三者の視点から整理・確認したいと考える使用者も多いのが実情です。
このように、使用者側にとって労働審判は、必ずしも攻めの手段ではありませんが、紛争を整理し、経営判断の材料を得るための現実的な制度として利用されているといえるでしょう。
4. 労使で異なる「公正な解決」の意味
労働者側・使用者側のいずれも、労働審判を利用する理由として「公正な解決」を挙げていますが、その意味するところは必ずしも同一ではありません。この点を理解することは、会社経営者が労働審判に臨む姿勢を考えるうえで重要です。
労働者側にとっての「公正な解決」とは、使用者との力関係に左右されることなく、第三者によって自分の主張や不利益が正当に評価されることを意味する場合が多いといえます。不当な扱いを受けたという認識がある以上、その是非について中立的な立場から判断が示されること自体に、大きな価値を見出しています。
これに対し、使用者側にとっての「公正な解決」は、必ずしも労働者の主張を認めることではありません。むしろ、感情的な対立や一方的な非難に流されることなく、事実関係と法的評価を整理したうえで、合理的な結論が示されることを意味する場合が多いといえます。
このように、同じ「公正」という言葉であっても、労使それぞれが期待する内容は異なります。しかし、労働審判手続は、裁判官と労働関係の専門家が関与し、権利義務関係を踏まえた判断を行う制度であるため、双方の意味での「公正」に一定程度応える構造を有しています。
会社経営者としては、「公正な解決」を掲げる労働者の申立てを、感情的な対立と捉えるのではなく、第三者による合理的な評価を求める行為として受け止める姿勢が、実務上も重要といえるでしょう。
5. 利用理由から見える労働審判の実像
これまで見てきた労使双方の利用理由を整理すると、労働審判は、感情的な対立を解消するための場というよりも、現実的な紛争整理の手段として利用されていることが分かります。
労働者側は、公正な評価や経済的利益、強制力のある解決といった点を重視しており、必ずしも職場復帰を目的としているわけではありません。短期間で一定の結論を得たうえで、次の生活やキャリアに進むための実務的な選択肢として労働審判を利用しているのが実情です。
一方、使用者側は、積極的に労働審判を選択しているというよりも、申立てに対応する中で、事実関係や法的評価を整理し、紛争を早期に収束させるための現実的な手段として受け入れているといえます。
このように、労働審判は、労使双方が「完全な勝利」を求める場ではなく、一定の納得のもとで紛争を終結させるための制度として機能しています。迅速性、公正性、実効性を備えた制度であるがゆえに、双方が利用価値を見出している点に、労働審判の実像があります。
会社経営者としては、労働審判を「争いの場」とだけ捉えるのではなく、紛争を合理的に整理するための仕組みとして位置づけることが、適切な実務対応につながります。
6. 会社経営者が実務で意識すべきポイント
労働審判が労使双方に利用されている理由を踏まえると、会社経営者としては、労働審判を特別な紛争対応ではなく、現実的な紛争整理の場として捉える視点が重要となります。
まず、労働者が労働審判を利用する理由は、感情的な対抗というよりも、公正な評価や経済的利益、実効性のある解決を求める点にあります。そのため、申立てを受けた場合には、「争ってやろう」という姿勢ではなく、第三者の評価を受ける場に臨むという意識が必要です。
次に、使用者側にとって労働審判は、事実関係や対応の妥当性を整理する機会でもあります。労働審判官や労働審判員による評価は、訴訟に進んだ場合の見通しを示すだけでなく、自社の人事・労務管理の課題を浮き彫りにする側面があります。
また、労働審判は迅速に進行するため、初動対応の遅れや準備不足は、そのまま不利な結果につながりかねません。解雇や処遇に関する判断については、日頃から合理性や説明可能性を意識した管理を行うことが、最大の予防策となります。
労働審判は、会社にとって負担となる制度である一方、紛争を早期に整理し、経営リスクを可視化するための制度でもあります。会社経営者としては、労働審判が利用される理由を正しく理解し、予防と対応の両面から労務管理を見直していくことが重要といえるでしょう。
弁護士 藤田 進太郎
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表
東京大学法学部卒業 / 2003年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)
専門実績 労働審判制度の運用と実務
最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員や、日本弁護士連合会 労働法制委員会 事務局次長を歴任。労働審判制度の運用に深く関わり、現在も経営法曹会議会員として経団連労働法フォーラムの報告担当を務めるなど、一貫して経営者側の労働実務に携わっています。
経営者の皆様へ
私自身、2006年に事務所を開設し、経営者として「給料を支払う側」の責任を負う立場となって初めて、その重圧と孤独を実感いたしました。理屈のみの解決ではなく、会社を理不尽なトラブルから守り、経営者の皆様が本来의事業に専念できるよう、精神的なストレスからの解放を第一に考えて職務に当たっています。
参考動画
労働審判対応について網羅的に知りたい方へ
本FAQでは、労働審判に関する個別の論点や実務上のポイントを解説していますが、
労働審判の全体像や会社側としての対応戦略を体系的に理解したい方は、下記ページもあわせてご覧ください。
この同ページでは、
・労働審判の基本的な流れ
・第1回期日の重要性
・会社側が準備すべき事項
・和解戦略の考え方
・訴訟移行を見据えた対応方針
など、会社経営者の視点から、労働審判対応の全体像を体系的に整理しています。
「労働審判を申し立てられたが、まず何から手を付けるべきか分からない」
「全体像を押さえたうえで戦略的に対応したい」
という場合に特に有益な内容となっています。
よくある質問(FAQ)
Q:労働者が職場復帰を望んでいないのに、なぜ「解雇無効」を訴えてくるのですか? A: 多くのケースで「解雇無効」は、有利な解決金(手切れ金)を引き出すための交渉材料です。最初から金銭解決を求めると金額が低くなるため、まずは「解雇は無効だから、今も従業員としての給料が発生している」と主張し、それを放棄する代わりに相応の金額を要求する、という戦略的な動きが一般的です。
Q:会社側から積極的に労働審判を申し立てることはできますか? A: 可能です。例えば、従業員から不当な金銭要求を受け続けている場合や、地位確認の紛争を早期に終わらせたい場合に会社から申し立てるケースもあります。ただし、実務上は約9割以上が労働者からの申立てです。
Q:労働審判で解決しなかったら、また最初からやり直しですか? A: いいえ、異議が出ればそのまま「通常訴訟」に移行します。労働審判で提出した証拠や主張はそのまま引き継がれるため、やり直しではなく「延長戦」に入るイメージです。そのため、審判段階でどれだけ有利な材料を揃えられたかが、訴訟の成否を分けます。
労働審判に関するFAQ
- 労働審判手続の平均審理日数はどのくらいか
- 労働審判手続の期日は何回開催されるのか
- 労働審判手続では第1回期日で事実審理は終わるのか
- 労働審判手続の解決率は約80%?会社経営者が知るべき実態と戦略的対応ポイント
- 労働審判を申し立てられた会社経営者へ
- 労働審判の勝負は「第1回期日まで」
- 労働審判の第1回期日は変更できる?
- 労働審判を申し立てられた会社経営者へ
- 労働審判期日で緊張して話せなくなりそうな会社経営者の方へ
- 労働審判の答弁書作成に十分な時間が取れない場合の対応策
最終更新日2026/2/25
