労災保険給付がなされても、使用者は損害賠償請求を受けないわけではありません。労災保険給付は慰謝料を対象としておらず、休業損害・逸失利益の全額を補償するものでもないため、その差額分について損害賠償請求を受ける可能性があります。むしろ労災認定は安全配慮義務違反の証拠になる場合があります。
1. 労災補償と民事損害賠償の関係
労基法75条〜88条は、業務上負傷・疾病に対する災害補償について規定しています。この補償責任は使用者の無過失責任であり、過失相殺はなされません。しかし、補償額は原則として平均賃金に対する定率で決定されており、実際の損害全額を填補するものではありません。
労災保険給付がなされた場合、使用者は同一の事由については、その価額の限度において民法の損害賠償の責を免れることになりますが(労基法84条2項類推)、これはあくまで「労災保険給付と同一の種類の損害」についてのみです。
2. 労災保険給付でカバーされない損害
労災保険給付が対象としていない損害として、特に重要なのは以下の2つです。
①慰謝料:労災保険給付には慰謝料の補償がありません。精神的苦痛・後遺障害による精神的損害などの慰謝料は、労災保険給付とは別に損害賠償請求の対象となります。②休業損害・逸失利益の差額部分:休業補償給付は給付基礎日額の60%(特別支給金を含めると80%)が支給されますが、実際の収入の100%ではありません。この差額部分も損害賠償請求の対象となります。
3. 労災認定は安全配慮義務違反の証拠になる
重要な点として、業務起因性が肯定されて労災保険給付が行われた場合は、むしろ使用者が安全配慮義務違反の責任を問われて損害賠償義務を負担する可能性が高いといえます。労災保険法に基づく保険給付が行われるためには業務と疾病等との間に相当因果関係が必要とされており、労災認定は実質的に業務起因性(=安全配慮義務違反との因果関係)の証拠として機能するからです。
⚠ 「労災保険で解決済み」という考え方は危険
労災保険が支給されれば会社は損害賠償を免れると考えている経営者がいますが、これは誤りです。労災認定はむしろ安全配慮義務違反(労契法5条)・不法行為(民法709条・715条)に基づく損害賠償請求のリスクを高める方向に作用します。精神疾患社員に業務起因性の可能性がある場合は直ちに弁護士に相談することが必要です。
労災保険給付と損害賠償の関係・安全配慮義務違反リスクへの対応について、弁護士へのご相談をお勧めします。→ 経営労働相談はこちら
さらに詳しく知りたい方はこちら
- 精神疾患発症の原因が長時間労働、セクハラ、パワハラ等の業務に起因する労災かどうかは、どのように判断すればよろしいでしょうか。
- 安全配慮義務に関する代表的な最高裁判例には、どのようなものがありますか?
- 労災保険給付がなされた場合、損害賠償額は減額されますか?
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
最終更新日 2026/04/10