この記事の要点

残業が少なかった月でも定額残業代を減額することはできない

定額残業代は「見込みの残業代を毎月一定額として支払う」合意に基づくものであり、実際の残業が少ない月でも減額は認められない。減額した場合は残業代の未払いと同じ扱いになり、労基法違反となる

逆に残業が定額の設定時間数を超えた月は、超過分の追加支払が必要

定額残業代は「上限額」ではなく「固定前払い額」。実際の残業時間が設定時間数を超えた月は、超過分の割増賃金を別途支払わなければならない。この精算義務を怠ることが残業代トラブルの主要原因の一つ

「残業が減ったので制度を見直したい」場合は不利益変更の手続きが必要

実態に合わせて定額残業代の金額や時間数を下げる変更は、労働条件の不利益変更にあたる。社員の個別同意または就業規則の合理的変更の手続きなしに一方的に変更することはできない

定額残業代が無効と判断されると過去2〜3年分の残業代を請求されるリスクがある

制度設計・書面整備・運用管理のいずれかに問題があると定額残業代が無効と判断され、通常計算による残業代全額(+付加金)の支払を命じられることがある。定期的に制度の有効性を確認することが重要

01定額残業代の仕組みをおさらい——「固定前払い」という性質

 定額残業代(みなし残業代・固定残業代)とは、毎月一定額の残業代を見込みとしてあらかじめ支払う制度です。「残業時間を毎月計算して都度支払う」という方式に代えて、一定時間分の残業代を固定額として支払うことを会社と社員の間で合意したものです。

 この制度の本質は「固定前払い」にあります。会社にとっては毎月の残業代計算の手間を一定程度省けるというメリットがある一方、社員にとっては残業が少ない月でも一定額が保証されるという安心感があります。この「固定前払い」という性質こそが、「残業が少なかった月でも減額できない」という結論の根拠になっています。

「定額さえ払えば残業代問題はすべて解決」は誤り

 一方でよくある誤解として、「定額残業代さえ払っておけば残業代の問題はすべて解決する」という考え方があります。これは正しくありません。定額残業代は「設定した時間数の範囲内の残業代を先払いする」ものであり、設定時間数を超えた残業については別途支払義務が生じます。「残業代ゼロ」を実現する仕組みではないことを、経営者・人事担当者はあらためて確認しておく必要があります。

02残業が少なかった月に減額できない理由——法律上の根拠

 「今月はほとんど残業しなかったから、固定残業手当を半額にしよう」——このように考える経営者は少なくありません。しかし、これは労働基準法上許されません。

減額できない理由①——残業代支払義務を下回る支払いになるから

 労働基準法37条は、時間外・休日・深夜労働に対して一定率以上の割増賃金を支払うことを使用者に義務付けています。定額残業代は、この割増賃金の支払い方を「毎月の実績計算払い」から「固定前払い」に変えているだけで、支払義務の基礎となる法律そのものを変えるものではありません。

 したがって、実際の残業が少なかったからといって定額残業代を減額すると、残業がゼロでない限り、実際の残業時間に対応する割増賃金を下回る支払いになることがあります。これは労働基準法37条違反となる可能性があります。

減額できない理由②——労使間の合意(労働条件)を一方的に変更することになるから

 定額残業代は、就業規則・雇用契約書に定められた労働条件です。「毎月〇〇円を固定残業手当として支払う」という合意がある以上、会社が一方的にその金額を減らすことは、労働条件の不利益変更(労働契約法9条)にあたります。社員の個別同意なしに一方的に減額することは、原則として許されません。

 「今月は残業が少なかったから」という理由は、一方的な減額を正当化する理由にはなりません。残業が少ない月でも定額分を全額支払うことが、制度として合意した内容だからです。

「残業ゼロの月でも定額全額を払うのは損では?」という疑問への答え
定額残業代の仕組みは「多い月も少ない月も一定額を支払う」ことを前提としています。残業が多い月に超過精算義務があることと表裏一体です。残業が少ない月に定額を全額支払うことは、制度本来のコストとして織り込まれているものです。「残業が少なかった月は損をした」という感覚は、制度の仕組みを正しく理解していないことから生じています。

03残業が多かった月の超過精算——定額の「上限」ではないことを理解する

 定額残業代について、もう一つ重要な点が「超過精算義務」です。定額残業代は「設定した時間数の分の残業代を先払いする」ものであり、実際の残業時間が設定時間数を超えた月は、超えた部分について別途割増賃金を支払わなければなりません。

 「定額を払っているから残業がいくら多くても追加は不要」という理解は完全に誤りです。定額残業代は残業代の「上限額」ではありません。設定時間数を超えた残業については、通常の割増賃金の計算方法で算出した額を翌月の給与に上乗せして精算することが必要です。

超過精算を怠ると多額の残業代請求につながる

 超過精算を毎月行わないまま何年も経過すると、退職した社員から過去2〜3年分の未払残業代を一括請求されるというケースが起きます。その金額が数百万円に及ぶことも少なくありません。定額残業代を設定しているにもかかわらず「超過精算をしていなかった」という状況は、結果的に残業代の未払いを積み重ねていたことになります。

 毎月、実際の残業時間を正確に集計し、設定時間数との比較を行うことが不可欠です。超過がある月は必ずその月の給与(または翌月)で精算する運用を徹底してください。

実際の残業時間 会社の対応
設定時間数より少なかった月 定額残業代を全額支払う(減額不可)。差額を取り戻すことはできない
設定時間数と同じ月 定額残業代だけで残業代の支払義務を満たす。追加支払不要
設定時間数を超えた月 定額残業代+超過分の割増賃金を追加支払する(超過精算)。翌月給与での精算が一般的

04「残業実態が減ったので定額を下げたい」——制度変更の手続き

 「最近、残業時間が大幅に減った。このまま定額を払い続けるのはコスト的につらい。定額残業代の金額や設定時間数を引き下げたい」というご相談をいただくことがあります。こういった場合、制度変更自体が不可能なわけではありませんが、適切な手続きを経ることが必要です。

不利益変更の手続きが必要

 定額残業代の金額や設定時間数を引き下げることは、社員にとって労働条件の不利益変更にあたります(労働契約法9条・10条)。したがって、次のいずれかの方法によって変更手続きを踏む必要があります。

 一つ目は、社員個人の同意を得る方法です。対象となる社員一人ひとりから変更内容に対する書面による同意を得ることで、その社員については変更が有効になります。ただし、「同意しなければ解雇する」など、同意を強制するような形になると、同意が無効と判断される場合があります。

 二つ目は、就業規則の変更による方法です。就業規則を変更して定額残業代の内容を引き下げる場合、変更が「合理的」であると認められる必要があります(労働契約法10条)。変更の合理性判断においては、労働者が受ける不利益の程度、変更の必要性、変更後の内容の相当性、労働組合等との交渉の経緯などが総合的に考慮されます。

変更手続きの注意点
定額残業代の引き下げは、金額が大きいほど社員にとっての不利益も大きく、合理性の認定が難しくなります。また、「残業実態が減ったから下げる」という理由自体は必ずしも合理性を否定するものではありませんが、その変更幅が相当かどうかは慎重に判断する必要があります。変更手続きに着手する前に、必ず労働問題に精通した弁護士にご相談ください。

05定額残業代が無効になるリスクと会社への影響

 定額残業代の制度設計や運用に問題がある場合、その定額残業代が「無効」と判断されることがあります。無効と判断されると、会社への影響は極めて大きくなります。

無効と判断された場合の会社のリスク

 定額残業代が無効と判断されると、会社は通常の計算方法(実際の残業時間×割増賃金単価)で算出した残業代を過去2年分(民事時効)または3年分(労働基準法上の時効)にわたって支払う義務を負います。定額残業代として払ってきた金額との差額ではなく、全額が改めて請求対象になります。

 さらに、未払残業代に加えて付加金(労働基準法114条)の支払いを命じられるリスクもあります。付加金は未払額と同額まで命じられることがあるため、実質的に未払額の2倍の支払いになることもあります。

無効になりやすい主なケース

 会社側の労働問題を多く扱う弁護士の立場から、定額残業代が無効と判断されやすいケースとして特に多いのは以下の通りです。就業規則・雇用契約書のいずれにも定額残業代の金額や設定時間数が明記されていないケース、基本給に組み込んでいるが通常賃金部分と定額残業代部分の内訳が判別できないケース、設定時間数を超えた月の超過精算を行っていないケース、設定時間数に対応する1時間あたりの割増賃金単価が法定水準を下回っているケースなどが挙げられます。現在の制度に不安がある場合は、早めに労働問題専門の弁護士に相談することをお勧めします。

06実務上の運用チェックポイント

 定額残業代制度を適切に運用するために、定期的に以下のポイントを確認してください。労働問題に関する紛争の予防は、日常の運用管理の積み重ねによって実現されます。

チェック項目 確認内容
書面整備 就業規則・賃金規程・雇用契約書に「定額残業代の金額・設定時間数・超過精算の旨」が明記されているか
毎月の超過精算 実際の残業時間を毎月集計し、設定時間数超過があった月は必ず精算しているか
定額金額の適切性 設定時間数に対応する割増賃金の計算額が、定額残業代の金額を下回っていないか(下回ると不足分が未払いとなる)
設定時間数の実態との整合 実際の残業実態と設定時間数が大きくかけ離れていないか。毎月超過精算が続くなら設定時間数の見直しを検討する
勤怠管理 タイムカード・勤怠システム等で実際の労働時間を正確に記録・保存しているか
変更手続きの適切性 制度の内容を変更する際は不利益変更の手続きを経ているか。一方的な変更・勝手な減額はないか

 これらのチェックポイントを定期的に確認することで、後から多額の残業代を請求されるリスクを大幅に低減することができます。特に「毎月の超過精算」は、日常の給与計算の中で徹底する必要があります。定額残業代制度の有効性について不安がある場合は、労働問題を専門とする弁護士にご相談ください。

SUPERVISOR 弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。定額残業代(みなし残業代)の減額や制度見直しでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。アドバイスします。

Q&Aよくある質問

Q1. 定額残業代は実際の残業が少ない月でも必ず全額支払わなければなりませんか?

A. はい、実際の残業時間にかかわらず、合意した定額を全額支払う必要があります。残業が少なかった月であっても減額することは認められません。減額した場合は残業代の未払いとみなされ、労働基準法37条違反となる可能性があります。

Q2. 実際の残業時間が設定時間数を大幅に超えた場合はどうなりますか?

A. 超過した部分について別途割増賃金を支払わなければなりません。定額残業代は残業代の上限ではなく「固定前払い額」です。超過精算を行わない場合、超過分が未払残業代として後から一括請求されるリスクがあります。

Q3. 残業実態が減ったので定額残業代の金額を下げたいのですが、できますか?

A. 可能ですが、労働条件の不利益変更になるため、社員個人の書面による同意を得るか、就業規則の合理的変更の手続きを経ることが必要です。手続きを踏まずに一方的に引き下げることはできません。変更を検討する際は必ず弁護士にご相談ください。

Q4. 定額残業代が無効と判断された場合、会社にはどのようなリスクがありますか?

A. 定額残業代が無効と判断された場合、会社は通常の計算方法による残業代を過去2〜3年分にわたって支払う義務が生じます。さらに付加金(最大で未払額と同額)の支払いを命じられるリスクもあります。制度設計・運用に不安がある場合は早めに弁護士に相談してください。

Q5. 定額残業代を全く設定していない場合と、設定しているが超過精算をしていない場合、どちらがリスクが高いですか?

A. どちらもリスクがありますが、定額残業代を設定しているにもかかわらず超過精算をしていないケースは、「制度があるのに運用を怠っていた」という点で会社の過失がより明確になりやすいです。定額残業代を導入しているすべての会社は、超過精算の運用を必ず徹底してください。

最終更新日:2026年5月19日