この記事の要点

定額残業代は「別建て型」と「基本給組み込み型」の2種類がある

別途「残業手当〇万円」と明示する方法と、基本給の中に含める方法がある。いずれも要件を満たせば適法だが、組み込み型は判別明示が不可欠であり、設計を誤ると無効となるリスクが高い

「定額を払っているから残業代はもう不要」は誤りで、超過分の追加支払が必要

実際の残業時間が定額に含まれる時間数を超えた月は、超えた分の残業代を追加で支払わなければならない。超過精算を怠ることが残業代トラブルの最大の原因の一つ

有効に機能させるには就業規則・雇用契約書・給与明細の三点セットを整備する

定額残業代の金額・対象時間数・超過精算のルールをこれら三つの書類に明記することが不可欠。書面整備が不十分なまま運用していると、後から多額の残業代請求を受けるリスクがある

残業が少なかった月でも定額分の減額はできない

定額残業代はあくまで「見込みの残業代」として支払うものであり、実際の残業が少なかった月に定額を減らすことは許されない。減額すると残業代の未払いと同じ扱いになる

01定額残業代(みなし残業代)とは何か

 定額残業代(みなし残業代)とは、毎月決まった金額を見込みの残業代として、実際の残業の有無にかかわらず一定額を支給する制度のことをいいます。「固定残業代」「固定時間外手当」などと呼ばれることもあります。

 労働基準法が残業代について使用者に求めているのは、時間外労働・休日労働・深夜労働に対して法定基準を満たす割増賃金を支払うことです。しかし、その計算方法については「毎月実際の残業時間を計算して支払う」という方法に限定されているわけではありません。あらかじめ一定額を見込みとして支給し、実際の残業が定額に含まれる範囲内に収まっている場合にはその定額をもって残業代の支払義務を満たすという制度設計も、要件を満たしていれば適法と解されています。

 この仕組みを正しく活用できれば、月ごとに残業時間を細かく集計して残業代を計算するという管理コストを一定程度軽減できるというメリットがあります。一方で、設計や運用を誤ると後から多額の残業代請求を受けるリスクが生じます。制度の基本を正確に理解した上で、適切に設計・運用することが重要です。

定額残業代と「残業代ゼロ」は別物

 定額残業代について経営者が誤解しがちなのが、「定額さえ払っておけば残業代の問題はすべて解決する」という考え方です。しかし定額残業代は「あらかじめ決めた時間数の範囲内の残業代を先払いする仕組み」であり、残業代の支払義務そのものをなくすものではありません。実際の残業が定額に含まれる時間数を超えた場合には、超えた分の残業代を必ず追加で支払わなければなりません。

 また、制度の設計・書面整備が不十分な場合は、定額残業代として支払っていた金額が「残業代には当たらない」と判断され、その全額分が未払残業代として請求されることもあります。こういったリスクを防ぐためにも、制度の有効要件をきちんと理解しておくことが不可欠です。

02定額残業代の2つの支給形態

 定額残業代の支給方法には、主に次の2種類があります。自社の給与体系や運用のしやすさを考慮した上で、どちらの形態を採用するかを検討してください。

(1)基本給とは区別して支払う方法(別建て型)

 「時間外手当〇万円」「固定残業手当〇万円」などと明示して、基本給とは別の手当として支給する形態です。通常の労働時間に対する賃金(基本給)と残業代部分(時間外手当等)の区別が給与明細上も明確になるため、有効性の観点からは最もシンプルで安全な方法といえます。

 就業規則・雇用契約書においても「時間外手当として〇時間分・〇万円を支給する」と明記しやすく、書面整備がしやすいというメリットもあります。定額残業代の導入を検討されている場合、まずはこの別建て型を検討することをお勧めします。

(2)基本給に組み込んで支払う方法(組み込み型)

 基本給の中に残業代相当額を含める形態です。求人広告や雇用契約書に「基本給〇〇万円(うち定額残業代〇時間分・〇万円を含む)」と記載する形が典型的です。

 この組み込み型で有効性が認められるためには、通常の労働時間に対する賃金(基本給部分)と定額残業代部分とが、金額・時間数とも明確に判別できるよう書面に明示されていることが不可欠です。この判別ができない場合、定額残業代として支払っていた金額全体が「残業代には当たらない」と判断され、別途残業代の支払を命じられることになります。

組み込み型で必ず明示すべき事項
① 基本給のうち通常賃金部分の金額(時間外労働の対価ではない部分)
② 定額残業代部分の金額
③ 定額残業代が何時間分の残業を想定しているか(対象時間数)
④ 実際の残業時間が対象時間数を超えた場合の追加支払いがある旨

これらが就業規則・雇用契約書・給与明細のいずれにも明記されていない場合、有効な定額残業代とは認められないリスクがあります。

03実際の残業が定額を超えた場合の追加支払義務

 定額残業代は「あらかじめ決めた時間数の範囲内の残業代を先払いする仕組み」です。したがって、実際の残業時間が定額に含まれる時間数を超えた月には、超えた部分について残業代を追加で支払わなければなりません。この追加支払義務は、定額残業代制度を採用している会社であっても例外なく生じます。

 「定額を払っているから残業代はもう不要」という理解は誤りです。この誤解が、後になって多額の残業代請求を受けることになる最大の原因の一つです。実際の残業時間との差額を毎月確認し、超過がある場合は必ずその月の給与に上乗せして精算する運用を徹底してください。

超過精算の運用を書面に明記する

 定額残業代が有効に機能するためには、超過精算のルールを就業規則・雇用契約書に明記しておくことが必要です。「定額残業代に含まれる時間数を超えた場合は、超えた部分について別途残業代を支払う」という趣旨の条文を、就業規則の賃金規程や雇用契約書の賃金欄に盛り込んでおいてください。

 また、毎月の給与計算にあたって実際の残業時間を把握するための勤怠管理が前提になります。タイムカード・出退勤記録・業務日報等を活用して、実際の労働時間を正確に把握・記録する体制を整えておくことが不可欠です。

04定額残業代を有効に機能させるための実務ポイント

 定額残業代を労働問題のトラブルなく有効に機能させるためには、制度の設計段階から書面整備・運用管理まで、一貫した体制が必要です。以下に実務上の重要ポイントをまとめます。

チェック項目 実務上のポイント
就業規則・賃金規程への明記 定額残業代の金額・対象時間数・超過時の精算方法を賃金規程に明記する。「固定残業手当として〇〇時間分・〇〇円を支給する。実際の時間外労働が〇〇時間を超える場合は超過分を別途支払う」という形が基本
雇用契約書への明記 就業規則と同じ内容を雇用契約書にも記載し、本人の署名・捺印を得る。特に組み込み型の場合は基本給部分と定額残業代部分を金額・時間数ともに明示する
給与明細での明示 給与明細上も定額残業代の金額を独立した項目として記載する。組み込み型の場合は「基本給(うち固定残業代〇〇時間分〇〇円を含む)」のように内訳を明示する
毎月の超過精算 実際の残業時間を毎月集計し、定額に含まれる時間数を超えた場合は翌月の給与で上乗せ精算する。超過が続く場合は定額の設定時間数の見直しも検討する
勤怠管理の徹底 タイムカード・システム等で実際の出退勤時刻を正確に記録・保存する。残業時間の実態把握なしには正確な超過精算も証拠保全もできない

05よくある落とし穴——無効になるケースとその原因

 定額残業代が後から「無効」と判断されて多額の残業代を請求されるケースには、共通したパターンがあります。会社側の労働問題を多数扱う弁護士の立場から、よくある落とし穴を以下に整理します。

落とし穴① 対象時間数が明示されていない

 「固定残業手当として月3万円を支給する」と記載しているが、「何時間分の残業代に相当するのか」が就業規則にも雇用契約書にも書かれていないケースです。対象時間数が不明では、残業代として何時間分の義務を履行したのか判断できず、有効な定額残業代とは認められないと判断されることがあります。

落とし穴② 超過分を支払わずに放置している

 定額残業代を設定していても、実際の残業時間が設定時間数を上回っているにもかかわらず、超過分の精算をせずにいるケースです。この場合、超過した分の残業代は未払いとなります。定額残業代を設定していること自体は有効でも、超過精算をしていない部分については残業代を支払っていないことになり、後から請求を受けます。

落とし穴③ 組み込み型で通常賃金部分と定額残業代部分が判別できない

 基本給の中に残業代を含めているが、通常の労働時間に対する賃金部分と定額残業代部分の内訳が給与明細・雇用契約書のいずれにも明記されていないケースです。判別ができない場合、最高裁判例の基準(最判平成29年7月7日等)に照らして定額残業代が無効と判断され、基本給全額が通常賃金とみなされた上で別途残業代の支払を命じられることがあります。

落とし穴④ 実態とかけ離れた時間数を設定している

 実際には月60時間を超える残業が常態化しているにもかかわらず、「20時間分の定額残業代」だけを設定して超過精算も行っていないケースです。定額の設定時間数が実態と大きくかい離していると、超過精算義務の不履行が積み重なり、請求額が膨大になります。また、実態にそぐわない時間設定は長時間労働を温存する制度として問題視される可能性もあります。定期的に実際の残業時間の実態を把握し、設定時間数が適切かどうかを見直すことが必要です。

06何時間分を定額に設定するか——設計上の考え方

 何時間分の残業代を定額に含めるかは、原則として会社が自由に設定することができます。ただし、設定にあたっては実際の業務実態を踏まえることが重要です。

実態に合わせた時間数の設定が基本

 定額残業代の対象時間数は、その職種・ポジションの社員が通常どの程度の残業をしているかという実態を踏まえて設定することが基本です。実態より大幅に少ない時間数を設定すると毎月超過精算が発生し、制度を設けた意味が薄れます。逆に実態より大幅に多い時間数を設定すると、長時間労働を前提とした制度として問題視されることがあります。

 一般的には、過去の残業時間の実績を集計した上で、その平均的な水準を多少上回る時間数(例えば平均が月30時間であれば35〜40時間程度)を定額の対象時間数として設定するという考え方が実務上よく用いられます。

対象時間数に応じた金額の計算方法

 定額残業代の金額は、設定した対象時間数に1時間あたりの割増賃金単価を掛けることで算出します。割増賃金単価は、月の所定労働時間・基本給額から計算する必要があります。「対象時間数×割増賃金単価」で算出した金額を下回る定額を設定すると、設定時間数の残業代を下回る金額しか払っていないことになり、差額が未払残業代として請求される可能性があります。定額残業代の金額設定は、法定の計算式に基づいた正確な算出が必要です。不安がある場合は労働問題に精通した弁護士に相談してください。

07残業が少なかった月の定額——減額してはいけない理由

 「先月はほとんど残業しなかったから、今月の固定残業手当は半額にしよう」と考える経営者がいますが、これは許されません。定額残業代は、残業が少なかった月であっても減額することはできません。

 その理由は、定額残業代はあくまで「見込みの残業代を毎月一定額として支払う」という労使間の合意に基づくものだからです。実際の残業が少なかったからといってその月の残業代を支払わない(または減額する)ことは、残業代の未払いと同じ扱いになります。定額残業代とは、多い月も少ない月も一定額を保証するかわりに管理を簡素化するという制度であり、残業が少ない月の金額を減らす仕組みではありません。

 この点は社員からも「残業が少ないのに固定残業代をもらっていいのか」と疑問に思われることがありますが、制度上は何の問題もありません。むしろ会社が勝手に減額することが法律違反になります。ただし、残業の実態が大幅に減少した場合は、就業規則や雇用契約の変更(不利益変更の手続き)を適切に経た上で制度見直しをすることは可能です。その際は必ず労働問題を専門とする弁護士に相談してください。

SUPERVISOR 弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。定額残業代(みなし残業代)の設計・運用や残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。アドバイスします。

Q&Aよくある質問

Q1. 定額残業代を設定する際、何時間分を含めるかは自由に決められますか?

A. 何時間分を定額とするかは原則として自由に設定できますが、業務実態とかけ離れた時間数の設定は避けるべきです。実態に見合った設計をすることで、超過支払義務が生じにくくなります。また、極端に長い時間数を想定した設定は、長時間労働を助長するとして問題視される場合もあります。過去の残業実績を集計した上で、適切な時間数を設定してください。

Q2. 基本給に定額残業代を組み込む場合、給与明細にはどう記載すればよいですか?

A. 「基本給(うち定額残業代〇〇時間分〇〇円を含む)」のように、通常賃金部分と定額残業代部分を金額・時間数とともに明記することが重要です。内訳が不明瞭な場合、定額残業代が有効と認められないリスクがあります。給与明細だけでなく、就業規則・雇用契約書にも同様の内訳を明記してください。

Q3. 実際の残業が定額に満たなかった月でも、定額分を全額支払う必要がありますか?

A. はい、定額残業代は残業が少なかった月でも減額することはできません。定額残業代は「見込みの残業代を毎月一定額として支払う」という合意に基づくものであり、実際の残業が少ない月でもその全額を支払わなければなりません。減額した場合は残業代の未払いと同じ扱いになります。

Q4. 定額残業代を導入すれば、残業時間の管理は不要になりますか?

A. いいえ、定額残業代を導入しても残業時間の管理は不可欠です。実際の残業時間が定額に含まれる時間数を超えた場合には超過分を追加支払しなければならないため、毎月の残業時間を正確に把握することが前提になります。また、労働基準法上、使用者は労働時間を適正に把握・管理する義務があります。

Q5. 既存社員の給与に定額残業代制度を導入(変更)することはできますか?

A. 既存社員の給与を変更して定額残業代制度を導入する場合、労働条件の不利益変更に当たる可能性があります。特に基本給を下げて定額残業代を上乗せするような変更は、社員の同意なしに一方的に行うことができません。変更の際は必ず労働問題に詳しい弁護士に相談の上、適切な手続きを踏んでください。

最終更新日:2026年5月19日

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