目次
1. 残業代算定の基礎が問題となる場面
残業代を計算する際、どの賃金を算定の基礎に含めるのかは、会社経営者にとって非常に重要な実務上のポイントです。残業代の計算方法そのものは理解していても、「どの手当まで含める必要があるのか」が曖昧なまま運用されているケースは少なくありません。
特に問題となりやすいのは、家族手当、通勤手当、住宅手当など、基本給とは別に支給されている各種手当の取扱いです。会社経営者の中には、「手当なのだから残業代の基礎には含めなくてよいだろう」と考えている方もいますが、この理解は必ずしも正しくありません。
実務上、未払残業代請求が発生した場合、争点となるのは「残業時間がどれくらいあったか」だけではありません。「残業代の単価をいくらで計算すべきだったのか」、つまり算定の基礎となる賃金に何を含めるべきかが、大きな問題になります。ここを誤ると、長期間にわたる多額の未払残業代を請求されるリスクがあります。
残業代算定の基礎から除外できる賃金は、法律で限定的に定められています。したがって、「会社としてそう扱っている」「就業規則にそう書いてある」というだけでは足りず、法令に照らして適切に判断する必要があります。
会社経営者としては、残業代算定の基礎について、「除外できる賃金は例外である」という基本的な発想を持つことが重要です。次項では、残業代算定の基礎となる賃金とならない賃金についての基本原則を確認していきます。
2. 残業代算定の基礎となる賃金・ならない賃金の基本原則
残業代算定の基礎に含める賃金を考えるうえで、まず押さえておくべき基本原則は、原則として、労働の対価として支払われる賃金はすべて算定の基礎に含まれるという点です。除外できる賃金は、法律で明示的に定められたものに限られます。
この原則からすると、「基本給は含めるが、手当は含めない」という単純な整理は成り立ちません。賃金の名称や支給形態にかかわらず、実質的に労働の対価として支払われているものであれば、残業代算定の基礎に含める必要があります。
一方で、労基法は、残業代算定の基礎から除外できる賃金について、例外的に規定しています。これがいわゆる**「除外賃金」**です。ただし、除外賃金は無制限に認められているわけではなく、法律および省令により限定列挙されています。
したがって、会社経営者としては、「これは手当だから除外できる」「就業規則で除外と書いてあるから問題ない」といった判断では足りません。法令上、除外賃金として認められているかどうかを基準に、慎重に判断する必要があります。
残業代算定の基礎に含めるべき賃金を誤って除外していた場合、その影響は過去にさかのぼって及ぶ可能性があります。未払残業代請求では、算定基礎の誤りがそのまま金額の増大につながるため、この基本原則を正しく理解しておくことが、会社経営者にとって不可欠です。
3. 労基法が定める「除外賃金」の位置付け
残業代算定の基礎から除外される賃金は、一般に**「除外賃金」**と呼ばれています。除外賃金については、労働基準法37条5項において、家族手当、通勤手当、その他厚生労働省令で定める賃金が、残業代算定の基礎から除外されることが規定されています。
この規定を受けて、労働基準法施行規則21条では、具体的な除外賃金の内容が定められています。法律および省令により、除外賃金は明確に限定列挙されており、会社が任意に除外範囲を広げることはできません。
重要なのは、除外賃金の規定が「例外規定」であるという点です。残業代算定の基礎に含める賃金を広く捉え、その中から、法律で特に認められたものだけを例外的に除外する、という構造になっています。そのため、除外賃金に該当するかどうかは、慎重に判断される必要があります。
実務上、「労基法に除外賃金と書いてあるのだから、該当しそうな手当はまとめて除外できる」と誤解されることがありますが、そのような考え方は正しくありません。除外賃金は、あくまで法律が認めた範囲に限られ、それ以外の賃金は、原則どおり残業代算定の基礎に含めなければなりません。
会社経営者としては、除外賃金の規定を「便利な制度」と捉えるのではなく、限定的にしか認められていない例外であることを正しく理解する必要があります。次項では、施行規則で定められている具体的な除外賃金の種類について確認していきます。
4. 労基法施行規則で定められている除外賃金の種類
労働基準法37条5項を受けて、残業代算定の基礎から除外できる賃金の具体的内容は、労働基準法施行規則21条において定められています。ここで列挙されている賃金が、いわゆる除外賃金の代表例となります。
施行規則21条が定める除外賃金には、主に次のようなものがあります。
① 家族手当
② 通勤手当
③ 別居手当
④ 子女教育手当
⑤ 住宅手当
⑥ 臨時に支払われた賃金
⑦ 一か月を超える期間ごとに支払われる賃金
これらはいずれも、労働の量や質に直接対応する賃金というよりは、労働者の生活事情や勤務環境に配慮して支給される性質のもの、あるいは恒常的な労働の対価とはいえないものとして整理されています。そのため、法律上、残業代算定の基礎から除外することが認められています。
もっとも、ここで注意しなければならないのは、これらはあくまで「名称」ではなく「性質」によって判断されるという点です。施行規則に挙げられている名称と同じ手当であっても、その実態が労働の対価として支払われていると評価される場合には、除外賃金には該当しません。
会社経営者としては、「家族手当」「住宅手当」といった名称だけを見て除外賃金と判断するのではなく、その手当がどのような趣旨・基準で支給されているのかを丁寧に確認する必要があります。次項では、この「名称ではなく実質で判断される」という考え方について、さらに詳しく見ていきます。
5. 名称ではなく実質で判断されるという重要な考え方
残業代算定の基礎から除外できるかどうかを判断する際、会社経営者が最も注意すべき点は、賃金の名称ではなく、その実質によって判断されるという考え方です。これは、除外賃金に関する実務で繰り返し問題となってきた重要なポイントです。
例えば、「家族手当」「住宅手当」といった名称で賃金を支給していたとしても、その支給額が家族構成や居住状況と無関係に一律で支給されている場合や、実質的に基本給の一部として機能している場合には、除外賃金には該当しないと判断される可能性があります。
同様に、「通勤手当」という名称であっても、実際の通勤費用とは関係なく定額で支給されている場合や、通勤の有無にかかわらず支給されている場合には、労働の対価と評価され、残業代算定の基礎に含めるべき賃金と判断されるおそれがあります。
実務上、「手当の名称を変えれば除外できる」「就業規則に除外と書いてあるから問題ない」といった対応が見受けられることがありますが、このような形式的な対応は通用しません。労働基準監督署の調査や裁判では、その賃金が何に対して支払われているのかという実質が厳しく確認されます。
会社経営者としては、各種手当について、「どのような趣旨で」「どのような基準で」「どのような場合に支給しているのか」を改めて整理する必要があります。実質的に労働の量や質に応じて支給されている賃金であれば、除外賃金と扱うことはできません。
次項では、こうした実質判断の結果、除外賃金に該当しないと判断されやすい典型例について、具体的に確認していきます。
6. 除外賃金に該当しないと判断されやすい典型例
除外賃金について実務上特に注意が必要なのは、名称上は除外賃金に該当しそうであっても、実質的には残業代算定の基礎に含めるべきと判断されやすいケースです。ここを誤ると、未払残業代請求のリスクが一気に高まります。
典型的なのは、一律に定額支給されている各種手当です。例えば、「住宅手当」という名称であっても、住宅の有無や家賃額とは無関係に、全社員に一定額が支給されている場合には、生活補助的性格は薄く、実質的には基本給の一部と評価されやすくなります。このような手当は、除外賃金とは認められにくい傾向があります。
また、「通勤手当」として支給していても、実際の通勤費用と連動しておらず、通勤距離や通勤方法に関係なく定額で支給されている場合には、労働の対価と評価され、残業代算定の基礎に含めるべきと判断される可能性があります。通勤に要した実費を補填する性質が明確でない場合には注意が必要です。
さらに、「臨時に支払われた賃金」に該当するとして除外しているケースでも、支給が毎月行われていたり、一定の条件を満たせば継続的に支給されていたりする場合には、「臨時」とはいえず、恒常的な賃金と評価されるおそれがあります。名称と実態が一致していない場合には、除外賃金とは認められません。
会社経営者としては、「これまで問題にされていないから大丈夫」「監督署に指摘されたことがないから問題ない」といった認識に頼るのではなく、各手当の実態が除外賃金の趣旨に合致しているかを、客観的に見直す必要があります。次項では、これらを踏まえ、会社経営者が実務上どのような点に注意すべきかをまとめます。
7. 会社経営者が実務で注意すべきポイント(まとめ)
残業代算定の基礎から除外できる賃金は、労働基準法および施行規則により、例外的かつ限定的に定められているにすぎません。原則として、労働の対価として支払われる賃金は、すべて残業代算定の基礎に含まれるという基本構造を、会社経営者は改めて確認しておく必要があります。
特に注意すべきなのは、除外賃金に該当するかどうかが、賃金の名称ではなく、その実質によって判断されるという点です。「家族手当」「住宅手当」「通勤手当」といった名称を用いていても、その支給実態が労働の量や質に対応するものであれば、除外賃金とは認められません。形式的な整理や就業規則上の表現だけでは、リスクを回避することはできません。
また、除外賃金に該当しない賃金を誤って算定基礎から除外していた場合、その影響は過去にさかのぼって生じる可能性があります。未払残業代請求では、残業時間だけでなく、算定基礎の誤りが争点となり、結果として高額な支払義務を負うケースも少なくありません。
会社経営者としては、各種手当について、「どのような趣旨で支給しているのか」「どのような基準で支給額が決まっているのか」を改めて整理し、除外賃金として扱うことが法令上許されるのかを冷静に検討する必要があります。疑義がある場合には、安易に除外せず、算定基礎に含める前提で見直すことも重要です。
残業代算定の基礎は、日常的な賃金管理の中では見落とされがちですが、紛争が生じた場合には必ず問題となるポイントです。会社経営者としては、「これまでの運用」ではなく、法令に照らして適切かどうかという視点で定期的に確認を行うことが、未払残業代リスクを回避するための最も重要な実務対応といえるでしょう。
最終更新日2026/2/3
