本記事の結論

● 年俸制は単なる支払形式であり、労働時間規制(残業代支払)を免除する制度ではありません

● 管理監督者や裁量労働制に該当しない限り、法定時間を超える労働には割増賃金の支払いが必要です。

● 年俸の一部を「賞与」として固定支給している場合、その額も残業代計算の基礎(時間単価)に含めるのが原則です。

● 「年俸込み」という曖昧な運用は未払残業代請求のリスクを増大させるため、明確な賃金設計と就業規則の整備が不可欠です。

1. 年俸制労働者の割増賃金(残業代)の支払い義務

 結論から申し上げると、年俸制であっても原則として割増賃金(残業代)の支払義務があります。

 年俸制は賃金の支払方法にすぎず、労働時間規制そのものを免除する制度ではありません。したがって、管理監督者や適法な裁量労働制の対象者でない限り、法定労働時間を超える時間外労働や休日労働、深夜労働があれば、割増賃金を支払う必要があります。

 「年俸制だから残業代込みである」という理解は誤りです。年俸額の中にどのような性質の賃金が含まれているのかを明確にしなければ、未払残業代請求の対象となります。

 会社経営者として重要なのは、年俸制という名称に安心するのではなく、労働時間規制の適用対象かどうかを正確に判断することです。年俸制は残業代免除制度ではありません。⚖️

2. 管理監督者・裁量労働制との違い

 年俸制であっても割増賃金の支払義務が生じるのが原則ですが、例外として、管理監督者や適法な裁量労働制の対象者に該当する場合には、時間外・休日労働に対する割増賃金の支払義務が問題とならないことがあります。

 もっとも、「管理職」という肩書があるだけでは管理監督者には該当しません。実質的に経営者と一体的な立場にあるか、労働時間について大きな裁量があるか、賃金水準が地位に見合っているかなど、厳格に判断されます。形式ではなく実態が重視されます。

 また、裁量労働制も、法律上定められた職種に限り、かつ労使協定や労使委員会決議など厳格な手続を経て導入されていなければ有効とはなりません。単に「成果で評価する」「勤務時間を自由にしている」というだけでは足りません。

 会社経営者として注意すべきなのは、「年俸制+管理職扱い」にしておけば残業代問題は生じないという誤解です。実態が伴っていなければ、未払残業代として遡及請求されるリスクがあります。

 年俸制の設計にあたっては、労働時間規制の適用関係を個別具体的に検討することが不可欠です。

3. 年俸制労働者の残業代の計算方法の基本構造

 年俸制労働者の残業代も、基本的な計算構造は月給制と同様です。まず、通常の労働時間の時間単価を算出し、それに割増率を乗じるという手順になります。

 年俸額を12か月で除して月額を算出し、さらに月の平均所定労働時間で除することで、通常の労働時間の時間単価を求めます。そのうえで、時間外労働については原則として25%以上の割増率を乗じます。

 重要なのは、割増賃金算定の基礎となる賃金に何を含めるかです。毎月固定的に支払われる手当や、実質的に固定給と評価される賞与は、算定基礎に含まれる可能性があります。

 会社経営者としては、「年俸だから計算が簡略化される」という発想は誤りです。むしろ、賞与の取扱いや固定残業代との関係など、論点は複雑化する傾向にあります。

 年俸制であっても、時間単価を基礎とする割増計算の原則は変わらないことを理解することが、未払残業代リスクを防ぐ出発点となります。

4. 賞与は割増賃金算定の基礎に含まれるか

 年俸制の場合、年俸の一部を「賞与」として支払う設計が一般的です。このとき問題となるのが、当該賞与を割増賃金算定の基礎に含める必要があるかという点です。

 結論として、固定的に支払われる賞与は、原則として割増賃金算定の基礎に算入する必要があります。名称が「賞与」であっても、実質的に年俸の一部として確定的に支払われるものであれば、除外賃金には該当しません。

 一方で、会社業績や個人評価により大きく変動し、支給が確定していない真正の賞与であれば、算定基礎から除外される場合があります。しかし、年俸契約で「年俸480万円(うち120万円は賞与として支給)」のように明確に固定されている場合、その120万円は基礎賃金に含まれると考えるのが原則です。

 会社経営者としては、「賞与扱いにしておけば基礎から除外できる」という発想は極めて危険です。形式ではなく実質で判断されます。

 賞与の性質を誤って処理すれば、時間単価が過少に算定され、未払残業代が累積するリスクがあります。

5. モデルケースによる具体的計算例

 具体例で整理します。

【モデルケース】

  • 年俸480万円(月額30万円、賞与年1回120万円で契約)
  • 一月平均所定労働時間数160時間
  • 当月の時間外労働時間22時間

このケースでは、賞与120万円は固定的に支払われるため、割増賃金算定の基礎に算入する必要があります。

1. 年俸480万円を12か月で除すると、月額は40万円となります。
2. 通常の労働時間の時間単価を算出します。
  40万円 ÷ 160時間 = 2,500円/時
3. 時間外労働の割増率を適用します。
  2,500円 × 1.25 = 3,125円/時
4. 実際の残業時間に乗じます。
  3,125円 × 22時間 = 68,750円

したがって、この月の時間外割増賃金は6万8,750円となります。

 会社経営者として重要なのは、年俸制であっても通常の時間単価を基礎に機械的に計算できるという点です。

6. 固定残業代を年俸に含める場合の注意点

 年俸制において、あらかじめ一定時間分の残業代を含めた固定残業代制度を採用することは可能です。しかし、その有効性が認められるためには、厳格な要件を満たす必要があります。

 まず、年俸のうち「基本給部分」と「固定残業代部分」とが明確に区分されていることが必要です。単に「年俸には残業代を含む」と記載するだけでは足りません。金額および対応する時間数が具体的に特定されていなければなりません。

 また、固定残業時間を超える時間外労働が発生した場合には、その超過分を別途支払う必要があります。固定残業代はあくまで一定時間分の前払にすぎず、上限を超える部分まで免責されるわけではありません。

 さらに、固定残業代部分を除いた基本給が最低賃金を下回らないことも重要です。

 会社経営者としては、固定残業代は残業代対策の万能策ではないことを理解しなければなりません。形式を誤れば、固定残業代制度自体が無効となり全額の未払残業代が発生するリスクがあります。

7. 無効となる典型的パターン

 年俸制に関する残業代問題で無効と判断されやすい典型例があります。

 まず、「年俸制につき残業代は支払わない」と契約書に記載しているだけのケースです。これは明確に無効となります。労働時間規制は強行法規であり、当事者間の合意で排除することはできません。

 次に、固定残業代の内訳が不明確なケースです。基本給と固定残業代の区分がなく、何時間分の残業に相当するのかが特定されていない場合、固定残業代制度自体が否定される可能性があります。

 また、固定残業時間を超過しているにもかかわらず追加支払をしていない場合には、その超過分について未払残業代が発生します。

 会社経営者として重要なのは、「制度の名称」ではなく実態で判断されるという点です。

8. まとめ:年俸制は残業代免除制度ではない

 年俸制であっても、管理監督者や適法な裁量労働制の対象者でない限り、原則として割増賃金の支払義務があります。年俸という支払方法は、労働時間規制を免除する根拠にはなりません。

 賞与の算入、時間単価の算定、固定残業代の設計など、論点は複雑であり、計算を誤れば未払残業代が長期間にわたり累積します。

 会社経営者としては、「年俸制=残業代込み」という誤解を排し、時間単価を基礎とした法定計算の原則を踏まえて制度設計を行う必要があります。

 年俸制の設計や既存制度の適法性に不安がある場合には、紛争化する前に労働問題に精通した弁護士へ相談し、法的リスクを可視化したうえで見直すことが、企業防衛の観点から極めて重要です。⚖️

 

弁護士 藤田 進太郎
監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 /  「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

年俸制と残業代に関するよくある質問

Q1. 「年俸制=残業代込み」として、残業代を一切支払わないことは可能ですか?

A. 不可能です。年俸制は賃金の支払形式にすぎず、労働基準法上の時間外手当の支払義務を免除するものではありません。管理監督者等に該当しない限り、法定労働時間を超えた分は別途支払う必要があります。

Q2. 年俸を16分割し、4回分を「賞与」として支給する場合、残業代の単価計算から除外できますか?

A. 原則として除外できません。年俸額が確定しており、それを便宜上賞与名目で分割支給しているにすぎない場合、その「賞与」は算定基礎となる賃金に含まれます。結果として時間単価が高くなり、残業代も増額されます。

Q3. 年俸の中に「みなし残業代」を含める場合の注意点はありますか?

A. 「基本給部分」と「固定残業代部分」が明確に区分されている必要があります。また、想定された時間数を超えて残業した場合には、その超過分を精算して追加で支払わなければ、制度自体が無効とされるリスクがあります。

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最終更新日:2026/3/9


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