発達障害・障がい者社員への対応においては、合理的配慮義務と差別禁止規制を遵守しつつ、人事評価は事実ベースで実施することが基本です。採用時点で把握していた障害に起因する能力差を能力不足と評価することはできない一方、採用後の著しい能力低下は能力不足として退職勧奨・解雇の検討対象となります。加えて、障害の影響を受けない能力を活かせる職務への配置こそが、本人の才能発揮と会社の経営合理性の両方に資する最適解です。
対応の基本姿勢──法令遵守と経営合理性の両立
発達障害や障がい者社員への対応には、通常の社員対応とは異なる複数の法的規制が重なります。障害者雇用促進法、障害者差別解消法、合理的配慮義務等、遵守すべき規範が多いため、個別事案では一般論だけで判断せず、弁護士への相談を経て対応することをお勧めします。
「福祉的発想」からの脱却という視点
障害者雇用について、「社会貢献として受け入れてあげる」という福祉的発想に止まっている会社経営者の方が少なくありません。もちろんその側面もありますが、それだけでは会社経営として合理性を欠く結果になりやすいものです。
障害には、特定の能力に影響を及ぼすが、他の能力にはほとんど影響しないものがあります。むしろ、障害の影響を受けない領域で本人の才能適性が発揮できる職務があれば、障害のない社員よりも高いパフォーマンスを上げるケースも珍しくありません。このような視点に立つと、障害者雇用は「配慮してあげる対象」ではなく、適材適所の対象として、経営戦略の一環に位置づけるべきものとなります。
原則論だけでは対応できない
本ページでは一般論としての対応原則を解説しますが、実際の対応は個別の障害の種類・程度・業務内容・採用経緯等に応じたオーダーメイドが必要となります。一般論の理解を前提に、個別の事案については弁護士と相談しながら対応していくのが実務上の安全な進め方です。
人事評価の原則──恣意的操作の禁止と事実ベース評価
発達障害の診断書や障害の事実が会社に伝わると、「どのように人事評価すべきか」で悩む会社経営者が少なくありません。結論から申し上げると、人事評価は会社の定めた制度に従い、通常どおりに実施するのが原則です。
恣意的な評価操作は絶対に避ける
よくある誤りは、「低くつけたら文句を言われるから、念のため高くつけておこう」「発達障害だから配慮して評価を底上げしよう」といった恣意的な評価操作です。この種の操作は、以下の理由から絶対に避けるべきです。
第一に、人事評価制度の信頼性を損ねるからです。結果から逆算して評価を操作することが常態化すれば、制度自体が実体のないものとなり、他の社員にも不公平感が波及します。
第二に、後日の紛争時に説明できなくなるからです。低評価をつけて抗議を受けた際、客観的説明ができなければ、「会社の恣意的判断だ」「差別的評価だ」との主張を招きます。
第三に、逆に高評価を続けた結果、退職勧奨や解雇の判断が困難になるからです。本来低評価とすべきパフォーマンスであるのに高評価を付けていれば、後日「業績良好な社員を突然退職させた」との主張を招くリスクがあります。
事実ベースで説明できる評価にする
人事評価の結果について抗議を受けても動じない体制を作るためには、評価の根拠を具体的な事実に紐付けて説明できるようにすることが不可欠です。
「何月何日の何時頃、このような指示を出したが、このような対応であった」「この業務について、何月何日までに完了させるよう指示したが、期限内に完了しなかった」といった客観的な言動の積み重ねを示し、その事実からこの評価になったという論理構造が示せれば、発達障害の有無にかかわらず評価の正当性を説明できます。逆にこの準備がないまま低評価をつけると、障害を理由とした差別的評価との主張を招きやすくなります。
給与に紐付く評価ほど厳密さが要求される
人事評価が給与・賞与・昇給等の処遇に連動する仕組みになっている場合、評価の根拠説明に対する要求水準はより厳しくなります。給与への反映がない参考値としての評価であれば多少主観的でも問題になりにくいですが、処遇に直結する評価については、事実ベースの客観的説明が不可欠です。
もし事実ベースの説明が難しい場合には、そもそも評価制度を給与に連動させないという選択肢もあります。会社ごとの事情に応じて、制度設計を見直していくことが必要です。
合理的配慮義務の範囲
障害者雇用促進法及び障害者差別解消法は、事業主に対して合理的配慮義務を課しています。障害のある社員が能力を発揮できるよう、会社は必要な配慮を講じる義務を負います。この義務は、発達障害の診断書が提出された場合にも同様に適用されます。
合理的配慮の具体例
合理的配慮として検討すべき対応の例としては、以下のようなものがあります。
業務指示の明確化(口頭指示に加えて書面やチャットでの指示を併用し、期限や手順を明示する)、業務プロセスの構造化(チェックリストや手順書を整備し、指示の解釈ブレを減らす)、執務環境の調整(集中しやすい座席配置、休憩時間の柔軟化等)、面談頻度の増加(指示・フィードバックのサイクルを短くし、認識のズレを早期発見する)等が、典型的な配慮です。
「過重な負担」の限界
合理的配慮は無制限ではなく、「事業主の過重な負担とならない範囲」で実施すれば足ります。事業規模、費用、業務遂行への影響等を総合的に考慮して、過重な負担といえる場合には、当該配慮を行わない選択肢も認められます。
もっとも、「過重な負担」の判断は個別事情を踏まえた慎重な検討が必要であり、安易に「当社では対応できない」と結論づけることは、差別禁止違反との評価を招くリスクがあります。配慮しない判断を下す場合には、その根拠を書面で整理しておくことが、後日の紛争対応上も重要です。
発達障害診断書が提出された場合の対応
指示の理解困難、ルールの独自解釈、対人関係のトラブルが続いていた社員から、「発達障害の可能性が高い」と記載された診断書が提出されるケースが増えています。この場面での対応について、経営者の方から頻繁にご相談をいただきます。
診断書受領後の基本スタンス
診断書を受領した場合の対応は、以下の整理で進めます。
第一に、診断内容を正確に把握することです。診断名、主治医の見立て、就労に際しての配慮事項の記載等を丁寧に確認します。不明点は本人の同意を得た上で主治医に照会することも検討します。
第二に、合理的配慮の検討を開始することです。診断書の内容を踏まえ、業務指示の方法、執務環境、業務内容について、社内で対応可能な配慮を検討します。本人との面談により、具体的にどのような配慮が役立つかをヒアリングすることも有効です。
第三に、人事評価は制度どおりに継続することです。診断書が提出されたことを理由に、評価を恣意的に上げたり下げたりすることは避けます。合理的配慮を行った上でのパフォーマンスを、事実ベースで評価していく運用を継続します。
診断書があっても能力不足評価は可能
発達障害の診断書が提出されたからといって、能力不足の評価や給与への反映が一律に禁止されるわけではありません。合理的配慮を講じてもなおパフォーマンスが不足しているのであれば、事実ベースでその旨を評価に反映させることは可能です。
ただし、評価の根拠となる事実は、具体的な言動として記録化しておく必要があります。「何月何日のこの場面で、このような対応が求められたが、このような対応であった」というレベルの事実の積み重ねがあって初めて、評価の正当性を説明できます。
採用時と比べて能力が低下した障がい者社員への対応
障がい者雇用枠で採用した社員が、入社後に能力が大きく低下した場合の対応についても、経営者の悩ましい論点です。能力不足を理由とする退職勧奨や解雇が可能かという問いに対しては、以下の整理が必要です。
採用時点で把握していた障害に起因する能力差は考慮できない
まず重要な前提として、採用時点で把握していた障害に起因する能力の不利は、能力不足の評価材料にできないという原則があります。これは、採用時点で既に把握していたことを後から「問題だ」と評価することの矛盾によるものです。
したがって、障がい者として採用した社員について、採用時点から存在していた障害の影響が業務にある程度支障を生じさせていたとしても、それ自体は契約で予定された能力水準に内包されていたと解釈され、能力不足の根拠にはなりません。
入社後の能力低下・障害悪化は評価対象
他方、入社後に障害が悪化した、あるいは新たな障害が生じたことにより、採用時点で想定していた水準から大きく能力が低下した場合には、当該能力低下は能力不足として評価の対象となり得ます。
この場合も、合理的配慮を尽くしてもなお能力回復が見込めないこと、他の職務への配置転換が現実的に困難であることといった要件を踏まえた上で、退職勧奨や解雇の検討に進むことになります。
配置転換と職務限定契約の扱い
発達障害・障がい者社員への対応において、配置転換は極めて重要な選択肢です。障害の影響が大きい職務から、影響がほとんどない職務への配置変更により、本人のパフォーマンスと会社の経営合理性の両方が改善する場合があります。
職務非限定採用の場合
一般的な正社員採用のように、職務を限定せず就業規則上配置転換権限が留保されている雇用契約であれば、会社側の人事権行使として他の職務への配置転換が可能です。
「あるタスクは障害の影響で困難だが、別のタスクであれば十分対応可能」というケースは実際に多く、本人の得意不得意を丁寧に把握した上で、影響を受けにくい職務に配置することで、雇用継続と成果創出の両立が図れる事案は少なくありません。
職務限定契約の場合
他方、特定の職務に限定して採用した場合、会社側には他の職務への配置転換を命じる権限は原則としてありません。この場合でも、本人との合意により新たな労働契約を結び直す形で別職務に就いてもらうことは可能です。
「元の職務では障害の影響で能力発揮が困難だが、この別職務であれば本人の適性に合う可能性が高い」と判断される場合には、本人への打診・合意による契約変更が現実的な対応です。この進め方は、配置転換命令という一方的な性質ではなく、双方の合意による新契約という構造を取るため、職務限定契約の枠組みとも両立します。
退職勧奨・解雇の可否と手続
合理的配慮を尽くし、現実的可能性のある配置転換も検討した上で、なお雇用継続が困難といえる場合には、退職勧奨や解雇を検討することになります。障がい者社員だからといって退職・解雇が一切認められないわけではありませんが、通常の社員以上に慎重な手続が求められます。
必要とされる前提の積み重ね
退職勧奨・解雇の前に踏むべき段階として、以下の積み重ねが必要です。
①合理的配慮の実施と記録化(どのような配慮を講じたかを書面で残す)、②事実ベースの人事評価と改善機会の付与(具体的事実に基づく評価と、改善指導の経過)、③配置転換の検討と記録化(他職務への配置可能性を検討し、配置不可の場合は理由を記録)、④本人への説明と合意形成の試み(退職勧奨として合意退職を目指す)、が基本的な流れです。
ハローワークへの届出等の手続
障がい者雇用率に算定される社員を解雇する場合には、ハローワークへの届出等、所定の行政手続が必要となります。手続の欠缺は、解雇の有効性判断にも影響を及ぼす可能性がありますので、事前に必要手続を確認した上で進めることが重要です。
関連ページ 退職勧奨の進め方全般については「能力不足社員への退職勧奨」、配置転換の個別論点については「能力不足社員の配置転換」にて詳しく解説しています。
当事務所のサポート体制
弁護士法人四谷麹町法律事務所は、会社側(使用者側)の労働問題に特化した法律事務所です。発達障害・障がい者社員への対応は、法令遵守と経営合理性の両立が求められる繊細な領域であり、個別事情に応じたオーダーメイドの対応が不可欠です。当事務所では、以下のサポートを提供しています。
第一に、診断書受領時の初動対応です。診断書の内容確認、主治医への照会検討、合理的配慮の範囲設計、本人との面談対応等について、事案に応じて助言します。第二に、人事評価運用の整備です。事実ベースで説明可能な評価運用、給与連動制度の見直し、評価記録の適切な残し方等を、就業規則・賃金規程の観点から助言します。第三に、配置転換・退職勧奨の設計です。現実的可能性のある配置先の検討、本人との合意形成プロセス、退職勧奨から合意退職に至る交渉代理まで一貫対応します。第四に、解雇・労働審判・訴訟への対応です。ハローワーク届出を含む手続面の確認から、紛争が生じた場合の代理まで、同じチームで対応します。
よくあるご質問
Q.発達障害の診断書が提出された社員について、通常どおりに人事評価してよいですか。
A.基本的に、会社の人事評価制度に従って通常どおり実施するのが原則です。診断書が提出されたことを理由に恣意的に評価を高く・低くつけることは避けてください。ただし、評価の根拠となる具体的事実を記録化し、説明可能な状態にしておくこと、合理的配慮を適切に実施することが前提となります。
Q.発達障害を理由に人事評価を下げることはできますか。
A.「発達障害だから低評価」という短絡的な評価は差別的評価として違法となる可能性が高く、避けるべきです。他方、合理的配慮を尽くしてもなおパフォーマンスが低い場合に、具体的事実を根拠として低評価を付けることは可能です。事実ベースで説明できる評価であることが不可欠です。
Q.障がい者社員の能力不足を理由に解雇できますか。
A.障がい者社員だからといって解雇が一切認められないわけではありません。ただし、合理的配慮を尽くし、現実的可能性のある配置転換も検討した上で、なお雇用継続が困難といえる段階まで進めることが必要です。加えて、ハローワーク届出等の所定手続も踏む必要があります。
Q.合理的配慮とは、どこまでが会社の義務ですか。
A.障害者雇用促進法及び障害者差別解消法により、事業主は「過重な負担とならない範囲」で合理的配慮を講じる義務を負います。事業規模、費用、業務遂行への影響等を総合考慮して判断しますが、過重な負担に該当するとして配慮を行わない場合には、その根拠を書面で整理しておくことが必要です。
Q.採用時点で障害があると分かっていた場合、その後「能力不足」を主張できますか。
A.採用時点で把握していた障害に起因する能力の不利は、能力不足の根拠として主張することは困難です。採用時点から把握していた事情を後から「問題だ」と評価することは論理的に矛盾するためです。入社後の新たな障害発生や著しい能力低下等、採用時点で想定していなかった事情が生じた場合には別論となります。
Q.入社後に障害が悪化し、能力が低下した場合、対応は変わりますか。
A.入社後に障害が悪化または新たに生じ、採用時点で想定していた水準から大きく能力が低下した場合、当該能力低下は能力不足として評価対象となり得ます。合理的配慮や配置転換の検討を経てもなお雇用継続が困難であれば、退職勧奨・解雇の検討に進むことも可能です。
Q.職務限定契約で採用した障がい者社員を、別の職務に移すことはできますか。
A.職務限定契約の場合、一方的な配置転換命令は権限がないのが原則です。ただし、本人との合意による新たな労働契約への変更は可能です。元職務での継続が困難であるものの、別職務であれば本人の適性と合致する可能性がある場合には、本人への打診・合意による契約変更を検討するのが現実的対応です。
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監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
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最終更新日 2026/04/19