能力不足は絶対的な能力の低さではなく、現在の職務との適性のミスマッチであることが多くあります。配置転換は、本人の適性ある職務で才能を発揮させる手段であると同時に、解雇回避努力として法的にも重要な位置を占めます。配置転換命令の有効性、現実的可能性のある範囲での検討、権利濫用とされる限界を踏まえた運用が求められます。
能力不足は「仕事との適性ミスマッチ」である
能力不足の社員への対応を検討する際、多くの経営者は「この社員は能力が低い」という絶対的な能力の高低として捉える傾向があります。しかし、この捉え方は大雑把すぎ、実務上の選択肢を狭める結果となりがちです。
人には、職務ごとの適性に差異があります。ある職務ではスコア100点満点中20点の水準でも、別の職務では才能を発揮して80点を取ることができる──ということは、決して珍しいことではありません。学校の勉強で数学が得意でも国語が苦手である人がいるのと同様に、社会人の職務遂行能力にも向き不向きが存在するのです。
したがって、「能力不足」と評価されている社員についても、現在の職務に適性が低いだけで、別の職務であれば十分な水準の業務を遂行できる可能性を否定することはできません。この可能性を検証することなく解雇や退職勧奨に進むことは、経営上の選択肢を狭めるだけでなく、法的にも問題を生じる場合があります。
会社経営者が配置転換を検討する実務的意義は、第一に人材の有効活用、第二に解雇回避努力の履践、第三に本人の心身の健康維持の3点に整理できます。次章以降で、これらの意義を踏まえた実務的対応を解説いたします。
配置転換を検討する実務上の意義
① 人材の有効活用という経営上のメリット
中途採用であれ新卒採用であれ、採用にはコストがかかっています。能力不足を理由に退職させ新たに採用し直すよりも、社内の別職務で活躍できる可能性を探り、現在の人材を活かす方が、会社として合理的な場面は少なくありません。特に求人が容易でない状況にある中小企業においては、配置転換は経営合理性の高い選択肢といえます。
実務的には、タレントマネジメント(適材適所)の発想で、本人の過去の業務経歴、得意分野、言動から推測される適性を整理し、現実的可能性のある範囲で配置候補を検討していくことになります。
② 解雇回避努力としての法的意義
配置転換は、会社の経営判断としての意義に加え、解雇の有効性を左右する法的要素としても重要な位置を占めます。能力不足を理由とした解雇が有効と判断されるためには、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要となりますが、その判断過程において、会社として解雇回避努力を尽くしたかが重要な考慮要素となります。
配置転換の可能性を現実的可能性のある範囲で検討することなく解雇に踏み切った場合、解雇回避努力を尽くしていないとして解雇無効と判断されるリスクがあります。逆に、配置転換を検討し、場合によっては実施した上で、なお配置先の職務についても能力不足が解消しないといえる客観的状況を整えて解雇に至った場合には、解雇の有効性判断において会社側に有利に作用します。
③ 本人の心身の健康維持という観点
適性のない職務を続けることは、本人にとってもストレスが大きく、心身の不調を招く原因となります。「早く時間が過ぎないか」と時計を気にしながら過ごす状態が長期化すると、頭痛、肩こり、胃痛等の身体症状が生じ、ひいては適応障害やうつ状態の診断書が提出される段階に至ることがあります。
会社には安全配慮義務がありますので、本人の不調の兆候が見られる段階で配置転換等の適切な対応を検討することが望ましいといえます。適応障害等の診断書が提出される段階に至ってからでは、対応の選択肢が狭まる上、会社が安全配慮義務違反を問われるリスクも高まります。
配置転換命令の法的根拠と発令手続
配置転換命令を有効に発令するためには、労働契約上の根拠と適正な手続の両方が必要です。
労働契約上の根拠(就業規則・個別労働契約)
配置転換命令の労働契約上の根拠としては、就業規則に配置転換条項が定められていることが一般的です。多くの会社では「会社は業務の都合により、従業員に対し職務内容、勤務場所の変更を命ずることがある」といった内容の条項を就業規則に置いています。
他方、採用時に「職種を限定する合意」や「勤務地を限定する合意」が個別労働契約上なされている場合には、その限定の範囲外への配置転換は、本人の個別同意がない限り有効とはなりません。特に中途採用で特定職種(ドライバー、販売員、エンジニア等)として採用した社員については、職種限定合意の有無を慎重に確認する必要があります。
配置転換命令書の交付
配置転換命令は口頭でも法的には有効とされますが、後日の紛争回避の観点から、必ず書面(配置転換命令書)を交付することをお勧めします。配置転換命令書には以下の事項を明記します。
①新たな職務内容・勤務場所、②配置転換の発効日、③配置転換の理由(業務上の必要性)、④配置転換命令の根拠となる就業規則条項、⑤賃金・手当等の処遇に変更がある場合はその内容、⑥引継期間・業務移管の進め方。
命令書の受領確認として、本人の署名・押印を取得することが望ましい運用です。受領を拒絶された場合には、内容証明郵便で送達する方法もあります。
発令前の面談・説明の実施
配置転換命令は、業務命令として一方的に発令できるものですが、事前に面談で説明し、本人の理解を得る努力を行うことが、後日の紛争予防に資します。面談では、能力不足と評価している具体的事実、配置転換を検討するに至った経緯、配置転換先の職務内容・期待される役割、配置転換後の処遇について、誠実に説明します。
本人の意見を聞く機会を設けることで、「会社が一方的に決めた」との反発を抑え、配置転換後の業務遂行への協力を引き出しやすくなります。
配置転換先の選び方──現実的可能性の検討
配置転換先の選定は、配置転換の成否を決める重要な論点です。実務的に検討すべき基準は、「現実的可能性のある範囲」で、本人の適性に叶う職務を選ぶことです。
現実的可能性のある範囲とは
「現実的可能性のある範囲」とは、当該会社の規模・事業内容・組織構造から見て、具体的に配置可能と客観的に認められる職務の範囲を意味します。中小企業においては、配置可能な職務の選択肢は限定的であることが多く、現実的可能性は必ずしも広くありません。
重要なのは、検討した事実を記録に残しておくことです。「どの職務について、どのような観点で検討し、配置の可否をどう判断したか」を書面化しておくことで、後日、解雇の有効性をめぐる紛争が発生した場合に、解雇回避努力を尽くしたことの証拠として機能します。
新たな職務を無理に作り出す必要はない
配置転換の話をすると、「本人のために新たに仕事を作り出す必要があるのか」とのご質問をいただくことがあります。結論として、雇用維持のみを目的として新たな職務を無理に作り出す必要はありません。
雇用維持を最優先に新たな職務を作り出すという発想は、会社経営の合理性から見て疑問があり、本人にとっても必ずしも幸せな結果をもたらしません。新たな職務の創設が正当化されるのは、本人の適性が具体的に推測でき、その適性に叶う職務を例外的に設計することが合理的な場合に限られます。それ以外の場合には、既存の職務の中から配置候補を検討することに留めるのが適切です。
配置先がない場合の整理
現実的可能性のある範囲で検討した結果、配置先がないという結論に至る事案も少なくありません。この場合、「検討した結果、配置先がなかった」という結論を、検討プロセスを含めて書面化しておくことが重要です。「どの職務を、どのような理由で配置不可と判断したか」を項目別に記録しておけば、後日の説明資料として機能します。
配置転換の限界──権利濫用とされる場合
配置転換命令は、労働契約上の根拠があれば原則として有効ですが、権利濫用に該当する配置転換命令は無効となります。裁判例上、配置転換命令が権利濫用として無効と判断される場合として、次の類型が確立しています。
業務上の必要性が認められない場合
第一に、業務上の必要性が認められない配置転換命令は権利濫用となります。業務上の必要性は、必ずしも厳格に解釈されるものではなく、会社の合理的な運営に資する程度のもので足りるとされますが、嫌がらせ目的や退職に追い込むことを目的とした配置転換は、業務上の必要性を欠き、権利濫用となります。
本人に著しい不利益を負わせる場合
第二に、本人が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる配置転換も権利濫用となります。具体的には、育児介護の事情を無視した遠隔地転勤、専門性を全く活かせない単純作業への配置、賃金が大幅に下がる配置等が、事案によっては権利濫用と判断されます。
能力不足を理由とした配置転換においても、本人の生活状況・健康状態・家族の事情等への配慮は必要です。特に転居を要する配置転換については、本人の家庭事情を確認した上で判断することが望ましい運用です。
不当な動機・目的に基づく場合
第三に、労働組合活動への報復、内部通報への報復、性別等の差別的取扱いといった不当な動機・目的に基づく配置転換は、権利濫用となります。能力不足を名目とした配置転換であっても、真の動機が不当なものであれば、無効と判断されるリスクがあります。
実務上の留意点 配置転換命令の有効性判断は、個別具体的な事情の総合考慮によって行われます。特に能力不足を理由とした配置転換については、当事務所にご相談いただくことで、権利濫用リスクを事前に評価し、適切な発令手続を設計することをお勧めいたします。
配置転換を拒否された場合の対応
配置転換命令を発令したものの、本人がこれを拒否するという事案も少なくありません。拒否された場合の対応は、配置転換命令の有効性を前提としつつ、慎重に進める必要があります。
拒否の理由を確認する
まず、本人がなぜ配置転換を拒否するのか、具体的理由を確認します。拒否理由として典型的なものは、家庭の事情(育児・介護)、健康上の事情、職種・勤務地限定合意があるとの主張、などです。
拒否理由が権利濫用に該当し得る事情(育児介護の事情等)であれば、配置転換先の再検討や発効時期の調整を検討します。他方、拒否理由が単なる不満や好悪の感情に過ぎない場合には、配置転換命令の業務命令性を前提とした対応を進めます。
配置転換命令違反に対する対応
配置転換命令が有効であるにもかかわらず本人が従わない場合、これは業務命令違反に該当します。会社としては、次のような段階的対応を取ることになります。
第一に、書面による業務命令の再度の発出です。期限を定めて配置転換先への着任を命じる文書を交付します。第二に、注意指導書の交付です。業務命令違反が継続している事実と、このまま従わない場合には懲戒処分等の対象となることを通知します。第三に、懲戒処分の発動です。段階に応じて、譴責、減給、出勤停止等の懲戒処分を検討します。第四に、解雇の検討です。業務命令違反が重大かつ継続的である場合、懲戒解雇又は普通解雇を検討します。
こうした段階的対応は、後日の解雇の有効性判断において会社側に有利に作用します。いきなり解雇に踏み切るのではなく、段階を踏んで改善機会を与えたという経過を残すことが、法的にも実務的にも重要です。
配置転換先でも能力不足が解消しない場合
配置転換を実施したにもかかわらず、配置転換先の職務についても能力不足が解消しないという事案もあります。この場合、配置転換を実施したという事実は、解雇回避努力を尽くした証拠として後日の解雇の有効性判断に有利に作用します。
配置転換先でも能力不足が解消しない場合、次のような選択肢が検討対象となります。
第一に、さらなる配置転換です。現実的可能性のある範囲でさらに他の職務への配置を検討します。もっとも、中小企業においては選択肢が限定的であることが多く、現実的には難しい場合が多いでしょう。
第二に、退職勧奨です。「配置転換を試みたが、当社には本人の適性に叶う職務が存在しなかった」という事実を踏まえ、合意退職を目指す交渉を行います。配置転換を試みたという事実は、退職勧奨の正当性を裏付ける材料として有効に機能します。退職勧奨の具体的進め方はこちらをご参照ください。
第三に、解雇です。配置転換を実施しても能力不足が解消せず、退職勧奨にも応じない場合、最終的には解雇を検討することになります。配置転換を実施した経過は、解雇回避努力の履践として解雇の有効性判断に有利に作用します。
当事務所のサポート体制
弁護士法人四谷麹町法律事務所は、会社側(使用者側)の労働問題に特化した法律事務所です。能力不足社員の配置転換については、配置転換先の選定段階から、命令書の起案、拒否された場合の対応、解雇に至る場面まで、一貫してサポートいたします。
具体的なサポート内容としては、第一に、配置転換戦略の設計です。就業規則の配置転換条項の確認、個別労働契約における職種限定合意の有無の検証、現実的可能性のある範囲での配置先の選定、権利濫用リスクの事前評価等を行います。第二に、配置転換命令書の起案です。法的要件を満たし、かつ本人の反論を抑える文案を事案に応じて起案します。第三に、面談スクリプトの作成・同席です。発令前面談における説明内容の整理、予想される反論への応答案の作成を行います。第四に、配置転換拒否時の対応です。注意指導書、懲戒処分通知書、解雇通知書の起案、労働審判・訴訟への対応を一貫して担当いたします。
柱ページのご案内 能力不足社員への対応全般(採用段階から解雇まで)については、柱ページ「能力不足の社員は解雇できるか」にて体系的に解説しています。
よくあるご質問
Q.配置転換を命令する場合、就業規則の根拠は必要ですか。
A.配置転換命令を有効に発令するためには、労働契約上の根拠が必要です。実務上は、就業規則に「会社は業務の都合により職務内容・勤務場所の変更を命ずることがある」といった配置転換条項が定められていることが一般的な根拠となります。個別労働契約上、職種限定合意や勤務地限定合意がなされている場合には、その限定の範囲外への配置転換は本人の個別同意がない限り有効とはなりません。
Q.配置転換を拒否された場合、どう対応すればよいですか。
A.配置転換命令が有効であるにもかかわらず本人が従わない場合、業務命令違反に該当します。書面による命令の再発出、注意指導書の交付、懲戒処分、最終的には解雇の検討、という段階的対応を取ることになります。いきなり解雇に踏み切るのではなく、段階を踏んで改善機会を与えたという経過を残すことが、後日の解雇の有効性判断において会社側に有利に作用します。
Q.能力不足の社員に合う仕事がない場合、配置転換せずに解雇できますか。
A.配置転換の可能性を現実的可能性のある範囲で検討した結果、配置先がないといえる場合には、その経過を記録した上で解雇を検討することが可能です。「どの職務について、どのような理由で配置不可と判断したか」を項目別に書面化しておくことで、後日の解雇の有効性判断において解雇回避努力を尽くしたことの証拠として機能します。
Q.雇用維持のため、本人のために新たに仕事を作り出す必要がありますか。
A.雇用維持のみを目的として新たな職務を無理に作り出す必要はありません。雇用維持を最優先に職務を作り出すという発想は、会社経営の合理性から見て疑問があり、本人にとっても必ずしも幸せな結果をもたらしません。新たな職務の創設が正当化されるのは、本人の適性が具体的に推測でき、その適性に叶う職務を例外的に設計することが合理的な場合に限られます。
Q.配置転換命令が権利濫用になるのはどのような場合ですか。
A.裁判例上、配置転換命令が権利濫用として無効と判断される典型類型は、①業務上の必要性が認められない場合、②本人に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合、③不当な動機・目的に基づく場合の3つです。嫌がらせ目的や退職に追い込むことを目的とした配置転換は、業務上の必要性を欠き権利濫用となります。育児介護の事情を無視した遠隔地転勤や、賃金の大幅な減額を伴う配置も、権利濫用と判断される場合があります。
Q.配置転換命令書にはどのような内容を記載すべきですか。
A.配置転換命令書には、①新たな職務内容・勤務場所、②配置転換の発効日、③配置転換の理由(業務上の必要性)、④根拠となる就業規則条項、⑤賃金・手当等の処遇変更の内容、⑥引継期間・業務移管の進め方、を明記します。本人の署名・押印による受領確認を取得することが望ましく、受領を拒絶された場合には内容証明郵便で送達する方法もあります。
Q.配置転換先でも能力不足が解消しない場合、解雇できますか。
A.配置転換を実施したという事実は、解雇回避努力を尽くした証拠として後日の解雇の有効性判断に有利に作用します。配置転換先でも能力不足が解消しない場合、さらなる配置転換、退職勧奨、解雇のいずれかを検討することになります。配置転換を試みたという経過があれば、退職勧奨の正当性を裏付ける材料としても機能し、合意退職が成立しやすくなります。
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監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
配置転換の設計は、
解雇回避努力の核心です。
配置先の選定、命令書の起案、拒否された場合の段階的対応まで、会社側専門の弁護士が伴走型でサポートいたします。ご判断に迷われる段階からお受けいたします。
最終更新日 2026/04/18