本ページの基となる解説動画
本ページの解説内容は、以下の藤田進太郎弁護士による解説動画を素材として、当事務所が文章化しているものです。本ページの記載と動画の内容に齟齬がある場合や、より詳しい解説をご覧になりたい場合は、動画を直接ご視聴ください。
配置転換・転勤命令に従わない社員の解雇は、業務命令違反による解雇として比較的認められやすい類型です。もっとも、「打診ではなく命令が書面等で明示的に発せられていること」「命令そのものが権限の範囲内かつ権利濫用に当たらないこと」「十分な説得活動を経た上で解雇していること」の三要件が前提となります。いきなり解雇に進むのではなく、1ヶ月以上の説得活動を経ることが実務上望ましい対応です。また、「異議を留保して命令には従う」という対応を取られた場合には、解雇は認められません。
業務命令違反による解雇の位置づけ
配置転換命令、転勤命令、担当業務の変更命令といった業務命令に従わないことを理由とする解雇は、問題社員の解雇類型の中でも比較的解雇有効性が認められやすい類型に属します。雇用契約の中核である「会社の指揮命令に従って労務を提供する」という義務そのものを履行しないものであるため、他の類型と比較して解雇相当性が肯定されやすい構造にあります。
能力不足解雇との難易度比較
柱ページ「問題社員の解雇」でも整理したとおり、解雇有効性のハードルは問題行動の類型によって大きく異なります。業務命令違反は、能力不足・勤務態度不良よりも解雇相当性が認められやすい類型です。
もっとも、「認められやすい」とは「何もしなくても認められる」という意味ではありません。本ページで解説する各要件を満たす形で手続を進めなければ、業務命令違反の事案であっても解雇無効と判断されることは十分にあり得ます。
会社が検討すべき三要件
業務命令違反による解雇を検討するに当たり、会社が順番に確認すべき三要件があります。
第一に、「打診」ではなく「命令」が明確に発せられているか(第2章)。第二に、当該命令自体が有効か(第3章)。第三に、命令違反に対する説得活動を尽くしたか(第4章)。この三要件をすべて満たした上で、なお命令に従わない場合に解雇を検討する──これが実務上の基本的な流れです。
「打診」と「命令」の決定的違い
ご相談を受けている中で非常に多いのが、「打診をしたら断られた」という段階で解雇を検討しようとするケースです。これは業務命令違反による解雇の初歩的な誤りです。
打診は「意向確認」にすぎない
「転勤してもらえないか」「配置転換を受け入れてもらえないか」という投げかけは、法的には意向を確認する「打診」であって、業務命令ではありません。打診に対しては、本人は自由に応諾または拒絶することができ、拒絶したからといって命令違反にはなりません。
打診段階で拒絶されただけで解雇に踏み切ると、裁判所は「そもそも命令が発せられていないのだから、命令違反は成立しない」と整理し、解雇無効の判断を下すことになります。これは業務命令違反による解雇の前提事実そのものが欠けているというレベルの問題です。
「命令」として発するための要件
打診を断られた後、会社として当該異動を実行する必要があると判断した場合には、明確な形で業務命令を発する必要があります。実務上は、以下の形式が望ましいと考えられます。
第一に、書面で発令することです。辞令や命令書を書面で交付することで、命令が発令された事実と内容を明確化できます。第二に、書面が困難な場合であっても、メール等の形に残る方法で通知します。口頭のみの「伝えた」では、後日の紛争で発令事実自体を争われるリスクがあります。第三に、命令書には、異動の内容(新所属・新職務・赴任地等)、発効日、命令の根拠(就業規則の該当条項等)を明記します。
命令そのものの有効性確認──権限と権利濫用
命令を明示的に発令したとしても、当該命令そのものが無効であれば、命令違反を理由とする解雇も成立しません。命令違反解雇を検討する前提として、命令の有効性を慎重に確認する必要があります。
命令権限の確認
まず、就業規則上、当該命令を発する権限が会社に留保されているかを確認します。配置転換・担当業務変更・転勤のそれぞれについて、就業規則上の根拠条項があるかを点検します。
職種限定契約や勤務地限定契約で採用した社員については、配置転換や転勤を命じる権限が会社に認められない場合があります。「ドライバーとして採用した」「本社勤務限定で採用した」といった事情がある場合には、そもそも命令権限の有無からの検討が必要となります。
権利濫用に当たらないかの検討
命令権限があっても、その命令が権利濫用に当たる場合は無効となります。権利濫用判断の要素としては、以下のようなものがあります。
業務上の必要性──当該異動を実行する業務上の合理的な必要性があるか。人員配置の合理化、欠員補充、育成目的、組織再編等、説明可能な理由があるかが問われます。不当な動機・目的──退職に追い込むための嫌がらせ目的、報復目的、差別目的等、不当な動機がないか。労働者の不利益の程度──当該異動により本人が被る不利益が、通常甘受すべき程度を著しく超えるものではないか。育児・介護等の家庭事情への配慮も考慮要素となります。
命令違反でもすぐ解雇しない──説得活動の実務
有効な命令を発令したにもかかわらず本人が従わない場合であっても、即座に解雇することは避けるべきです。「命令に従うのが当然」という感覚から、断られた時点ですぐ解雇に踏み切る会社経営者の方もいらっしゃいますが、実務上これは解雇無効判決を招く典型パターンです。
推奨される説得期間
説得活動の期間として実務的に推奨されるのは、最低でも2週間、望ましくは1ヶ月以上です。事案によっては2ヶ月程度の時間をかけて説得を継続することもあります。裁判所は「会社がどの程度本人に考え直す機会を与えたか」を重視する傾向にあり、説得期間が短すぎると解雇相当性を否定する方向に働きます。
ノーワーク・ノーペイの原則により、命令違反の期間中は賃金支払義務を負わないため、会社としての経済的負担は限定的です。解雇無効と判断された場合のリスクと比較すれば、時間をかけて説得する方が合理的な選択となります。
説得活動の内容
単に「従ってください」と繰り返すのではなく、以下のような内容で丁寧な説得を行います。
第一に、異動の業務上の必要性の説明。なぜ当該異動が会社として必要なのかを、事実に即して具体的に説明します。第二に、本人の懸念への対応。家庭事情、通勤、スキル面の不安等、拒絶の背景にある懸念を聞き取り、可能な範囲で会社として対応可能な配慮を提示します。第三に、従わない場合の帰結の説明。命令違反が継続した場合、最終的には解雇に至り得ることを明示します。
説得内容の記録化
説得活動を行った事実を後日立証できるよう、面談の日時・出席者・伝達内容を書面で残すことが不可欠です。面談記録の作成、本人へのメール送信、文書の交付等、記録として残る形での説得活動を積み重ねることで、後日の紛争に備えることができます。
異議を留保して従う社員への対応
実務上注意が必要なパターンとして、「命令には従うが、異議を留保して裁判で争う」という対応を取られる事案があります。
このパターンが使われる理由
なぜ労働者側がこのような対応を取るのかというと、有効な命令に対する命令違反解雇は、通常有効と判断されるためです。雇用を維持しつつ命令の有効性を争いたい労働者は、「命令に従った上で裁判で争う」という形を取ることで、命令違反解雇のリスクを回避しながら、自らの主張を実現しようとします。
会社として取るべき対応
このパターンに直面した場合、解雇はできません。命令には従っており、労務は提供されているため、命令違反の事実が存在しないためです。「会社に対して反抗的な発言をしている」という事情だけでは、解雇や懲戒処分の理由にはなりません。
会社として取るべき対応は、命令自体の有効性に自信があるのであれば、淡々と異動を維持し、訴訟提起された場合には正面から対応するという姿勢です。命令の業務上の必要性、不当な動機目的の不存在、労働者の不利益の程度を説明可能な形で整理しておき、訴訟でその有効性を立証することになります。
逆に、「異議を留保して従う」と言われた段階で命令の有効性に不安を感じる場合には、当該命令そのものを再検討する機会として活用することも考えられます。命令の有効性を再点検し、必要に応じて命令内容を修正することで、訴訟リスクを下げる判断があり得ます。
解雇有効性を高めるための事実関係の整理
命令違反解雇を実行する前提として、後日の紛争で解雇有効性を立証できる水準まで事実関係を整理・記録化しておくことが必要です。
命令発令に関する資料
命令書(辞令・通知書等)、交付日、交付方法、受領確認(本人署名、メール受信履歴等)を記録化します。命令内容、発効日、根拠規定が明確に記載された書面を、確実に本人に交付した事実を立証できる状態にしておきます。
命令の有効性を裏付ける資料
業務上の必要性を説明する資料(人員配置の合理化計画、欠員状況、組織再編計画等)、不当な動機・目的の不存在を示す資料(過去の人事異動の実績、同様の事案の取扱い等)、労働者の不利益の程度についての配慮を示す資料(通勤手当の支給、住宅補助の提供、子の保育への配慮等)を整備します。
説得活動の記録
説得活動を行った事実と内容を示す資料として、面談記録、送信メール、送付書面、本人からの回答等を時系列で整理します。「会社として丁寧に説得を尽くしたが、最終的に本人が従わなかった」という経過を、資料で立証できる状態に整えます。
解雇通知書の起案と留意点
説得活動を尽くしてもなお命令違反が継続し、解雇を実行する段階に至った場合、解雇通知書の起案が重要となります。
解雇通知書の基本記載事項
解雇通知書には、①解雇の意思表示、②解雇発効日、③解雇理由(業務命令違反の具体的事実と根拠条項)、④解雇予告手当の取扱い(即時解雇なら30日分の支払い、30日前予告なら支払い不要)を記載します。
解雇理由の記載の要点
解雇理由は、何月何日にどのような命令を発令し、本人がいつどのような形で従わなかったのか、会社としてどのような説得活動を行ったのかを具体的事実で記載します。
評価的な表現(「業務命令を無視する態度」「反抗的な姿勢」等)ではなく、客観的事実(「〇年〇月〇日付で配置転換命令書を交付したが、新所属地に赴任しない状態が〇月〇日現在も継続している」等)で記載することが、後日の立証上重要です。
交付方法
解雇通知書は、配達証明付きの内容証明郵便で送付することが、交付日と内容を明確にするうえで望ましい方法です。本人が出勤していない場合、出勤している場合のいずれにおいても、確実に本人に到達したことを立証できる方法を選択します。
当事務所のサポート体制
弁護士法人四谷麹町法律事務所は、会社側(使用者側)の労働問題に特化した法律事務所です。配置転換命令・転勤命令の発令から、命令違反社員への対応、解雇実行、労働審判・訴訟対応まで、一貫してサポートいたします。
第一に、命令発令の設計です。就業規則上の権限根拠の確認、命令内容の設計、権利濫用リスクの評価、命令書の起案等、適切な発令のための事前準備をサポートします。第二に、説得活動の伴走型支援です。面談のスクリプト作成、伝達内容の整理、面談記録の書式提供等を行います。第三に、解雇判断の支援と解雇通知書の起案です。解雇有効性を確保するための事実整理、解雇通知書の起案、内容証明郵便での送付手続までを担当します。第四に、訴訟対応です。元社員から解雇無効主張の提訴・労働審判申立てがあった場合、同じチームが一貫して対応いたします。
関連ページ 配置転換命令の発令側の論点(命令権限の範囲、権利濫用判断の詳細等)については、「能力不足社員の配置転換」にて解説しています。問題社員の解雇全般については柱ページ「問題社員の解雇」もあわせてご参照ください。
よくあるご質問
Q.転勤を拒否した社員を解雇できますか。
A.条件を満たせば可能です。①就業規則上の転勤命令権があること、②発令する転勤命令が権利濫用に当たらないこと、③打診ではなく命令を書面等で明示的に発していること、④十分な説得活動を経ていることが前提となります。これらをすべて満たした上でなお拒否が継続する場合、業務命令違反による解雇は比較的有効と認められやすい類型です。
Q.配置転換を断った社員を解雇できますか。
A.転勤の場合と同様、配置転換命令権の存在、命令の有効性、明示的な命令発令、説得活動の実施を満たせば、解雇が認められる可能性が高まります。職種限定契約で採用した社員については、そもそも配置転換を命じる権限がない場合があるため、契約内容の点検が先行します。
Q.「打診」と「命令」は法的にどう違いますか。
A.打診は「意向確認」であり、本人は自由に応諾・拒絶できます。拒絶しても命令違反にはなりません。他方、命令は履行義務を伴う業務指示であり、有効な命令に従わないことは命令違反となります。打診で断られただけでは解雇できないため、異動を実行する必要があると判断した場合には、書面等で明確に命令を発令する段階を踏む必要があります。
Q.命令を出してから、どのくらい説得期間を設けるべきですか。
A.実務的には最低2週間、望ましくは1ヶ月以上を推奨します。事案によっては2ヶ月程度の時間をかけて丁寧に説得を継続することもあります。裁判所は「会社がどの程度本人に考え直す機会を与えたか」を重視するため、説得期間が短すぎると解雇相当性を否定する方向に作用します。ノーワーク・ノーペイの原則により会社の経済的負担は限定的であるため、時間をかけることが合理的な選択となります。
Q.「異議を留保して従う」と言われた場合、解雇できますか。
A.解雇はできません。命令に従い労務は提供されているため、命令違反の事実が存在しないためです。「会社に反抗的な発言をしている」という事情だけでは、解雇や懲戒処分の理由にはなりません。命令自体の有効性に自信があるのであれば、淡々と異動を維持し、訴訟が提起された場合には命令の有効性を正面から立証する姿勢が適切です。
Q.配置転換命令そのものが無効となるのはどのような場合ですか。
A.①命令権限自体の欠如(就業規則上の根拠なし、職種・勤務地限定契約で発令できる範囲外の命令等)、②権利濫用(業務上の必要性の欠如、退職勧奨の手段としての不当な動機、労働者の不利益が通常甘受すべき程度を著しく超える等)に該当する場合に、命令は無効となります。命令無効の場合、命令違反を理由とする解雇も成立しません。
Q.命令違反を理由とする解雇は、能力不足を理由とする解雇より有効になりやすいですか。
A.はい、一般的に業務命令違反による解雇の方が解雇有効性が認められやすいといえます。雇用契約の中核である「会社の指揮命令に従って労務を提供する」義務そのものの不履行であるため、解雇相当性が肯定されやすい構造にあります。ただし、本ページで解説した前提要件(明示的な命令発令、命令の有効性、説得活動等)を満たすことが前提です。
さらに詳しく知りたい方はこちら
監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
配置転換・転勤命令違反による解雇は、
前提要件の整え方で結果が決まります。
命令発令の設計、説得活動の伴走、解雇通知書の起案、訴訟対応まで、会社側専門の弁護士が一貫してサポートいたします。命令を出すべきかの判断段階からのご相談を歓迎します。
最終更新日 2026/04/19
本ページの基となる解説動画
本ページの解説内容は、以下の藤田進太郎弁護士による解説動画を素材として、当事務所が文章化しているものです。本ページの記載と動画の内容に齟齬がある場合や、より詳しい解説をご覧になりたい場合は、動画を直接ご視聴ください。
配置転換・転勤命令に従わない社員の解雇は、業務命令違反による解雇として比較的認められやすい類型です。もっとも、「打診ではなく命令が書面等で明示的に発せられていること」「命令そのものが権限の範囲内かつ権利濫用に当たらないこと」「十分な説得活動を経た上で解雇していること」の三要件が前提となります。いきなり解雇に進むのではなく、1ヶ月以上の説得活動を経ることが実務上望ましい対応です。また、「異議を留保して命令には従う」という対応を取られた場合には、解雇は認められません。
業務命令違反による解雇の位置づけ
配置転換命令、転勤命令、担当業務の変更命令といった業務命令に従わないことを理由とする解雇は、問題社員の解雇類型の中でも比較的解雇有効性が認められやすい類型に属します。雇用契約の中核である「会社の指揮命令に従って労務を提供する」という義務そのものを履行しないものであるため、他の類型と比較して解雇相当性が肯定されやすい構造にあります。
能力不足解雇との難易度比較
柱ページ「問題社員の解雇」でも整理したとおり、解雇有効性のハードルは問題行動の類型によって大きく異なります。業務命令違反は、能力不足・勤務態度不良よりも解雇相当性が認められやすい類型です。
もっとも、「認められやすい」とは「何もしなくても認められる」という意味ではありません。本ページで解説する各要件を満たす形で手続を進めなければ、業務命令違反の事案であっても解雇無効と判断されることは十分にあり得ます。
会社が検討すべき三要件
業務命令違反による解雇を検討するに当たり、会社が順番に確認すべき三要件があります。
第一に、「打診」ではなく「命令」が明確に発せられているか(第2章)。第二に、当該命令自体が有効か(第3章)。第三に、命令違反に対する説得活動を尽くしたか(第4章)。この三要件をすべて満たした上で、なお命令に従わない場合に解雇を検討する──これが実務上の基本的な流れです。
「打診」と「命令」の決定的違い
ご相談を受けている中で非常に多いのが、「打診をしたら断られた」という段階で解雇を検討しようとするケースです。これは業務命令違反による解雇の初歩的な誤りです。
打診は「意向確認」にすぎない
「転勤してもらえないか」「配置転換を受け入れてもらえないか」という投げかけは、法的には意向を確認する「打診」であって、業務命令ではありません。打診に対しては、本人は自由に応諾または拒絶することができ、拒絶したからといって命令違反にはなりません。
打診段階で拒絶されただけで解雇に踏み切ると、裁判所は「そもそも命令が発せられていないのだから、命令違反は成立しない」と整理し、解雇無効の判断を下すことになります。これは業務命令違反による解雇の前提事実そのものが欠けているというレベルの問題です。
「命令」として発するための要件
打診を断られた後、会社として当該異動を実行する必要があると判断した場合には、明確な形で業務命令を発する必要があります。実務上は、以下の形式が望ましいと考えられます。
第一に、書面で発令することです。辞令や命令書を書面で交付することで、命令が発令された事実と内容を明確化できます。第二に、書面が困難な場合であっても、メール等の形に残る方法で通知します。口頭のみの「伝えた」では、後日の紛争で発令事実自体を争われるリスクがあります。第三に、命令書には、異動の内容(新所属・新職務・赴任地等)、発効日、命令の根拠(就業規則の該当条項等)を明記します。
命令そのものの有効性確認──権限と権利濫用
命令を明示的に発令したとしても、当該命令そのものが無効であれば、命令違反を理由とする解雇も成立しません。命令違反解雇を検討する前提として、命令の有効性を慎重に確認する必要があります。
命令権限の確認
まず、就業規則上、当該命令を発する権限が会社に留保されているかを確認します。配置転換・担当業務変更・転勤のそれぞれについて、就業規則上の根拠条項があるかを点検します。
職種限定契約や勤務地限定契約で採用した社員については、配置転換や転勤を命じる権限が会社に認められない場合があります。「ドライバーとして採用した」「本社勤務限定で採用した」といった事情がある場合には、そもそも命令権限の有無からの検討が必要となります。
権利濫用に当たらないかの検討
命令権限があっても、その命令が権利濫用に当たる場合は無効となります。権利濫用判断の要素としては、以下のようなものがあります。
業務上の必要性──当該異動を実行する業務上の合理的な必要性があるか。人員配置の合理化、欠員補充、育成目的、組織再編等、説明可能な理由があるかが問われます。不当な動機・目的──退職に追い込むための嫌がらせ目的、報復目的、差別目的等、不当な動機がないか。労働者の不利益の程度──当該異動により本人が被る不利益が、通常甘受すべき程度を著しく超えるものではないか。育児・介護等の家庭事情への配慮も考慮要素となります。
命令違反でもすぐ解雇しない──説得活動の実務
有効な命令を発令したにもかかわらず本人が従わない場合であっても、即座に解雇することは避けるべきです。「命令に従うのが当然」という感覚から、断られた時点ですぐ解雇に踏み切る会社経営者の方もいらっしゃいますが、実務上これは解雇無効判決を招く典型パターンです。
推奨される説得期間
説得活動の期間として実務的に推奨されるのは、最低でも2週間、望ましくは1ヶ月以上です。事案によっては2ヶ月程度の時間をかけて説得を継続することもあります。裁判所は「会社がどの程度本人に考え直す機会を与えたか」を重視する傾向にあり、説得期間が短すぎると解雇相当性を否定する方向に働きます。
ノーワーク・ノーペイの原則により、命令違反の期間中は賃金支払義務を負わないため、会社としての経済的負担は限定的です。解雇無効と判断された場合のリスクと比較すれば、時間をかけて説得する方が合理的な選択となります。
説得活動の内容
単に「従ってください」と繰り返すのではなく、以下のような内容で丁寧な説得を行います。
第一に、異動の業務上の必要性の説明。なぜ当該異動が会社として必要なのかを、事実に即して具体的に説明します。第二に、本人の懸念への対応。家庭事情、通勤、スキル面の不安等、拒絶の背景にある懸念を聞き取り、可能な範囲で会社として対応可能な配慮を提示します。第三に、従わない場合の帰結の説明。命令違反が継続した場合、最終的には解雇に至り得ることを明示します。
説得内容の記録化
説得活動を行った事実を後日立証できるよう、面談の日時・出席者・伝達内容を書面で残すことが不可欠です。面談記録の作成、本人へのメール送信、文書の交付等、記録として残る形での説得活動を積み重ねることで、後日の紛争に備えることができます。
異議を留保して従う社員への対応
実務上注意が必要なパターンとして、「命令には従うが、異議を留保して裁判で争う」という対応を取られる事案があります。
このパターンが使われる理由
なぜ労働者側がこのような対応を取るのかというと、有効な命令に対する命令違反解雇は、通常有効と判断されるためです。雇用を維持しつつ命令の有効性を争いたい労働者は、「命令に従った上で裁判で争う」という形を取ることで、命令違反解雇のリスクを回避しながら、自らの主張を実現しようとします。
会社として取るべき対応
このパターンに直面した場合、解雇はできません。命令には従っており、労務は提供されているため、命令違反の事実が存在しないためです。「会社に対して反抗的な発言をしている」という事情だけでは、解雇や懲戒処分の理由にはなりません。
会社として取るべき対応は、命令自体の有効性に自信があるのであれば、淡々と異動を維持し、訴訟提起された場合には正面から対応するという姿勢です。命令の業務上の必要性、不当な動機目的の不存在、労働者の不利益の程度を説明可能な形で整理しておき、訴訟でその有効性を立証することになります。
逆に、「異議を留保して従う」と言われた段階で命令の有効性に不安を感じる場合には、当該命令そのものを再検討する機会として活用することも考えられます。命令の有効性を再点検し、必要に応じて命令内容を修正することで、訴訟リスクを下げる判断があり得ます。
解雇有効性を高めるための事実関係の整理
命令違反解雇を実行する前提として、後日の紛争で解雇有効性を立証できる水準まで事実関係を整理・記録化しておくことが必要です。
命令発令に関する資料
命令書(辞令・通知書等)、交付日、交付方法、受領確認(本人署名、メール受信履歴等)を記録化します。命令内容、発効日、根拠規定が明確に記載された書面を、確実に本人に交付した事実を立証できる状態にしておきます。
命令の有効性を裏付ける資料
業務上の必要性を説明する資料(人員配置の合理化計画、欠員状況、組織再編計画等)、不当な動機・目的の不存在を示す資料(過去の人事異動の実績、同様の事案の取扱い等)、労働者の不利益の程度についての配慮を示す資料(通勤手当の支給、住宅補助の提供、子の保育への配慮等)を整備します。
説得活動の記録
説得活動を行った事実と内容を示す資料として、面談記録、送信メール、送付書面、本人からの回答等を時系列で整理します。「会社として丁寧に説得を尽くしたが、最終的に本人が従わなかった」という経過を、資料で立証できる状態に整えます。
解雇通知書の起案と留意点
説得活動を尽くしてもなお命令違反が継続し、解雇を実行する段階に至った場合、解雇通知書の起案が重要となります。
解雇通知書の基本記載事項
解雇通知書には、①解雇の意思表示、②解雇発効日、③解雇理由(業務命令違反の具体的事実と根拠条項)、④解雇予告手当の取扱い(即時解雇なら30日分の支払い、30日前予告なら支払い不要)を記載します。
解雇理由の記載の要点
解雇理由は、何月何日にどのような命令を発令し、本人がいつどのような形で従わなかったのか、会社としてどのような説得活動を行ったのかを具体的事実で記載します。
評価的な表現(「業務命令を無視する態度」「反抗的な姿勢」等)ではなく、客観的事実(「〇年〇月〇日付で配置転換命令書を交付したが、新所属地に赴任しない状態が〇月〇日現在も継続している」等)で記載することが、後日の立証上重要です。
交付方法
解雇通知書は、配達証明付きの内容証明郵便で送付することが、交付日と内容を明確にするうえで望ましい方法です。本人が出勤していない場合、出勤している場合のいずれにおいても、確実に本人に到達したことを立証できる方法を選択します。
当事務所のサポート体制
弁護士法人四谷麹町法律事務所は、会社側(使用者側)の労働問題に特化した法律事務所です。配置転換命令・転勤命令の発令から、命令違反社員への対応、解雇実行、労働審判・訴訟対応まで、一貫してサポートいたします。
第一に、命令発令の設計です。就業規則上の権限根拠の確認、命令内容の設計、権利濫用リスクの評価、命令書の起案等、適切な発令のための事前準備をサポートします。第二に、説得活動の伴走型支援です。面談のスクリプト作成、伝達内容の整理、面談記録の書式提供等を行います。第三に、解雇判断の支援と解雇通知書の起案です。解雇有効性を確保するための事実整理、解雇通知書の起案、内容証明郵便での送付手続までを担当します。第四に、訴訟対応です。元社員から解雇無効主張の提訴・労働審判申立てがあった場合、同じチームが一貫して対応いたします。
関連ページ 配置転換命令の発令側の論点(命令権限の範囲、権利濫用判断の詳細等)については、「能力不足社員の配置転換」にて解説しています。問題社員の解雇全般については柱ページ「問題社員の解雇」もあわせてご参照ください。
よくあるご質問
Q.転勤を拒否した社員を解雇できますか。
A.条件を満たせば可能です。①就業規則上の転勤命令権があること、②発令する転勤命令が権利濫用に当たらないこと、③打診ではなく命令を書面等で明示的に発していること、④十分な説得活動を経ていることが前提となります。これらをすべて満たした上でなお拒否が継続する場合、業務命令違反による解雇は比較的有効と認められやすい類型です。
Q.配置転換を断った社員を解雇できますか。
A.転勤の場合と同様、配置転換命令権の存在、命令の有効性、明示的な命令発令、説得活動の実施を満たせば、解雇が認められる可能性が高まります。職種限定契約で採用した社員については、そもそも配置転換を命じる権限がない場合があるため、契約内容の点検が先行します。
Q.「打診」と「命令」は法的にどう違いますか。
A.打診は「意向確認」であり、本人は自由に応諾・拒絶できます。拒絶しても命令違反にはなりません。他方、命令は履行義務を伴う業務指示であり、有効な命令に従わないことは命令違反となります。打診で断られただけでは解雇できないため、異動を実行する必要があると判断した場合には、書面等で明確に命令を発令する段階を踏む必要があります。
Q.命令を出してから、どのくらい説得期間を設けるべきですか。
A.実務的には最低2週間、望ましくは1ヶ月以上を推奨します。事案によっては2ヶ月程度の時間をかけて丁寧に説得を継続することもあります。裁判所は「会社がどの程度本人に考え直す機会を与えたか」を重視するため、説得期間が短すぎると解雇相当性を否定する方向に作用します。ノーワーク・ノーペイの原則により会社の経済的負担は限定的であるため、時間をかけることが合理的な選択となります。
Q.「異議を留保して従う」と言われた場合、解雇できますか。
A.解雇はできません。命令に従い労務は提供されているため、命令違反の事実が存在しないためです。「会社に反抗的な発言をしている」という事情だけでは、解雇や懲戒処分の理由にはなりません。命令自体の有効性に自信があるのであれば、淡々と異動を維持し、訴訟が提起された場合には命令の有効性を正面から立証する姿勢が適切です。
Q.配置転換命令そのものが無効となるのはどのような場合ですか。
A.①命令権限自体の欠如(就業規則上の根拠なし、職種・勤務地限定契約で発令できる範囲外の命令等)、②権利濫用(業務上の必要性の欠如、退職勧奨の手段としての不当な動機、労働者の不利益が通常甘受すべき程度を著しく超える等)に該当する場合に、命令は無効となります。命令無効の場合、命令違反を理由とする解雇も成立しません。
Q.命令違反を理由とする解雇は、能力不足を理由とする解雇より有効になりやすいですか。
A.はい、一般的に業務命令違反による解雇の方が解雇有効性が認められやすいといえます。雇用契約の中核である「会社の指揮命令に従って労務を提供する」義務そのものの不履行であるため、解雇相当性が肯定されやすい構造にあります。ただし、本ページで解説した前提要件(明示的な命令発令、命令の有効性、説得活動等)を満たすことが前提です。
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監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
配置転換・転勤命令違反による解雇は、
前提要件の整え方で結果が決まります。
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最終更新日 2026/04/19