この記事の結論
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就業規則に反する労使慣行であっても、一定の要件を満たせば労働契約の内容となる

民法92条(事実たる慣習)の規定により、就業規則に反する労使慣行であっても、一定の要件を満たした「慣習」として法的効力が認められれば、労働契約の内容となります(商大八戸ノ里ドライビングスクール事件)。

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就業規則に反する慣行が成立するには「相当長期間・相当多数回の反復継続」と「使用者の明確な規範意識」が必要

就業規則等に矛盾抵触する労使慣行が事実たる慣習として成立するためには、①相当長期間・相当多数回にわたり広く反復継続していること、②使用者の規範意識が明確であること、という高いハードルが必要です。

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使用者にとっての実務リスク:好意的取扱いが慣行として固定化するおそれ

使用者が好意的に行ってきた取扱い(就業規則を上回る待遇)が慣行化すると、後にそれを変更しようとした際に「既得の権利」として争われるリスクがあります。

01民法92条(事実たる慣習)と労使慣行

 民法92条は「法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。」と規定しています。

 就業規則に反する労使慣行が、この条にいう「慣習(事実たる慣習)」として認められれば、労使双方がその慣習による意思を有しているものと認められる限り、労働契約の内容となります。つまり、就業規則の文言とは異なる取扱いが事実上の規範として成立しうるということです。

 問題は、どのような場合にそのような慣習として認められるか、という点です。就業規則は使用者が作成・変更できる規範であり、それに反する慣行が優先されるとなれば、使用者にとっても労働者にとっても重大な影響を及ぼします。

02労使慣行が「事実たる慣習」として認められる要件

 民法92条により法的効力のある労使慣行(事実たる慣習)が成立するための基本要件として、以下の3点が必要とされています(商大八戸ノ里ドライビングスクール事件大阪高裁平成5年6月25日判決)。

労使慣行が事実たる慣習として認められる基本要件

① 同種の行為・事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われていたこと

② 労使双方が明示的にこれによることを排除・排斥していないこと

③ 当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていること
使用者側においては、当該労働条件についてその内容を決定しうる権限を有している者か、または取扱いについて一定の裁量権を有する者が規範意識を有していたことが必要。

 さらに、その慣行が事実たる慣習として法的効力が認められるか否かは、①慣行が形成されてきた経緯と見直しの経緯、②当該慣行の性質・内容・合理性、③労働協約や就業規則との関係、④反復継続性の程度(継続期間・時間的間隔・範囲・人数・回数・頻度)、⑤定着の度合い、⑥労使双方の就業規則との関係についての意識・対応等の諸般の事情を総合的に考慮して判断されます。

03就業規則に反する慣行が成立する場合の高いハードル

 就業規則等に矛盾抵触し、これによって定められた事項を改廃するのと同じ結果をもたらす労使慣行が事実たる慣習として成立するためには、上記の基本要件に加え、特に以下の2点が厳しく要求されます。

就業規則に反する慣行が成立するための追加的要件

① その慣行が相当長期間、相当多数回にわたり広く反復継続していること
「長期間」「多数回」であっても足りず、「広く」という拡がりも必要。

② 当該慣行についての使用者の規範意識が明確であること
権限のある者(決定権者・裁量権者)が規範として認識していたことが必要。

 この判断は、慣行が労使のどちらに有利か不利かを問いません。使用者に有利な慣行であっても、上記の要件を満たせば事実たる慣習として成立します。逆に、労働者に有利な慣行であっても、要件を満たさなければ認められません。

04商大八戸ノ里ドライビングスクール事件の判断枠組み

 商大八戸ノ里ドライビングスクール事件大阪高裁平成5年6月25日判決は、上記の判断基準を明示したうえで、「就業規則の明文の規定に反しないという範囲に限られるとの主張は採用することができない」とし、明示的に就業規則に反する労使慣行も事実たる慣習として認められ得ることを判示しました。

 同事件の上告審判決である最高裁平成7年3月9日第一小法廷判決は、原審(大阪高裁)の判断は結論において正当として是認することができると判断し、上告を棄却しています。

 これにより、「就業規則に反する慣行は一切法的効力を持たない」という理解は否定されており、一定の要件を満たす慣行は、就業規則の規定を超えて労働契約の内容を形成し得ることが確立しています。

05使用者が注意すべき実務上のリスク

 使用者にとって特に注意が必要なのは、使用者が「好意的・例外的に行っていた取扱い」が、長年の反復継続によって慣行として固定化し、後にその取扱いを変更・廃止しようとしたときに「既得の権利」として争われるリスクです。

 例えば、就業規則では特別休暇の制度がないにもかかわらず、長年にわたり全員に一定日数の特別休暇を付与してきた場合、これが事実たる慣習として認定されると、会社が一方的に廃止することが困難になります。

 このリスクを防ぐためには、①就業規則に規定のない取扱いを行う場合は、その都度「就業規則に基づくものではなく、例外的・好意的な対応である」ことを明確に伝える、②就業規則に規定のない取扱いを実施する場合は、都度文書化し会社の裁量による運用であることを残す、③慣行化しそうな取扱いがある場合は、就業規則に明文化して整理する、といった対応が重要です。

経営上のポイント 就業規則に反する労使慣行も、相当長期間・相当多数回の反復継続と使用者の明確な規範意識があれば、労働契約の内容となり得ます。使用者が好意的に行ってきた取扱いが慣行として固定化しないよう、都度「例外的対応である」ことを明確にし、就業規則の整備を定期的に行うことが重要です。アドバイスします。
SUPERVISOR 弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

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弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

Q&Aよくある質問

Q1. 就業規則では「退職金なし」と定めているのに、長年にわたり退職社員に慣例的に退職慰労金を支払ってきました。今後も支払い続ける義務がありますか。

A. 長年にわたり、権限のある者が規範的意識を持って支払ってきた場合、労使慣行として労働契約の内容となっているリスクがあります。ただし、「相当長期間・相当多数回にわたり広く」という要件は高く、個別の状況によって判断が分かれます。廃止しようとする場合には、廃止の合理性(就業規則の不利益変更に準じた判断)が問われる可能性があります。まず弁護士に現状を相談することをお勧めします。

Q2. 管理職に対し就業規則の上限を超えた残業手当を慣例的に支給してきた場合、この慣行を廃止することはできますか。

A. 慣行として労働契約の内容となっている場合、一方的な廃止は困難です。廃止するには、当該管理職との合意(賃金の不利益変更への同意、495番参照)または就業規則の合理的な変更(労働契約法10条)が必要となります。廃止に際しては、対象者への十分な説明・代替措置の検討・段階的削減などを検討してください。弁護士に相談のうえ進めることをお勧めします。

Q3. 好意的な取扱いが慣行化しないよう防止するにはどうすればよいですか。

A. まず、就業規則に規定のない取扱いを行う際には、その都度「就業規則に基づくものではなく、会社の裁量による例外的対応である」ことを書面で明示することが有効です。次に、その取扱いについて権限のある者が「当然のルール」として認識していないことを示す記録を残してください。また、継続的な取扱いが生じる場合は就業規則に明文化して整理することで、後の紛争を防げます。

Q4. 使用者にとって有利な慣行(例:就業規則には有給とあるが実際は無給で処理してきた残業等)も事実たる慣習として成立しますか。

A. 商大八戸ノ里ドライビングスクール事件判決は「労使のどちらに有利か不利かを問わない」と明示しています。ただし、そのような慣行が法律(労基法等)の強行法規に違反する場合は、慣行として成立していても法的効力はありません。例えば、残業代の未払いが慣行化していたとしても、残業代請求権は法律上発生しており、慣行によって消滅させることはできません。

最終更新日:2026年2月25日


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