目次
1.通勤時間が労働時間に該当しないとされる理由
労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいいます。この点を前提にすると、通常の通勤時間は、原則として労働時間には該当しません。
労働者が使用者に対して負う労務提供義務は、使用者の指定する場所において労務を提供することを内容とするものです。通勤は、その労務を提供するために労働力を使用者のもとへ運ぶ行為にすぎず、業務そのものではなく、業務開始前の準備行為と位置づけられます。
また、通勤時間中は、通常、使用者から具体的な指示を受けて行動しているわけではなく、移動手段や経路の選択などについて自由利用が保障されているのが一般的です。このように、使用者の指揮命令下にあるとは評価できないことから、通勤時間は労働時間に当たらないと整理されています。
会社経営者としては、「会社に向かっている時間=会社のための時間」と感覚的に捉えがちですが、法的にはそうではありません。通勤時間は、あくまで労務提供の前提行為にすぎず、原則として労働時間には含まれないという基本的な考え方を押さえておくことが重要です。
2.直行・直帰の場合の移動時間の考え方
取引先への直行や、取引先から自宅へ直帰する場合の移動時間についても、原則的な考え方は通勤時間と同様です。すなわち、直行・直帰の移動時間であっても、通常は労働時間には該当しません。
直行・直帰の場合、労働者は自宅から取引先へ、または取引先から自宅へ移動することになりますが、この移動は、労務を提供する場所へ労働力を持参する行為にすぎないと整理されます。使用者の指揮命令下に置かれているとは評価しにくく、移動中の行動についても自由度が認められているのが一般的です。
そのため、直行・直帰の移動時間を一律に労働時間として扱う必要はありません。「会社に寄らずに取引先へ向かっているのだから業務時間ではないか」と感じる場面もありますが、業務開始前または終了後の移動にすぎない限り、通勤と同様の扱いになります。
もっとも、移動中に業務上の具体的な指示を受け、継続的な対応を求められているなど、自由利用が実質的に制限されている特段の事情があれば、労働時間該当性が問題となる余地があります。会社経営者としては、直行・直帰の運用実態にも目を向け、形式だけで判断しないことが重要です。
3.職場から取引先への移動時間の労働時間該当性
通勤時間や直行・直帰の移動時間とは異なり、職場から取引先へ向かう移動時間については、労働時間に該当すると考えられるのが原則です。ここは、会社経営者が特に誤解しやすいポイントです。
職場での業務を開始した後、使用者の指示に基づいて取引先へ移動する場合、その移動は業務の一環として行われるものです。移動中、労働者は業務から離脱して自由に時間を使うことはできず、使用者の業務指示を遂行する過程に組み込まれていると評価されます。
そのため、職場から取引先への移動時間は、通常、使用者の指揮命令下に置かれており、自由利用が認められていない以上、労基法上の労働時間に該当すると整理されます。移動そのものが労務提供であるかどうかではなく、業務遂行上不可欠な行為かどうかが判断基準となります。
会社経営者としては、「移動しているだけだから労働時間ではない」と安易に判断せず、業務の開始後に発生する移動かどうかという視点で整理することが重要です。この点を誤ると、移動時間分の残業代請求につながるおそれがあります。
4.「自由利用」が判断の分かれ目となるポイント
通勤時間や移動時間が労働時間に該当するかどうかを判断する際の決定的な基準は、その時間が労働者にとって自由に利用できる状態にあったかという点です。これは、労基法上の労働時間概念の中核となる考え方です。
自由利用が認められているとは、移動手段や経路を労働者自身が選択でき、移動中に業務上の拘束や即時対応義務が課されていない状態をいいます。通勤時間や直行・直帰の移動時間が原則として労働時間に当たらないのは、この自由利用性が通常は確保されているためです。
一方で、移動中に頻繁な業務連絡への対応を求められる、移動方法や時間帯が細かく指定されている、立ち寄りや私的行動が事実上許されていないといった事情があれば、自由利用が制限されていると評価される可能性があります。このような場合には、形式上は移動時間であっても、労働時間該当性が問題となり得ます。
会社経営者としては、「移動中だから自由だろう」と一括りにするのではなく、実際の業務運用において、どの程度の拘束を課しているのかを具体的に検討することが重要です。自由利用の有無は、移動時間を巡る判断の分かれ目となるため、慎重な整理が求められます。
5.移動時間を巡るトラブルが生じやすい場面
通勤時間や移動時間を巡るトラブルは、制度上の整理と実際の運用が食い違っている場面で生じやすくなります。会社経営者としては、どのようなケースで紛争に発展しやすいのかを把握しておくことが重要です。
典型例の一つが、直行・直帰として扱っているものの、移動中に業務対応を常態的に求めているケースです。電話やメールへの即時対応、資料確認や指示の受発信を当然の前提としている場合、移動時間の自由利用性が否定され、労働時間と評価されるリスクがあります。
また、職場から取引先への移動について、移動時間を業務時間として管理していないケースも注意が必要です。移動が業務の一部であるにもかかわらず、勤怠上は切り捨てられていると、後に残業代請求の対象となる可能性があります。
さらに、移動手段や経路、集合時刻などを細かく指定し、事実上私的行動が制限されている場合も、自由利用が否定されやすくなります。会社経営者としては、「移動時間は原則労働時間ではない」という理解に安住せず、実態としてどの程度の業務拘束を課しているのかを点検することが不可欠です。
6.通勤・移動時間を巡るリスクを防ぐために会社経営者が取るべき対応
通勤時間や移動時間を巡る問題は、「労働時間ではないはずだ」という思い込みから、無意識のうちに未払残業代リスクを抱えやすい分野です。会社経営者としては、原則論だけでなく、自社の実際の運用を前提に整理することが重要です。
まず、直行・直帰や移動時間について、業務上の拘束をどこまで課しているのかを明確にしてください。移動中の業務連絡対応を当然視していないか、移動方法や時間を過度に指定していないかといった点は、自由利用性を判断するうえで重要な要素となります。
次に、職場から取引先への移動については、原則として労働時間に該当することを前提に、勤怠管理に反映させることが必要です。移動時間を切り捨てる運用を続けていると、後にまとめて残業代請求を受けるリスクがあります。
また、就業規則や社内ルールにおいて、通勤時間、直行・直帰、業務移動時間の取扱いを曖昧にせず、実態に即して整理しておくことも重要です。形式だけ整えても、実際の運用と乖離していれば意味がありません。
会社経営者としては、「通勤か業務か」という単純な区分ではなく、指揮命令下にあるか、自由利用が保障されているかという視点で判断し、制度と現場の運用を一致させることが、通勤・移動時間を巡る労働トラブルを防ぐ最も確実な方法となります。
最終更新日2026/2/4
