1. 事案の概要と問題点

 本件は、会社が年功序列型の賃金制度から成果主義賃金制度へ移行するため、給与規程(就業規則)を変更したことの有効性が争われた事案です。変更の結果、評価や成果次第では従前より賃金が下がる労働者が生じる可能性があり、労働者側は「就業規則の不利益変更に当たり無効である」と主張しました。

 問題となったのは、就業規則の不利益変更が許されるかどうか、すなわち変更に「合理性」が認められるかという点です。労働契約法の考え方に照らすと、労働者の同意がなくても、変更に合理性があれば就業規則の変更は有効となり得ます。

 本件では、会社が導入した成果主義賃金制度が、
・どのような経営上の必要性に基づくものか
・賃金総額を減少させるものか否か
・特定の労働者層にのみ過度な不利益を与えるものではないか
・代償措置や経過措置が適切か
といった点が総合的に検討されました。

 第一審と控訴審とで結論が分かれた点も特徴的であり、会社経営者にとって、賃金制度変更を行う際のリスク管理と実務対応を考えるうえで極めて参考になる裁判例といえます。

2. 成果主義賃金制度の目的と内容

 本件で会社が導入した成果主義賃金制度は、従来の年功序列型賃金制度を見直し、労働者の成果や能力を賃金により反映させることを目的とするものでした。その背景には、企業を取り巻く競争環境の激化があり、労働生産性を高め、企業の国際競争力を強化するという高度の経営上の必要性が認められていました。

 制度の内容として重要なのは、単純に人件費を削減する仕組みではなかった点です。裁判所は、賃金原資の総額自体を減少させるものではなく、その分配方法をより合理的なものへ変更する制度であることを重視しました。成果や能力に応じて評価される仕組みとすることで、賃金配分の公平性を高めようとした点が評価されています。

 また、本制度では、すべての労働者に対し、自己研鑽や努力によって昇格・昇給し得る機会が制度上確保されていることも特徴でした。特定の年齢層や職種のみが一方的に不利益を受ける設計ではなく、成果を上げれば評価される仕組みである点が、成果主義賃金制度としての整合性を有していました。

 さらに、制度導入に際しては、労働者への周知が行われ、労働組合との団体交渉も実施されていました。加えて、賃金が減少する労働者に配慮した代償措置・経過措置も設けられており、会社として一定の緩和策を講じていたことが確認されています。

 このように、本件の成果主義賃金制度は、経営上の必要性、制度設計の合理性、運用面での配慮を備えたものであり、後の控訴審判断において合理性が肯定される重要な前提となりました。

3. 第一審の判断

 第一審では、本件給与規程の変更について、成果主義賃金制度を導入する経営上の必要性自体は一定程度認められるとしながらも、就業規則の不利益変更としての合理性は否定されました。

 その理由として、第一審が特に重視したのは、賃金が減少する労働者に対する代償措置および経過措置の内容です。本件では、従前の賃金を下回る場合、
・1年目は減少額の100%を補填
・2年目は減少額の50%を補填
・3年目以降は補填なし
という経過措置が定められていました。

 これに対し第一審は、成果主義賃金制度への移行により生活への影響が生じ得ることを踏まえると、補填期間が2年間にとどまる点はあまりに短く、賃金減少の程度も急激であると指摘しました。そして、このような内容では、労働者が被る不利益を十分に緩和するものとはいえず、代償措置として不十分であると判断しました。

 その結果、第一審は、本件給与規程の変更は労働者に一方的に不利益を課すものであり、就業規則の不利益変更として合理性を欠くとして、その効力を否定しました。

 この第一審判決は、成果主義賃金制度であっても、経過措置や代償措置の設計次第では無効と判断され得ることを示しており、会社経営者にとって慎重な制度設計の必要性を示唆する内容となっています。

4. 控訴審の判断

 控訴審である東京高等裁判所は、第一審とは異なり、本件給与規程の変更による成果主義賃金制度への移行について、その合理性を肯定しました。

 控訴審は、まず、成果主義賃金制度の導入目的について、労働生産性の向上や企業競争力の強化という経営上の必要性が高いことを改めて評価しました。また、本件制度が賃金原資総額を減少させるものではなく、分配方法を見直すものである点についても、制度変更の正当性を基礎づける事情として重視しています。

 代償措置および経過措置については、第一審よりも柔軟な評価が示されました。控訴審は、当該経過措置について、**「いささか性急であり、柔軟性に欠ける嫌いがないとはいえない」**と一定の問題点を認めつつも、それなりの緩和措置としての意義を有すると判断しました。

 さらに、労働者に対する周知が行われ、労働組合との団体交渉を経たうえで制度変更が実施された点についても、会社が一方的に不利益を押し付けたものではないとして、合理性判断において有利な事情として考慮されています。

 これらの事情を総合考慮した結果、控訴審は、本件給与規程の変更は、労働者に一定の不利益を生じさせる可能性があるものの、経営上の必要性と制度内容、手続的配慮とのバランスが取れており、就業規則の不利益変更として合理性があると結論づけました。

5. 裁判所が合理性を肯定した理由

 控訴審が本件就業規則の不利益変更について合理性を肯定した背景には、複数の事情を総合的に考慮する判断枠組みがあります。裁判所は、いずれか一つの事情だけで結論を出すのではなく、全体として会社の対応が妥当であったかを重視しました。

 第一に、成果主義賃金制度を導入する高度の経営上の必要性が認められた点です。企業を取り巻く競争環境の変化に対応し、労働生産性を向上させる目的は、単なる人件費抑制とは異なり、合理性判断において強く考慮されました。

 第二に、制度内容そのものが、賃金原資の総額を減少させるものではなく、配分方法を合理化するものであった点です。成果や能力に応じた評価制度であり、すべての労働者に昇格・昇給の機会が与えられていることから、特定の労働者層にのみ一方的な不利益が及ぶ仕組みではないと評価されました。

 第三に、労働者への周知や労働組合との団体交渉を経て制度変更が行われたという手続面の配慮です。会社が説明を尽くし、協議を重ねた経過は、変更の一方性を弱める事情として重要視されています。

 第四に、代償措置・経過措置が設けられていた点です。控訴審は、その内容に改善の余地があることを認めつつも、賃金減少の影響を一定程度緩和する機能を有しているとして、合理性判断において肯定的に評価しました。

 これらの事情を踏まえ、裁判所は、本件給与規程の変更は、労働者に生じ得る不利益と会社の経営上の必要性との間で、社会的に相当といえるバランスが保たれていると判断し、就業規則の不利益変更としての合理性を肯定しました。

6. 会社経営者が実務で押さえるべき重要ポイント

 本件裁判例から、会社経営者が賃金制度を変更する際に特に意識すべき実務上のポイントが明らかになります。

 まず重要なのは、賃金制度変更の目的が明確であり、経営上の必要性として説明できるかという点です。成果主義賃金制度への移行であれば、労働生産性の向上や競争力強化といった目的が、制度内容と整合している必要があります。単なる人件費削減と受け取られる変更は、合理性が否定されるリスクが高くなります。

 次に、制度設計が成果主義・能力主義に見合ったものとなっているかが問われます。成果主義とする以上、評価制度や昇格・昇給の仕組みが不透明であったり、特定の労働者層、例えば高年齢層のみに不利益が集中したりする構造は避けなければなりません。すべての労働者に努力次第で評価される機会が与えられていることが不可欠です。

 さらに、代償措置・経過措置の内容は合理性判断において極めて重要です。本件では控訴審で合理性が肯定されましたが、第一審では否定されています。賃金減少の幅や期間が急激でないか、生活への影響をどこまで緩和できているかを慎重に検討する必要があります。

 加えて、労働者への十分な説明と周知、労働組合との協議・交渉の経過も無視できません。一方的な変更ではなく、説明を尽くし、協議を重ねた経過があることは、後に紛争となった場合に会社側に有利な事情となります。

 本件裁判例は、賃金制度の不利益変更であっても、経営上の必要性、制度内容の合理性、手続的配慮を総合的に整えれば有効と判断され得ることを示しています。会社経営者としては、制度変更の実施そのものだけでなく、その「設計」と「進め方」が問われることを強く意識すべきでしょう。

 

最終更新日2026/2/8


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