目次
1. 賃金の変更方法の全体像
労働者の賃金を変更することは、会社経営者にとって経営判断と労務管理の両面から慎重な対応が求められる重要な問題です。賃金は労働条件の中核をなすものであるため、その変更方法を誤ると、賃金請求や労使紛争に発展するおそれがあります。
賃金を変更する方法としては、大きく分けて、就業規則や労働協約といった集団的なルールを変更する方法と、個別の労働者との合意や人事措置を通じて変更する方法とがあります。また、懲戒処分として減給を行うケースも、賃金変更の一類型として位置付けられます。
具体的には、就業規則所定の賃金体系や賃金額を変更する方法、労働協約の賃金条項を改定する方法、個別合意による賃金変更、職能資格等級の見直しによる昇格・降格、年俸制労働者についての個別交渉、懲戒処分としての減給などが考えられます。
会社経営者としては、どの方法を採用するにしても、それぞれに適用される法的要件や制限が異なることを理解し、目的に応じた適切な手段を選択することが重要です。
2. 就業規則の変更による賃金改定
就業規則を変更して賃金を改定する方法は、複数の労働者に一律に賃金変更を行う場合に用いられる代表的な手段です。ただし、会社経営者が一方的に就業規則を変更して賃下げを行うことは、常に有効となるわけではありません。
就業規則の変更によって労働条件を不利益に変更する場合には、その変更に「合理性」が求められます。合理性が認められない場合には、変更後の就業規則は労働者に適用されず、会社経営者は従前の就業規則に基づく賃金を支払う義務を負うことになります。
合理性の判断にあたっては、賃金引下げの必要性や目的、その内容や程度、労働者が被る不利益の大きさ、代償措置の有無、労働者側との交渉経緯などが総合的に考慮されます。単に経営判断として必要であるというだけでは足りず、客観的に見て相当といえるかが問われます。
会社経営者としては、就業規則の変更による賃金改定を検討する場合には、変更の必要性を裏付ける資料を整え、労働者への十分な説明と理解を得る努力を行うことが、後の紛争を防ぐうえで重要といえるでしょう。
3. 職能資格等級の見直しによる賃金変更
職能資格制度を採用している会社では、職能資格等級の見直しを通じて賃金を変更する方法が考えられます。昇格・昇級による賃金増額だけでなく、降格・降級によって賃金が減額される場合もあり、会社経営者としてはその適法性に注意が必要です。
職能資格等級の引下げが許されるのは、原則として、労働者本人の合意がある場合、または就業規則等において使用者に引下げ権限が明確に付与されている場合に限られます。例えば、「職務遂行能力を評価した結果、資格要件を満たさなくなった場合には降格を行うことがある」といった規定があらかじめ定められていることが必要です。
このような根拠規定がないにもかかわらず、会社経営者が一方的に職能資格等級を引き下げ、その結果として賃金を減額した場合には、違法・無効と判断されるリスクが高くなります。単なる評価の変更を理由に、当然に賃金を下げられるわけではない点に注意が必要です。
会社経営者としては、職能資格等級の見直しが賃金に直結する制度設計になっている場合には、その運用ルールと根拠規定を明確にし、恣意的な引下げと評価されないよう慎重に対応することが求められます。
4. 人事上の降格と賃金への影響
降格には、人事上の措置として行われる降格と、懲戒処分として行われる降格とがあり、賃金への影響を考えるうえで、この区別は重要です。まず、人事上の措置としての降格は、労働契約を根拠とする人事権の行使として行われるものです。
一定の役職を解くといった降格については、原則として、労働契約上の人事権に基づき行うことができ、必ずしも就業規則に個別の根拠規定が必要とされるわけではありません。ただし、労働契約において、特定の役職や職位に就くことが合意内容として明確に限定されている場合には、その役職を引き下げることは契約内容の変更に当たるため、労働者の個別合意が必要となります。
また、人事上の降格は経営上の裁量判断に属するとはいえ、その裁量は無制限ではありません。判断が社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用と評価される場合には、違法・無効とされる可能性があります。会社経営者としては、降格の理由や必要性を客観的に説明できるよう整理しておくことが重要です。
5. 懲戒処分による減給の法的制限
賃金変更の方法の一つとして、懲戒処分による減給がありますが、この方法には労働基準法による厳格な上限規制が設けられています。懲戒処分としての減給は、制裁が過度にならないよう、法律上の制限を超えて行うことはできません。
具体的には、1回の事案についての減給額は、1日の平均賃金の半額を超えてはならないとされています。また、1つの賃金支払期に複数の事案について減給を行う場合でも、その総額は当該賃金期における賃金総額の10分の1以内に抑える必要があります。
この10分の1を超える部分については、次期以降の賃金支払期に繰り越すことは認められていますが、いずれにしても、懲戒処分による減給は例外的な手段であり、慎重な運用が求められます。会社経営者としては、懲戒処分の根拠規定や手続を整備したうえで、法定の限度を厳守することが不可欠です。
6. 会社経営者が実務上注意すべきポイント
賃金の変更は、その方法によって適用される法的ルールが大きく異なります。会社経営者としては、「賃金を下げたい」という結果だけを見て判断するのではなく、どの手段が適法かつ合理的かを冷静に検討することが重要です。
特に注意すべきなのは、就業規則の変更、人事上の降格、懲戒処分といった手段を混同しないことです。それぞれに求められる要件や制限を理解せずに運用すると、賃金減額が無効と判断され、未払賃金請求に発展するリスクがあります。
会社経営者としては、賃金制度全体の設計と運用ルールを整理し、変更が必要となる場合には、その根拠と手続を明確にしたうえで進めることが、労務トラブルを防止する最善の対応といえるでしょう。
最終更新日2026/2/5
