1. 配転命令と権利濫用の基本的な考え方

 配転命令は、会社が円滑に事業を運営するために行使する人事権の一内容であり、会社経営者には広い裁量が認められています。業務内容や勤務場所を変更することは、企業活動において避けられない側面があり、通常は労働者が一定の不利益を受けることも予定されています。

 もっとも、この人事権行使にも無制限の自由があるわけではありません。配転命令が、社会通念上相当な範囲を逸脱し、労働者に過度な不利益を与える場合には、権利の濫用として無効と判断されることがあります。

 裁判実務においては、配転命令が有効か否かは、配転の必要性だけで直ちに決まるものではなく、業務上の必要性、配転対象者の選定理由、配転の目的、従業員が受ける不利益の内容・程度、配転に至る手続の適正性など、複数の要素を総合的に考慮して判断されます。

 そのため、会社経営者としては、「業務命令だから当然有効」と考えるのではなく、配転が合理的な人事運営の一環として説明できるかという視点を常に意識することが重要です。

2. 配転が権利の濫用か否かの判断要素

 配転命令が権利の濫用に当たるかどうかは、個々の事情を踏まえた総合判断によって決せられます。裁判例で繰り返し示されている主な判断要素は、次の五つです。

 第一に、業務上の必要性の程度です。配転が、事業運営上の合理的な必要性に基づくものか、それとも必要性が乏しいにもかかわらず行われたものかが重要となります。単なる人員整理や感情的理由による配転は、必要性が低いと評価されやすくなります。

 第二に、人選の合理性です。なぜ当該従業員が配転対象者として選ばれたのかについて、業務経験や能力、職務適性との関係で説明できるかが問われます。合理的な理由なく特定の従業員のみを選ぶ配転は、問題視されやすい傾向にあります。

 第三に、不当な動機や目的の有無です。例えば、いやがらせ目的、退職へ追い込む目的、労働組合活動への報復といった事情が認められる場合には、業務上の必要性があったとしても、権利の濫用と判断される可能性が高くなります。

 第四に、従業員が受ける不利益の内容および程度です。配転によって生じる不利益が、通常甘受すべき範囲内にとどまるのか、それとも著しい不利益といえるのかが慎重に検討されます。この点については、私生活上の不利益と職務上の不利益に分けて判断されるのが一般的です。

 第五に、配転に至る手続の適正性です。事前の説明や協議が行われたか、配転理由が十分に説明されているかなど、手続面での配慮がなされているかも、合理性判断において重要な要素となります。

 これらの要素は、いずれか一つだけで結論が決まるものではなく、全体として社会通念上相当といえるかという観点から総合的に評価されます。

3. 私生活上の不利益に関する判断の傾向

 配転によって従業員が受ける不利益のうち、まず問題となりやすいのが私生活上の不利益です。裁判実務では、配転に伴う私生活への影響が、労働者として通常甘受すべき範囲内かどうかという観点から判断が行われています。

 これまでの裁判例では、転勤や単身赴任、通勤時間の長時間化といった不利益については、原則として、企業活動上避けられないものとして、通常甘受すべき範囲内と評価される傾向にありました。したがって、これらの事情のみを理由として、直ちに配転が無効と判断されることは多くありません。

 他方で、家族の介護や看病が必要な事情がある場合には、評価が大きく異なります。配転により、従業員が家族の介護や看病を事実上継続できなくなるなど、生活に重大な支障が生じる場合には、労働者に著しい不利益があるとして、配転命令を無効とする裁判例が見られます。

 さらに近時は、従業員のワークライフバランスも重視されるようになっています。労働契約法は、使用者に対し、仕事と家庭生活との調和への配慮を求めており、今後は、介護や育児といった事情に限らず、遠隔地への転勤が従業員の生活に与える影響そのものが、より丁寧に評価されていくと考えられます。

 会社経営者としては、「転勤は当然」と一律に捉えるのではなく、個々の従業員の生活状況を踏まえた配慮が求められる時代に入っていることを意識する必要があります。

4. 職務上の不利益に関する判断の傾向

 配転によって生じる不利益には、私生活上の不利益に加え、職務上の不利益もあります。職務上の不利益とは、担当業務や職位、権限、処遇内容が変更されることによって生じる不利益を指します。

 特に問題となりやすいのは、降職や降格を伴う配転や、職務内容が大きく変わる配転です。配転により、従前と比べて権限が大幅に縮小されたり、責任の程度が著しく低下したりする場合には、当該配転が単なる配置転換の範囲を超えるものとして、慎重な判断が求められます。

 また、賃金の減少を伴う配転についても注意が必要です。職務内容の変更に伴って賃金が下がる場合には、その必要性や合理性、当該従業員の勤務成績や評価が適切であったかが、厳しく検討されます。業務上の必要性が乏しいにもかかわらず、事実上の制裁として賃金減少を伴う配転が行われた場合には、権利の濫用と判断される可能性が高くなります。

 裁判例では、職務上の不利益が大きいほど、業務上の必要性や人選の合理性について、より高度な説明が求められる傾向にあります。単に「会社の判断」で済ませることは難しく、客観的な根拠に基づく説明が不可欠です。

 会社経営者としては、配転が職務上の不利益を伴う場合には、その必要性と相当性を事前に十分検討し、記録として残しておくことが、後の紛争予防の観点からも重要となります。

5. ワークライフバランスを踏まえた近時の考え方

 近年の裁判実務では、配転の有効性を判断するにあたり、従業員のワークライフバランスへの影響がこれまで以上に重視される傾向にあります。配転は業務命令として広い裁量が認められてきましたが、無制限に認められるものではないという意識が、より明確になっています。

 労働契約法は、使用者に対し、労働者が仕事と家庭生活との調和を図れるよう配慮すべきことを求めています。この考え方は、育児や介護といった典型的な事情に限られず、長時間通勤や遠隔地への転勤が生活全体に与える影響についても、考慮すべき要素として位置づけられています。

 そのため、遠隔地への転勤命令については、単に「業務上の必要性がある」という理由だけでは足りず、当該従業員の生活状況を踏まえた配慮がなされているかが、合理性判断において重要となります。代替手段の検討や、時期の調整、一定期間の猶予などを検討したかどうかも、評価対象となり得ます。

 今後は、従業員側の事情を一切考慮しない画一的な配転は、権利の濫用と判断されるリスクが高まると考えられます。会社経営者としては、配転を「管理のための手段」としてのみ捉えるのではなく、持続可能な人事運営の一環として位置づける視点が求められます。

6. 会社経営者が実務で注意すべきポイント

 配転命令は、会社経営を行ううえで不可欠な人事権行使の一つですが、その運用を誤ると、権利の濫用として無効と判断されるリスクがあります。本件テーマから、会社経営者が実務上特に注意すべきポイントを整理します。

 まず、配転の業務上の必要性を明確に説明できることが重要です。なぜ当該配転が必要なのか、事業運営との関係で合理的に説明できる資料や記録を残しておくことが、後の紛争対応において大きな意味を持ちます。

 次に、人選の合理性です。配転対象者の選定理由が曖昧であったり、特定の従業員にのみ負担が集中したりする場合には、不当な動機を疑われかねません。業務経験や適性との関係を整理し、客観的に説明できるようにしておく必要があります。

 また、従業員が受ける不利益の内容と程度を事前に検討することも不可欠です。私生活上の不利益と職務上の不利益を分けて整理し、その影響が通常甘受すべき範囲を超えていないかを慎重に判断する必要があります。

 さらに、配転手続の適正性も軽視できません。事前説明や意見聴取を行い、可能な範囲で配慮を示すことは、配転の一方性を和らげ、合理性を補強する事情となります。

 配転は「命じれば足りる」というものではなく、その必要性、相当性、進め方のすべてが問われる時代に入っています。会社経営者としては、将来的な紛争リスクを見据え、慎重かつ戦略的な人事権行使を行うことが重要です。

 

最終更新日2026/2/8


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