問題社員314 転勤させようと考えている社員本人が健康上の問題を抱えている場合や、社員の家族の介護が必要な状況にある場合の対応

動画解説

この記事の要点

「権限があるのだから従いなさい」という抽象的な判断は、現在では通用しない

無理に転勤させれば、優秀な人材が辞めてしまう。会社にとっても本人のキャリアにとっても大きな損失である

転勤命令が無効になれば、転勤先で働いていなくても賃金を満額支払わなければならなくなる

社内でゴタゴタが起きた上に、働いてもらっていない分の賃金も払う。そうなれば大変である

育児介護休業法26条には、配置の変更についての配慮義務が定められている

わざわざ法律で定められているにもかかわらず配慮せずに転勤を強行すれば、濫用と判断されやすい社会状況にある

「事情を聞く姿勢を見せること」と「説明や資料を強要すること」は、まったく違うレベルの話である

ここを分けて考えれば、頭が整理されてすっきりする

1. 転勤したくないという話が増えている

一定規模の会社で、全国各地に、ときには海外に拠点や事業所がある会社の場合、正社員について転勤は避けて通れません。しかし最近、転勤したくないという話が多く出ています。

よくある事情

  • 親の介護:自分が見てあげなければならない
  • 本人の健康:体調が悪い。近くに専門の病院があり、良い先生がいるから、今の場所であれば大丈夫だ
  • 家族の病気:子どもが重い病気を抱えていて、その世話をしなければならない。しかも、その治療のためにはこの場所にいなければ難しい

経営者からすれば、転勤してもらわなければならないことはどうしてもありますし、周囲との公平感との関係からしても、しっかりとした事情がないのに安易に「転勤しなくていいよ」とは言いにくいケースもあるかもしれません。それでも現在は、ある程度しっかりと具体的な事情を把握して判断していく必要が出てきています。そこで本記事では、その対応方法について解説します。

2. 無理に転勤させると、まず辞めてしまう

転勤させようとしたら、そうした話が出てきた。非常に迷うところです。本当に健康を害しているのであれば、転勤先でも活躍できないかもしれません。あるいは、本人の健康状態の問題だけでなく、親の介護が必要なのに自分が転勤してしまえば介護する人がいなくなってしまう、ということもあります。

そうしたとき、「そんなのはわがままなのだから転勤しなさい」というわけには、なかなかいきません。ここにいなければならない状況が本当であったとすると、無理に転勤させようとしたら、どうなるでしょうか。

最もありそうなのが、辞めてしまうということです。優秀な人材がそれで辞めてしまったら、会社にとって大きな損失ですし、本人のキャリアにとっても大きな損失だと思います。

最近の世の中の動きとして、とりわけ介護については、本人が何とか対応しなければどうにもならないケースが増えてきています。程度によって差はありますが、具体的な事情を踏まえて判断しなければ答えは出せません。ですから、「転勤を命ずる権限が雇い主にはある、その裁量も広範なものだ」といった抽象的な判断で、従わないのはだめですよという扱いは、今はできません。

3. 転勤命令が無効になった場合、何が起きるか

辞めてしまうということのほかに、法律的な話もしましょう。

本当に介護や本人の病気の治療などのためにとても転勤できないという場合に、無理に転勤させようとすると、その転勤命令が無効になってしまうかもしれません

無効になると、賃金を満額支払わなければならない

無効になると、その効力がないということのほかに、転勤先で働いていなくても賃金を満額支払わなければならないということにもなってしまいます。
無効な転勤命令を出して就労を拒んだのであれば、労務の提供ができなかったのは会社側の事情によるものと評価されます。債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は反対給付の履行を拒むことができないとされていますので(民法536条2項)、働いていない期間についても賃金請求権が失われないことになるのです。
社内でゴタゴタが起きた上に、働いてもらっていないのにお金も払わなければならない。そうなったら大変です。

なぜ無効になるのかというと、転勤を命ずる権限があるとしても、本人の健康が非常に悪い状態でとても転勤に応じられる状態ではない、家族の病気の治療や介護のためにとても移れるような状態ではないのに無理に転勤命令を出したということになると、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を本人に課すものだと評価されてしまい、転勤命令権の濫用だとして無効だと判断されてしまうということです。

そうなったら、会社にとっても本人にとっても大変です。裁判で負けたということになれば、体調の悪い社員、介護が必要な社員に無理に転勤を命じて裁判にも負けてしまったということで会社の名前が出ます。会社の社会的な信用にもマイナスになりますし、求人でも非常に不利な立場に置かれてしまうでしょう。ですから、本人の健康や介護の問題がある場合に転勤を命ずるときは、非常に慎重にしていかなければならないのです。

4. 育児介護休業法26条の配慮義務

さらに言えば、育児介護休業法26条という条文があります。そこには、労働者の配置に関する配慮義務が定められています。

育児介護休業法26条

事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育または家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育または家族の介護の状況に配慮しなければならない。

就業の場所の変更を伴う配置の変更というのは、転勤が典型例です。この法律を作ったときの意識としては、養育や介護の問題は日本社会にとって重大な問題であり、だからこそ配慮しなければならないと、わざわざ法律で定められているわけです。

となると、本人の健康のほか、家族が病気であったり、年を取ったりして介護が必要な場合に、それにしっかり配慮せずに転勤命令を出したということになると、転勤命令権の濫用で無効だということに、ますますなりやすい社会状況にあると思います。

しかも、配慮しなさいという法律があるにもかかわらず転勤を強行したということになれば、会社の名誉・信用に大きく傷がつきます。それが裁判例集に載ったら大変です。求人だって大変になるかもしれません。

5. では、どうすればよいのか。具体的な事情をよく聞く

以前よりも、本人の健康や介護の問題にしっかり配慮しなければ、有効に配転命令を行いにくいし、本人の納得も得られにくいという社会状況にあります。それを踏まえて、どうすればよいのか。

やはり、具体的な事情をよく聞くということです。

両極端は、どちらも失敗する

抽象的な判断で押し切る 「雇い主には広範な配転権限があるのだから言うことを聞きなさい」。これがだめであることは、これまで述べてきたとおりです
話が出た瞬間に即断する 「体の調子が悪い」「介護しなければならない人がいる」と言われて、よく調べもせずに転勤させられないと即断するのも、やりすぎです。そういう話を持ち出されたら終わり、という大雑把な判断では、会社はうまく回りません

具体的な事実関係、事情を聞くのです。「体調が悪いというのはどういうことなのか。診断書などを出してもらえないか」「家族の介護が必要ということだが、具体的にどういった状況にあるのか聞かせてもらえないか。聞かせてもらえれば、それも考慮してどうするか判断するから」。そう言って具体的な事情を聞き、出てきた資料や本人の説明を踏まえて、それでも転勤を命じるのかどうかを決めていくわけです。

6. 健康情報を聞いてよいのか。聞くことと、強要することは違う

こうした話をすると、「健康情報など、プライバシーに関わりそうなものを聞いてよいのですか」というご相談も結構あります。

それは構いません。ただし、強要はしないのです。

言い方の型

「説明してもらえれば、資料を提出してもらえれば、それも考慮して判断しますからね
「強制ではないのですが、出していただけなければ、説明していただけなければ、考慮できないかもしれませんよ。よろしければご説明ください。資料を出してください。診断書など何か出していただければ、それを踏まえて判断しますから」
この言い方でやっていけば、大きな失敗はありません。

大きな失敗というのは、まずよく事情を聞かずに判断してしまうケース。これが最も大きいでしょうか。そして、本人が嫌がっている説明を強要する場合。それももちろんだめです。

他方で、「強要してはだめだ」というのが頭にあるものだから、聞きもしない。そうすると、後になって「事情を説明してくれとも、資料を出せとも言わないで、いきなり転勤を命じたのですよ」と言われてしまいます。

ここを分けて考えると、頭が整理される

「事情を聞く姿勢を見せること」と、「相手に説明や資料を強要すること」は、まったく違ったレベルの話です。そこをしっかり分けて考えれば、頭が整理されてすっきりするのではないでしょうか。
なお、健康に関する情報は機微な個人情報であり、その取扱いには特に配慮が求められます。取得の目的を明示し、必要な範囲にとどめ、取扱う担当者を限定して管理してください。本人が理由として挙げていない事柄にまで踏み込むことは避けるべきです。

7. 大雑把な対応をしたときに、失敗しやすい

とはいえ、近年の日本の社会状況からすると、本人の健康状態が悪い、家族に病気を抱えている方がいる、介護が必要だといったものについての判断は難しくなってきています。本記事の内容を踏まえて考えていただければ、大枠として間違えることはないと思いますが、個別具体的な対応は難しいかもしれません。ご自身でそれなりに考えてみて、社内で相談しても自信がない、危ないかもしれないと感じたときは、弁護士に相談しながら進めるとよいでしょう。

「とにかく命じてよいのだ」とか、「こういった話が出たら絶対にだめなのだ」というように大まかに考えると、失敗しやすいですし、非常に不当な結果になりやすいのです。個別的な事情を踏まえた判断がどうしても必要になりますので、その際にしっかり相手の言い分、説明を聞くようにしていきましょう。その上での判断であれば、ベストを尽くした判断であれば、どのような結果になっても仕方がないとは言えます。

そして、ベストを尽くせば、そんなに失敗しません。現実問題としては、かなり手抜きをした大雑把な対応をしたときに失敗しやすいのです。一生懸命準備して対応したにもかかわらず失敗するというケースは、ごく一部の例外的なものだと思います。よくよく事情を聞いて吟味すると、答えは見つかるものです。

8. まとめ

  1. 抽象的な判断で押し切るのは、今はできない。まず辞められてしまい、人材が流出する
  2. 無効になれば、働いていなくても賃金を満額支払うことになる(民法536条2項)
  3. 育児介護休業法26条に、配置変更についての配慮義務が定められている。配慮せずに強行すれば、濫用と判断されやすい
  4. 裁判例集に載れば、会社の名誉・信用に傷がつき、求人にも不利に働く
  5. 具体的な事情をよく聞く。押し切るのも、即断するのも、どちらも失敗する
  6. 「聞く姿勢を見せる」ことと「説明や資料を強要する」ことは、まったく違う
  7. 手抜きをした大雑把な対応で失敗する。ベストを尽くせば、そんなに失敗しない

手間だとは思いますが、働く人間からすれば、家族の介護の問題、本人の健康の問題は非常に重要な問題です。転勤に応じるかどうか、辞めるかどうか、裁判で戦うかどうかを考えなければならないような大きな問題です。そうした重大な問題になりかねない、会社の名誉・信用を毀損する問題になりかねない話なのだということをよくよく理解した上で、しっかり対応していきましょう。転勤と社員の健康・介護の問題でお悩みの経営者の皆様は、ぜひ弁護士にご相談ください。

弁護士 藤田 進太郎

監修者弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

よくある質問(FAQ)

Q1. 育児介護休業法26条に配慮すれば、転勤させられないということですか。

A. そうではありません。26条は「配慮しなければならない」と定めているのであって、転勤を禁じているわけでも、本人の希望に必ず従わなければならないとしているわけでもありません。求められているのは、状況を把握し、それを考慮して判断することです。たとえば、介護の負担が軽い勤務地を選べないか検討する、時期をずらせないか検討する、支援制度を案内するといった対応が考えられます。配慮を尽くした上で、なお業務上の必要性が上回ると判断するのであれば、転勤を命じること自体は可能です。ただし、この判断は難しいので、弁護士に相談してください。

Q2. 診断書の提出を拒まれました。健康上の問題はないものとして扱ってよいですか。

A. 「提出がないから問題なしとみなす」という扱いは避けてください。提出を求めた事実と、それに対する本人の対応を記録に残した上で、本人の説明内容や勤怠状況、日頃の様子など、他の事情から判断していくことになります。健康情報は機微な個人情報ですので、提出を強要することはできません。もっとも、「説明していただけなければ考慮できないかもしれません」と伝えた上で、それでも説明がなかったという経過が残っていれば、会社が配慮を尽くそうとしたことの裏付けにはなります。

Q3. 一人だけ転勤を免除すると、他の社員に不公平ではないでしょうか。

A. 公平感への懸念はもっともですが、事情が異なる社員を同じに扱うことが公平とは限りません。健康状態や介護の必要性という事情を考慮した結果として結論が分かれるのは、恣意的な区別ではなく、合理的な区別です。むしろ重要なのは、判断基準と手続を明確にしておくことです。誰であっても事情を申し出れば同じ手順で検討されるという運用にしておけば、公平性は保たれます。個別の判断がその都度、経営者の気分で変わっているように見えることの方が、はるかに問題です。

最終更新日:2026年7月17日


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