問題社員310 人事異動命令の有効性の判断ポイント

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この記事の要点

検討は二段階。まず権限があるかどうか、次にその行使が権利の濫用に当たらないかどうか

この基本的な枠組みを頭に入れておくだけで、いけそうかどうかの見当がつくようになり、弁護士との打ち合わせも格段に分かりやすくなる

正社員については、就業規則に定めがあり周知されていれば、権限自体はあるケースがほとんど

ただし、労働者に有利な個別の合意は就業規則に優先する。勤務地や職種を限定する約束をしていれば、一方的に異動させることはできない

正社員の配転では、権限の有無よりも「濫用に当たるか」の方が主戦場になることが多い

濫用は本来例外的な法理だが、労働分野ではかなり前面に出てくる

濫用は主に三つの要素で判断される。業務上の必要性、不当な動機・目的、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益

とりわけ「業務上の必要性を具体的に説明できること」が、三要素すべてに効いてくる

1. なぜ経営者が基本的な枠組みを知っておくべきなのか

本記事の内容は、少し理屈っぽくなります。そのような検討は弁護士に任せればよいことで、そこまで解説されても面倒だと思われる経営者も多いことでしょう。

ただ、細かい話は措くとして、基本的な項目だけでも理解しておくと、人を異動させようとしたときに、いけそうかどうかの見当がつくようになります。それに、弁護士と打ち合わせをする際にも、弁護士の話す内容が格段に分かりやすくなります。正しい判断をするために、とても役に立つものです。

そこで本記事では、転勤、部署の異動、担当業務の変更といった人事異動に従わない社員がいるとき、どのようなことを考えて命令の有効性を判断するのかについて解説します。

検討の順序

第一段階 そもそも、その人事異動を命じる権限があるか
第二段階 権限があるとして、その行使が権利の濫用に当たらないか

2. 第一段階:権限があるかどうか

まず最初に検討しなければならないのは、権限があるかどうかです。転勤させる権限があるのか。部署を異動させる権限があるのか。担当業務を変更する権限があるのか。これをまず確認します。

当たり前ではないかと思われるかもしれませんが、「権限はないけれど、異動させられないと不都合だから」という理由で、具体的な妥当性を図るために権限があることにしてしまおう、と考えることもあるわけです。しかし、そうしたことは基本的にはできないものだと考えなければなりません。

権限がない場合の帰結

  • 勤務地が限定されている場合:勤務地を東京本社だけと決めているのであれば、大阪や北海道に異動してもらうには本人の同意が必要です。人事異動の命令で異動させることはできません
  • 職種が限定されている場合:担当業務を経理の仕事に特定して採用した場合、営業の仕事に就いてもらわなければ雇用を維持できないという事情があったとしても、一方的に異動させることはできず、本人の同意を得るしかありません

一般論としては、日本の会社の正社員については、雇用維持と引き換えに広範な人事異動の権限が存在することが多かったと言えます。就業規則を見ても、正社員用のものであれば、配置転換、転勤、担当業務の変更などを命じることができる、正当な理由がない限りこれを拒めない、といった条文が入っているものがほとんどです。したがって、形式的には、人事異動の権限が雇い主にあると考えてよいケースがほとんどだと思ってください。

実務上の実感としても、裁判で争ったケースの中では、担当業務の特定や勤務地の限定が認められることは、ほとんどありませんでした。就業規則で配転の権限をしっかり定めて周知させておけば、よほどはっきりした約束をしていたり、相手がそうした前提で入社したという事情がない限り、権限自体はあるというのがほとんどのケースです。

なお、以上は正社員の話です。パート・アルバイトであれば、事情が変わってくるかもしれません。従事する仕事が一定の内容に限定されているものもありますし、転勤や事業所の変更がないケースもあります。一定のエリア内でのみ異動させることはあるが、そのエリアの外には出さない、というルールになっていることもあります。この点は、個別に確認していただく必要があります。

3. 注意点:労働者に有利な個別の合意は就業規則に優先する

ここで、注意しなければならないことがあります。労働者に有利な個別の合意は、就業規則に優先するということです。

なぜ、そうなるのか

就業規則の内容が合理的であり、労働者に周知されていれば、その内容が労働契約の内容になります。もっとも、労働者と使用者が就業規則と異なる労働条件を合意していた部分については、その合意が優先することとされています(労働契約法7条ただし書)。他方で、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効となり、就業規則の基準まで引き上げられます(同法12条)。
つまり、労働者にとって有利な方向の個別合意は優先し、不利な方向の個別合意は無効になるという構造です。雇い主側から見れば不利な方、労働者側から見れば有利な方が適用されるとお考えください。

したがって、就業規則に「配置転換ができる」「転勤させられる」と書いてあったとしても、雇入れの際などに「ここで働いてもらうから、他には行かせないから」とはっきり約束してしまうと、その店舗の外に異動させることはできなくなってしまいます。

とりわけ職種の限定については、注意が必要です。最高裁は、労働者と使用者との間で労働契約上その職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、その労働者に対し、同意を得ることなく合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと判断しています(令和6年4月26日判決)。職種限定の合意があると認定されれば、就業規則に配転の規定があっても、権限そのものが否定されるということです。

4. 第二段階:権利の濫用に当たらないか

権限があるとなれば、転勤や担当業務の変更などを命じる態勢は整っていることになります。しかし、もう一つ検討しなければならないことがあります。その人事異動が濫用に当たらないかという論点です。

濫用というのは、本来は例外的な法理なのですが、労働の分野においてはかなり前面に出てきます。とりわけ正社員の配転の問題については、権限の有無というよりも、その配転命令が濫用に当たるかどうかという論点の方が、メインの主戦場になることが多いくらいなのです。

判断枠組みの出発点

最高裁は昭和61年の判決(東亜ペイント事件)において、使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定できるが、転勤命令権は無制約に行使できるものではなく、これを濫用することは許されないとした上で、業務上の必要性が存しない場合、または業務上の必要性が存する場合であっても、他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、もしくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限り、権利の濫用になるものではないという判断枠組みを示しました。
この判決では、業務上の必要性についても、その異動が余人をもって代え難いといった高度の必要性に限定されるものではなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など、企業の合理的運営に寄与する点が認められれば足りるとされています。
広範な人事権があり、ローテーション人事でも配転の必要性があると考えられる、という理解の根拠は、ここにあります。もっとも、時代も変わってきており、個別に判断しなければならない部分もありますので、濫用に当たらないかは、改めて具体的な事実関係を踏まえて判断していかなければなりません。きわめて大事な論点だとお考えください。

濫用かどうかは、大きく三つの要素で判断されます。最高裁判決を見ると「等」という言葉が後に付け加えられていますので、この三つに限った話ではないのかもしれませんが、中心的なものとしては、次の三点について検討していかなければなりません。

5. 濫用の判断要素その1:業務上の必要性

一つ目は、そもそも人事異動の業務上の必要性があるのかどうかです。必要性がないのに配転や人事異動をさせたら、それはおかしいでしょう。そうした場合は無効になってしまいます。

ただし、必要性の程度については、従来、ローテーション人事でも必要性ありとされてきましたので、おおむね必要性ありとされるのが普通です。

それでも、必要性をしっかり説明できることが重要

必要性が弱いと、他の要素との関係で「無効だ、濫用だ」という方向に持っていかれやすくなってしまいます。そして、必要性をしっかり説明できることで、「嫌です」と言われるリスクも相当下がります。会社の経営をやっていく上で必要だということは、相手を説得する上でも必要なのです。
法律の話だけではなく、相手の納得感を得るためにもとても大事なことですので、「こういう理由で異動してもらう必要があるのです」としっかり言えるようにする努力はすべきだと考えます。会社の仕組み次第では、それほど「この人でなければならない」というわけではなくても異動させている会社もたくさんあるでしょう。その場合でも、なぜそうしたやり方をすることが必要なのかを、しっかり説明できるようにしておくとよいと思います。

6. 濫用の判断要素その2:不当な動機・目的

二つ目は、不当な動機・目的に基づくものではないかどうかです。

不当な動機・目的の典型例

  • 退職させる目的:本当は遠くに転勤させる必要はないけれども、退職勧奨を断られたから遠くへ異動させれば辞めるだろう、というもの
  • 嫌がらせ目的:特定の仕事でキャリアを積むために働いてきた社員について、特別な合理的理由がないにもかかわらず、本人が望んでいる仕事、向いている仕事、これまでのキャリアとまったく違うような仕事に就ける。本人の経歴や能力に見合わない仕事にあえて就ける

こうした場合には、不当な動機・目的があると評価され、濫用だから無効だと言われやすくなります。権限があっても、やってはいけないのです。

他方で、一つ目の要素である業務上の必要性がしっかりあると説明できれば、逆に、不当な動機・目的がなかったという話にしやすくなります。不当な動機・目的で何かを行うときというのは、たいてい、ほとんど必要性がないのに、経営上の合理性がないのに人事異動をした場合に言われることだからです。もちろん、合理性があっても誤解されて言われてしまうこともあります。逆に言えば、会社を経営していく上でこの配転を行うことが会社の合理的運営に資するものであり、意味のあることなのだとしっかり伝えられれば、不当な動機・目的によるものだとは言われにくくなりますし、少なくともその要素は薄まっていきます。反論になるわけです。

そういう意味でも、どうしてその人事異動が必要なのかをしっかり説明できるようにしておくことが、極めて大事なのです。

7. 濫用の判断要素その3:通常甘受すべき程度を著しく超える不利益

三つ目は、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものかどうかという要素です。

興味深いと思われないでしょうか。普通に考えれば「不利益の程度を考慮して」と言えばよさそうなものです。実際には不利益の程度を検討するのですが、わざわざ「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益かどうか」という言い方をしているのには、理由があります。

配転には、そもそも不利益が伴う

転勤には、典型的に不利益な面があります。引っ越さなければならないのは大変です。単身赴任のケースもありますし、単身赴任でなくても、一緒に引っ越すのは大変です。配偶者がいれば、その方のキャリアはどうなるのでしょうか。正社員として同程度に稼いでいる配偶者がいたら、ついてくるのは大変です。子どもがいて学校や保育園に入れているとしたら、転勤先で探して移るのは負担です。
担当業務の変更だって、最初は色々と大変かもしれません。程度の問題はあれ、不利益は不利益です。まして、自分が望んでおらず、これまでのキャリアとあまり関係のない仕事の内容であれば、不利益の程度は大きいでしょう。
そうした事情があるため、三つ目の要素は「不利益の程度」という定め方ではなく、「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益があるかどうか」という考慮要素になっているのです。

この三つの考慮要素を主に踏まえて、その結果として濫用と評価できるようなものについては、配転命令・人事異動は無効になります。

8. まとめ

  1. まず、権限があるかどうかが問題となる。正社員については、就業規則に定めがあれば権限ありとなるケースがほとんど
  2. ただし、労働者に有利な個別の合意は就業規則に優先する。勤務地や職種を限定する約束があれば、一方的な異動はできない
  3. 権限があるとした場合、次に濫用かどうかが問題となる。正社員の配転では、こちらがメインの主戦場になることが多い
  4. 濫用の判断要素は主に三つ。業務上の必要性、不当な動機・目的、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益
  5. 業務上の必要性を具体的に説明できることが、三要素すべてに効いてくる。不当な動機・目的への反論にもなり、本人の納得感にもつながる

「権限があるかどうか」「濫用かどうか」、そして濫用を判断する際は主にこの三つ。これを頭に入れておいていただくだけで、配転しようとしたら嫌だと言われたとき、どう対応すればよいのか、何を考えればよいのかが分かりやすくなります。難易度が低いものについては、経営者ご自身で判断できるようになるかもしれません。微妙な話や難しい案件は弁護士に相談しながら決めればよいのですが、その打ち合わせの際も、弁護士の話が理解しやすくなります。

経営に集中すべき会社経営者、普段は忙しく法律の理屈など勉強していられないという会社経営者であっても、この基本的な部分を理解しておいて損はないと考えます。人事異動でお悩みの経営者の皆様は、ぜひ弁護士にご相談ください。

弁護士 藤田 進太郎

監修者弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

よくある質問(FAQ)

Q1. 勤務地限定や職種限定の合意は、書面がなければ成立しませんか。

A. 書面がなくても成立し得ます。合意の有無は、労働条件通知書や雇用契約書の記載だけでなく、採用時の説明内容、求人票の記載、その後の勤務実態、同種の社員の取扱いなど、様々な事情を総合して判断されます。したがって、採用面接で「転勤はありません」「この仕事だけをやってもらいます」と口頭で説明していた場合、それが合意の根拠として主張されることがあります。安心させるつもりで述べた一言が、後に権限そのものを否定する材料になり得ますので、採用時の説明には注意が必要です。

Q2. 人事異動を拒否した社員を、それだけで解雇できますか。

A. 前提として、その人事異動命令が有効でなければなりません。命令が無効であれば、それに従わないことは義務違反になりませんので、解雇の理由にはなりません。命令が有効であることを確認した上で、なお従わないのであれば、業務命令違反として懲戒処分や解雇を検討することになりますが、解雇が有効となるには客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要です(労働契約法16条)。まずは事情を聴き、必要性を具体的に説明し、それでも応じないという経過を積み重ねることになります。必ず事前に弁護士に相談してください。

Q3. 育児や介護を理由に転勤を断られました。会社はどう考えるべきですか。

A. これは、単に不利益の程度という考慮要素の一つにとどまりません。会社は、就業場所の変更を伴う配置転換を行う際、就業場所の変更により就業しつつ子の養育または家族の介護を行うことが困難となる労働者について、その状況に配慮しなければならないとされています(育児介護休業法26条)。事情を聴かずに命令を出せば、この配慮を欠いたと評価され、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益であるという判断につながりやすくなります。まず事情を丁寧に聴取し、配慮した経過を記録に残してください。

最終更新日:2026年7月17日


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