動画解説
1. まず確認すべきは「労働契約の範囲内かどうか」
「やりたくない仕事は全て断る社員がいる」という相談を受けた場合、会社経営者として最初に検討すべきなのは、その断られた仕事が労働契約で予定された業務の範囲内かどうかという点です。
感情的には「雇っている以上、言われた仕事はやるのが当然だ」と考えたくなります。しかし、法的にはそう単純ではありません。
例えば、職種や担当業務が契約上限定されている場合、その範囲を明らかに超える業務については、社員が拒否しても直ちに違法とはなりません。契約で予定されていない仕事であれば、断ることが許容される場面もあります。
一方で、「そのために採用した」「まさにその業務を行う前提で雇用した」という仕事であれば、話は別です。そのような業務を一律に拒否するのであれば、労働契約上の義務違反が問題となります。
会社経営者としては、まず雇用契約書、労働条件通知書、就業規則などを確認し、業務内容の範囲がどのように定められているのかを整理する必要があります。
特に2024年4月以降は、労働条件明示事項として「業務の変更の範囲」の明示が求められています。どこまで業務が変更され得るのかを明確にしていない場合、後に紛争の火種となる可能性があります。
「やりたくない」という社員の主張に対抗する前に、まず契約上の前提を固めること。これが最初の一歩です。
会社経営者に求められるのは、感情ではなく契約から出発する姿勢です。ここを誤ると、その後の注意指導や懲戒処分の正当性も揺らぐことになります。
2. 正社員と職種限定社員の違い
労働契約の範囲を検討するにあたり、会社経営者が押さえておくべき重要なポイントが、正社員と職種限定社員との違いです。
パートタイマーやアルバイト、契約社員などの場合、契約書上で担当業務が明確に限定されているケースが少なくありません。「販売業務に従事する」「経理事務に従事する」といった形で、職種限定の合意がなされていることがあります。
このような場合、明らかにその範囲を超える業務については、社員が拒否しても直ちに義務違反とは評価できません。契約で予定されていない業務を一方的に命じれば、業務命令自体が問題視される可能性があります。
一方で、日本企業における典型的な正社員は、職種限定が明確に合意されていないことが多く、「会社の命じる業務に従事する」といった包括的な定めになっているのが一般的です。
その場合、現在の担当業務とは多少異なる内容であっても、会社が人事権に基づいて指示する業務については、原則として従う義務が生じます。
会社経営者としては、「今までやっていなかった仕事だから拒否できる」という主張が通るのかどうかを、契約内容との関係で冷静に整理する必要があります。
特に正社員の場合、「当面の担当ではなかった」というだけでは拒否の正当理由にはなりにくく、むしろ業務命令の合理性・濫用性の問題へと議論が移っていきます。
したがって、まずは契約類型を見極めること。職種限定か否かによって、法的評価は大きく変わります。
会社経営者には、「雇用形態ごとに判断軸が異なる」という前提に立った整理が求められます。
3. 業務命令が濫用に当たらないかの検討
正社員であり、契約上も包括的に業務に従事する義務があると整理できたとしても、それだけで直ちに「拒否は許されない」と結論づけるのは早計です。
次に検討すべきは、その業務命令が濫用に当たらないかという点です。
会社には業務命令権がありますが、無制限ではありません。嫌がらせ目的で著しく不合理な業務を命じる、明らかに能力や経験を無視した過重な業務を突然課す、健康状態を無視して過度な負担をかける、といった場合には、業務命令自体が違法と評価される可能性があります。
もっとも、実務上「濫用」と評価されるケースは限定的です。単に「本人がやりたくない」「苦手である」というだけでは、直ちに濫用とはなりません。
会社経営者としては、次のような観点で整理することが有効です。
第一に、その業務は会社運営上の必要性があるか。
第二に、特定の社員に命じる合理的理由があるか。
第三に、負担の程度は社会通念上相当といえるか。
これらを総合的に検討し、合理性が説明できる状態であれば、業務命令は原則として有効です。
逆に、説明できない命令は危険です。「とにかく言うことを聞け」という姿勢は、後に紛争になった場合に会社側を不利にします。
会社経営者に求められるのは、「命じることができるか」ではなく、「合理的に説明できるか」という視点です。
この整理を経たうえで、それでもなお社員が一律に拒否を続けるのであれば、問題は業務命令違反へと移行します。
4. 曖昧な指示が招くリスクと明確な業務命令の出し方
やりたくない仕事を断る社員への対応において、会社経営者が見落としがちなのが「指示の出し方」です。
実務上よくあるのは、「これ、できればやってもらえないかな」「時間があったら対応しておいて」といった、打診のような伝え方です。これでは、後に従わなかったとしても「業務命令違反」とまでは評価できない可能性があります。
社員側からすれば、「お願いされたが断っただけ」「強制とは受け止めていない」と主張される余地が生まれます。
会社経営者として本当にやってもらう必要がある業務であれば、曖昧な表現ではなく、「これは業務命令です。従ってください」と明確に伝える必要があります。
ここで重要なのは、強圧的になることではありません。威圧的な言葉や乱暴な口調は不要です。むしろ逆効果です。
求められるのは、礼儀正しく、率直に、分かりやすく、何をいつまでに行うのかを具体的に示すことです。
曖昧で遠回しな表現は、紛争の温床になります。しかも、そのような曖昧な伝え方の一方で、侮辱的なニュアンスが混ざってしまうと、パワハラ主張まで誘発しかねません。
会社経営者としては、「命令は明確に、態度は冷静に」という原則を徹底することが重要です。
業務命令の内容、期限、目的を具体的に伝え、それに従わない場合には規律違反となることも説明しておく。この段階の整理が甘いと、後に懲戒処分へ進む際の土台が崩れます。
曖昧さは会社を守りません。明確さこそが、企業統治の基盤です。
5. 従わない場合の注意指導と厳重注意書の実務
やりたくない仕事を断る社員への対応において、会社経営者が見落としがちなのが「指示の出し方」です。
実務上よくあるのは、「これ、できればやってもらえないかな」「時間があったら対応しておいて」といった、打診のような伝え方です。これでは、後に従わなかったとしても「業務命令違反」とまでは評価できない可能性があります。
社員側からすれば、「お願いされたが断っただけ」「強制とは受け止めていない」と主張される余地が生まれます。
会社経営者として本当にやってもらう必要がある業務であれば、曖昧な表現ではなく、「これは業務命令です。従ってください」と明確に伝える必要があります。
ここで重要なのは、強圧的になることではありません。威圧的な言葉や乱暴な口調は不要です。むしろ逆効果です。
求められるのは、礼儀正しく、率直に、分かりやすく、何をいつまでに行うのかを具体的に示すことです。
曖昧で遠回しな表現は、紛争の温床になります。しかも、そのような曖昧な伝え方の一方で、侮辱的なニュアンスが混ざってしまうと、パワハラ主張まで誘発しかねません。
会社経営者としては、「命令は明確に、態度は冷静に」という原則を徹底することが重要です。
業務命令の内容、期限、目的を具体的に伝え、それに従わない場合には規律違反となることも説明しておく。この段階の整理が甘いと、後に懲戒処分へ進む際の土台が崩れます。
曖昧さは会社を守りません。明確さこそが、企業統治の基盤です。
6. 懲戒処分・解雇を検討する際の法的判断基準
注意指導や厳重注意書を経てもなお、「やりたくない仕事はやらない」という態度を改めない場合、会社経営者としては懲戒処分を検討せざるを得ません。
もっとも、ここで最も重要なのは「処分の重さと行為の程度との均衡」です。
例えば、10の業務命令のうち1つや2つを拒否したにすぎない場合と、命じられた業務を恒常的に全て拒否する場合とでは、評価は大きく異なります。後者であれば、企業秩序を根本から揺るがす行為として、重い処分の対象となり得ます。
しかし、それでも直ちに解雇が有効となるわけではありません。
懲戒処分や解雇が有効とされるためには、
①業務命令が適法であること、
②違反事実が明確であること、
③段階的な是正機会を与えていること、
④処分が社会通念上相当であること、
これらを総合的に満たす必要があります。
特に解雇は最も重い処分であり、裁判所は厳格に判断します。注意や軽い懲戒を飛ばしていきなり解雇に踏み切れば、懲戒権濫用と評価されるリスクが高まります。
会社経営者としては、「困った社員だから切る」という発想ではなく、「裁判になっても合理的と説明できるか」という視点で最終判断を行う必要があります。
また、懲戒処分を行う際には、就業規則上の根拠条文との対応関係を明確にし、弁明の機会を与え、処分理由を書面で具体的に示すことが不可欠です。
重い処分に進む局面こそ、法的リスクが最も高まります。会社経営者としては、専門家の助言を得ながら慎重に進めることが賢明です。
強い姿勢を示すことと、拙速に動くことは別です。企業統治を守るためには、冷静な法的整理が不可欠です。
7. 「義務論」だけでは足りない経営判断の視点
ここまで、労働契約の範囲や業務命令の適法性、懲戒処分の可否といった「義務」の問題を整理してきました。しかし、会社経営者としては、法的に命じられるかどうかという視点だけで判断するのは十分ではありません。
重要なのは、「その社員にその仕事を任せ続けることが、本当に会社にとって合理的か」という経営判断です。
確かに、契約上の義務であれば「やらせること」は可能です。しかし、処理能力が著しく低い、経験が不足している、強い不安を抱いているといった事情がある場合、無理に担当させることで成果が出ないどころか、組織全体の負担が増大することがあります。
上司や同僚が常にフォローに回り、ミスの後処理を行い、結果として部門全体の生産性が落ちるのであれば、単純な義務論では片付けられません。
さらに、本人にとっても深刻なストレスとなる場合があります。向いていない業務を強制され続けることで、メンタル不調や休職に至れば、安全配慮義務の問題も浮上します。
会社経営者に求められるのは、「やらせることができるか」ではなく、「やらせ続けることが得策か」という視点です。
もちろん、単に「嫌だ」と言っているだけであれば、毅然と対応する必要があります。しかし、能力や適性の問題が背景にある場合には、別の選択肢も検討すべきです。
法的整理と経営判断は、重なる部分もありますが、同一ではありません。
企業を守るためには、義務違反を正すことと同時に、組織全体の最適化という視点を持つことが不可欠です。
8. 適性・能力不足が背景にある場合の対応
やりたくない仕事を全て断る社員といっても、その背景は一様ではありません。単なる選り好みや規律軽視の場合もありますが、適性や能力不足が根底にあるケースもあります。
会社経営者としては、「怠慢だ」と決めつける前に、その業務を遂行する能力が現実的に備わっているのかを冷静に見極める必要があります。
例えば、処理能力が著しく低い、経験不足が顕著である、過去に同種業務で重大な失敗を繰り返しているといった事情がある場合、「自分がやれば失敗する」との拒否には一定の合理性が含まれていることもあります。
このような場合、単純に命令違反として処分を重ねるだけでは、問題は解決しません。
まず検討すべきは、教育・指導体制の強化です。上司や先輩が具体的なサポートを行い、段階的に難易度を上げていく方法もあります。
もっとも、サポートには人的コストがかかります。常にフォローが必要な状態が続けば、組織全体の負担が増大します。
また、無理に難易度の高い業務を任せ続ければ、本人が強いストレスを受け、メンタル不調や休職に至る可能性もあります。そこまで至れば、安全配慮義務の問題も視野に入ります。
会社経営者としては、「この社員を育成する合理性があるか」「サポートに見合う成果が期待できるか」という視点で判断する必要があります。
適性不足が一時的なものなのか、構造的なものなのかを見極めることが重要です。
感情ではなく、組織全体の利益と本人の将来を踏まえた冷静な評価が求められます。
9. 配置転換の可能性と企業規模の限界
適性や能力の問題が明らかになった場合、会社経営者として次に検討すべきは配置転換の可能性です。
現在の業務では成果が出ないとしても、別の業務であれば能力を発揮できる可能性はあります。例えば、対人折衝が苦手でも、定型的な事務作業であれば正確に処理できるといったケースは珍しくありません。
配置転換は、単なる問題回避ではなく、適材適所を実現する経営判断です。
もっとも、すべての企業に十分な配置余地があるわけではありません。中小企業や専門性の高い業務を行っている企業では、「他に任せられる仕事がない」という現実もあります。
その場合でも、「ない」と即断するのではなく、実際に検討を尽くしたかどうかが重要です。短期的な補助業務への配置、一時的な業務内容の調整、役割の再設計など、可能な選択肢を洗い出す必要があります。
会社経営者としては、「雇った以上、その仕事をやらせるしかない」という発想に固執しないことが大切です。
向いていない業務に固執すれば、成果が出ないだけでなく、周囲の負担も増え、最終的には組織全体の士気低下につながる可能性があります。
一方で、配置転換が現実的に不可能な場合もあります。その場合には、次の段階、すなわち退職という選択肢の検討に進むことになります。
企業規模には限界があります。しかし、その限界の中で何をどこまで検討したのかが、後に紛争となった場合の評価を左右します。
配置転換の検討は、法的義務というよりも、経営としての合理性と誠実性の問題です。会社経営者には、その両面からの判断が求められます。
10. 退職勧奨を検討する場合の注意点
配置転換の余地もなく、教育・指導を尽くしても改善が見込めず、業務命令違反も繰り返されている。このような場合、会社経営者としては退職という選択肢を検討せざるを得ないことがあります。
ただし、ここで直ちに解雇に踏み切るのは極めて慎重であるべきです。
まず検討すべきは退職勧奨です。退職勧奨は、会社から一方的に労働契約を終了させる解雇とは異なり、話し合いによる合意退職を目指す手法です。
もっとも、退職勧奨であっても進め方を誤れば違法と評価されます。長時間にわたる執拗な説得、大声による威圧、人格を否定するような発言などは、退職強要として問題化するリスクがあります。
会社経営者としては、
①現状の問題点を具体的に整理し、
②これまでの注意指導や改善機会の経過を示し、
③会社としての限界を説明した上で、
④あくまで選択肢の一つとして退職を提示する、
という姿勢が重要です。
また、一定の解決金や退職条件の調整を提示することで、円満な合意に至る可能性もあります。ここは法的判断だけでなく、経営判断の要素も強くなります。
重要なのは、「辞めさせる」ことが目的ではなく、「会社と本人の双方にとって現実的な出口を探る」という姿勢です。
無理に在籍させ続ければ、会社にとっても本人にとっても不幸な結果を招くことがあります。一方で、拙速な解雇は重大な法的リスクを伴います。
会社経営者には、規律維持と人間的配慮の双方を踏まえた、冷静で戦略的な判断が求められます。
やりたくない仕事を全て断る社員への対応は、単なる懲戒問題ではありません。契約、業務命令、能力評価、配置、そして最終的な出口戦略までを含めた総合的な経営課題です。
重大な処分や退職勧奨を検討する局面では、必ず専門家の助言を得ながら進めることを強くお勧めします。それが、会社を守る最も確実な方法です。

最終更新日2026/2/18