この記事の要点

「話がついた気がした」は退職ではない。書面を取るまでが退職勧奨の完了

口頭での合意は「した・していない」で争いになります。退職合意書または退職届という書面を取り交わして初めて退職勧奨は完了です。書面なしに退職処理を進めると「解雇された」と主張されるリスクがあります

退職届を出さない場合は、改めて退職の意思確認を行う

「なぜ書面を出さないのか」を確認することが先決です。条件に不満がある場合は交渉、単なる抵抗であれば毅然と求め続けてください。退職合意書という形で署名を求めることも有効な手段です

退職に関するやり取りは無断録音されている前提で臨む

「もう来なくていい」などの発言が解雇と評価されることがあります。録音を前提に、冷静かつ具体的な言葉で対話することが重要です

解決金を伴う退職は退職合意書に清算条項を入れる

退職後の残業代請求・慰謝料請求を防ぐために「甲乙間に一切の債権債務がないことを確認する」という清算条項を退職合意書に必ず入れてください。弁護士への相談をお勧めします

 退職勧奨の話し合いは終わったはずなのに、退職届が出てこない——このような相談は、労働問題を専門とする弁護士のもとに非常に多く寄せられます。経営者の側からすると「もう合意できた」と感じていても、社員側はそう思っていないケースが多く、その認識のズレが後の紛争につながります。

 退職届を取らないまま退職処理を進めると、後から「解雇された」「退職を強要された」と主張される深刻なリスクがあります。また退職後に残業代や慰謝料を請求されるリスクも排除できません。

 この記事では、退職届を出さない社員への会社側の対応について、実務上の手順と注意点を解説します。

01なぜ退職届が出ないのか——問題の本質

 退職届が出ない問題が起きる背景には、いくつかのパターンがあります。正確に状況を把握することが、適切な対応の出発点になります。

パターン 背景と対応の方向性
まだ合意していない 会社側は「合意できた」と思っているが、社員側は「まだ交渉中」と認識している。改めて退職の意思を確認する面談が必要
条件に不満がある 退職金・退職時期・離職票の記載などに不満があり、書面化することで交渉上の立場が弱くなると考えている。条件面の再確認・交渉が必要
意図的に書かない 書面を出すと撤回できなくなると考え、意図的に引き伸ばしている。毅然と書面の提出を求め続けることが必要
心情的な抵抗 「退職届を出せ」と言われること自体に反発している。退職合意書という形で署名を求めることで抵抗感が和らぐ場合がある

 どのパターンかを把握しないまま「とにかく退職届を出せ」と迫っても逆効果になることがあります。まず「なぜ書面を出さないのか」を確認することが重要です。

02「口頭で話がついた」は退職の完了ではない

 退職勧奨の場面で非常に多いトラブルが、「話し合いは終わったはず」という会社側の認識と、「まだ合意していない」という社員側の認識のズレから生じます。

 民法上、退職の意思表示は口頭でも有効です。しかし「辞めると言った・言わない」という水掛け論になった場合、口頭のやり取りだけでは会社側が不利になることが多いです。さらに退職勧奨の文脈では、「退職するよう求められたが最終的な合意はしていない」と社員側に主張されるリスクが常にあります。

書面なしに退職処理を進めた場合のリスク

「合意した」「していない」で法的に争いになり、在籍中という状態が継続する
会社が「退職した」として処理すると、「解雇された」と主張されるリスクがある
退職合意の証拠がないと、退職金・離職票の処理でもトラブルになりやすい
退職後の残業代請求・慰謝料請求を防ぐ手段がない

 退職勧奨による退職は、退職届または退職合意書という書面を取り交わして初めて完了です。「話がついた」と感じた段階で安心してしまい、書面化を後回しにすることが最大のリスクです。

03退職届を出してもらうための具体的手順

 退職届が出ない状況への対処は、以下の手順で進めてください。

① 改めて退職の意思を確認する面談を設定する

 「以前のお話の確認ですが、〇月〇日付で退職していただけますね」と明確に退職の意思を確認してください。この面談には必ず同席者を置くか、会社側で録音を行ってください。面談後は速やかに内容をメモに残してください。

② 退職合意書を書面で提示し署名を求める

 口頭での確認に加え、退職日・退職理由・条件(解決金等)を明記した退職合意書を用意し、署名を求めてください。「この書類に署名してください」と具体的な書類を示すことで、合意の意思を明確にすることができます。

③ 「なぜ署名しないのか」を確認する

 署名を拒む場合は、その理由を確認してください。条件面に不満がある場合は交渉の余地があります。単なる抵抗であれば毅然と求め続けてください。理由によって対応の方向性が変わります。

④ メール・LINEで退職の意思確認をする

 直接会えない場合は、メールやLINEで「退職のご意思は変わりありませんか」と確認し、「はい、辞めます」という返信をもらってください。この電子的なやり取りも退職の意思表示の証拠として機能します。

04退職合意書と退職届——どちらを取るべきか

 退職合意書と退職届はどちらも「書面化」という点では同じですが、それぞれに特徴があります。状況に応じて使い分けてください。

書類の種類 特徴・メリット 注意点
退職合意書 会社と社員が合意した内容(退職日・条件・清算条項等)を双方が確認した証拠になる。解決金を伴う場合や条件交渉がある場合に有効 内容の交渉が必要な場合は合意書の作成に時間がかかることがある。弁護士に内容を確認してもらうことを強く推奨する
退職届 本人の意思による退職の証明。シンプルで速やかに取得しやすい。条件に争いがない場合や退職勧奨を経ない自主退職に向いている 条件面(解決金等)の清算条項は別途退職合意書で確認する必要がある

清算条項を必ず入れる

 特に解決金の支払いを伴う退職の場合は、退職合意書に清算条項を必ず入れてください。清算条項とは「本件に関し、甲乙間には一切の債権債務がないことを相互に確認する」という内容です。

 この条項があることで、退職後に「残業代が未払いだ」「精神的苦痛を受けた」などとして追加の金銭請求をされるリスクを大幅に減らすことができます。退職合意書の作成は弁護士にご相談ください。

05退職に関するやり取りの注意点——無断録音リスク

 退職届を出さない問題に対応する過程で、経営者が知っておかなければならない重要な点があります。退職に関するやり取りは、社員側に無断で録音されている可能性が常にあるということです。

 「もう来なくていい」「辞めてもらう」「あなたには向いていない」といった発言は、録音された場合に解雇通知や退職強要の証拠として使われることがあります。特に退職勧奨の文脈では、こうした発言が「解雇された」という主張の根拠にされるリスクがあります。

退職に関する面談での発言の注意点 ✗ 避けるべき発言:「もう来なくていい」「解雇します」「向いていないから辞めてもらう」など、解雇と評価されうる言葉
○ 望ましい発言:「退職していただく方向でお話しさせてください」「〇月〇日付で退職合意書に署名していただけますか」など、退職勧奨の趣旨を明確にした冷静・具体的な言葉

 録音されていることを前提に、冷静かつ具体的な言葉で対話することを心がけてください。感情的な発言や曖昧な言葉は避け、「退職の意思があるかどうか」「退職合意書に署名するかどうか」という点に絞った会話を心がけてください。なお、会社側が会話を録音することは法的に問題ありません。証拠確保のために活用してください。

06書面が取れないまま出社しなくなった場合

 退職届も退職合意書も取れないまま、社員が出社しなくなってしまったケースでは、次の対応を取ってください。

 まず電話・メール・LINEなど複数の方法で連絡を試み、退職の意思があるかどうかを確認してください。連絡が取れた場合は退職確認の書面(退職確認書または退職合意書)への署名をメールや郵送で求めてください。

 連絡が取れない状態が続く場合は、内容証明郵便で「〇月〇日の面談において退職する旨の意思表示があったことを確認しています」という内容を送付してください。これが後の証拠になります。

 一定期間(2週間以上)出社がなく連絡も取れない場合は、無断欠勤として扱い、就業規則の定めに従って普通解雇または自然退職の手続きを進めることも選択肢の一つです。ただし手続きを誤ると後のトラブルになりますので、必ず弁護士に相談した上で進めてください。

SUPERVISOR 弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

 

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。退職届を出さない社員への対応でお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

Q&Aよくある質問

Q1. 退職勧奨の話し合いは終わったのに退職届が出てきません。退職は成立していますか。

A. 口頭でのやり取りだけでは「合意した・していない」の争いになります。退職勧奨による退職は、退職届または退職合意書という書面を取り交わして初めて完了です。書面なしに「退職した」として処理してしまうと、後から「解雇された」と主張されるリスクがあります。早急に面談を設定し、書面への署名を求めてください。

Q2. 退職合意書と退職届はどちらを取ればよいですか。

A. 解決金の支払いを伴う場合や条件交渉がある場合は退職合意書をお勧めします。退職合意書には「甲乙間に一切の債権債務がないことを確認する」という清算条項を必ず入れてください。退職後の残業代請求などを防ぐ効果があります。条件に争いがない場合は退職届でも構いません。退職合意書の作成は弁護士にご相談ください。

Q3. 退職届を出すよう求めたら「解雇だ」と言われました。どう対応すればよいですか。

A. まず退職勧奨の経緯と発言内容を記録に残してください。「もう来なくていい」「辞めてもらう」などの発言は解雇と評価されるリスクがあります。今後の対話は録音を前提に、「退職のご意思は変わりありませんか」「退職合意書への署名をお願いしたい」と冷静・具体的な言葉で進めてください。対応に迷う場合は弁護士にご相談ください。

Q4. 退職合意書への署名を拒否されました。どうすればよいですか。

A. 署名を拒否する理由を確認してください。条件面に不満がある場合は交渉の余地があります。単に書面化を嫌がっている場合は、退職届という形で署名を求めることも選択肢です。それでも拒否が続く場合は、退職の意思表示があった事実の記録(面談記録・メールのやり取りなど)を確保した上で弁護士にご相談ください。

最終更新日:2026年5月10日


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