問題社員163 健康状態が良好だというので採用したのに、体調が不安定。
目次
動画解説
1. 採用時の健康状態の虚偽申告は直ちに解雇できるのか
会社経営者の皆様からよく受けるご相談の一つが、「健康状態は良好と申告していたのに、入社後すぐに体調不良を繰り返している。虚偽申告を理由に採用を取り消せるのか」という問題です。
結論から申し上げると、虚偽申告があったという事実だけで直ちに解雇が有効になるとは限りません。
多くの会社では、就業規則に「採用時の申告に虚偽があった場合は採用を取り消すことがある」といった条項を設けています。また、健康状態に関する誓約書を提出させているケースも少なくありません。
しかし、実務上は、その条文や誓約書があるからといって「一発アウト」となるわけではありません。採用取消は、法的には将来に向かって労働契約を終了させる行為、すなわち解雇に該当します。そのため、当然ながら解雇に関する厳格な法的規制が適用されます。
具体的には、客観的に合理的な理由があるか、社会通念上相当といえるかが厳しく問われます。単に「嘘をついた」という事情だけでは足りず、実際の勤務状況や業務への影響まで含めて総合的に判断されることになります。
例えば、入社後も通常どおり勤務できている場合には、仮に過去に通院歴があったとしても、解雇が有効と認められる可能性は高くありません。他方で、試用期間中にもかかわらず頻繁に欠勤し、業務がほとんど遂行できないような状態であれば、評価は大きく異なります。
重要なのは、「虚偽申告があったかどうか」だけで判断するのではなく、その事実が労働契約の目的達成にどれほど重大な影響を与えているかという視点です。
会社経営者としては、形式的な条項の有無に安心するのではなく、実質的にどこまで働けているのか、業務遂行にどの程度支障があるのかを冷静に見極める必要があります。ここを誤ると、解雇が無効とされるだけでなく、かえって大きな労働問題へ発展するリスクがあります。
2. 「採用取消」は法的には解雇であるという前提
会社経営者の中には、「まだ本採用していないのだから、採用取消であって解雇ではない」と考える方もいらっしゃいます。しかし、この理解は法的には正確ではありません。
採用内定を出し、入社して労働契約が成立している以上、その後に会社側の意思で契約を終了させる行為は、名称にかかわらず解雇に該当します。たとえ「採用取消」「本採用拒否」という言葉を用いても、法的評価は変わりません。
つまり、「採用時の虚偽申告があれば取り消せる」と就業規則に定めていたとしても、その条項だけで自由に契約を終了させられるわけではないのです。最終的には、解雇としての有効性が問われます。
解雇が有効と認められるためには、客観的に合理的な理由があり、かつ社会通念上相当といえることが必要です。これは会社規模や業種にかかわらず適用される基本原則です。
会社経営者として理解しておくべきなのは、「採用取消」という言葉に法的な特権はないという点です。名称を変えても、実質が解雇である以上、同じハードルを越えなければなりません。
したがって、虚偽申告があった場合でも、その事実がどの程度重大なのか、実際の勤務状況にどのような影響を及ぼしているのかを具体的に整理する必要があります。
「規則に書いてあるから大丈夫だろう」という発想で進めると、後に解雇無効を主張され、想定外の紛争に発展するおそれがあります。会社経営者としては、まず採用取消=解雇であるという前提を正確に理解した上で、慎重に判断することが不可欠です。
3. 虚偽申告があっても一発アウトにならない理由
「健康状態は良好」と申告していたにもかかわらず、実際には持病があり、入社後に欠勤を繰り返している。このような場合、会社経営者としては強い憤りを感じるのが当然です。
しかし、法的評価は感情とは別に整理されます。虚偽申告があったという事実だけでは、直ちに解雇が有効になるとは限りません。
裁判実務では、「嘘をついたこと」自体よりも、その虚偽がどれほど重大で、企業にどの程度の影響を与えたのかが重視されます。つまり、形式よりも実質です。
例えば、過去に一定の通院歴があったものの、現在は問題なく勤務できている場合には、労働契約の目的は達成されています。この場合、虚偽申告は不誠実な行為ではあっても、解雇を正当化するほどの重大性があるとは評価されにくいのが現実です。
一方で、入社直後から長期欠勤が続き、業務がほとんど遂行できない場合には、評価は変わります。ここで問われるのは、「会社がその人を採用した目的が実現できるかどうか」です。
つまり、虚偽申告はあくまで一事情にすぎず、決定打ではないというのが実務の基本的な考え方です。就業規則や誓約書があったとしても、それは判断材料の一つとして考慮されるにとどまります。
会社経営者としては、「嘘をついたのだから当然に解雇できる」という発想を一度整理し直す必要があります。重要なのは、虚偽の内容と業務遂行能力との関連性、そして企業運営への具体的な影響です。
ここを十分に検討せずに解雇へ進めば、後に労働問題へ発展し、解雇無効と判断されるリスクがあります。怒りや失望ではなく、労働契約の目的達成という観点から冷静に評価することが、会社経営者に求められる姿勢です。
4. 解雇の有効性を左右する「労働契約の目的」
虚偽申告があった場合に最も重要となる視点は、労働契約の目的が達成できるかどうかです。ここが、解雇の有効性を左右する核心部分になります。
労働契約とは、会社が賃金を支払い、社員が労務を提供するという合意です。したがって、健康状態に関する虚偽があったとしても、現実に十分な労務提供がなされていれば、契約の目的は一応達成されています。
問題となるのは、体調不良により業務遂行が著しく困難になっている場合です。例えば、試用期間中にもかかわらず月の半分以上を欠勤している、出勤しても業務をほとんどこなせない、といった事情があれば、採用目的が実質的に達成できていないと評価され得ます。
この場合、解雇の理由は「虚偽申告そのもの」というよりも、現実に労務提供ができていないことに重心が置かれます。虚偽申告は、その判断を補強する事情として位置づけられるにすぎません。
逆に言えば、多少の通院歴や既往症があったとしても、業務に支障がないのであれば、労働契約の目的は達成可能です。この場合に解雇へ進めば、客観的合理性を欠くと判断されるリスクが高まります。
会社経営者としては、「嘘をついたかどうか」という一点にとらわれず、「当社が期待した役割を現実に果たせているか」という視点で整理することが不可欠です。
解雇の有効性は、形式的な条項ではなく、実質的な労務提供の状況によって判断されます。ここを見誤ると、採用取消のつもりが、無効な解雇として大きな労働問題へ発展する可能性があります。冷静に事実を積み上げ、契約目的との関係で評価することが重要です。
5. 体調安定が特に重要な業務とは何か
虚偽申告の評価は、業務内容によって大きく変わります。特に重要なのは、当該業務において体調の安定がどれほど本質的要件となっているかという点です。
例えば、人の生命や身体に直接関わる業務、高度な集中力を長時間維持しなければ重大事故につながる業務、突発的な欠勤が企業活動全体に深刻な影響を及ぼすポジションなどでは、体調の安定性は極めて重要な要素となります。
このような業務において、「健康状態は良好」との申告が採用判断の重要な前提であった場合、その虚偽は重大な意味を持ち得ます。体調不安定により業務遂行が困難であれば、労働契約の目的達成は難しいと評価されやすくなります。
他方で、一般的な事務業務など、一定の欠勤があっても他の社員で補完可能な業務の場合には、評価はより慎重になります。体調不良があるという事実だけで直ちに解雇が有効になるわけではありません。
ここで重要なのは、採用時に会社としてどこまで健康状態を重視していたかという点です。面接段階で「当社のこの業務は体調管理が極めて重要である」と明確に説明し、それを採否判断の基準としていた場合には、その事情は一定程度考慮されます。
しかし、形式的に健康申告書を提出させただけで、実際には特別な説明や強調をしていなかった場合、その虚偽の重大性は限定的に評価される可能性があります。
会社経営者としては、自社の各ポジションについて「体調安定がどの程度本質的要件か」を明確に整理しておく必要があります。この整理が不十分なまま解雇に踏み切ると、「その業務にそこまでの健康要件は必要ないのではないか」と評価され、労働問題に発展するリスクがあります。
業務内容と健康要件との関連性を具体的に説明できるかどうかが、解雇の有効性を大きく左右することを理解しておくべきです。
6. 試用期間中に判断すべき理由
体調不良が顕在化した場合、会社経営者として最も重視すべきなのが試用期間中の判断です。ここで対応を誤るかどうかが、その後の難易度を大きく左右します。
試用期間は、社員の適格性を見極めるための期間です。本採用後と比べれば、解雇や本採用拒否のハードルは相対的に低くなります。もちろん無制限に解雇できるわけではありませんが、評価裁量は一定程度広く認められています。
例えば、試用期間中に出勤日数の半分近くを欠勤している、業務にほとんど従事できていないといった事情があれば、適格性に疑問があると判断しやすくなります。この段階であれば、本採用拒否という選択肢が現実的に検討可能です。
さらに重要なのは、本人の納得感です。試用期間中であれば、「まだ正式採用ではない」という認識があるため、合意退職に応じやすい傾向があります。結果として、紛争リスクを抑えながら円滑に終了できる可能性が高まります。
他方で、試用期間を漫然と経過させてしまうと、「この状態でも会社は本採用した」と評価されかねません。後になって体調不良を理由に解雇しようとすると、「それならなぜ本採用したのか」と問われることになります。
会社経営者としては、「様子を見る」という判断が最も危険であることを認識すべきです。改善が見込めるのか、それとも適格性に疑問があるのかを、試用期間中に冷静に見極めなければなりません。
試用期間は単なる形式的な制度ではなく、リスク管理のための重要な経営ツールです。体調不安定が問題となっている場合には、必ず試用期間内での判断を意識し、必要であれば早期に方向性を定めることが、後の労働問題を防ぐ鍵となります。
7. 試用期間経過後に生じるリスク
試用期間中に判断をせず、そのまま期間が経過してしまった場合、会社経営者にとって状況は一気に厳しくなります。
試用期間が終了し、本採用の状態になれば、「この健康状態でも会社は適格と判断した」という評価を受けやすくなります。たとえ本採用通知を明示的に出していなくても、期間満了後に雇用を継続していれば、本採用と扱われるのが通常です。
この段階で体調不良を理由に解雇を検討すると、「試用期間中に判断できたのではないか」「なぜその時点で本採用拒否しなかったのか」という点が争点になります。結果として、解雇の客観的合理性が否定されやすくなります。
さらに、本人の納得感も大きく変わります。試用期間中であれば受け入れやすかった退職の話も、本採用後であれば「正式に認められたはずだ」という意識が働き、強い反発につながる可能性があります。
会社経営者の中には、「かわいそうだからもう少し様子を見よう」と考える方もいます。しかし、その判断が結果的に会社の選択肢を狭めることになります。善意の先送りが、将来の労働問題を生むことは少なくありません。
また、解雇の有効性という観点でも、本採用後の解雇は試用期間中より高いハードルが課されます。言い換えれば、同じ事情であっても、判断時期によって結論が変わり得るのです。
会社経営者としては、試用期間を「様子見の期間」と捉えるのではなく、「判断を完了させる期限」と位置づけるべきです。体調不安定という問題がある場合には、期間満了前に必ず方向性を定めることが、リスク管理上極めて重要です。
8. 休職制度がある場合の対応ルート
本採用後に体調不良が続いている場合、まず確認すべきは就業規則上の休職制度の有無です。ここを見落としたまま解雇や退職勧奨を進めると、大きな法的リスクを抱えることになります。
多くの会社では、私傷病による休職制度を設けています。一定期間欠勤が続いた場合に休職に移行し、休職期間満了までに復職できなければ自然退職または解雇とするという仕組みです。
この制度があるにもかかわらず、体調不良を理由に直ちに解雇へ進むと、「本来は休職制度を適用すべきだったのではないか」と評価される可能性があります。裁判実務でも、休職制度の適用可能性は重要な検討要素とされています。
会社経営者として注意すべきなのは、休職制度は「なくてもよい制度」である一方、設けている以上は適切に運用しなければならないという点です。制度を作っておきながら適用を回避する対応は、合理性を欠くと判断されやすくなります。
したがって、休職制度がある場合は、所定の欠勤日数を経て休職に移行させ、休職期間中の回復状況を見極めるというルートが原則的な対応になります。その上で、復職が困難であると判断されれば、退職や解雇の検討へ進むことになります。
一方で、休職制度が存在しない会社であれば、長期欠勤は普通解雇の検討対象となり得ます。ただし、この場合でも、欠勤の程度や回復見込みなどを慎重に見極める必要があります。
会社経営者としては、感情的に「もう限界だ」と判断するのではなく、まず就業規則を確認し、制度上の手順に沿った対応を取ることが不可欠です。制度を無視した処理は、後に労働問題として争われるリスクを高めます。
9. 合意退職・普通解雇を検討する際の実務上の注意点
体調不良が継続し、試用期間も経過している場合、会社経営者としては合意退職または普通解雇を検討することになります。ただし、いずれも慎重な対応が必要です。
まず、実務上は解雇に直ちに踏み切るのではなく、退職勧奨により合意退職を目指すのが一般的です。合意が成立すれば、紛争リスクは大幅に下がります。ただし、強引な圧力や威迫的な言動は厳禁です。行き過ぎれば退職強要と評価され、逆に会社側が責任を問われかねません。
次に、普通解雇を選択する場合には、長期欠勤の程度、回復見込み、業務への支障などを具体的に整理する必要があります。「体調が悪いから困る」という抽象的な理由では足りません。どの程度働けていないのか、いつまでに回復が見込めるのかといった事実の積み重ねが重要です。
また、休職制度がある会社であれば、その手続を経ずに解雇へ進むことは原則として避けるべきです。制度を経由せずに終了させれば、解雇の合理性が否定される可能性が高まります。
会社経営者が陥りやすいのは、「もう十分に迷惑をかけられた」という感情に基づいて決断してしまうことです。しかし、法的評価は感情ではなく事実と合理性で判断されます。
合意退職であれ普通解雇であれ、後に争われることを前提に、説明可能な記録と経緯を整えておくことが不可欠です。手順を踏まずに進めた対応は、後で修正することができません。
この段階に至った場合には、判断を急ぐ前に一度立ち止まり、法的リスクを整理することが重要です。対応の選択肢や進め方に迷いがある場合には、労働問題に精通した弁護士と戦略を確認した上で進めることが、結果的に最も安全な道となります。
10. 会社経営者が今すぐ見直すべき採用・試用期間設計と弁護士活用
ここまで見てきたとおり、健康状態に関する虚偽申告は、形式的に「一発アウト」と処理できる問題ではありません。最終的に問われるのは、労働契約の目的が達成できるかどうかであり、その判断時期と手続が極めて重要です。
会社経営者として、今すぐ見直すべきポイントは大きく三つあります。
第一に、採用時の説明内容です。自社の業務において体調安定がどれほど重要なのかを、面接段階で具体的に説明しているか。単なる健康申告書の提出だけでなく、「なぜ重要なのか」を明確にしているかが問われます。
第二に、試用期間の長さと運用です。自社の業務特性に照らして、現在の試用期間は本当に適切でしょうか。三か月で判断できない業務であれば、六か月とするなどの設計が必要です。そして何より、試用期間中に判断を完了させる覚悟が不可欠です。
第三に、就業規則の整合性です。休職制度を設けているのであれば、その運用を前提とした対応を取らなければなりません。制度と実務が矛盾していれば、解雇の合理性は大きく揺らぎます。
問題が顕在化してから対応を考えるのではなく、制度設計の段階でリスクを織り込むことが、会社経営者に求められる姿勢です。
そして、虚偽申告や体調不良を巡る対応は、解雇規制・休職制度・試用期間法理などが複雑に絡み合います。個別事案ごとに判断が分かれる領域であり、初動を誤ると取り返しがつきません。
体調不安定な社員への対応で迷いがある場合、あるいは試用期間中の本採用拒否や解雇を検討している場合には、早い段階で弁護士に相談し、事実整理と法的評価を踏まえた戦略を立てることが重要です。
会社経営者の判断は、企業の将来を左右します。感情ではなく、制度と法理に基づいて対応する。そのための準備と専門家の活用が、不要な労働問題を防ぐ最善策となります。

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
よくある質問(FAQ)
Q:採用選考時のアンケートで病歴を隠していた場合、即座に解雇できますか?
A:即座の解雇は困難です。裁判実務では「嘘をついたこと」自体よりも、その虚偽が労働契約の目的達成(業務遂行)にどれほど重大な支障をきたしているかが重視されます。現在問題なく勤務できているのであれば、過去の虚偽申告のみを理由とした解雇は無効とされるリスクが高いです。
Q:試用期間中なら、健康状態を理由とした本採用拒否は認められやすいですか?
A:本採用後と比較すれば、試用期間中の適格性判断(本採用拒否)は広い裁量が認められます。特に、入社直後から体調不良で欠勤を繰り返し、業務習得や遂行が著しく困難な場合は、適格性欠如として本採用拒否が認められる可能性が高まります。判断を先送りせず、試用期間内に結論を出すことが肝要です。
Q:入社直後に持病が悪化して欠勤している社員に対し、休職制度を適用せずに解雇できますか?
A:就業規則に休職制度が定められている場合、原則として制度を適用し、回復の機会を与える必要があります。制度があるにもかかわらず適用を飛ばして解雇すると、解雇権の濫用と判断されるリスクが極めて高くなります。まずは自社の就業規則の休職規定を確認してください。
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最終更新日:2026年3月22日
