問題社員61 安易に「パワハラ」を口にする。
目次
動画解説
1. 安易に「パワハラ」を口にする社員が職場にもたらす問題
近年、「それはパワハラではないか」「今の言い方はパワハラだと思います」と、比較的軽い場面でもパワハラという言葉を口にする社員が増えています。会社経営者としては、決して珍しい悩みではありません。
このような発言が問題となるのは、職場の緊張感や信頼関係に大きな影響を及ぼす点にあります。パワハラという言葉は、非常に強い響きを持つため、一度口にされるだけで、周囲の空気が一変します。発言された側だけでなく、周囲の社員も萎縮し、発言や指導を控えるようになることがあります。
会社経営者として注意すべきなのは、「本人は軽い気持ちで言っている」ケースが多い点です。必ずしも正式な申告や問題提起の意思があるわけではなく、不満や反発を示すための言葉として使われていることも少なくありません。しかし、その軽さとは裏腹に、職場に与える影響は決して軽微ではありません。
安易なパワハラ発言が続くと、注意指導や業務上必要な指示が出しにくくなります。その結果、業務の質やスピードが低下し、問題行動があっても誰も指摘できない職場環境が生まれかねません。これは、会社経営にとって見過ごせないリスクです。
また、「パワハラと言えば会社は動く」「言った者が有利になる」という誤った認識が広がると、職場内での言葉の使われ方が歪みます。本来は話し合いで解決すべき問題が、対立構造として固定化されやすくなります。
会社経営者としては、安易なパワハラ発言を「時代の流れだから仕方がない」と放置すべきではありません。この問題は、単なる言葉遣いの問題ではなく、職場秩序や指導体制に直結するテーマです。
まずは、安易に「パワハラ」という言葉が使われること自体が、職場にどのような影響を与えているのかを正しく認識することが、次の対応を考えるための出発点になります。
2. 「パワハラ」と日常用語で使われる言葉の危うさ
近年、「パワハラ」という言葉は、ニュースや社内研修を通じて広く知られるようになり、日常会話の中でも使われる機会が増えています。しかし、会社経営者として注意すべきなのは、この言葉が本来の意味や重みを離れ、日常用語として消費されている現状です。
業務上の注意や指示に対して、「それはパワハラではないですか」と反射的に返される場面では、必ずしも深刻な被害認識があるとは限りません。不満や反発、納得できない気持ちを表現するための便利な言葉として使われているケースも多く見受けられます。
しかし、パワハラという言葉は、法律上・社会的にも非常に重い評価を伴うものです。安易に使われることで、実際に深刻なハラスメント被害に苦しんでいるケースとの区別が曖昧になり、問題の本質が見えにくくなります。
会社経営者として特に警戒すべきなのは、言葉のインフレが進むことで、職場内のコミュニケーションが萎縮してしまう点です。「何を言ってもパワハラと受け取られるかもしれない」という不安が広がれば、指導や改善のための発言が控えられるようになります。
また、「パワハラ」という言葉が日常的に使われる職場では、事実関係を冷静に整理する前に、感情的なレッテル貼りが行われやすくなります。これにより、本来は話し合いや説明で解決できた問題が、対立構造へと発展することもあります。
会社経営者としては、「パワハラという言葉が出た=深刻な問題」と短絡的に反応するのではなく、その言葉がどのような文脈で使われているのかを慎重に見極める必要があります。日常用語化した言葉の裏に、どの程度の問題意識があるのかを整理する姿勢が求められます。
「パワハラ」という言葉の危うさを理解することは、社員の声を軽視するためではありません。むしろ、真に対応すべき問題と、誤解や感情に基づく発言とを区別するために不可欠な視点です。
この前提を押さえたうえで、次に確認すべきなのが、法律上のパワハラがどのように定義されているのかという点です。次の項目では、この基本を整理します。
3. 法律上のパワハラの定義を会社経営者が正しく理解する必要性
安易に「パワハラ」という言葉が使われる職場において、会社経営者がまず押さえておくべきなのは、法律上のパワハラの定義は、本人の主観だけで決まるものではないという点です。この基本を理解していないと、対応を誤りやすくなります。
法律上のパワハラは、単に「嫌な思いをした」「強く言われた」と感じたかどうかで判断されるものではありません。一定の要件を満たした場合に限って、パワハラとして評価されます。言い換えれば、業務上の指示や注意であっても、直ちにパワハラになるわけではありません。
会社経営者として注意すべきなのは、「パワハラと言われた以上、会社として何か処分をしなければならないのではないか」と過剰に反応してしまうことです。法律上の定義を踏まえずに対応すると、正当な指導まで萎縮させてしまい、結果として職場の統制が取れなくなります。
また、法律上の定義を理解していないまま対応すると、社員間で誤った認識が広がります。「強い口調=パワハラ」「注意された=パワハラ」という理解が定着すると、業務上必要なコミュニケーションが成り立たなくなります。
会社経営者としては、「何がパワハラに当たり、何が当たらないのか」という線引きを、感覚ではなく、法律上の枠組みで把握しておく必要があります。これは、社員を守るためだけでなく、管理職や現場を守るためにも重要です。
パワハラという言葉が出たときこそ、感情論で判断するのではなく、「法律上はどのように整理される問題なのか」という視点に立ち返ることが、冷静な対応につながります。
この法律上の定義を踏まえたうえで、次に問題となるのが、「本人がパワハラだと感じたらパワハラ」という誤解です。次の項目では、この誤解について整理します。
4. 「自分がパワハラだと感じたらパワハラ」という誤解
安易に「パワハラ」という言葉を口にする社員の多くが前提としているのが、「本人がパワハラだと感じたら、それはパワハラになる」という考え方です。しかし、この理解は法律上も実務上も正確ではありません。
確かに、被害を受けたと感じる本人の認識は重要です。しかし、それだけで直ちにパワハラと評価されるわけではありません。法律上のパワハラは、行為の内容や態様、業務上の必要性、発言がなされた状況などを踏まえ、客観的に判断されるものです。
会社経営者として注意すべきなのは、この誤解を放置すると、職場での指導や注意が極端にやりにくくなる点です。「言われた側が嫌だと感じたらアウト」という空気が広がれば、正当な業務指示や改善指導まで萎縮してしまいます。
また、この誤解は社員自身にとっても不幸な結果を招きます。主観だけを根拠にパワハラを主張しても、客観的な要件を満たさなければ、会社として問題として扱えない場面もあります。その結果、「会社は何もしてくれなかった」という不満が生じ、対立が深まることもあります。
会社経営者としては、「感じ方は人それぞれである」ことと、「パワハラとして成立するかどうか」は別問題であることを、冷静に整理する必要があります。感情を否定するのではなく、評価基準が異なることを丁寧に説明する姿勢が重要です。
「自分がパワハラだと感じたらパワハラ」という理解を修正せずにいると、職場の問題は解決されるどころか、むしろ複雑化します。だからこそ、会社としての判断軸を明確に示すことが求められます。
この誤解を正したうえで、次に理解しておくべきなのが、法律上重視される「就業環境が害される」とは具体的にどういう状態を指すのかという点です。次の項目では、この判断基準を整理します。
5. 客観的基準で判断される「就業環境が害される」とは何か
法律上のパワハラを判断する際に、重要な要素となるのが「就業環境が害されたかどうか」という点です。この判断は、社員本人の主観的な感情だけで決まるものではなく、客観的な基準に基づいて行われます。
「就業環境が害される」とは、単に嫌な思いをしたというレベルでは足りず、業務の遂行に支障が生じたり、精神的・身体的に強い負担がかかり、通常の勤務が困難になるような状態を指します。一時的な不快感や叱責を受けたという事情だけでは、直ちに該当するものではありません。
会社経営者として注意すべきなのは、「本人がつらかったと言っている以上、就業環境は害されたのではないか」と短絡的に判断してしまうことです。法律上は、行為の態様や頻度、継続性、発言内容、周囲への影響などを総合的に見て、一般的な労働者の立場からどう評価されるかが重視されます。
たとえば、業務上必要な注意や指導が、適切な場面で、相当な方法で行われている場合、それによって一時的に気分を害したとしても、直ちに就業環境が害されたとは評価されにくいと考えられます。一方で、人格を否定するような発言が繰り返されたり、業務と無関係な叱責が常態化している場合には、就業環境が害されていると判断される可能性が高まります。
会社経営者として重要なのは、「どこからがアウトなのか」を感覚で判断しないことです。客観的基準を意識しなければ、正当な指導まで萎縮させてしまい、逆に職場全体の秩序が崩れるおそれがあります。
また、「就業環境が害される」という基準を理解しておくことは、社員への説明にも役立ちます。なぜその行為がパワハラに当たらないのか、あるいは問題として扱う必要があるのかを、感情ではなく基準で説明できるからです。
客観的基準を踏まえて判断する姿勢を持つことが、安易なパワハラ発言に振り回されないための土台になります。次の項目では、パワハラを恐れるあまり、注意指導ができなくなる職場が抱えるリスクについて整理します。
6. パワハラを恐れて注意指導ができなくなる職場のリスク
安易に「パワハラ」という言葉が使われる職場では、会社経営者や管理する立場の者が、注意指導そのものを避けるようになる傾向が見られます。「何か言えばパワハラと言われるのではないか」という不安が先に立ち、必要な指摘まで控えてしまう状態です。
会社経営者として注意すべきなのは、この萎縮が職場に与える影響です。業務上のミスやルール違反があっても指摘されなくなれば、仕事の質は確実に低下します。また、問題行動が放置されることで、「注意されないなら問題ない」という誤った認識が広がり、職場の規律が崩れていきます。
さらに深刻なのは、真面目に業務に取り組んでいる社員ほど、不満を抱きやすくなる点です。「なぜあの行動が許されているのか」「指導しないのは不公平だ」と感じながらも、誰も声を上げない状態が続けば、職場全体の士気が下がっていきます。
会社経営者として見落としがちなのは、「パワハラを避けるために何もしない」という姿勢もまた、経営判断であるという点です。注意指導をしない選択は、一見安全な対応に見えても、長期的には会社にとって大きなリスクになります。
また、注意指導ができない職場では、人材育成も停滞します。改善点を指摘される機会がなければ、社員は成長のきっかけを失い、結果として能力差や不満が拡大します。これは、会社の競争力そのものを弱める要因になります。
会社経営者としては、「パワハラを恐れて指導しない」状態が、本当に社員を守っているのかを問い直す必要があります。適切な注意指導は、社員を傷つけるためではなく、業務と職場環境を守るために不可欠なものです。
パワハラを過度に恐れるあまり、必要な指導ができなくなった職場は、別の形で問題を抱え込みます。次の項目では、安易なパワハラ発言を放置してはいけない理由について、さらに整理していきます。
7. 安易なパワハラ発言を放置してはいけない理由
社員が安易に「パワハラ」という言葉を口にしても、会社として特段の対応を取らず、やり過ごしてしまうケースは少なくありません。しかし、会社経営者としては、この姿勢が新たな問題を生む可能性があることを理解しておく必要があります。
安易なパワハラ発言を放置すると、「パワハラと言えば発言力を持てる」「相手を黙らせることができる」という誤った成功体験が社員の中に定着します。その結果、業務上の注意や指導に対して、内容ではなく言葉尻を捉えて反発する風潮が生まれやすくなります。
会社経営者として注意すべきなのは、こうした発言がエスカレートすると、職場内での力関係が歪む点です。本来は業務上の役割や責任に基づいて行われるべき指示や指導が、感情的な対立構造にすり替えられてしまいます。これは、組織運営上、非常に危険な状態です。
また、安易なパワハラ発言を放置することは、他の社員に対しても誤ったメッセージを送ります。「声の大きい人の言い分が通る」「会社は曖昧な問題には踏み込まない」という印象が広がれば、職場の公平性や信頼感は低下していきます。
会社経営者としては、「大事にしたくない」「面倒を避けたい」という理由で問題を流すのではなく、その発言が適切だったのかを一度立ち止まって整理する姿勢が重要です。放置は中立ではなく、結果として特定の行動を容認する判断になってしまいます。
安易なパワハラ発言に対しては、感情的に否定する必要はありませんが、「パワハラとは何か」「どのような場合に問題となるのか」を整理したうえで、適切に向き合うことが求められます。
この問題に正面から向き合うことで、次に行うべき教育指導や面談が、より実効性のあるものになります。次の項目では、誤解に基づく発言に対して、どのような教育指導を行うべきかを整理します。
8. 誤解に基づく発言に対して行うべき教育指導の考え方
安易なパワハラ発言が見られる場合、会社経営者として重要なのは、「叱る」ことではなく、「正しく理解させる」ための教育指導を行うことです。誤解に基づく発言である以上、感情的に否定しても問題は解決しません。
まず前提として、パワハラという言葉を使った社員の感じ方そのものを、頭ごなしに否定する必要はありません。「どう感じたのか」は一度受け止めたうえで、「法律上・会社としてはどのように整理されるのか」を丁寧に説明する姿勢が重要です。ここで対立構造を作ってしまうと、以後の指導が難しくなります。
会社経営者として行うべき教育指導は、「何がパワハラに当たり、何が当たらないのか」という基準を明確に示すことです。業務上必要な指示や注意と、人格否定や不当な言動との違いを具体例を交えて説明することで、社員の理解は大きく変わります。
また、「パワハラという言葉を使えば会社が動く」という誤解を修正することも重要です。会社は感情ではなく、事実と基準に基づいて判断するという姿勢を明確に伝えることで、言葉だけが独り歩きする状況を防ぐことができます。
教育指導の場面では、「今後どうしてほしいか」を具体的に示すことも欠かせません。不満や違和感がある場合には、どのようなルートで、どのように伝えるべきなのかを整理して示すことで、安易な言葉の使用を抑制できます。
会社経営者としては、誤解に基づく発言を問題視する一方で、「正しく問題提起できる環境」を整える責任もあります。これにより、本当に対応すべき問題が埋もれることを防ぐことができます。
誤解を解き、判断基準を共有する教育指導は、単なる注意ではなく、職場全体の秩序を整えるための重要なプロセスです。次の項目では、同様の発言を繰り返す社員に対して、面談でどのように事実関係を整理すべきかを扱います。
9. 繰り返す社員には面談で事実関係を整理する重要性
安易なパワハラ発言が一度きりであれば、誤解を解くための説明や注意で足りる場合もあります。しかし、同様の発言を繰り返す社員がいる場合には、会社経営者として、より踏み込んだ対応が必要になります。その中心となるのが、面談による事実関係の整理です。
この場面で重要なのは、「なぜパワハラだと感じたのか」を具体的に確認することです。いつ、どこで、誰が、どのような言動をしたのかを丁寧に聞き取り、抽象的な不満や感情論に終始しないよう整理していきます。ここを曖昧にしたままでは、問題の正確な評価はできません。
会社経営者として注意すべきなのは、面談を「言い分を聞くだけの場」にしてしまうことです。事実関係を確認したうえで、「その言動が法律上・会社としてパワハラに当たるのか」「業務上必要な指導として許容される範囲なのか」を、基準に沿って説明することが欠かせません。
また、繰り返しパワハラという言葉が使われる背景には、業務内容や評価、コミュニケーションへの不満が隠れている場合もあります。面談では、表に出ている言葉だけでなく、その背後にある不満や誤解にも目を向ける必要があります。
会社経営者として重要なのは、「パワハラかどうか」という二択で終わらせないことです。仮にパワハラに該当しない場合でも、言葉の使い方や問題提起の方法について、会社としてのルールを示すことは可能です。ここを曖昧にすると、同じ発言が繰り返されやすくなります。
面談の内容や経過は、必ず記録として残しておくべきです。これは、後に認識の食い違いが生じた場合や、同様の問題が再発した場合に、会社としての対応の一貫性を示すために重要になります。
繰り返される安易なパワハラ発言に対しては、放置でも感情的な対立でもなく、事実と基準に基づく面談で整理することが、会社経営者として最も現実的な対応といえます。
10. この問題を通じて管理職の適性や配置を見直す視点
安易に「パワハラ」という言葉が繰り返し使われる職場では、個々の社員対応だけでなく、管理職の適性や配置そのものを見直す視点も欠かせません。これは、誰かを責めるためではなく、組織としての健全性を保つための重要な検討事項です。
会社経営者として確認すべきなのは、問題となっている場面で、管理職が業務上必要な指示と、感情的な言動とを適切に切り分けられているかという点です。正当な指導であっても、伝え方や場面設定を誤れば、不要な誤解を生むことがあります。
一方で、管理職が過度に萎縮し、必要な指導を避けている場合にも問題があります。注意すべき行動が放置されれば、職場の規律は緩み、結果として別の社員から不満が噴出します。安易なパワハラ発言が出やすい職場では、この悪循環が起きていることも少なくありません。
会社経営者として重要なのは、「パワハラと言われたかどうか」だけに注目するのではなく、管理職が職場を適切にコントロールできているかという観点で全体を見渡すことです。伝え方の指導が必要なのか、役割が過重になっていないか、そもそも現在の配置が適切かを整理する必要があります。
また、この問題をきっかけに、管理職向けの教育やルールの明確化を行うことも有効です。何が許され、何が問題になるのかを会社として明示することで、現場の迷いを減らすことができます。
安易なパワハラ発言は、単なる個人の問題ではなく、職場の構造やマネジメントの在り方を映し出すサインでもあります。会社経営者としては、このサインを見逃さず、組織全体を見直す機会として活かすことが重要です。
感情に振り回されず、基準と役割を整理し、適切な配置と指導体制を整えることができれば、パワハラという言葉に過度に振り回されない、健全な職場環境を築くことにつながります。

