問題社員314 賃金の大幅減額を伴う人事異動を行う際の注意点

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この記事の要点

賃金減額を伴う人事異動は、とにかくトラブルが多い

会社から見れば、仕事が変わり責任が軽くなったのだから減額が公平だと考えるのが自然。しかし、働く側から見れば生活の支出は変わらない

「仕事が変わったのだから当然」という実質論とは別に、契約上の根拠が必要である

目安は、過去から何度も普通に行われてきたことか、それを前提に皆が入社しているか、異議が出ていないか

中小企業では賃金と職務のリンクを一律に定めにくい。まずは役職手当のようなシンプルな定めから始めるとよい

役職手当を支給しており、役職から外れたらなくなる。分かりやすく、小規模な事業でも運用しやすい

権限があっても濫用のチェックが必要。減額は「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」の目盛りを押し上げる

裁判官を含む世間一般の大多数が「もっともだ」と言える具体的な事実関係を踏まえた説明が要る

1. 賃金減額を伴う人事異動は、とにかくトラブルが多い

人事異動や配置転換を行う際に、賃金の額は変わるでしょうか。会社によってはあまり変わらないケースもあるでしょうが、賃金の変更と連動している人事異動もあります。上がるのであればあまり問題はないのですが、賃金が下がるとなると、色々な問題が起きます。そこで本記事では、賃金の大幅減額を伴う人事異動を行う際の注意点について解説します。

賃金減額を伴う人事異動の問題点として、まず挙げられるのが、とにかくトラブルが多いということです。

2. 会社の感覚と、働く側の感覚のずれ

二つの立場

会社の立場 やる仕事が変わったのだから、賃金が下がるのは当然。仕事の中身が変わり、責任が軽くなったのだから、それに見合った賃金にするのが当然であり、その方がフェアである
働く側の立場 賃金が減ると生活に困る。責任が軽くなった、仕事が変わったと言っても、自分の生活の支出は変わらない。それでは困る

経営の立場からすれば、前者のように考えるべきですし、その点に関して問題はありません。しかし、賃金が減ると生活自体はなんとかやっていけたとしても、以前より賃金が下がるという状態になって、穏やかな気持ちでいられる人はあまりいません。

経営者からすれば、「会社の売上が下がったら自分の報酬を下げることもあるし、色々と大変なのだ」というのは理解しやすいところかもしれません。しかし、経営者でもなんでもない、賃金をもらって働く方にしてみると、そうした発想にはなかなかなりません。一定の金銭がもらえると思うから、それを当てにしてこの会社に勤めているというケースが多いのです。

賃金が変わらないのであれば、部署が変わろうが担当業務が変わろうが、ある程度は我慢しますよ、という方はまだまだ多くいらっしゃいます。ところが、賃金が下がるとなると「きつい、大変だ」と思うのが自然の感情です。ですから、どうしてもトラブルが多くなりやすいのです。

トラブルが起きにくい会社もある

しっかりルールを定めていて、過去も普通に運用されてきて、それを前提に入社している人ばかりだという会社であれば、「うちの会社で働けば、賃金が上がったり下がったりするのは普通ですよ」と皆に納得してもらえると思います。そうした会社なら、そのまま進めていただいてもよいかもしれません。
しかし、そうした会社は実際のところ多くありません。賃金が下がるケースがそれほど多くないとなると、当てが外れるわけです。「これはおかしいのではないか」と弁護士や合同労組に相談に行く方が、普通にいらっしゃいます。

3. 契約上の根拠が必要である

事実上トラブルが多いということのほかに、法律的、契約論的な話もあります。第一に、本当に労働契約上の賃金減額の根拠があるのかというチェックが、きわめて大事になってきます。

実質論と、契約論は別

「やる仕事が変わったのだから、簡単な仕事になったのだから、責任も軽くなったのだから、賃金を下げるのは当然でしょう。むしろそれがフェアでしょう。正しいことなのだから、それを行って何が悪いのですか」
そう思いたくなるのですが、契約なのです。労働契約、雇用契約ですので、なぜ下げてよいのかという実質的な発想のほかに、契約上の根拠が必要になってきます
賃金は労働契約の内容ですので、これを引き下げることは労働条件の変更にほかなりません。労働者と使用者は、その合意により労働条件を変更することができるのが原則であり(労働契約法8条)、使用者が労働者と合意することなく、就業規則の変更によって労働者の不利益に労働条件を変更することはできないのが原則です(同法9条)。就業規則等に、どのような場合にどう賃金が変わるのかがあらかじめ定められ、それが労働契約の内容となっていることが必要になるのです。

その際、契約や就業規則で「こういった場合にはこのように賃金が下がりますよ」としっかり定めているのであれば、契約上の根拠があるケースが多くなります。それを前提に入社してきて、過去にもどの社員に対してもそうした取扱いをしてきたというのであれば、うまくいくことが多いですし、契約的にも権限があると評価できるケースがほとんどです。しかも、そうしたケースでは異議があまり出ません。過去からずっとその流れでやってきていますし、それを前提に入社していますし、納得感も得られているケースが多いからです。

経営者が大づかみに判断するための目安

弁護士がチェックするときは、規定をしっかり見た上で、実態も踏まえて「これは権限があると言えるのではないですか」「少し危ないかもしれません」とお話しします。
経営者の目安としては、過去から何度も普通に行われてきたことなのか、皆それで納得していて異議を述べる人がほとんどいないような話なのか。この実情を考慮して判断していただけると、大雑把には当たっていると思います。それほどトラブルになりそうもない事案であれば、その観点で見ていただければ、おおよその答えは出せるはずです。もちろん、しっかりやるときはそれでは足りません。

4. どの程度の定めが必要なのか

では、契約上の根拠はどの程度のものが必要なのでしょうか。

単に「賃金を下げることがある」「担当業務の変更に伴い変更することがある」といった大まかなものだったらどうでしょうか。それだと、抽象的には権限がありそうにも一見見えるのですが、「こんな定めで自由に下げられてはかなわない、権限ありと言ってよいかどうかかなり怪しい」と、働く側からすれば言いたくなってしまいます。

そうした抽象的な定めしかない場合については、これまでの経緯や実態、実際にどのように会社が動いているのか、賃金減額を伴う人事異動が普通に行われていて、本気で納得しているかどうかはともかく、あまり紛争にならずに運用されているのかどうかなど、様々な事情を考慮しなければ答えが出ないかもしれません。

他方、規定に「こういった場合はこういった等級でこういった金額になります」「この仕事についてはこうで、こういった制度になっています」としっかり定めていて、過去も普通にやり取りが行われていて、誰も異議を述べていないという実態があるのであれば、かなり権限ありという方向に言えるかもしれません。その可能性は非常に高くなります。

5. 中小企業では、一律のルール化が難しい

ただし、この賃金とのリンクを中小企業でしっかり定めるのは、大変なことが多いのです。

中小企業が重視するもの

ケースバイケースで具体的妥当性を考慮して経営者が判断する割合が、中小企業では多いものです。大企業のようにルールに縛られて具体的妥当性を欠くような運用は、やりにくいわけです。
予測可能性や形式的な公平性よりも、具体的な公平性、個別の事案に応じたフェアな対応。中小企業はこちらを重視する傾向にありますから、「こういった場合はこうなる」としっかり定めるのは、なかなかやりにくい会社も多いのです。
もちろん、中小企業であっても、随分前から存在していて雇用のあり方が固まっている会社であれば、そこまでしっかり定めることができるかもしれません。しかし、まさに今起きている個別の案件について妥当な結果を導くことが大事だという小規模な事業の場合、一律にルールを決めるわけにはいきません。予測可能性は落ちるかもしれないけれども、それで不当な結果になったら困りますから。

そうした会社では、どうしても定めが抽象的になるか、定めがないかになりやすいわけです。通常の基本給を下げるというのも、せいぜい年度に一度、水準を見直すといったものを行うのが精一杯で、人事異動に伴って下げるというのは、なかなかハードルが高めのことが多いのです。

6. 役職手当から始めるという現実的な方法

特定の職種、たとえば営業であればこういった体系の賃金、それ以外についてはこういった体系の賃金、と定められればやりやすいかもしれません。そうでない限りは、様々な事情を考慮して権限の有無を実質的に判断せざるを得なくなるので、予測が難しくなってきます。

そこでお勧めしたいのが、役職手当から始めるという方法です。

シンプルで分かりやすい

役職に就いている方に管理職手当・役職手当を支給していて、そこから降りたので手当がなくなる。部長の手当10万円がなくなりました、というケースです。
こうしたものは、比較的小規模な事業主でもやりやすいのです。個別具体的な妥当性を重視する事業であっても、役職手当を支給していて、役職から外れたらそれがなくなるというのは、すごくシンプルで分かりやすい話です。
統一的な賃金減額の制度を具体的に定めるのが難しい場合は、「役職者について、役職から降りたら手当がなくなります」「役職が部長から課長に変わったらこういった金額になります」といった定めから始めていただくとよいかもしれません。

もっとも、役職手当の不支給が認められるためには、その前提となる降格そのものが有効でなければなりません。職位を引き下げる人事権の行使には、就業規則上の根拠と、その判断の合理性が求められます。手当の定めが明確であることと、降格の判断が妥当であることは、別の問題としてそれぞれ検討する必要があります。

7. 権限があっても、濫用のチェックが必要

以上のような権限があるとされた場合だとしても、直ちに人事異動が有効になるわけではありません。配転命令権の濫用になるかどうかもチェックしなければならないのです。

まず必要性があるかどうかをチェックするのは、いつもどおりです。そして、賃金が下がるときに最も言われやすいのが、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益かどうかという部分です。

減額は、不利益の目盛りを押し上げる

通常の配転であれば、賃金さえ変わらなければ担当業務が変わろうが転勤だろうが、それくらい我慢しなさいということになる割合がそれなりにあります。ところが、賃金が下がるとなると、さらにダメ押しで不利益の程度が大きくなります。通常甘受すべき程度を著しく超えてしまうという判断・評価になるリスクが高まるわけです。
もちろん、これ一つで決まるわけではありません。何があったらセーフ、何があったらアウトというわけではないのですが、目盛りが上がってしまう、危ない方に一歩、二歩、三歩近づくとお考えいただくとよいと思います。
担当業務の変更や転勤に関する様々な家庭の事情なども踏まえた上でではありますが、賃金が下がると生活がきついということになりやすいものですから、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益だと言われやすくなります。他の事情と総合的に考慮して、少なくとも主要なものはすべて考慮した上で、今回のものは通常我慢すべき程度に収まっているかどうかを考えていく必要があります。

さらに、不利益の問題のほかに、嫌がらせではないかと言われることも多いのです。「不当な動機・目的があるから賃金を下げるようなことをやっているのだ」「辞めさせるためにこんなひどいことをやっているのだ」と言われることがあるわけです。

8. 世間一般が「もっともだ」と言える説明を

そうした疑いを受けることがありますので、賃金が下がるような人事異動については、なぜこの人事異動が必要なのかをしっかり説明できるようにしておく必要があります。広い人事権があるといった抽象的な説明で終わらせてはいけません。

とりわけ賃金が下がる場合、「賃金が下がってでも、この人をこの仕事に就けなければならない」「ここに行かせなければならない」という理由について、きっちり具体的に説明できるようにしておく必要があります。「ここにいるからこの手当がもらえるのであって、こちらに移ったからその手当がなくなりました」といった、分かりやすく客観的なもので、金額もそれほど大きくないのであれば、まだよいのですが。

誰に向けた説明なのか

納得してもらえるような説明が必要なのですが、これは本人が納得するかどうかという話だけではありません。そうではなく、裁判官なども含めた外部の、世間一般の大多数の人が「なるほど、そういうことであればもっともですね」と言ってもらえるような、具体的な事実関係を踏まえた説明をする。それがとても大事です。
事実を踏まえた説明をするということですから、「どこに誰を配置するかを決めるのは会社の権限ですから」といった大雑把な話ではなく、賃金を下げるからには、それでもやはりこういう仕事をやってもらわなければならないものなのだ、ということをしっかり説明できるようにしておく必要があります。

とりわけ、過去の経緯からそうしたことをあまりやっていないケースについて言えます。「そういう取扱いは当社では普通です。それを前提に皆が入社しているのです」ということであれば、細かい説明をしなくてもうまくいくかもしれません。それでも、具体的な説明を求められたら答えられるようにしておきたいところです。まして、それほど多くないことをやろうとしている場合、賃金減額を伴う人事異動がそれほど多くない場合などについては、具体的にどういう事実に基づいてその判断が正当なものなのか、濫用ではないのかをしっかり説明できるようにしておきましょう

それができれば、不当な動機・目的だと言われても「違う」と言えます。必要で妥当なものなのですから。そして、通常甘受すべき不利益を著しく超えるようなものではないのだという説明も、具体的にできるようにしておくとよいでしょう。賃金が減るということは不利益の目盛りが上がってしまうわけですから、それにもかかわらず我慢すべき程度に収まっているのだということを、しっかり説明していく必要があります。

9. まとめ

  1. 賃金減額を伴う人事異動は、とにかくトラブルが多い。ガードを固めて対応する
  2. 実質論とは別に、契約上の根拠が必要である。目安は、過去の運用実態と、それを前提とした入社かどうか
  3. 抽象的な定めしかない場合は、経緯と実態を総合して判断せざるを得ない
  4. 中小企業では一律のルール化が難しい。役職手当のようなシンプルな定めから始めるとよい
  5. 権限があっても濫用のチェックが必要。減額は不利益の目盛りを押し上げる
  6. 裁判官を含む世間一般が「もっともだ」と言える、具体的な事実に基づく説明を用意する

賃金減額を伴う人事異動は、過去から普通にやってきていて、皆がそういうものだと思っている会社であればやりやすいものです。しかし、事例があまりないと、比較的難易度が高いことが多いところです。過去にほとんどやったことがない場合については、弁護士に相談しながら、一つ一つ丁寧に対応していくことをお勧めします。

会社からすれば、やらせる仕事が変わり、責任も軽くなったのだから賃金を下げたいという気持ちも、その方がフェアだというお考えも分かります。他方で、労働者の側から見れば、生活の状況は変わりません。家計の支出は変わらないのに、賃金が減ったらそこを切り詰めなければならないというのは、正直きついことです。一旦上がった生活水準は、なかなか下げることができません。だからこそ、本当にトラブルになりやすいのです。

経営者としての心構えとしては、会社の立場からすれば正当なものであったとしても、賃金を減らされる側からすると不満を溜め込みやすい、トラブルになりやすい、うっかりすると権限がないとか濫用だとかいう理由で無効になってしまうかもしれない。そこをしっかり気をつけて、気を引き締めて対応していく。場合によっては本当に丁寧に、どうしてこの人事異動が必要なのか、その理由をしっかり説明することで説得し、納得してもらう。こうした作業をやっていく必要があります。賃金減額を伴う人事異動をご検討の経営者の皆様は、ぜひ弁護士にご相談ください。

弁護士 藤田 進太郎

監修者弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

よくある質問(FAQ)

Q1. 本人が同意すれば、賃金を減額してよいのですか。

A. 同意があれば減額できるのが原則ですが(労働契約法8条)、その同意が有効と認められるためのハードルは高いとお考えください。裁判例は、賃金という重要な労働条件を不利益に変更する同意については、形式的に同意書があるだけでは足りず、労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかを慎重に判断しています。減額の内容と理由を具体的に説明し、検討する時間を与え、その経過を記録に残す必要があります。書面の作り方を含め、弁護士に相談してください。

Q2. 就業規則を変更して、賃金減額のルールを新設することはできますか。

A. 将来に向けてルールを整備すること自体は可能ですが、既に在籍している社員との関係では注意が必要です。使用者が労働者と合意することなく、就業規則の変更によって労働者の不利益に労働条件を変更することはできないのが原則です(労働契約法9条)。例外的に、変更後の就業規則を周知させ、かつ変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の事情に照らして合理的である場合には、変更が認められます(同法10条)。賃金に関する変更は、この合理性が厳しく判断される領域です。必ず事前に弁護士に相談してください。

Q3. 減額に不服だとして、異動先で働きながら差額を請求されることはありますか。

A. あります。異動そのものには従いつつ、賃金減額の根拠を争い、従前の賃金との差額を請求するという形は実際によく見られます。この場合、争点は減額の契約上の根拠と、その判断の合理性に絞られます。異動に応じているのだから納得しているはずだ、という前提は成り立ちません。むしろ、働きながら請求されると請求期間が積み上がっていきますので、金額が膨らみやすいという面もあります。減額を行う前の段階で、根拠と理由を固めておくことが重要です。

最終更新日:2026年7月17日


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