弁護士藤田進太郎による解説動画
本ページは、当事務所代表弁護士藤田進太郎による解説動画を素材として文章化した総合解説ページです。各テーマの詳細は、それぞれの専門ページおよび元動画でご確認いただけます。
本ページの要点
転勤・配置転換・担当業務の変更といった人事異動の命令に社員が従わない場合、多くの経営者は「権限があるのだから従うべきだ」という考え方で対応しようとしますが、それだけでは不十分です。最初にすべきことは、本人の事情をよく聞くことです。人事異動命令が有効かどうかは、東亜ペイント事件最判が示した3要素(業務上の必要性・不当な動機目的の不存在・著しい不利益の不存在)によって判断されます。また、前例のない人事異動は無効と判断されるリスクが高く、普段から配置転換・転勤を繰り返し行うことと、求人・就業規則での明示が、長期的な人事管理の鍵となります。
最初にすべきこと:本人の事情をよく聞く
よくあるケース:担当業務の変更や転勤を断られた
正社員の方々であれば、担当業務を変わってもらわなければならないことがありますよね。また支店や事業所があちこちにある会社であれば、転勤にも応じてもらわないとうまく全体として回らないことがあります。特に雇用維持を考えると、人手が必要なところに回したり、戦力になる方に別の拠点を盛り立ててもらったりする必要があります。
しかし、担当業務の変更や転勤を命じたところ「嫌です」「行けません」と言われるケースが最近増えています。自分のキャリアを形成する上ではこの仕事をやりたい、他の仕事はやりたくないという方もいます。家庭の事情として、育児・介護・配偶者のキャリアの問題もあります。配偶者も正社員として働いていて、自分が転勤すると配偶者は仕事を辞めるか単身赴任するかの選択を迫られる。そういった状況が増えているのです。
権限があるかどうかだけで決めてはいけない
弁護士に相談すると「大体転勤や担当業務の変更の権限はありますよ」というアドバイスが返ってくることが多く、権限があるかないかという問題だけで決めてしまうケースが非常に多いのです。しかし、それだけで判断してはだめです。
権限があったとしても、乱用になるかどうかという問題が別に存在します。権限があるとしても、命令が乱用と判断されれば無効になりますから、そこまで含めて考えなければなりません。しかし、権限と乱用の問題よりもさらに先に考えてもらいたいことがあります。
まず本人の事情をよく聞いてください
転勤や担当業務の変更を命じた時に「嫌です」「行けません」と言ってきた社員への対処法として、最初にすべきことは本人の事情をよく聞くことです。よく聞いてください、これが最も大事なことです。法律や権限の有無よりも先に、どうして担当業務の変更が嫌なのか、どうして転勤するわけにはいかないのかをしっかり聞いてください。
育児・介護・配偶者のキャリアの問題・健康上の問題など、様々な事情があります。本人から事情を聞いてみると、自分が思っていたことが勘違いだったと分かることもありますし、確かにその状況ではこちらの考えが適切ではなかったと分かることもあります。きちんと事情を把握した上で回答しましょう。
なぜ異動しなければならないのか、具体的に説明する
本人の事情を聞いた後は、なぜ担当業務を変更しなければならないのか、なぜ転勤してもらわなければいけないのかを、具体的に説明してください。「会社の命令だから従ってください」という抽象的な説明では相手は不満を持ちます。具体的な理由を伝えてあげると本人も納得しやすくなりますし、辞めてしまうリスクも随分下がります。
「よかれと思ってこういうつもりで会社をやっているんだから言うことを聞いてください」では、相手は不満を持って辞めてしまう可能性が高いです。今の時代、それでは育成も何もあったものではありません。
対話の中で新たな発見が得られることもある
具体的に対話をしている中で、本人に向いている仕事や才能のある仕事が見えてきたり、人材の適正配置という観点から新たな発見が得られることもあります。「この人はこの仕事に向いている、こういったことができるはずだ」と思っていたのが勘違いだったということもあるわけです。本人の才能を発揮してもらって会社と共に活躍してもらうために人事異動があるわけですから、話し合いの姿勢を大事にしてください。
事情を聞いて説明した後、最終的に納得してもらえれば理想的です。しかし、必ずしも説得に成功することが唯一の目的ではありません。事情をよく聞いて、もっともな理由があることが確認できれば、そこからの対応を次の段階として考えることができます。転勤・配置転換を拒否する社員、出向・転籍に応じない社員、特殊な事情がある場合など、個別のテーマについては各専門解説ページもご参照ください。
| 転勤・配置転換を拒否する社員への対処法 配転命令の対処・他県異動を希望しない社員・解雇の注意点まで | 出向・転籍に応じない社員の対処法 在籍出向と転籍の違い・命令の有効要件まで |
| 健康・介護・賃金減額・退職勧奨後の人事異動 特殊事情を伴う人事異動の注意点まで | 能力不足社員・問題社員の配置転換 受入先がない場合・高圧的な社員への対処まで |
命令の有効性判断の3要素(東亜ペイント事件最判)
基本的な項目を理解しておくメリット
人事異動命令の有効性判断は理屈っぽくなってしまうのですが、この基本的な部分を理解しておくと、人を移動させようとした時に「大体行けるかな、どうかな」ということが分かるようになります。弁護士と打ち合わせする際にも、弁護士が話していることの意味が非常に分かりやすくなります。正しい判断をするためにとても役に立つものですので、基本的な項目だけでもしっかり押さえておきましょう。
まず権限の有無を確認する
最初に検討しなければならないのは、そもそも人事異動を命じる権限が会社にあるのかどうかという点です。就業規則などを見ると、大抵の場合は配置転換・転勤・担当業務の変更などを命じる権限が定められています。日本の会社の正社員については、昭和の時代から雇用維持と引き換えに広範な人事異動の権限が存在することが多かったです。ですので一応形式的には人事異動の権限があるというケースがほとんどです。
ただし注意しなければならないのは、採用の際に特定の勤務地や職種に限定する旨の合意をしている場合です。「東京本社だけ」「経理の仕事だけ」というように勤務地や職種を限定して採用した場合には、一方的に変更する権限は存在しないことになります。労働者に有利な個別の合意は就業規則に優先するルールになっていますので、社長が「転勤させないから」と約束して採用した場合は、就業規則に配転の規定があっても転勤させられなくなってしまいます。
乱用かどうかの3要素
権限が存在することが確認できたとしても、その権限の行使が乱用に当たれば命令は無効になります。乱用かどうかの判断は、東亜ペイント事件最高裁判決(昭和61年)以来、大きく3つの要素で判断されます。
東亜ペイント事件最判(昭和61年)が示す3要素
| 要素① 業務上の必要性 |
その人事異動をしなければならない業務上の理由があるか。人手不足で移してもらわなければならないとか、この人の能力・適性から考えてこの仕事が向いているとか、そういった必要性が求められます。ローテーション人事であっても必要性として十分認められるケースがほとんどです。必要性が全くない人事異動は乱用と評価されやすくなります。 |
| 要素② 不当な動機・目的がないこと |
辞めさせることを目的にした人事異動ではないか、嫌がらせや制裁の目的でないかという点です。「これをやれば辞めるだろう」という考えが見え透くような人事異動は、典型的な不当動機と評価されます。 |
| 要素③ 著しい不利益がないこと |
通常感受すべき程度を著しく超えるような不利益を社員に与えるものでないかという点です。転勤は確かに単身赴任になったり引越しが必要になったりして大変ですが、それが直ちに著しい不利益とはならないのが通常です。ただし個別の事情(配偶者の職業・子供の学校・本人の健康状態など)を考慮して判断されます。 |
必要性をしっかり説明できることが核心
この3つの要素の中で最も重要なのは業務上の必要性です。なぜこの人事異動が必要なのか、その理由をしっかり説明できることが、対応の核心となります。裁判で乱用に当たると評価されるケースはかなり限定的で、必要性をしっかり説明できれば、乱用には当たらないとされるのがほとんどのケースです。
ただし、個別の具体的な事実関係によって判断が変わってきますので、不安な場合は弁護士に相談することをお勧めします。この基本的な項目を理解しておくだけで、弁護士の説明がすっと頭に入ってきますし、経営判断の精度も格段に上がります。
前例のない人事異動の注意点と普段からの準備
頻繁に行っている会社は裁判でも勝ちやすい
大きな会社であれば、毎年毎年転勤があったり部署が変わったりすることが普通に行われています。普段から毎年毎年行われているような人事異動であれば、裁判になってもものすごく勝ちやすい客観的状況にあります。頻繁にたくさん行っていても異議が出ないというのがほとんどなのです。
前例のない人事異動はなぜ難しいのか
一方、10年に1回もやったことがないタイプの配置転換や、1回か2回しか行っていない人事異動は、難しい問題が生じます。前例のない人事異動が難しい理由は、本人が予想していなかったからです。人は現状変更が嫌なものです。ずっと同じ仕事を続けてきた、ずっと同じ事業所で働いてきた社員にとって、初めての配置転換・転勤の命令は「こんな扱いを受けるとは思っていなかった」という受け止めになります。
そうなると「言うことを聞かないから嫌がらせでやっているのではないか」という方向に話が持っていかれやすくなります。そもそもそんな権限が会社にあるのかということ自体が問題となるわけです。就業規則に規定があったとしても、入社時に「うちはもう転勤なんかないから」「同じ仕事をずっとやってもらうから他の仕事をやらせることはまずないから」などと説明して入ってもらっていた場合、その個別合意が就業規則に優先してしまい、転勤させられなくなってしまいます。
普段から繰り返し行っておく重要性
だからこそ、普段から人事異動を繰り返し行っておくことが重要です。毎年毎年、配置転換・転勤・担当業務の変更を繰り返している会社では、社員もそれを当然のこととして受け止めています。そのような会社では、命令の必要性さえ説明できれば従ってもらいやすくなります。
リスクもあります。普段から人事異動を行っておくと、ついうっかり言ってはいけないことを言ってしまうこともあります。しかし、そのリスクを恐れて人事異動を止めてしまうと、いざという時にもっと大きなリスクに直面することになります。普段から行っておく重要性の方が大きいです。
求人・就業規則・雇入れ通知書に明示する
もう一つ大切なのは、求人の段階から転勤や配置転換があることをしっかり明示しておくことです。雇入れ通知書・就業規則・労働条件通知書で、勤務場所の範囲や担当業務の変更の可能性を、誤解のないようにきちんと記載しておいてください。最近では配置の変更の範囲、勤務場所の範囲なども書かなければいけないルールになっていますので、そこにどう書いてあるかが重要な考慮要素になります。
「うちの会社ではあちこちに事業所があり、転勤や配置転換があります」ということを入社前から周知しておけば、後になって「そんなことは聞いていなかった」「転勤させられないはずだ」という主張を受けにくくなります。
前例のない人事異動を実施する際の対応ポイント
前例がなくてもどうしても人事異動を実施しなければならない場合は、第一に今回なぜこの人事異動が必要なのかという必要性をしっかり説明できるように準備してください。第二に、本人の事情をよく聞き、可能な範囲での配慮(いずれ戻すという約束ができるかどうかなど)を示すことが、納得を得る上で重要です。第三に、事前に弁護士と打ち合わせをしておくことで、後の紛争になった場合の対応方針も含めて整理しておくことができます。ポイントを押さえることで、単なる裁判や権利義務の話だけでなく、本人の納得感を得るためにも役に立つのです。
当事務所のサポート体制と監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所は、会社側(使用者側)専門の法律事務所として、人事異動・配置転換に関するトラブルを含め、会社側の労働問題全般に対応しております。命令の有効性判断、本人との対話の進め方、就業規則の整備から、紛争が発生した場合の対応まで、実務に即したサポートを提供します。
人事異動に関する問題は、一つ一つの判断が後の紛争の帰趨を大きく左右します。弁護士と打ち合わせする際も、弁護士が話していることの意味が理解しやすくなるように、本ページでお伝えしたような基本的な知識をあらかじめ頭に入れておいていただくと、実務での対話がスムーズになります。
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、人事異動・配置転換トラブル、問題社員対応、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。人事異動・配置転換でお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
よくあるご質問
Q. 転勤・配置転換の命令を出したら、社員に「行きたくない」と言われました。まずどうすればよいですか。
まず本人の事情をよく聞いてください。育児・介護・配偶者のキャリア・健康状態など、さまざまな事情がある可能性があります。事情を聞いた上で、なぜその人事異動が必要なのかを具体的に説明することが、最初の対応として最も大事です。「会社の命令だから」という抽象的な言葉では相手は納得しません。事情を聞いて、具体的な理由を伝えることで、トラブルに発展するリスクは大幅に下がります。
Q. 人事異動命令が有効かどうかは、どのような基準で判断されますか。
東亜ペイント事件最高裁判決(昭和61年)以来、大きく3つの要素で判断されます。第一に業務上の必要性があるかどうか、第二に不当な動機・目的に基づくものでないかどうか、第三に通常感受すべき程度を著しく超える不利益を与えるものでないかどうかです。この3つをすべてクリアしていれば、命令は有効とされるのがほとんどのケースです。特に必要性をしっかり説明できることが重要です。
Q. 会社設立以来、配置転換をしたことがありません。この状況で転勤命令を出すことはできますか。
権限が就業規則等に定められていれば命令自体は出せますが、前例がないと難しくなる面があります。本人が予想していなかったという点が問題となり、「なぜ今になって」「嫌がらせではないか」という主張につながりやすくなります。前例がなくても実施する場合は、命令の必要性を丁寧に説明することが不可欠です。今後に向けては、普段から人事異動を繰り返し行い、求人・就業規則・雇入れ通知書に転勤・配置転換の可能性を明示しておくことが長期的に重要です。
Q. 支店・事業場を閉鎖することになりました。そこで働いている社員への対応はどうすればよいですか。
閉鎖される事業場の近くに同じような職場(他の事業所・支店)があれば、そこでの勤務を提案することが考えられます。遠くへの転勤が必要な場合は、なぜ閉鎖しなければならないのか、閉鎖後の具体的な対応をどうするのかを丁寧に説明することが重要です。場合によっては整理解雇の要件を検討する場面になることもありますので、事前に弁護士に相談してから進めることをお勧めします。
Q. 育児休業中の社員が職場から遠くに引っ越してしまい、復帰できないと言っています。
育児休業後の原職復帰は法律上の原則です。ただし、遠くに引っ越してしまって物理的に原職への復帰が難しい場合、会社の人材活用の観点から、近くの事業所での勤務や別な仕事での復帰を前向きに検討することも一つの選択肢です。いずれにしても、個別の事情をよく聞いた上で、具体的にどの事業所でどんな仕事をするのかを話し合うことが大切です。
Q. 定年後再雇用の労働条件交渉が長引いて困っています。
定年後再雇用の段階では、本人の価値に見合った条件提示をすることが基本です。一生懸命説明して資料も提供して条件を提示したのに、なお長引く場合は、会社の事情を丁寧に説明しつつ、一定の期限を設けて交渉を進めることも一つの方法です。定年前の段階から、定年後の処遇の方針を社員に周知しておくことが、後の交渉を円滑にする上で重要です。
Q. 遠方の会社ですが、相談できますか。
対応しております。事務所会議室での対面相談のほか、ZoomやTeamsによるオンライン相談を実施しており、日本全国各地の会社経営者からのご相談を承っています。人事異動に関するトラブルは、一つ一つの判断が後の紛争に影響しますので、早めにご相談いただくことをお勧めします。