懲戒解雇と退職金の不支給・減額

 
FOR COMPANY OWNERS

懲戒解雇の場合の
退職金の不支給・減額
実務の可否と判断基準を解説します。

就業規則に「懲戒解雇の場合は退職金を不支給とする」という規定があっても、実際の裁判では3割〜5割の支払いを命じられる判決が少なくありません。退職金の不支給・減額には「金属の功を抹消・減衰するほどの著しい背信行為」という高いハードルが設けられているためです。本ページでは、退職金の3つの性格、不支給・減額の判断基準、就業規則の整備、紛争を避けるための事前手当まで、会社側専門の弁護士が会社経営者向けに解説いたします。

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本ページの基となる解説動画

 

 本ページの解説内容は、以下の藤田進太郎弁護士による解説動画を素材として、当事務所が文章化しているものです。本ページの記載と動画の内容に齟齬がある場合や、より詳しい解説をご覧になりたい場合は、動画を直接ご視聴ください。

本記事の要点

就業規則に懲戒解雇時の退職金不支給規定があっても、自動的に不支給にできるわけではありません。裁判所は退職金の「金属保障」「給与の後払い」「生活保障」の三つの性格を踏まえ、不支給・減額のためには「金属の功を抹消・減衰するほどの著しい背信行為」を要求しています。実際の判決では、懲戒解雇が有効であっても3〜5割の支払いを命じられる事案も少なくありません。「とりあえず多めに払う」も「機械的に不支給」もどちらも避け、事案ごとの総合判断と書面化が必要です。

CHAPTER 01

退職金の不支給・減額をめぐる実務の現実

 

 多くの会社の退職金規程には、「懲戒解雇事由がある場合は退職金を不支給とする」という条項が設けられています。経営者の感覚としては、規程通りに不支給にすれば、後日訴訟になっても規程を根拠に勝てると考えるのが自然です。

 しかし、過去の裁判例の集積を見ると、懲戒解雇が有効と判断された事案であっても、退職金については3割・4割・5割といった一定額の支払いを命じる判決が少なくありません。「規程上は不支給と書いてあるのに、なぜ払わなければならないのか」という結末は、経営者にとって極めて納得しがたいものです。

なぜ規程通りでは通らないのか

 この結果は、退職金の法的性格に関する裁判所の理解に由来します。裁判所は、退職金が単なる任意給付ではなく、給与の後払い的性格や生活保障的性格を併せ持つと整理しており、これを安易に不支給とすることに慎重な姿勢を取ってきました。

 その結果、退職金規程の文言だけを根拠に不支給を強行すると、後日の訴訟で「金属の功を抹消・減衰するほどの著しい背信行為があったとはいえない」として、相応額の支払いを命じられるリスクがあります。本ページでは、この実務の現実と、会社経営者として取るべき対応を解説します。

CHAPTER 02

退職金の三つの性格と裁判所の判断構造

 

 退職金不支給・減額の論点を理解するためには、まず退職金が法的に有する三つの性格を整理する必要があります。これらの性格を裁判所がどのように評価しているかが、不支給・減額のハードルを規定する構造的要因となっています。

第一の性格──金属保障的性格

 退職金は、長年勤続したことに対する報奨という性格を有します。長く会社に貢献したことに対する感謝・労いの意味合いで支払われる、いわゆる「ご褒美」的な性格です。この性格を重視すれば、本人の貢献を全否定するような著しい行為があった場合に限り、退職金を不支給にできるという結論につながります。

第二の性格──給与の後払い的性格

 退職金には、本来であれば月々の給与として支払うべきだったものを退職時にまとめて支払う、という「給与の後払い」の性格もあるとされます。この見方によれば、退職金は労働の対価としてすでに発生している権利の一部であり、後から問題を起こしたからといって没収するのは、過去に提供された労働の対価を奪うに等しい、という整理になります。

第三の性格──生活保障的性格

 退職金は、退職後の本人および家族の生活を支えるという「生活保障」の性格も有しています。退職後の収入が途絶える期間の生活費としての機能を踏まえると、これを安易に不支給とすると本人および家族の生活基盤を奪う結果となるため、慎重な判断が求められる、という考え方です。

三つの性格が生む高いハードル

 これら三つの性格を踏まえ、裁判所は退職金の不支給・減額のハードルを高く設定してきました。「就業規則に書いてあれば自由に不支給にできる」という整理は採用されておらず、規程の文言とは別に、不支給・減額に値する事情があるかが個別に審査されるのが実務の構造です。

CHAPTER 03

「金属の功を抹消するほどの著しい背信行為」基準

 

 退職金の不支給・減額を認めるかどうかについて、裁判例で繰り返し用いられている基準が、「当該退職者の金属の功を抹消・減衰するほどの著しい背信行為」があったといえるかどうか、というものです。

基準の意味

 この基準が示しているのは、「不支給・減額を正当化するためには、過去の長年の勤続・貢献を白紙にしてしまうほどの重大な背信行為が必要である」ということです。換言すれば、懲戒解雇が有効と判断される程度の問題行動があるだけでは不十分であり、それを超えて「これまでの貢献を全否定するに足る重大性」が要求されている、ということになります。

 典型的に該当しやすいのは、長期にわたる横領・着服、競合他社への営業秘密漏洩、会社に深刻な経済的損害を与える背任行為等、行為の悪質性・損害の重大性が極めて高い事案です。逆に、勤務態度不良の積み重ねや業務命令違反は、懲戒解雇が有効であっても、退職金の全額不支給までは認められにくい類型といえます。

3〜5割の支払いを命じる判決の構造

 懲戒解雇は有効、しかし退職金は全額不支給ではなく一部支払いを命じる──このパターンが多いのは、「懲戒解雇に値するほどの問題はあったが、過去の貢献を全否定するほどではない」という整理が下されることが多いためです。

 経営者にとっては「懲戒解雇まで認められたのに、なぜ退職金は払うのか」という違和感がありますが、これは懲戒解雇の判断と退職金不支給の判断が別個の基準で行われていることの帰結です。両者は同一の場面で問題となるものの、判断のハードルは異なる、という二段階構造を理解する必要があります。

CHAPTER 04

就業規則・退職金規程の整備

 

 退職金の不支給・減額を実行するためには、その前提として就業規則・退職金規程に明確な根拠規定が整備されていることが必要です。規程上の根拠がなければ、そもそも不支給・減額を行う法的根拠を欠くことになります。

「不支給」一択の規定の問題点

 退職金規程の中には、「懲戒解雇事由がある場合は退職金を支給しない」と一刀両断で規定している会社があります。一見明確で運用しやすいように見えますが、実際には不支給と全額支給の二択しかないため、減額対応の選択肢が制度上存在しないことになります。

 裁判所が「全額不支給は行き過ぎだが、減額は相当」と判断した場合、規程上に減額の選択肢がなければ、結果として「全額支給」という会社にとって最悪の選択肢が残ることになりがちです。これを避けるためには、不支給と減額の両方を選択可能な規定の整備が望ましい対応となります。

推奨される規定設計

 実務的に推奨されるのは、「懲戒解雇事由がある場合、退職金の全部または一部を支給しないことができる」という、不支給と減額の両方を選択可能とする規定です。これにより、事案の重大性に応じた柔軟な対応が制度上可能となります。

 加えて、判断要素を明示することも検討に値します。「行為の性質・程度、損害の額、勤続年数、過去の人事評価その他諸般の事情を考慮して決定する」といった規定を置くことで、後日の判断の合理性を説明しやすくなります。

CHAPTER 05

「多めに払う」も「機械的に不支給」もダメ──総合判断の実際

 

 退職金の不支給・減額の判断において、避けるべき二つの極端な対応があります。「とりあえず多めに払っておけば訴訟リスクはない」という発想と、「規程上は不支給と書いてあるから機械的に不支給にする」という発想です。

「多めに払う」のリスク

 訴訟リスクを回避したいあまり、本来であれば不支給で通る事案にまで多額の退職金を支払うことは、他の社員に対するモラルハザードを招きます。「あれだけのことをしてもこれだけ退職金がもらえるのか」というメッセージを発することは、まじめに働いている社員からすれば極めて不公平に映り、組織全体の規律維持にマイナスの影響を与えます。

 また、株主・関係者に対する説明責任の観点からも、不当に多額の退職金を支払うことは正当化困難です。短期的な紛争回避のための判断が、中長期の組織運営に深刻なダメージを与える可能性があることを、経営者として認識する必要があります。

「機械的に不支給」のリスク

 他方、規程上の根拠を盾に機械的に不支給とすることも、本ページで繰り返し述べている通り、後日の訴訟で「払え」と判決される結果を招くリスクがあります。「払わない」という判断が結果的に「全額払い」を引き起こす逆説的な構造です。

必要なのは「総合判断」

 両極端を避けるために必要なのが、事案ごとの総合判断です。行為の悪質性、損害の規模、勤続年数、過去の人事評価、本人の反省状況、組織への影響等、複数の要素を踏まえて、その事案に固有の妥当な金額を決定する作業です。

 この総合判断は、経営者が独力で行うには負担が重く、判断の精度を確保することも困難です。労働問題を中心に取り扱う弁護士に相談しながら、判決例の傾向と事案の固有事情を踏まえた金額決定を行うことが、実務的な対応となります。

CHAPTER 06

不支給・減額の判断要素

 

 不支給・減額の判断において、裁判所が重視する判断要素を整理します。これらは独立した要素ではなく、相互に関連し合いながら総合判断を構成します。

行為の性質と悪質性

 第一の判断要素は、背信行為の性質と悪質性です。横領・着服等の財産侵害行為、競業行為や情報漏洩等の信頼関係破壊行為、会社の信用を毀損する重大な行為等は悪質性が高く、不支給・大幅減額が認められやすい類型です。

 他方、勤務態度不良、業務命令違反、軽微な不祥事等は、悪質性の評価が相対的に低くなり、全額不支給は困難な傾向となります。

会社に与えた損害の規模

 第二の判断要素は、会社に現実に与えた損害の規模です。直接の経済的損害、信用毀損、業務への支障の規模等が大きいほど、不支給・減額の幅は広く認められる傾向にあります。少額の損害しか発生していない場合に全額不支給を強行すると、過剰な制裁として相当性を欠くと評価されやすくなります。

勤続年数と過去の貢献

 第三の判断要素は、勤続年数と過去の貢献です。長期間にわたり真面目に勤続し、会社に貢献してきた社員については、最終局面で問題行動があったとしても、過去の貢献を全否定する程度の事情がない限り、全額不支給は認められにくくなります。

本人の反省・損害回復への取組

 第四の判断要素は、本人の反省状況および損害回復への取組です。発覚後に素直に事実を認め、損害賠償等を通じて損害回復に努める姿勢が示されている場合、不支給・大幅減額には消極的な判断がなされる傾向があります。

CHAPTER 07

紛争を避けるための事前手当

 

 退職金の不支給・減額をめぐる紛争を最小化するためには、事案発生後の対応だけでなく、事前の制度設計と運用上の手当が重要となります。

退職金規程の点検

 まず、現行の退職金規程を点検し、不支給と減額の両方を選択可能な規定になっているかを確認します。「不支給とする」と一刀両断で規定されている場合は、「全部または一部を支給しないことができる」という形に改訂することが、運用の柔軟性を確保するうえで重要です。

懲戒解雇事案における事実関係の記録化

 退職金の不支給・減額の正当性を立証するためには、背信行為の事実関係を客観的に立証できる証拠を整えておくことが不可欠です。事実関係の調査記録、本人の弁明聴取記録、被害者・関係者の供述書、損害額を裏付ける資料等を、懲戒解雇手続と並行して整備します。

不支給・減額決定の書面化

 不支給または減額の判断を行った場合、その判断過程を社内決裁書面の形で記録化しておくことが、後日の訴訟対応で有効に機能します。「どの判断要素をどう評価して、結論として不支給/●割減額とした」というロジックが書面で示せる状態にしておくことで、判断の合理性を立証しやすくなります。

CHAPTER 08

当事務所のサポート体制

 

 弁護士法人四谷麹町法律事務所は、会社側(使用者側)の労働問題に特化した法律事務所です。退職金の不支給・減額については、規程の整備から個別事案の判断、訴訟対応までを一貫してサポートいたします。

 第一に、退職金規程の整備です。不支給・減額の両方を選択可能な規定設計、判断要素の明示、就業規則改訂手続のサポートを行います。第二に、個別事案の判断支援です。事案ごとに、不支給とすべきか減額にとどめるか、減額するとして何割が妥当かを、過去の判例傾向と事案の固有事情を踏まえて助言します。第三に、不支給・減額決定書の起案です。判断過程を含む決定書を起案し、後日の訴訟対応に耐え得る記録化を行います。第四に、退職金請求訴訟への対応です。元社員から退職金請求の訴訟が提起された場合、同じチームが一貫して対応いたします。

関連ページ 問題社員の解雇全般については、柱ページ「問題社員の解雇」にて、解雇の有効要件、典型的誤解、類型別の解雇しやすさ等を体系的に解説しています。

Q & A

よくあるご質問

 

Q.懲戒解雇したら退職金を不支給にできますか。

A.懲戒解雇が有効であっても、それだけで退職金を不支給にできるわけではありません。「金属の功を抹消・減衰するほどの著しい背信行為」があったといえる事案でなければ、不支給は認められないのが裁判実務の傾向です。多くの判決では、懲戒解雇有効でも3〜5割の支払いを命じる結論が下されています。

Q.就業規則に退職金不支給規定があれば、それに従って不支給にできますか。

A.規定の存在は不支給の前提条件にすぎません。規定があっても、実質的に「金属の功を抹消するほどの著しい背信行為」が認められなければ、裁判所は不支給を認めないのが実務の傾向です。規程の存在に安心せず、事案ごとに不支給の妥当性を慎重に検討する必要があります。

Q.不支給ではなく減額にとどめる場合、どの程度まで減額できますか。

A.一律の基準はなく、事案ごとの総合判断となります。行為の悪質性、損害の規模、勤続年数、過去の貢献、本人の反省状況等を踏まえ、5割減・7割減・9割減等、事案に応じた減額幅を設定します。判決傾向を踏まえた個別判断が必要となるため、弁護士への相談をお勧めします。

Q.横領・着服等の不正行為の場合、退職金は全額不支給にできますか。

A.横領・着服等の財産侵害行為で、損害規模が相応に大きい事案については、全額不支給が認められる可能性が比較的高くなります。ただし、勤続年数が長く損害額が小さい事案では、全額不支給は認められず、相当幅の減額にとどめる判断がなされることもあります。事案ごとの慎重な評価が必要です。

Q.退職金規程に減額の定めがない場合、減額はできますか。

A.規程上に「不支給」のみが定められ「減額」が選択肢にない場合、形式的には減額の根拠を欠くという解釈も成り立ちます。「全部または一部を支給しないことができる」という形で、不支給と減額の両方を選択可能とする規定への改訂を強くお勧めします。

Q.「金属の功を抹消するほどの著しい背信行為」とは、具体的にどのような場合ですか。

A.典型的には、長期にわたる横領・着服、競合他社への営業秘密漏洩、会社に深刻な経済的損害を与える背任行為等、行為の悪質性・損害の重大性が極めて高い事案です。これらは過去の貢献を全否定するに足る重大性があると評価されやすい類型です。他方、勤務態度不良の積み重ねや業務命令違反は、懲戒解雇有効でも全額不支給までは認められにくい傾向にあります。

Q.不支給にしたところ、後日訴訟で支払いを命じられるケースはありますか。

A.少なくありません。過去の判例では、懲戒解雇が有効であっても、退職金の3割〜5割の支払いを命じる判決が多く存在します。「全額不支給は行き過ぎ」という判断がなされた場合、相応額の支払い義務が会社に課されることになります。事前に弁護士と相談し、不支給の妥当性を慎重に検討することが、こうしたリスクの回避につながります。

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SUPERVISOR 弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

 

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弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

 
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最終更新日 2026/04/19

 
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退職金の不支給・減額
実務の可否と判断基準を解説します。

就業規則に「懲戒解雇の場合は退職金を不支給とする」という規定があっても、実際の裁判では3割〜5割の支払いを命じられる判決が少なくありません。退職金の不支給・減額には「金属の功を抹消・減衰するほどの著しい背信行為」という高いハードルが設けられているためです。本ページでは、退職金の3つの性格、不支給・減額の判断基準、就業規則の整備、紛争を避けるための事前手当まで、会社側専門の弁護士が会社経営者向けに解説いたします。

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本ページの解説内容は、以下の藤田進太郎弁護士による解説動画を素材として、当事務所が文章化しているものです。本ページの記載と動画の内容に齟齬がある場合や、より詳しい解説をご覧になりたい場合は、動画を直接ご視聴ください。

本記事の要点

就業規則に懲戒解雇時の退職金不支給規定があっても、自動的に不支給にできるわけではありません。裁判所は退職金の「金属保障」「給与の後払い」「生活保障」の三つの性格を踏まえ、不支給・減額のためには「金属の功を抹消・減衰するほどの著しい背信行為」を要求しています。実際の判決では、懲戒解雇が有効であっても3〜5割の支払いを命じられる事案も少なくありません。「とりあえず多めに払う」も「機械的に不支給」もどちらも避け、事案ごとの総合判断と書面化が必要です。

CHAPTER 01

退職金の不支給・減額をめぐる実務の現実

 

 多くの会社の退職金規程には、「懲戒解雇事由がある場合は退職金を不支給とする」という条項が設けられています。経営者の感覚としては、規程通りに不支給にすれば、後日訴訟になっても規程を根拠に勝てると考えるのが自然です。

 しかし、過去の裁判例の集積を見ると、懲戒解雇が有効と判断された事案であっても、退職金については3割・4割・5割といった一定額の支払いを命じる判決が少なくありません。「規程上は不支給と書いてあるのに、なぜ払わなければならないのか」という結末は、経営者にとって極めて納得しがたいものです。

なぜ規程通りでは通らないのか

 この結果は、退職金の法的性格に関する裁判所の理解に由来します。裁判所は、退職金が単なる任意給付ではなく、給与の後払い的性格や生活保障的性格を併せ持つと整理しており、これを安易に不支給とすることに慎重な姿勢を取ってきました。

 その結果、退職金規程の文言だけを根拠に不支給を強行すると、後日の訴訟で「金属の功を抹消・減衰するほどの著しい背信行為があったとはいえない」として、相応額の支払いを命じられるリスクがあります。本ページでは、この実務の現実と、会社経営者として取るべき対応を解説します。

CHAPTER 02

退職金の三つの性格と裁判所の判断構造

 

 退職金不支給・減額の論点を理解するためには、まず退職金が法的に有する三つの性格を整理する必要があります。これらの性格を裁判所がどのように評価しているかが、不支給・減額のハードルを規定する構造的要因となっています。

第一の性格──金属保障的性格

 退職金は、長年勤続したことに対する報奨という性格を有します。長く会社に貢献したことに対する感謝・労いの意味合いで支払われる、いわゆる「ご褒美」的な性格です。この性格を重視すれば、本人の貢献を全否定するような著しい行為があった場合に限り、退職金を不支給にできるという結論につながります。

第二の性格──給与の後払い的性格

 退職金には、本来であれば月々の給与として支払うべきだったものを退職時にまとめて支払う、という「給与の後払い」の性格もあるとされます。この見方によれば、退職金は労働の対価としてすでに発生している権利の一部であり、後から問題を起こしたからといって没収するのは、過去に提供された労働の対価を奪うに等しい、という整理になります。

第三の性格──生活保障的性格

 退職金は、退職後の本人および家族の生活を支えるという「生活保障」の性格も有しています。退職後の収入が途絶える期間の生活費としての機能を踏まえると、これを安易に不支給とすると本人および家族の生活基盤を奪う結果となるため、慎重な判断が求められる、という考え方です。

三つの性格が生む高いハードル

 これら三つの性格を踏まえ、裁判所は退職金の不支給・減額のハードルを高く設定してきました。「就業規則に書いてあれば自由に不支給にできる」という整理は採用されておらず、規程の文言とは別に、不支給・減額に値する事情があるかが個別に審査されるのが実務の構造です。

CHAPTER 03

「金属の功を抹消するほどの著しい背信行為」基準

 

 退職金の不支給・減額を認めるかどうかについて、裁判例で繰り返し用いられている基準が、「当該退職者の金属の功を抹消・減衰するほどの著しい背信行為」があったといえるかどうか、というものです。

基準の意味

 この基準が示しているのは、「不支給・減額を正当化するためには、過去の長年の勤続・貢献を白紙にしてしまうほどの重大な背信行為が必要である」ということです。換言すれば、懲戒解雇が有効と判断される程度の問題行動があるだけでは不十分であり、それを超えて「これまでの貢献を全否定するに足る重大性」が要求されている、ということになります。

 典型的に該当しやすいのは、長期にわたる横領・着服、競合他社への営業秘密漏洩、会社に深刻な経済的損害を与える背任行為等、行為の悪質性・損害の重大性が極めて高い事案です。逆に、勤務態度不良の積み重ねや業務命令違反は、懲戒解雇が有効であっても、退職金の全額不支給までは認められにくい類型といえます。

3〜5割の支払いを命じる判決の構造

 懲戒解雇は有効、しかし退職金は全額不支給ではなく一部支払いを命じる──このパターンが多いのは、「懲戒解雇に値するほどの問題はあったが、過去の貢献を全否定するほどではない」という整理が下されることが多いためです。

 経営者にとっては「懲戒解雇まで認められたのに、なぜ退職金は払うのか」という違和感がありますが、これは懲戒解雇の判断と退職金不支給の判断が別個の基準で行われていることの帰結です。両者は同一の場面で問題となるものの、判断のハードルは異なる、という二段階構造を理解する必要があります。

CHAPTER 04

就業規則・退職金規程の整備

 

 退職金の不支給・減額を実行するためには、その前提として就業規則・退職金規程に明確な根拠規定が整備されていることが必要です。規程上の根拠がなければ、そもそも不支給・減額を行う法的根拠を欠くことになります。

「不支給」一択の規定の問題点

 退職金規程の中には、「懲戒解雇事由がある場合は退職金を支給しない」と一刀両断で規定している会社があります。一見明確で運用しやすいように見えますが、実際には不支給と全額支給の二択しかないため、減額対応の選択肢が制度上存在しないことになります。

 裁判所が「全額不支給は行き過ぎだが、減額は相当」と判断した場合、規程上に減額の選択肢がなければ、結果として「全額支給」という会社にとって最悪の選択肢が残ることになりがちです。これを避けるためには、不支給と減額の両方を選択可能な規定の整備が望ましい対応となります。

推奨される規定設計

 実務的に推奨されるのは、「懲戒解雇事由がある場合、退職金の全部または一部を支給しないことができる」という、不支給と減額の両方を選択可能とする規定です。これにより、事案の重大性に応じた柔軟な対応が制度上可能となります。

 加えて、判断要素を明示することも検討に値します。「行為の性質・程度、損害の額、勤続年数、過去の人事評価その他諸般の事情を考慮して決定する」といった規定を置くことで、後日の判断の合理性を説明しやすくなります。

CHAPTER 05

「多めに払う」も「機械的に不支給」もダメ──総合判断の実際

 

 退職金の不支給・減額の判断において、避けるべき二つの極端な対応があります。「とりあえず多めに払っておけば訴訟リスクはない」という発想と、「規程上は不支給と書いてあるから機械的に不支給にする」という発想です。

「多めに払う」のリスク

 訴訟リスクを回避したいあまり、本来であれば不支給で通る事案にまで多額の退職金を支払うことは、他の社員に対するモラルハザードを招きます。「あれだけのことをしてもこれだけ退職金がもらえるのか」というメッセージを発することは、まじめに働いている社員からすれば極めて不公平に映り、組織全体の規律維持にマイナスの影響を与えます。

 また、株主・関係者に対する説明責任の観点からも、不当に多額の退職金を支払うことは正当化困難です。短期的な紛争回避のための判断が、中長期の組織運営に深刻なダメージを与える可能性があることを、経営者として認識する必要があります。

「機械的に不支給」のリスク

 他方、規程上の根拠を盾に機械的に不支給とすることも、本ページで繰り返し述べている通り、後日の訴訟で「払え」と判決される結果を招くリスクがあります。「払わない」という判断が結果的に「全額払い」を引き起こす逆説的な構造です。

必要なのは「総合判断」

 両極端を避けるために必要なのが、事案ごとの総合判断です。行為の悪質性、損害の規模、勤続年数、過去の人事評価、本人の反省状況、組織への影響等、複数の要素を踏まえて、その事案に固有の妥当な金額を決定する作業です。

 この総合判断は、経営者が独力で行うには負担が重く、判断の精度を確保することも困難です。労働問題を中心に取り扱う弁護士に相談しながら、判決例の傾向と事案の固有事情を踏まえた金額決定を行うことが、実務的な対応となります。

CHAPTER 06

不支給・減額の判断要素

 

 不支給・減額の判断において、裁判所が重視する判断要素を整理します。これらは独立した要素ではなく、相互に関連し合いながら総合判断を構成します。

行為の性質と悪質性

 第一の判断要素は、背信行為の性質と悪質性です。横領・着服等の財産侵害行為、競業行為や情報漏洩等の信頼関係破壊行為、会社の信用を毀損する重大な行為等は悪質性が高く、不支給・大幅減額が認められやすい類型です。

 他方、勤務態度不良、業務命令違反、軽微な不祥事等は、悪質性の評価が相対的に低くなり、全額不支給は困難な傾向となります。

会社に与えた損害の規模

 第二の判断要素は、会社に現実に与えた損害の規模です。直接の経済的損害、信用毀損、業務への支障の規模等が大きいほど、不支給・減額の幅は広く認められる傾向にあります。少額の損害しか発生していない場合に全額不支給を強行すると、過剰な制裁として相当性を欠くと評価されやすくなります。

勤続年数と過去の貢献

 第三の判断要素は、勤続年数と過去の貢献です。長期間にわたり真面目に勤続し、会社に貢献してきた社員については、最終局面で問題行動があったとしても、過去の貢献を全否定する程度の事情がない限り、全額不支給は認められにくくなります。

本人の反省・損害回復への取組

 第四の判断要素は、本人の反省状況および損害回復への取組です。発覚後に素直に事実を認め、損害賠償等を通じて損害回復に努める姿勢が示されている場合、不支給・大幅減額には消極的な判断がなされる傾向があります。

CHAPTER 07

紛争を避けるための事前手当

 

 退職金の不支給・減額をめぐる紛争を最小化するためには、事案発生後の対応だけでなく、事前の制度設計と運用上の手当が重要となります。

退職金規程の点検

 まず、現行の退職金規程を点検し、不支給と減額の両方を選択可能な規定になっているかを確認します。「不支給とする」と一刀両断で規定されている場合は、「全部または一部を支給しないことができる」という形に改訂することが、運用の柔軟性を確保するうえで重要です。

懲戒解雇事案における事実関係の記録化

 退職金の不支給・減額の正当性を立証するためには、背信行為の事実関係を客観的に立証できる証拠を整えておくことが不可欠です。事実関係の調査記録、本人の弁明聴取記録、被害者・関係者の供述書、損害額を裏付ける資料等を、懲戒解雇手続と並行して整備します。

不支給・減額決定の書面化

 不支給または減額の判断を行った場合、その判断過程を社内決裁書面の形で記録化しておくことが、後日の訴訟対応で有効に機能します。「どの判断要素をどう評価して、結論として不支給/●割減額とした」というロジックが書面で示せる状態にしておくことで、判断の合理性を立証しやすくなります。

CHAPTER 08

当事務所のサポート体制

 

 弁護士法人四谷麹町法律事務所は、会社側(使用者側)の労働問題に特化した法律事務所です。退職金の不支給・減額については、規程の整備から個別事案の判断、訴訟対応までを一貫してサポートいたします。

 第一に、退職金規程の整備です。不支給・減額の両方を選択可能な規定設計、判断要素の明示、就業規則改訂手続のサポートを行います。第二に、個別事案の判断支援です。事案ごとに、不支給とすべきか減額にとどめるか、減額するとして何割が妥当かを、過去の判例傾向と事案の固有事情を踏まえて助言します。第三に、不支給・減額決定書の起案です。判断過程を含む決定書を起案し、後日の訴訟対応に耐え得る記録化を行います。第四に、退職金請求訴訟への対応です。元社員から退職金請求の訴訟が提起された場合、同じチームが一貫して対応いたします。

関連ページ 問題社員の解雇全般については、柱ページ「問題社員の解雇」にて、解雇の有効要件、典型的誤解、類型別の解雇しやすさ等を体系的に解説しています。

Q & A

よくあるご質問

 

Q.懲戒解雇したら退職金を不支給にできますか。

A.懲戒解雇が有効であっても、それだけで退職金を不支給にできるわけではありません。「金属の功を抹消・減衰するほどの著しい背信行為」があったといえる事案でなければ、不支給は認められないのが裁判実務の傾向です。多くの判決では、懲戒解雇有効でも3〜5割の支払いを命じる結論が下されています。

Q.就業規則に退職金不支給規定があれば、それに従って不支給にできますか。

A.規定の存在は不支給の前提条件にすぎません。規定があっても、実質的に「金属の功を抹消するほどの著しい背信行為」が認められなければ、裁判所は不支給を認めないのが実務の傾向です。規程の存在に安心せず、事案ごとに不支給の妥当性を慎重に検討する必要があります。

Q.不支給ではなく減額にとどめる場合、どの程度まで減額できますか。

A.一律の基準はなく、事案ごとの総合判断となります。行為の悪質性、損害の規模、勤続年数、過去の貢献、本人の反省状況等を踏まえ、5割減・7割減・9割減等、事案に応じた減額幅を設定します。判決傾向を踏まえた個別判断が必要となるため、弁護士への相談をお勧めします。

Q.横領・着服等の不正行為の場合、退職金は全額不支給にできますか。

A.横領・着服等の財産侵害行為で、損害規模が相応に大きい事案については、全額不支給が認められる可能性が比較的高くなります。ただし、勤続年数が長く損害額が小さい事案では、全額不支給は認められず、相当幅の減額にとどめる判断がなされることもあります。事案ごとの慎重な評価が必要です。

Q.退職金規程に減額の定めがない場合、減額はできますか。

A.規程上に「不支給」のみが定められ「減額」が選択肢にない場合、形式的には減額の根拠を欠くという解釈も成り立ちます。「全部または一部を支給しないことができる」という形で、不支給と減額の両方を選択可能とする規定への改訂を強くお勧めします。

Q.「金属の功を抹消するほどの著しい背信行為」とは、具体的にどのような場合ですか。

A.典型的には、長期にわたる横領・着服、競合他社への営業秘密漏洩、会社に深刻な経済的損害を与える背任行為等、行為の悪質性・損害の重大性が極めて高い事案です。これらは過去の貢献を全否定するに足る重大性があると評価されやすい類型です。他方、勤務態度不良の積み重ねや業務命令違反は、懲戒解雇有効でも全額不支給までは認められにくい傾向にあります。

Q.不支給にしたところ、後日訴訟で支払いを命じられるケースはありますか。

A.少なくありません。過去の判例では、懲戒解雇が有効であっても、退職金の3割〜5割の支払いを命じる判決が多く存在します。「全額不支給は行き過ぎ」という判断がなされた場合、相応額の支払い義務が会社に課されることになります。事前に弁護士と相談し、不支給の妥当性を慎重に検討することが、こうしたリスクの回避につながります。

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SUPERVISOR 弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

 

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弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

 
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最終更新日 2026/04/19


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