動画解説
1. 「本人が平気」と言えばセクハラではないのか
特定の女性社員に対して、男性社員が繰り返し性的な発言をしている。しかし、当の女性本人は「私は平気です」「気にしていません」と述べている。このような状況に直面した場合、会社経営者として最も悩ましいのは、「本人が否定している以上、問題はないのではないか」という判断に傾きやすい点です。
しかし、結論から申し上げれば、「本人が平気と言っている」という一点だけで、直ちにセクハラではないと断定することはできません。
セクシュアルハラスメントは、単なる当事者間の合意の有無だけで決まる問題ではありません。職場という組織の中で、性的な言動がなされること自体が、就業環境に影響を与える可能性があるからです。
また、本人の「平気」という発言が、真に自由な意思に基づくものかどうかも慎重に検討する必要があります。人間関係や立場関係、周囲の目などが影響し、本音とは異なる発言をしている可能性も否定できません。
会社経営者として重要なのは、「本人が否定しているから安心」と思考停止しないことです。問題の本質は、性的言動が職場秩序に与える影響にあります。
仮に当該女性が本当に気にしていなかったとしても、周囲の社員が不快に感じている可能性もあります。職場全体の環境が害されていれば、それは組織としての問題です。
したがって、「本人が平気」との発言は一つの事情にすぎません。それだけで結論を出すのではなく、言動の内容、頻度、関係性、職場全体への影響を総合的に検討することが、会社経営者に求められる姿勢です。
2. 本当に「意に反していない」と言えるのかの検証
セクハラ該当性を検討するうえで重要なのは、「本人が平気と言っている」という表面的な言葉ではなく、その発言が本当に自由な意思に基づくものかどうかを見極めることです。
職場という環境では、さまざまな力関係が存在します。発言者が上司であったり、業務上の影響力を持つ立場であったりする場合、相手は本心を言いづらい状況に置かれている可能性があります。
また、たとえ役職上の上下関係がなくても、周囲との関係性や職場の雰囲気によって、「気にしていないと言うしかない」心理状態になることもあります。
会社経営者としては、「本人が否定しているから問題ない」という単純な整理を避けるべきです。本当に意に反していないのかを検証するためには、できる限り落ち着いた環境で、第三者を交えたヒアリングを行うことが望ましい場合もあります。
さらに重要なのは、言動の内容と態様です。たとえ本人が「平気」と述べていても、明らかに性的な身体的特徴をからかう発言や、繰り返し執拗に行われる言動であれば、客観的に見て問題性が高いと評価される可能性があります。
法的判断は、主観だけではなく、客観的状況を総合して行われます。
会社経営者としては、本人の言葉を尊重しつつも、それだけで判断を終えず、「本当に自由な意思か」「職場全体への影響はないか」という二つの視点を持つことが不可欠です。
形式的な同意に依拠することは、後に大きなリスクとなり得ます。慎重な検証こそが、企業を守る対応です。
3. 優越的関係と沈黙・同調圧力の問題
セクハラの判断において、会社経営者が特に注意すべきなのは、「優越的関係」の存在です。
発言者が上司である場合はもちろんですが、役職が同じであっても、業務経験の差、評価権限の有無、社内での影響力などにより、実質的な力関係が生じていることがあります。
このような関係性の中では、相手が本音を言えない状況が容易に生まれます。
「私は平気です」という発言があったとしても、それが真意であるとは限りません。人は、職場での立場を守るため、場の空気を壊さないため、あるいは評価への影響を懸念して、本心とは異なる態度を取ることがあります。
さらに問題なのは、周囲の同調圧力です。職場全体が「冗談だから問題ない」という空気になっている場合、被害を受けている側は孤立を恐れて声を上げにくくなります。
会社経営者としては、「本人が否定している」という一点で判断を終えるのではなく、発言者と対象者との関係性、職場の雰囲気、過去のやり取りの経緯を総合的に検討する必要があります。
特に、発言が繰り返されている場合には、沈黙が継続的な容認を意味しているとは限りません。むしろ、言い出せない状態が固定化している可能性もあります。
優越的関係と同調圧力の存在を見落とすことは、後に重大な紛争へ発展するリスクを高めます。
会社経営者に求められるのは、形式的な同意ではなく、実質的な自由意思の有無を見極める姿勢です。ここを誤ると、「本人が否定していた」という弁明は、ほとんど通用しなくなります。
4. 当該女性だけでなく周囲社員へのセクハラの可能性
セクハラの問題を「当事者間の問題」としてのみ捉えることは、会社経営者として極めて危険です。
たとえ当該女性が「平気です」と述べていたとしても、そのやり取りを見聞きしている周囲の社員が不快に感じている可能性があります。職場は二人きりの空間ではありません。公開の場で性的言動が繰り返されていれば、それ自体が職場環境に影響を及ぼします。
例えば、会議中に容姿や身体的特徴に言及する発言がなされれば、他の女性社員も「自分も対象になるのではないか」と感じるかもしれません。男性社員であっても、「あのような発言が許される職場なのか」と違和感を持つことがあります。
このような状態が続けば、職場全体の安心感や信頼関係が損なわれます。
法的にも、セクハラは必ずしも特定の個人だけが被害者であるとは限りません。職場の就業環境が害されているかどうかが重要な判断要素となります。
会社経営者としては、「当事者が納得しているから問題ない」という発想を改め、組織全体の環境という視点を持つ必要があります。
また、周囲の社員は直接苦情を申し出ないことも多いのが実情です。沈黙は必ずしも容認を意味しません。むしろ、「関わりたくない」という消極的反応である可能性もあります。
性的言動が常態化している職場は、優秀な人材の流出や、将来的な集団的紛争の温床になり得ます。
会社経営者には、当事者間の表面的な同意にとどまらず、職場全体への影響を俯瞰する視点が求められます。セクハラの問題は、個人間の問題ではなく、組織統治の問題なのです。
5. 就業環境が害されるとはどういう状態か
セクハラに該当するかどうかを判断する際、「就業環境が害される」という要素は極めて重要です。しかし、この概念は抽象的であり、会社経営者にとっては判断が難しい部分でもあります。
単に不快な発言があったというだけでは足りません。問題となるのは、その言動によって労働者が安心して働ける環境が損なわれ、業務遂行に支障が生じる程度に至っているかどうかです。
例えば、性的な冗談が頻繁に飛び交う職場では、特定の社員が発言を控えるようになったり、会議への参加をためらうようになったりすることがあります。このような萎縮効果が生じている場合、就業環境は実質的に害されていると評価され得ます。
また、当該女性が表面上は「平気」と述べていたとしても、内心では強いストレスを感じ、出勤を憂うつに思っているような状況であれば、就業環境の侵害は否定できません。
重要なのは、客観的状況を総合的に評価することです。言動の内容、頻度、公開性、関係性、職場の反応などを踏まえ、職場全体として安心して働ける状態が維持されているかを検討します。
会社経営者としては、「明確な被害申告がないから大丈夫」という判断を避けるべきです。問題は顕在化してからでは遅い場合があります。
就業環境の維持は、単なるトラブル対応ではなく、企業統治の基盤です。性的言動が日常化している職場は、長期的に見て組織の健全性を損ないます。
したがって、セクハラ該当性の判断は、個別の発言の是非だけでなく、職場環境全体への影響という視点から行う必要があります。これこそが、会社経営者に求められる俯瞰的判断です。
6. セクハラかどうか以前に止めさせるべき理由
会社経営者として強調したいのは、「最終的にセクハラと法的に断定できるかどうか」とは別に、職場における性的言動は原則として止めさせるべきだという点です。
法的にグレーであるかどうかを精査することは重要ですが、それ以前に、性的な冗談や身体的特徴に関する発言が職場にふさわしいかという視点を持つ必要があります。
たとえ当該女性が「平気」と述べていても、その状況が今後も継続すれば、別の社員が不快感を抱く可能性があります。また、関係性が変化した場合や、後日トラブルが発生した場合に、「過去の言動」が一気に問題化することもあります。
さらに、外部から見た場合の評価も無視できません。取引先や新入社員がその場面を目にしたとき、企業文化としてどのように映るかという観点は、会社経営者にとって極めて重要です。
セクハラ該当性を厳密に争う前に、「性的言動を職場で繰り返すこと自体が不適切である」というメッセージを明確にすることが、結果としてリスクを最小化します。
会社経営者に求められるのは、違法ラインぎりぎりを探る姿勢ではありません。問題が顕在化する前に火種を消す統治判断です。
したがって、仮に当事者間で問題がないとされていたとしても、性的言動は控えるよう明確に指導することが、企業防衛の観点からも合理的な対応といえます。
7. まず行うべき注意指導の具体的方法
性的言動を確認した場合、いきなり懲戒処分を検討するのではなく、まずは明確な注意指導を行うことが原則です。
会社経営者として重要なのは、「何が問題なのか」を具体的に伝えることです。「セクハラになるぞ」と抽象的に警告するのではなく、「〇月〇日の会議で、〇〇さんの容姿について発言したことは、職場における不適切な言動である」と、事実を特定して指摘します。
そのうえで、「本人が平気と言っていても、職場における性的言動は許容しない」という会社の方針を明確に示します。ここでのポイントは、当事者間の問題ではなく、職場環境の問題として整理することです。
また、「冗談のつもりだった」「悪意はない」という弁明が出ることは少なくありません。しかし、意図の有無ではなく、結果として職場環境に影響を与える可能性があるという観点から説明する必要があります。
注意指導の際には、口頭のみで終わらせず、面談記録を作成しておくことが望ましいです。後に再発した場合、段階的対応を取っていたことを示す重要な資料となります。
会社経営者としての役割は、個人間の感情を裁くことではなく、組織としてのルールを明確にすることです。
性的言動は今後行わないこと、職場では業務に関係のない身体的・性的話題は避けることを明示し、理解を確認します。
最初の注意指導が曖昧であれば、後の対応は必ず難しくなります。早い段階で明確なメッセージを出すことが、最も合理的なリスク管理です。
8. 改善しない場合の厳重注意・懲戒処分の判断基準
明確な注意指導を行ったにもかかわらず、性的言動が改善しない場合、会社経営者としては次の段階を検討する必要があります。
まず重要なのは、「注意した」という事実だけでなく、「何を注意し、どのような改善を求めたのか」が整理されていることです。これが曖昧であれば、いきなり重い処分に進むことは困難です。
再発が確認された場合には、厳重注意書の交付を検討します。そこでは、①いつ、②どのような言動があり、③過去にどのような注意を行っていたか、④それにもかかわらず再発したことを明確に記載します。
性的言動の内容が軽微であれば、段階的対応が原則となります。しかし、内容が悪質であったり、執拗に繰り返されている場合には、より重い懲戒処分が検討対象となります。
ここで会社経営者が意識すべきなのは、処分の重さと行為の程度との均衡です。社会通念上相当といえるかどうかが、後に争われた場合の判断基準となります。
また、弁明の機会を付与することも不可欠です。一方的に処分を決定するのではなく、本人の説明を聴いたうえで判断する姿勢が求められます。
懲戒処分は感情的制裁ではありません。企業秩序を維持するための法的措置です。
会社経営者としては、「問題を起こしたから重く罰する」という発想ではなく、「段階的に是正機会を与え、それでも改善しない場合に処分する」という構造を徹底することが重要です。
このプロセスを踏んでいれば、仮に紛争に発展した場合でも、企業側の対応は合理的と評価されやすくなります。
9. 重い懲戒処分を行う際の法的リスク管理
性的言動が悪質であり、注意や厳重注意を経ても改善が見られない場合、出勤停止や降格、場合によっては懲戒解雇といった重い処分を検討する局面に入ります。
しかし、会社経営者として最も慎重であるべきなのがこの段階です。
重い懲戒処分は、後に無効と判断された場合のダメージが大きく、企業統治の信用にも直結します。そのため、①事実関係の確定、②就業規則との整合性、③処分の相当性、④手続の適正、この四点を徹底的に確認する必要があります。
まず事実関係については、発言内容、日時、場所、回数、被害の申告内容などを具体的に整理します。曖昧な記憶や伝聞だけで重い処分に進むことは極めて危険です。
次に、就業規則上の懲戒事由に該当するかを明確にします。「職場の秩序を乱した」「ハラスメント行為を行った」といった条項との対応関係を整理しなければなりません。
さらに重要なのが、処分の均衡です。過去の社内事例とのバランス、行為の悪質性、再発性、反省の有無などを総合的に考慮します。いきなり最も重い処分に進めば、懲戒権濫用と評価される可能性があります。
そして、弁明の機会を与えたかどうかも極めて重要です。本人の説明を聴取し、その内容も記録に残します。手続を軽視すると、内容が正当でも無効とされるリスクがあります。
会社経営者としては、「許せない」という感情で処分を決めるのではなく、「裁判になっても耐えられるか」という視点で最終判断を行うことが不可欠です。
重い懲戒処分は、企業としての強いメッセージになります。しかし同時に、高い法的リスクも伴います。慎重かつ構造的に判断することが、企業防衛の基本です。
10. 会社経営者としての基本スタンスと再発防止策
セクハラ問題への対応は、個別事案の処理にとどまりません。会社経営者の統治姿勢そのものが問われます。
重要なのは、「被害者が否定しているから問題ない」という消極的姿勢ではなく、「職場環境を守るのは会社の責任である」という基本スタンスを明確にすることです。
性的言動を容認する空気が生まれれば、それはやがて組織文化として定着します。一度文化として根付いたものを是正することは容易ではありません。
会社経営者としては、①ハラスメントに対する明確な方針の表明、②相談窓口の整備、③管理職への教育、④問題発生時の迅速な初動対応、これらを体系的に整備する必要があります。
また、「本人が平気と言っている」というような曖昧な状態を放置しないことが重要です。グレーな段階で火種を消すことが、最も合理的なリスク管理です。
最終的に目指すべきは、「問題が起きたら対処する会社」ではなく、「問題が起きにくい環境を作る会社」です。
会社経営者には、違法ラインを探る姿勢ではなく、健全な職場環境を積極的に構築する覚悟が求められます。
セクハラ問題は、単なる労務問題ではありません。企業価値と信頼を守るための経営課題です。感情ではなく、方針と構造で対応することが、持続的な企業統治につながります。

最終更新日2026/2/17