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本ページの基となる解説動画
本ページの解説内容は、以下の藤田進太郎弁護士による解説動画を素材として、当事務所が文章化しているものです。本ページの記載と動画の内容に齟齬がある場合や、より詳しい解説をご覧になりたい場合は、動画を直接ご視聴ください。
横領・不正受給に対しては、お金の返還を受けることとは別に、必ず懲戒処分でけじめをつける必要があります。事実認定の核心は「いつ、いくらの金銭が、どのような手口で取得されたか」を集計表として確定する作業にあります。処分相当性の判断では、横領・窃盗類型では懲戒解雇まで含めた重い処分が認められやすい一方、手当不正受給類型では慎重な判断が求められ、重すぎる処分が無効と判断される事例も少なくありません。日常用語的な「横領」と法律上の業務上横領罪では意味のずれがあるため、重い処分を行う場合は会社側を専門に扱う弁護士の関与が必須となります。
横領・不正受給を見逃すことの危険性
会社の金銭を着服した社員、通勤手当や住宅手当などを不正に受給していた社員が発覚したとき、経営者の多くは強いショックと同時に、「お金さえ返してもらえれば穏便に処理したい」という心境になられます。問題社員の処遇は経営者にとって本来やりたくない後ろ向きの作業であり、ポジティブな経営判断を主軸とする方ほど、こうした処分業務には心理的な抵抗を感じられます。
しかし、横領や不正受給を懲戒処分なしで処理することは、会社に対して深刻なリスクをもたらします。第一に、まじめに働く周囲の社員が納得しません。一定の給与の枠内で誠実に働いてきた他の社員にとって、ルール違反で金銭を不正取得した者が、お金を返しただけで何のけじめもなく在籍を続けるという事態は、強い不公平感を招きます。社内秩序の根幹が揺らぎ、優秀な社員から去っていく事態にもつながりかねません。
第二に、見逃しの先例が形成されます。「以前同種の事案を見逃した会社が、別の社員に対しては厳しい処分を行う」という対応の不均衡は、後の処分の有効性を争う材料として用いられ得ます。第三に、本人に対する抑止効果も生まれません。「ばれてもお金を返せば終わり」という認識が形成されれば、再発防止の観点からも実効性を欠きます。横領・不正受給は、お金の問題であると同時に、会社秩序と倫理規律の根幹に関わる問題として、適正な懲戒処分で対処する必要があります。
お金の返還と懲戒処分は別の話
「返金」と「処分」は法的に別個の問題
経営者の対応として最も多いパターンが、「不正取得した金額を返してもらえば、それで一件落着」という処理です。しかし法的には、不正取得した金銭の返還と、当該不正行為に対する懲戒処分とは、まったく別個の問題です。返還は民事上の損害回復であり、懲戒処分は会社秩序の維持・規律の確保のために行う雇用契約上の措置です。
返還を受けることで、会社の経済的損失は回復します。しかし、それで「不正行為それ自体に対する責任の問い直し」が完結するわけではありません。懲戒処分は、本人の行為に対する非難の表明と、再発防止・他社員への警告という規律維持機能を担います。これは返還の有無とは独立した判断軸で評価されるべきものです。
「本人がやめれば穏便に」も慎重な判断を要する
もうひとつのよくある対応が、「本人が自発的にやめてくれるなら、懲戒処分はしないでお金の返還だけで処理する」という選択です。事案によってはこの判断が合理的な場合もありますが、自主退職を申し出てきた事案であっても、退職金の取扱いや解雇予告手当の問題、後の損害賠償請求や刑事告訴の可能性も含めた総合的な対応設計が必要となります。詳細は横領・不正受給した社員が自主退職を申し出てきた場合の対応のページをご参照ください。
事実認定の核心──「いつ・何円・どのように」を集計表化する
懲戒処分の核心が「事実認定」にあることは、当事務所の問題社員の懲戒処分の柱ページで詳述しているとおりですが、横領・不正受給の事案では、この事実認定が金銭の特定という形で具体化します。「いつ、いくらの金銭が、どのような手口で不正取得されたか」を、一件ごとに正確に確定し、最終的に集計表として整理する作業が、事実認定の中核となります。
集計表は二重の役割を果たす
日付・取得金額・手口・裏付け資料の有無を一覧化した集計表は、二つの場面で決定的な役割を果たします。第一に、損害金額を本人に請求して返還を求めるための根拠資料となります。集計表が完成していなければ、「いくら返せ」という請求を具体的に組み立てることができません。
第二に、懲戒処分の重さを判断する材料となります。「総額いくら、何件、何年にわたる行為」という客観的事実が定量的に把握されていなければ、処分の重さの相当性を支える説明ができません。さらに、本人が金額を曖昧に認めただけで処分を進めると、後日客観的証拠と照合して実態と乖離していたことが判明し、処分の有効性を揺るがす事態を招きます。
本人の自白だけに依存しない
本人が「だいたい1,000万円ぐらい取ったと思います」と認めても、それを鵜呑みにして処分を組み立てることは危険です。後日、客観的な経理資料と照合した結果、実際は200万円相当でしかなかったという事態は、処分の事実認定そのものを崩します。本人の自白は重要な材料ですが、必ず客観的証拠(伝票、口座明細、勤怠記録、申請書類など)と突合して金額を確定してください。最大限の調査努力を行い、それでもなお特定できない部分が残った場合の取扱いは個別判断となりますので、当事務所のような会社側を専門に扱う弁護士に相談しながら方針を決めることをお勧めします。
懲戒処分通知書での事実記述方法(長期・多数行為の場合)
単発事案の場合──5W1Hで具体的に記述
単発の事案であれば、懲戒処分通知書の冒頭に「○年○月○日、○○の場面で、あなたは○○の方法により、会社の金銭○○円を着服した」という形で、5W1Hに基づく具体的な記述を行います。事実が単純であれば、本文中に明確に位置付けられます。
長期・多数行為の場合──集計表を別添する
長期間にわたる多数の不正行為がある事案では、すべてを通知書本文に書き切ることが現実的でない場合があります。その場合は、通知書本文には期間と総額を概括的に記述し、明細は別紙として集計表を添付するという構成が実務的です。たとえば次のような記述です。
記述例:
「あなたは、○年○月○日から○年○月○日にかけて、別紙『不正取得金銭一覧表』記載の通り、○○の手口により会社の金銭を着服した。着服金額の合計は金○○○○円である。」
別紙の集計表には、各行為について日付、金額、手口、裏付け資料を明記します。本人が金額や行為の存在を否認する余地を残さないよう、客観的証拠と突合した内容にしてください。
本人による事実確認書の取得
本人に対しては、不正取得した金額の集計について確認を取り、事実確認書(または認諾書)として書面で取得することが望ましい運用です。事実確認書の取得は、後日の返還交渉の根拠となるとともに、刑事告訴を検討する場合の証拠資料としても機能します。事実確認書の取得手順や記載内容には実務上の工夫が必要ですので、弁護士の助言を受けながら進めることをお勧めします。
横領・窃盗類型──重い処分が認められやすい
会社の金銭・物品を着服した「横領」、または会社の財物を窃取した「窃盗」の類型は、処分相当性の判断において、重い処分が認められやすい類型に属します。会社が社員に金銭の取扱いを委ねるという信頼関係は、雇用契約の基礎をなすものであり、その信頼を直接破壊する横領・窃盗行為は、雇用関係を維持する基盤を本質的に揺るがす行為と評価されます。
判例上も、横領金額が必ずしも巨額でなくとも、懲戒解雇が有効と判断された事例は多数存在します。金額の多寡だけでなく、行為の悪質性(手口の巧妙さ・隠蔽工作の有無)、職務上の信頼関係を破壊する程度、再発防止の必要性、本人の反省態度など、総合的な事情を踏まえた判断となりますが、横領・窃盗類型は他の懲戒事由と比較して、重い処分の相当性が認められやすい構造を持ちます。
なお、退職金の不支給・減額の取扱いについては、別途懲戒解雇と退職金の不支給・減額のページで解説しております。横領・窃盗を理由とする懲戒解雇の事案であっても、退職金の不支給・減額が当然に認められるわけではなく、長年の功労を抹消するほどの背信性が認められるか否かという別途の判断軸があります。
手当不正受給類型──慎重判断が必要な理由
経営者が見落としがちな相場感の違い
経営者が見落としがちな実務上の重要な事実は、通勤手当・住宅手当などの不正受給類型は、横領・窃盗類型と比較して、重い処分の相当性が認められにくい構造があるという点です。当事務所の経験上、不正受給を理由とする懲戒解雇が訴訟で無効と判断される事例は、想像以上に多くあります。
不正受給が複雑な性格を持つ理由
不正受給が複雑な性格を持つ背景には、いくつかの要因があります。第一に、経路選定や住所申告に解釈の幅があり、本人が「これでよいと思っていた」「会社の承認を得ていた」と弁明する余地を残しやすいことです。第二に、会社側のチェック体制の不備が、本人の責任を相対化する事情として評価されることがあります。第三に、不正受給による会社の経済的損失は、横領と比較して相対的に少額にとどまる事案が多く、これに対する懲戒解雇は処分が重きに失するという評価がなされやすくなります。
不正受給類型の実務対応
不正受給類型では、初動として書面による厳重注意・始末書相当の事情説明書の取得・返還合意書の締結を組み合わせ、行為の重大性に応じて譴責、減給、出勤停止といった中間的な懲戒処分から検討することが、実務上の合理的な選択となることが多くあります。重い処分(懲戒解雇等)を選択する場合は、行為の悪質性(巧妙な隠蔽、長期間の継続、多額の不正取得、職務上の地位の悪用など)を具体的事実で示せる事案であることを、慎重に確認したうえで判断する必要があります。
国家公務員基準で見る相場感の違い
処分相当性の参考軸として、人事院が公表している国家公務員の懲戒処分基準を確認すると、横領類型と不正受給類型の取扱いの差異が明確に表れています。これは民間企業に直接適用されるものではありませんが、相場感を把握するうえで有益な参考情報となります。
参考──国家公務員の処分基準(一例)
横領:原則として「免職」(事案の悪質性により加重・軽減)
旅費の違法支給・不適正受給:原則として「減給」または「戒告」(事案の悪質性により加重・軽減)
(出典:人事院「懲戒処分の指針」をもとに当事務所が要約。実際の運用は事案ごとの個別判断となる。)
横領類型では原則「免職(公務員における免職は、民間でいえば懲戒解雇に相当します)」が示されているのに対し、不正受給類型では原則「減給または戒告」と、明らかに軽い処分が原則として示されています。これは公務員特有の基準ではなく、両類型の性格の違いに対する一般的な評価感覚の表れと理解することができます。民間企業の懲戒処分の重さの設計においても、両類型の取扱いを安易に同一視しないことが、処分の有効性を確保する重要な前提となります。
重い処分(懲戒解雇)の判断には弁護士の関与が必須
日常用語の「横領」と法律上の「業務上横領罪」のずれに注意
経営者が見落としがちな実務上の重要な論点として、日常用語的に「横領」と呼ばれる行為と、法律上の業務上横領罪の構成要件には、ずれが存在することがあります。本人が会社の金銭を不正に取得したからといって、それが必ず法律上の業務上横領罪に該当するとは限りません。当該行為が法的にどう評価されるべきかは、構成要件に照らした個別の判断が必要であり、評価を誤れば懲戒処分の前提となる事実評価そのものが揺らぎます。
譴責・戒告と懲戒解雇では関与の濃淡を変える
譴責や戒告など軽い懲戒処分にとどまる事案であれば、社内の判断で進められるケースもあります。これに対し、懲戒解雇など重い処分を選択する事案では、処分の有効性が無効と判断された場合の損害(地位確認・未払賃金支払・慰謝料支払)が極めて大きくなるため、必ず会社側を専門に扱う弁護士の関与のもとで判断と手続を進めるべきです。
当事務所では、こうした事案に対して、オンライン打合せを活用した継続的支援体制をご用意しております。事実認定の整理、集計表の作成、本人面談の設計、懲戒処分通知書の文案作成、刑事告訴の検討、損害賠償請求の準備までを、案件の進行状況に応じて30分単位の打合せで継続的にサポートいたします。経営者が孤立せず、リスクをコントロールしながら処分を進められる体制を整えております。
よくあるご質問
Q.不正取得金額をすべて返還してもらえれば、懲戒処分は不要ではないですか。
A.返還と懲戒処分はまったく別の問題です。返還は経済的損失の回復にとどまり、不正行為それ自体に対する責任の問い直し(規律確保・他社員への警告・再発防止)は、懲戒処分でしか達成できません。返還を受けたからといって懲戒処分を見送ると、まじめに働く周囲の社員の納得が得られず、社内秩序の根幹が揺らぎます。返還とは独立に、適切な懲戒処分を検討してください。
Q.横領金額が少額(例:数万円)の場合でも、懲戒解雇は可能ですか。
A.金額の多寡だけが懲戒解雇の有効性を決めるわけではありません。職務上の信頼関係を破壊する程度、手口の悪質性、隠蔽工作の有無、再発防止の必要性、本人の反省態度等を総合的に判断します。判例上、必ずしも巨額でなくとも横領を理由とする懲戒解雇が有効と判断された事例は多数あります。ただし、事案ごとの個別判断が必要ですので、会社側を専門に扱う弁護士に相談しながら処分を決定することを強くお勧めします。
Q.通勤手当の不正受給を理由に懲戒解雇したいのですが、有効性は認められますか。
A.不正受給類型は、横領類型と比較して、懲戒解雇の有効性が認められにくい構造があります。重い処分を検討する場合は、巧妙な隠蔽、長期間の継続、多額の不正取得、職務上の地位の悪用など、行為の悪質性を具体的事実で示せる事案であることを慎重に確認する必要があります。多くの事案では、まず譴責・減給等の中間的処分と、返還合意書の取得を組み合わせる対応が現実的です。重い処分の選択は弁護士と相談しながら判断してください。
Q.本人が「金額は曖昧だがおおよそ○○万円」と認めています。これで懲戒処分を進めてよいですか。
A.本人の自白だけに依存して処分を進めることは危険です。後日、客観的経理資料と照合した結果、実際の金額が大きく異なっていたことが判明すると、処分の事実認定そのものが崩れます。必ず伝票、口座明細、勤怠記録、申請書類等の客観的証拠と突合して金額を確定し、それが困難な部分については特定限度の範囲で処分を組み立てるという慎重な対応が必要です。
Q.懲戒処分とは別に、刑事告訴を行うことは可能ですか。
A.業務上横領罪、窃盗罪、詐欺罪等に該当する行為があれば、刑事告訴を検討することは可能です。ただし、告訴の時期、告訴後の本人との示談・返還交渉への影響、社内外への情報波及の管理等、戦略的な検討が必要となります。刑事告訴を視野に入れる場合は、懲戒処分の進め方とあわせて、早期の段階から弁護士に相談することをお勧めします。
Q.不正発覚後、本人が自主退職を申し出てきました。懲戒処分はもう不要ですか。
A.退職の意思表明があった場合の対応は事案によって異なり、退職金の取扱い、解雇予告手当、損害賠償請求、刑事告訴の可能性も含めた総合的な対応設計が必要です。「やめてくれるなら穏便に」という対応は、後日の損害回復や規律確保の観点から問題を残すことがあります。詳細は横領・不正受給した社員が自主退職を申し出てきた場合の対応のページをご参照ください。
Q.横領・不正受給に関する懲戒処分について、継続的に弁護士と相談しながら進められる体制はありますか。
A.当事務所では、オンライン打合せを活用した継続的支援を多く採用しております。事実認定の整理、集計表の作成、本人面談の設計、懲戒処分通知書の文案作成、刑事告訴の検討、損害賠償請求の準備までを、案件の進行状況に応じて30分単位の打合せで継続的にサポートいたします。経営者が孤立せず、リスクをコントロールしながら処分を進められる体制を整えております。
さらに詳しく知りたい方はこちら
- >問題社員の懲戒処分──事実認定を核心に【柱ページ】
- >横領・不正受給した社員が自主退職を申し出てきた場合の対応
- >懲戒解雇と退職金の不支給・減額
- >勤務態度不良の社員への懲戒処分
- >問題社員の解雇──トラブル回避とタイミング【柱ページ】

監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
横領・不正受給の懲戒処分は、
類型ごとに相当性判断が大きく異なります。
事実認定の整理、集計表の作成、本人面談の設計、懲戒処分通知書の文案作成、損害賠償請求・刑事告訴の検討まで、会社側専門の弁護士が一貫してサポートいたします。オンライン打合せでの継続的な伴走支援も可能です。
最終更新日 2026/04/19