本ページの基となる解説動画
本ページの解説内容は、以下の藤田進太郎弁護士による解説動画を素材として、当事務所が文章化しているものです。本ページの記載と動画の内容に齟齬がある場合や、より詳しい解説をご覧になりたい場合は、動画を直接ご視聴ください。
社員から「解雇してくれ」と要求される事案は、経営者の見落としがちな落とし穴です。要求の意図は、①反発型、②会社都合退職を狙う型、③解雇予告手当を欲しがる型、④働かずに賃金を取得したい型の四つに分けられ、類型ごとに対応が異なります。特に④の類型では、挑発に乗って解雇すると後日「不当解雇」として一千万円規模の支払いを命じられる事案が実在します。挑発に対する正解は、「解雇しなければならない理由」を冷静に質問することです。
「解雇してくれ」への対応が難しい理由
「解雇してくれ」「そんなにやめさせたいなら解雇したら」と社員から要求されるケースは、経営者にとって想定外の場面です。「なぜ自分から解雇を求めてくるのか」と戸惑い、うっかり解雇と解釈される対応を取ってしまうと、後日の労働審判・訴訟で「不当解雇」として多額の支払いを命じられる事案が少なくありません。
想定していなかった解雇は有効になりにくい
解雇の有効性は、客観的合理的理由と社会通念上相当性を備えているかによって判断されます。元々解雇する意思がなかった事案で相手に促されて解雇した場合、解雇有効性の検討が十分になされていないことが通常です。事実関係の整理、注意指導・懲戒処分の積み重ね、証拠の準備のいずれもが欠けた状態で解雇に踏み切ることになるため、後日の訴訟で解雇有効と認めてもらえる可能性は低くなります。
解雇無効の経済的帰結
解雇無効と判断された場合、社員としての地位が継続し、会社は解雇日から判決確定日までのバックペイを一括で支払う義務を負います。月給30万円の社員について2年間争った場合、バックペイだけで720万円超に達します。さらに和解金や上乗せ退職条件の提示が必要となるため、一千万円から二千万円規模の経済的負担が発生することは珍しくありません。
類型の見極めが対応の鍵
「解雇してくれ」と要求してくる社員の意図は、一律ではありません。実務上は大きく四つの類型に分けられ、類型ごとに適切な対応方法が異なります。まず相手の意図がどの類型に該当するかを見極めた上で、類型に応じた対応を選択することが、この局面における経営者の役割となります。以下、各類型を順に解説します。
類型①──「そんなにやめさせたいなら解雇したら」型
最も多い類型が、退職勧奨の場面で社員から発せられる「自分からやめる気はない。そんなにやめさせたいなら解雇すればいい」という反応です。労働者として模範的な反応であり、日本語として矛盾もなく、裏もない真っ当な態度です。
この発言は「解雇の同意」ではない
ここで経営者が誤解しやすいのが、「解雇したら、と言ったのだから解雇に同意したのだろう」という受け止めです。これは明確な誤解です。社員の意図は「やめる気はないのに、しつこく退職を求められて嫌気がさした。解雇を有効にできるだけの根拠があるのか、会社の自信を試しているだけ」であり、退職・解雇に同意しているわけではありません。
この類型で会社が実際に解雇に踏み切ると、客観的合理的理由のない解雇として無効と判断される可能性が高く、紛争が長期化します。
適切な対応
この類型で退職に向けた合意を目指すのであれば、以下の二点を具体的に説明することが基本です。
第一に、退職しなければならない理由の具体的説明。抽象的な「態度が悪い」「会社に余裕がない」ではなく、事実ベースの具体的理由を丁寧に示します。第二に、退職条件の提示。解決金、有給消化、会社都合扱い等の条件を具体的に提示し、合意成立の可能性を高めます。
詳細は柱ページ「能力不足社員への退職勧奨」もあわせてご参照ください。
類型②──会社都合退職を狙う型(失業給付目的)
次に多いのが、失業給付の基本手当を有利な条件で受給したいという意図による要求です。いわゆる「特定受給資格者」に該当すると、給付制限期間が短縮され、受給日数も有利になるため、労働者側のメリットは大きいものです。
特定受給資格者は解雇に限らない
経営者が知っておくべき基礎知識として、特定受給資格者に該当するのは解雇の場合に限られません。離職票に設けられた項目を見ると、解雇以外にも多様な事由が特定受給資格者に該当することが分かります。例えば、退職勧奨による退職、早期退職制度とは別の形での会社主導の退職等も、特定受給資格者に該当し得ます。
会社の認識と一致する場合
会社としても、事案の実質的性質から「いわゆる会社都合退職に該当する」と認識している場合には、解雇せずとも該当項目を選んで離職票を作成すれば足ります。本人に対しては「会社都合で処理する」と説明した上で、退職届の提出を受けて進めます。口約束だけでは本人の不安が残る場合には、退職合意書に会社都合退職である旨を明記することで、約束の履行を担保できます。
会社の認識と一致しない場合
他方、会社としては「特定受給資格者には該当しない」と判断している場合には、離職票を会社都合で作成することはできません。それでもなお本人が退職する意向を示している場合には、解決金の上乗せ等で話合いをまとめる方向で調整することが現実的対応となります。
類型③──解雇予告手当を欲しがる型
第三の類型が、解雇予告手当の支給を受けたいという意図による要求です。労働基準法20条により、即時解雇の場合には平均賃金の30日分以上の解雇予告手当の支給が必要です。「解雇してもらえればその分のお金がもらえる、退職届を出すとそれがもらえずに損」という計算に基づく要求です。
金額規模での判断
この類型は、労働者側の要求金額が月給1ヶ月分程度で済む場合が多く、金銭的解決の合意可能性が相対的に高い類型です。1ヶ月分の賃金程度で退職という大きな話がまとまるのであれば、訴訟リスクや紛争長期化のコストと比較して、会社にとって合理的な選択となるケースも多くあります。
解雇予告手当の計算の基礎知識
労基法20条の解雇予告制度について、もう一段深い知識を踏まえて交渉を進めるとより柔軟な対応が可能となります。同条は、「予告期間+平均賃金の日数」の合計が30日分以上となることを求めているに過ぎず、必ずしも即時解雇で30日分を一括支給する必要はありません。例えば、20日前に予告すれば10日分の平均賃金で足り、15日前に予告すれば15日分の平均賃金で足ります。退職日を少し先に設定することで、支給額を抑えた形での合意も設計できる場合があります。
類型④──働かずに賃金を取得したい型(最も要注意)
経営者が最も警戒すべき類型が、「会社に無効な解雇をさせ、不当解雇だと主張してバックペイを取得する」ことを目的とした要求です。会社との戦い方を学習済みで、計算高く計画的に行動する労働者が、この類型に該当します。
狙いの構造
この類型の社員が狙っているのは、以下の流れです。
①会社を挑発し、解雇または解雇と解釈できる発言を引き出す ②無断録音でその発言を証拠化する ③解雇通知書が交付されれば、さらに明確な証拠となる ④退職後、「不当解雇だ」と主張して労働審判・訴訟を提起 ⑤解雇無効+バックペイ+和解金を取得する
この流れがうまくいけば、労働者は働かずに月給分のお金を取得でき、加えて和解金も獲得できるため、極めて大きな経済的利益を得ます。「不労所得」と表現する者すら存在します。
典型的な挑発パターン
この類型の社員は、以下のような挑発的言動で会社を誘導します。
「解雇してくれ」と直接要求する、「もう会社に来なくていいのですよね」と会社の発言を誘導する、生産性を極端に落とす、周囲の社員とトラブルを起こす、挑発的な反論を繰り返す等、会社側が感情的になって「もう来なくていい」「首だ」と口走る状況を作り出そうとします。
対応の基本戦略
この類型に対する対応の基本は、挑発に乗らず、解雇と解釈される発言を一切行わないことです。加えて、必要に応じてお金による解決を検討します。
労働者側がお金を目的としている以上、お金で解決できる性質の交渉相手でもあります。一定の手切れ金を支払って退職合意を成立させる方が、解雇無効訴訟で一千万円超の支払いを命じられるより、経済的合理性が高いケースが多くあります。「問題社員にお金を払うのは納得がいかない」という感情は理解できますが、会社に置き続けた場合の職場雰囲気悪化・管理職負担・解雇無効判決のリスクを総合考慮すれば、手切れ金による解決は合理的判断であり得ます。
全類型共通の対応原則──録音されている前提で話す
類型を問わず、「解雇してくれ」と要求される場面での対応原則は、「面談がほぼ確実に無断録音されている」前提で発言を組み立てることです。
スマートフォン録音の常態化
かつては専用の録音機を用意する必要がありましたが、現在はスマートフォンの録音アプリで、ポケットに入れたまま高音質の録音が可能です。職場へのスマートフォン持込みを禁止していない大多数の会社では、面談相手がスマートフォンを所持していること自体は不審ではなく、会社側が録音されていることに気付く術はほぼありません。
無断録音も裁判の証拠となる
「無断で録音したものは証拠にならない」と期待する経営者の方もいらっしゃいますが、これは誤解です。民事訴訟では、無断録音であっても原則として証拠として採用されます。極めて違法性の高い方法で収集された証拠は例外的に排除されることがありますが、面談を相手方が無断録音する程度の事案では、ほぼ確実に証拠として認められると考えるべきです。
避けるべき発言
以下のような発言は、録音され、後日の訴訟で「解雇の意思表示」として主張される危険性が極めて高いものです。
「もう会社に来なくていい」、「明日から来るな」、「首だ」、「やめてもらう」、「解雇する」等。いずれも、冷静に振り返れば「解雇するつもりはなかった」と主張できる発言であっても、録音証拠として提出されれば、客観的には解雇の意思表示と解釈され得るものです。
知識と実践の違い
「こういう発言は避けるべき」という知識と、実際にその場で適切な日本語を選べる実践は、別物です。スポーツや楽器演奏と同じく、知識として知っていることと、実際に瞬時にできることには大きな差があります。挑発的な相手に動揺しながらも、冷静に適切な日本語を選ぶためには、事前の模擬演習が極めて有効です。弁護士と面談練習を行っておくことで、本番での発言ミスを大幅に減らせます。
挑発への正解──「解雇しなければならない理由」を問う
「解雇してくれ」と要求されたときに、経営者が取るべき最も効果的な対応は、「どうして解雇しなければならないのですか」と冷静に質問することです。
この質問が効く論理
この質問は、以下の論理で相手を無力化します。
単にやめたいだけなのであれば、退職届を提出すれば足り、解雇を要求する必要はありません。逆に、やめる意思がないのであれば、退職を拒否して普通に働き続ければよく、会社に解雇を求める合理的理由はありません。「解雇してくれ」と熱心に要求してくること自体が、通常の労使関係では不自然な行動です。
このような不自然な要求に対して「なぜ解雇が必要なのか」と理由を問うと、類型④の場合には答えに窮します。本音は「解雇させてお金を取りたい」ですが、それを素直に答えるわけにはいきません。他の類型でも、理由を問われることで一旦冷静になり、挑発のトーンが下がる効果があります。
冷静に、かつ感情を出さずに
この質問をする際の口調は、冷静で礼儀正しいものでなければなりません。感情的に問い詰めるような調子では、逆にパワーハラスメントとして録音・告発される材料となり得ます。「解雇とはなかなか大きなお話ですので、どうして解雇が必要とお考えなのか、理由をお聞かせいただけますか」といった、落ち着いた問いかけとして発することが重要です。
その先の展開
質問に対する相手の回答を踏まえて、事案の類型を見極めます。退職希望であることが判明すれば退職届提出を促し、会社都合扱いの希望であれば該当要件を確認し、解雇予告手当目当てであれば金額交渉に入り、明確な意図が示されない場合には挑発型と判断して冷静な対応を継続します。「理由を問う」という一つの発話が、その後の適切な方針決定の基盤となります。
当事務所のサポート体制
弁護士法人四谷麹町法律事務所は、会社側(使用者側)の労働問題に特化した法律事務所です。「解雇してくれ」と要求する社員への対応については、類型の見極めから、発言設計、面談の模擬演習、合意退職の交渉、訴訟対応まで、一貫してサポートいたします。
第一に、類型の見極めと方針決定です。事案の具体的状況を踏まえ、四類型のいずれに該当するかを見極めた上で、最適な対応方針を助言します。第二に、面談の事前準備です。想定される挑発的発言への応答案を整理し、必要に応じて弁護士が問題社員役となる模擬面談を実施します。第三に、合意退職の交渉代理です。条件交渉、退職合意書の起案、清算条項を含む条項設計を担当します。第四に、訴訟対応です。仮に労働審判・訴訟が提起された場合、同じチームが一貫して対応いたします。
関連ページ 問題社員の解雇全般については柱ページ「問題社員の解雇」、退職勧奨の進め方については「能力不足社員への退職勧奨」もあわせてご参照ください。
よくあるご質問
Q.社員から「解雇してくれ」と言われたら、応じてよいですか。
A.即座に応じるべきではありません。要求の意図を見極めることが先です。意図は、①反発型、②会社都合退職を狙う型、③解雇予告手当を欲しがる型、④働かずに賃金を取得したい型の四つに分かれ、類型ごとに対応が異なります。特に④の類型では、挑発に乗って解雇すると後日「不当解雇」として多額の支払いを命じられる事案があります。
Q.「そんなにやめさせたいなら解雇したら」と言われた場合、解雇してよいですか。
A.この発言は解雇や退職に同意した意思表示ではありません。「やめる気はない、解雇するほどの根拠があるのか試している」という意味合いが実質です。そのまま解雇すると、客観的合理的理由を欠くとして解雇無効となる可能性が高いため、解雇は避けるべきです。退職を目指すのであれば、退職しなければならない理由と退職条件を具体的に説明し、合意退職を目指します。
Q.失業給付の会社都合扱いを求められた場合、応じるべきですか。
A.事案の実質的性質による判断となります。特定受給資格者に該当するのは解雇の場合に限られず、退職勧奨による退職等も該当し得ます。会社としても会社都合退職に該当するとの認識がある場合には、解雇せずに離職票の該当項目を選んで作成すれば足ります。該当しないと判断する場合には、離職票を会社都合で作成することはできません。
Q.解雇予告手当を払えば問題なく退職させられますか。
A.解雇予告手当の支払いは労基法20条の手続要件を満たすにすぎず、解雇の有効性そのものを保証するものではありません。別途、労働契約法16条の客観的合理的理由と社会通念上相当性を満たす必要があります。退職予告手当の支払いを条件とする合意退職であれば、解雇有効性の問題は生じません。
Q.面談中の無断録音は裁判の証拠として使えますか。
A.原則として使えます。民事訴訟では、無断録音であっても証拠として採用されるのが通常です。極めて違法性の高い収集方法の場合に例外的に排除されることがありますが、面談相手が自らのスマートフォンで録音する程度では、ほぼ確実に証拠として認められます。「録音されていても大丈夫な発言」を徹底することが、退職勧奨の場面では不可欠です。
Q.「もう来なくていい」と言うのは解雇扱いになりますか。
A.会社側が解雇と解釈される発言を行えば、客観的には解雇の意思表示と評価される可能性があります。録音された「もう会社に来なくていい」「首だ」「明日から来るな」等の発言は、後日の訴訟で解雇意思の主張根拠とされます。経営者としては「解雇するつもりはなかった」と反論したくても、録音証拠の前では不利な評価を受けやすい状況となります。これらの発言は厳に避けるべきです。
Q.働かずにお金を取ろうとする社員にはどう対応すべきですか。
A.挑発に乗って解雇と解釈される発言を行わないことが第一です。その上で、お金による解決を検討することが現実的対応となります。この類型の相手は計画的にお金を目的としているため、お金で解決できる性質の交渉相手です。「問題社員にお金を払うのは納得がいかない」という感情は理解できますが、解雇無効訴訟で一千万円超の支払いを命じられるリスクと比較すれば、手切れ金による解決の方が経済的合理性が高いケースが多くあります。
さらに詳しく知りたい方はこちら

監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
「解雇してくれ」への一言で、
会社の損失は大きく変わります。
類型の見極め、発言設計、模擬面談、合意退職の交渉、訴訟対応まで、会社側専門の弁護士が一貫してサポートいたします。挑発的な相手への対応に不安がある段階からのご相談を歓迎します。
最終更新日 2026/04/19