問題社員164 育休取得中に職場から遠く離れた場所に引っ越して原職復帰できない。

動画解説

 

1. 育休後の原職復帰はどこまで義務なのか

 育児休業を取得した社員が復職する場合、原則は原職復帰です。これは法的にも実務上も確立した考え方であり、会社が「元の職場に戻ってください」と求めること自体は、基本的に問題ありません。

 もっとも、ここで会社経営者が誤解しやすいのは、「原職復帰が原則=会社はそれ以上何も考えなくてよい」という発想です。法的な最低ラインを満たしていれば足りる、と短絡的に判断すると、後に思わぬ労働問題へ発展する可能性があります。

 例えば、社員が育休中に遠方へ転居し、「引っ越し先近くで働けないなら退職する」と主張した場合、法的には原職復帰を求めることが基本線です。しかし、会社経営者が考えるべきなのは、義務の有無だけではなく、企業価値にとって最適な判断かどうかという点です。優秀な人材であれば、例外的な配置を検討する余地がないかを一度は精査すべきでしょう。

 まずは原職復帰が原則であることを押さえつつ、その上で経営判断として何を選択するのか。この二層構造で整理することが、会社経営者には求められます。

2. 「引っ越し先で働けないなら退職」と言われた場合の法的整理

 育休中に遠方へ転居した社員から、「引っ越し先近くで働けないなら退職します」と告げられた場合、会社経営者としてまず行うべきは、感情的な対応ではなく法的整理です。

 前提として、育児休業後の復職は原職復帰が基本です。したがって、会社が「原職に戻ってください」と求めることは正当です。社員側に勤務地選択権があるわけではありません。

 ここで重要なのは、「会社が拒否した」のか、「社員が原職復帰を拒んだ」のかという整理です。この違いは、後に労働問題へ発展した際、評価を大きく左右します。面談の場では必ず、
 「原職復帰であれば受け入れる」
 という姿勢を明確に示し、そのうえで社員の意思を確認することが不可欠です。これを怠ると、不利益取扱いやマタハラ主張に発展するリスクが生じます。

3. 義務論だけで判断すると労働問題になる理由

 会社経営者が陥りやすいのは、「会社に義務があるかどうか」だけで結論を出してしまうことです。確かに、法的義務の有無は重要ですが、それだけで判断を終えると、結果として労働問題に発展することがあります。

 労働問題の多くは、法的に正しいかどうか以前に、納得感の欠如から始まります。会社側が「義務はない」と繰り返すだけでは、火に油を注ぐ結果にもなりかねません。

 会社経営者に求められるのは、
 ① 法的義務の整理
 ② 経営上の合理性の検討
 この二段階思考です。義務論はあくまで出発点です。そこから一歩踏み込み、会社にとって最も合理的な選択は何かを検討することが、結果的に労働問題の予防にもつながります。

4. 人材不足時代における戦略的な人材活用の視点

 現在、多くの企業が慢性的な人材不足に直面しています。この状況下で、育休復帰を巡る問題を単なるルール適用の問題として処理するのは、経営判断として適切とは言えません。

 会社経営者が持つべき視点は、「この人材をどう活かせるか」という戦略的発想です。引っ越し先近隣に拠点があり、業務との適合可能性があるのであれば、一度は真剣に検討すべきです。仮にその社員が高い専門性を持ち、代替困難なスキルを有しているのであれば、柔軟な配置は経営上合理的な選択になります。逆に、業務ニーズがなく組織効率を下げるのであれば、原則どおり原職復帰を求める判断が合理的です。企業は感情ではなく合理性で動くべきです。

5. 引っ越し先近隣拠点の調査・ヒアリングの具体的方法

 戦略的判断を行うためには、まず具体的な調査が不可欠です。「おそらくニーズはないだろう」という推測だけで結論を出すことは、労働問題の火種になります。

 会社経営者として取るべき第一歩は、引っ越し先近隣の支店・営業所等に対するヒアリングです。現在の人員構成、業務量、今後の事業計画などを確認し、その社員のスキルとの適合可能性を検討します。ここで重要なのは、形式的な確認で終わらせないことです。どの部署に、どの範囲まで確認したのかを整理しておく必要があります。検討の痕跡があるかどうかは、紛争予防の最大の防御材料になります。

6. 面談で必ず確認すべき原職復帰意思とマタハラリスク

 調査を終えた後に重要となるのが、面談の進め方です。まず最初に必ず確認すべきなのは、
 「原職復帰であれば受け入れる」
 という会社の立場を明確に伝えることです。

 この確認をせずに遠方配置の可否だけを議論すると、後に「会社が原職復帰を拒否した」と主張されるマタハラリスクが生じます。「原職復帰は可能であること」「本人がそれを希望しないこと」「会社としての検討内容」という順序を守ることが実務上有効です。一言の不用意な発言が労働問題を一気に拡大させることがあるため、冷静に、順序立てて事実を確認することが肝要です。

7. 代替配置を提案する際の注意点と労働条件変更の限界

 引っ越し先近隣で提案可能な職務がある場合、次に問題となるのは労働条件の変更です。賃金や職務内容などの重要な労働条件は、原則として本人の同意がなければ変更できません。したがって、遠方拠点への配置に伴う条件変更には、必ず明確な説明と同意が必要です。

 代替配置はあくまで選択肢の提示であり、強制ではありません。この構造を明確にしておくことが重要です。説明が不十分だと、「実質的な降格だ」「退職に追い込むための配置だ」といった主張がなされる余地が生じます。柔軟に検討しつつも、制度の根幹は崩さないバランスが求められます。

8. 「ニーズがない」と結論づける場合の説明義務

 検討を尽くした結果、受け入れポストがないという結論に至る場合、重要なのは結論そのものよりも、そこに至る過程の説明です。

 どの範囲まで確認し、なぜ適合しないと判断したのかを具体的に説明することで、社員側の疑念を解消します。そのうえで改めて「原職復帰は可能である」ことを明示し、会社は受け入れを拒否しているのではないという整理を明確にします。会社が敗れる典型例は「検討していない」か「説明していない」場合です。合理的な検討過程が示されていれば、紛争化の可能性は大きく下がります。

9. それでも退職となる場合の整理と紛争予防策

 最終的に退職という結論に至る場合、重要なのは、会社都合ではなく、本人の選択であることを明確に整理することです。

 「それなら辞めてください」という発言は退職勧奨や解雇と評価される恐れがあるため厳禁です。あくまで「原職復帰は可能だが、本人が遠方勤務を強く希望し、会社がそれに応じられないため、本人が退職を選択した」という構図を崩してはいけません。退職の意思表示は書面などで明確に確認し、後日「本意ではなかった」と主張されるリスクを封じ込める必要があります。

10. 会社経営者が労働問題を未然に防ぐための実務ポイント

 育休復帰を巡る問題は、実質的には労働問題の初期対応です。重要なのは、合理的な検討を行い、その過程を説明できるかどうかです。

 「ルールだから」と即断すれば形式的対応と批判されます。結論よりもプロセスが問われるのが労働問題の実務です。初動を誤らないことが最大のリスク管理であり、迷いが生じた段階で早期に弁護士へ相談し、法的整理と経営判断の両面から助言を受けるべきです。人材活用とリスク管理を両立させる視点こそが、会社経営者に求められる真の力です。

 

弁護士 藤田 進太郎
監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 /  「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

よくある質問(FAQ)

Q1. 育休中に勝手に遠方へ転居した社員に対し、原職復帰を命じることはパワハラになりますか?

A1. いいえ、原則としてパワハラには当たりません。育休後の復職は「原職復帰」が基本であり、会社が雇用契約に基づき元の職場での勤務を命じることは正当な業務命令です。ただし、転居の事情(介護や止むを得ない事情など)を一切無視し、嫌がらせ目的で強要したと評価されるとリスクが生じるため、丁寧な意思確認のプロセスが重要です。

Q2. 引っ越し先の近くに支店がありますが、そこに空きがない場合は必ずポストを作る必要がありますか?

A2. いいえ、無理にポストを作る法的義務はありません。会社に求められるのは、近隣拠点での受け入れが可能かどうかを「合理的に検討すること」です。人員過剰や適正な業務がないことを具体的に説明できれば、原職復帰を求める(または応じられないために退職となる)判断は正当化されます。

Q3. 社員が「近隣拠点でなければ復職しない」と言い張る場合、会社都合退職にするべきでしょうか?

A3. 原則として「自己都合退職」として整理すべきです。会社が原職での受け入れ態勢を整えているにもかかわらず、社員側が自身の事情(転居)によってそれに応じない場合、それは社員の選択による契約終了を意味します。安易に会社都合にすると、後に解雇争議などに悪用されるリスクがあるため注意が必要です。

 

最終更新日2026/3/23


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