問題社員331 定年後再雇用の労働条件交渉が長引く。
動画解説
この記事の要点
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個別対応を選んだ以上、丁寧に説明し話し合う手間は折り込み済みである 一律の制度にすれば交渉は生じにくい。個別対応を選んだなら、その負担は制度設計上の当然の帰結 |
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説明と資料提供を尽くし、進展の見込みがなくなれば、交渉は打ち切ってよい 団体交渉でさえデッドロックなら打ち切れる。個別交渉も同じ。打ち切りのタイミングは弁護士に相談を |
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根本原因は、定年直前の賃金が実力を超えて高くなっていること 定年後にガクンと下がるからもめる。定年前から賃金カーブと評価のあり方を見直しておく |
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勝負は定年よりずっと前から始まっている 定年前からの注意指導・評価の伝達、複数の再雇用ルートの設計など、事前の備えが交渉の負担を大きく左右する |
目次
1. 定年後再雇用をめぐる状況(65歳・70歳への対応)
正社員を60歳の定年まで雇ってきた会社であっても、65歳までは、何らかの雇用確保の措置を取らなければなりません。解雇事由に相当するようなものがあれば別ですが、そもそも解雇事由があるのなら、定年前に解雇していたのではないでしょうか。ですから、基本的には65歳までは定年後再雇用などをしていかなければならない、と考えるのが妥当です。
さらに、70歳までについても、就業機会を確保する措置を取り、何らかの形で稼げるように持っていってあげる努力が求められます(高年齢者雇用安定法。65歳までの雇用確保が義務、70歳までの就業確保が努力義務とされています)。年金の支給開始年齢がどんどん上がっているため、高齢になっても何らかの手段で収入を得られるようにする必要があるからです。本記事では、定年後再雇用の労働条件交渉が長引く問題社員への対処法を、会社側の視点から解説します。
2. 限られた賃金原資を、誰にどう配分するか
もっとも、会社の側からすれば、支払えるお金には限界があります。限りある賃金原資の中から、誰にどれだけの賃金を割り振るのかは、経営者にとって非常に大切な経営課題です。多く払えばよい、という単純な話ではありません。ある人に多く払えば、その分、他の人に回せるお金が足りなくなるからです。
とりわけ、定年後再雇用をした場合に、仕事がそれほどできない方や、周囲に嫌がらせをして何人もの社員を退職に追い込んでしまったような方にまで、それなりの賃金を払い続けるのがよいことなのか。ここは、経営者としてしっかり考えていかなければならないところです。
3. なぜ交渉が長引くのか(個別対応を選んだ会社の宿命)
そもそも、定年後再雇用の労働条件交渉が長引くのは、再雇用の条件があらかじめ一律には決まっていない会社で起こる現象です。全員を同じ条件で再雇用する制度であれば、周りと同じですから、そもそも個別の交渉になりにくく、交渉になるとしても、労働組合など集団との交渉になります。
個別対応は、丁寧に話し合う手間を前提とした制度である
他方で、定年後は一人ひとり働き方の希望が異なり、健康状態や家庭の状況もさまざまですから、同じ条件を提示できないことも多いものです。そこで、個別の事情を踏まえて賃金額や所定労働日・所定労働時間を設定するほうが、実態に合うこともあります。しかし、周りと違う、特に周りより低いかもしれないと感じれば、本人は不満を持ち、話し合いが長引くことがあります。ここで大切なのは、個別対応を選んだのは会社自身だということです。一人ひとりの事情に応じて労働条件を変えていきたいと決断した以上、その事情をよく聞き、それを踏まえた条件を提示し、丁寧に話し合う手間は、制度設計上あらかじめ折り込み済みなのです。個別対応が嫌なのであれば、一律の制度を作って公平に適用すればよいわけですから、そこはある程度、頑張らなければなりません。
4. 交渉を打ち切ってよいタイミング
とはいえ、交渉が極端に長引いてくると、話は変わってきます。本人の要望や説明をしっかり聞き、こちらもなぜその労働条件になるのかを説明し、必要な資料も提供して話し合った。それにもかかわらず、同じ言葉のやり取りが繰り返されるだけで、新しい話も新しい資料も出てこず、進展の見込みがなくなったのであれば、交渉を打ち切ってしまって構いません。
団体交渉でさえデッドロックなら打ち切れる。個別交渉も同じ
労働組合との団体交渉でさえ、完全にデッドロックに陥り、話がまったく進まなくなった状況になれば、交渉を打ち切っても、団体交渉拒否の不当労働行為とは評価されないことがあります。個別交渉についても、同じように考えることができます。本人の要望を聞き、こちらの説明や資料提供も尽くしたうえで進展が見込めなくなったのであれば、打ち切って差し支えありません。本人は不満でしょうが、それはそれでやむを得ません。ただし、前提として、なぜその労働条件になるのかをしっかり説明しておくことが重要です。楽をしようとすると、この説明が不十分になりがちです。説明したくないのであれば、はじめから一律の制度にすればよいわけで、個別対応を選んだ以上、説明と話し合いはセットで求められます。もっとも、打ち切りのタイミングの見極めは難しいため、弁護士に相談しながら進めてください。団体交渉を数多く扱っている弁護士であれば、おおよその見極めがつきます。
5. 根本原因は「定年直前の賃金の高さ」
ここからは、そもそも交渉を長引かせないための工夫です。労働条件について話がつかないケースの多くは、定年までの労働条件より収入が下がるケースです。下がり方がほどほどであれば納得してもらえることも多いのですが、極端にガクンと下がると、もめてしまいます。
賃金のギャップを、定年前から埋めておく
従来型の日本の賃金制度では、定年までは年功的な要素も加味して賃金が上がっていき、定年直前はそれなりに高い給料になっていることが多いものです。経営者から見れば、実力を超えた給料を受け取っている状態ともいえます。ところが、もらう側は、定年時の給料こそが自分の実力に見合った給料だと考えがちで、「定年だからといきなり下げるのはひどい、本来これだけもらえるはずだ」と受け止めてしまいます。この賃金のギャップを埋めるには、定年時の賃金額が、実力や市場価値を超えて高くなりすぎないような賃金制度を、定年前から準備しておく必要があります。少なくとも時間単価などについては、定年後再雇用でも下がり方がほどほどになるよう、定年までの給料の水準も考えておくのです。65歳、さらには70歳までの雇用を見据えて、賃金カーブをあらかじめ検討しておくことが大切になります。
そのためには、単に長く在籍したから多く払う、という趣旨は少し弱めて、どのような仕事をしているのか、責任の程度はどうか、といった要素を賃金決定において重視する度合いを高めていく、という発想も必要になってきます。
6. 定年前からの注意指導・評価が勝負を分ける
賃金だけの問題ではありません。そもそも、それほど問題のある社員なら、定年退職の前にもっとしっかり対応できていなかったのか、という点も見逃せません。「すごく問題のある社員だ」と言いながら、懲戒処分すら一度もしたことがない、というケースは少なくありません。能力が低いと言いながら、人事評価で本当に低く評価していたのか、という問題が生じることもあります。とりわけ、周囲に嫌な思いをさせている社員がいるのであれば、周りの社員を守るのは経営者の仕事です。
「定年まで我慢」という発想を捨てる
60歳定年の会社でも、基本的には65歳まで、今後を見据えれば70歳まで雇い続ける覚悟が必要な社会状況・法制度になっています。ですから、「定年まで我慢すればよい」という発想はやめたほうがよいのです。問題があるのなら、定年前の段階から、どこがどう問題なのかをしっかり指摘し、改善を促す。能力が高くない、はっきり言えば低いと思っているのであれば、定年ぎりぎりになって初めて伝えるのではなく、もっと早い段階から向き合い、正確に評価を伝えておく。そうすれば、定年後再雇用の労働条件を話し合う段階の前に、本人の側にも心の準備ができています。逆に、それまで伝えずにおいて、再雇用の条件を話す段になって急に「あなたは能力が低い」と告げれば、本人が納得するはずもなく、反発はいっそう強くなってしまいます。
7. 制度の工夫(複数の再雇用ルートを設ける)
制度面での工夫として、定年後再雇用のあり方に複数のルートを設けるという方法があります。
「権利としての枠」と「試験に合格した人の枠」を分ける
一つは、高年齢者雇用安定法に基づき、解雇事由や退職事由に相当するものがない限り、権利として再雇用してもらえるグループです。もう一つは、一定の試験に合格した人だけが進める雇用枠です。このように、通常の枠のほかに、特に会社が必要とし、定年後も活躍してもらわなければ困るような方のための枠を分けて運用するのです。権利としての枠は、多少問題のある方であっても認めてあげる。そのうえで、特に出来のよい方については、試験に合格すれば、仕事は大変かもしれないが報酬も高い、というルートに進んでいただく。権利としての枠にある程度の人数がいれば、その枠は「周りと同じ」扱いになりますので、説明もしやすく、トラブルになりにくいという利点もあります。
もっとも、こうした制度をいきなり作るのは大変ですから、あらかじめ準備できる会社に向いた工夫ではあります。それでも、その場その場の対応だけでは負担が重くなりますので、こうした選択肢も検討してみてください。
8. まとめ
- 65歳までの雇用確保は義務、70歳までの就業確保は努力義務である(高年齢者雇用安定法)
- 限られた賃金原資を誰にどう配分するかは、重要な経営課題である
- 個別対応を選んだ以上、丁寧に説明し話し合う手間は折り込み済みである
- 説明と資料提供を尽くし、進展の見込みがなくなれば、交渉は打ち切ってよい。タイミングは弁護士に相談を
- 根本原因は、定年直前の賃金が実力を超えて高いこと。賃金カーブを定年前から見直す
- 定年前からの注意指導・評価の伝達、複数の再雇用ルートの設計など、事前の備えが負担を左右する
定年後再雇用の労働条件交渉は、その場その場の対応だけで臨むと、大きな負担になります。あらかじめ制度設計を整え、定年前から注意指導や評価の伝達をしっかり行っておけば、再雇用の条件を話し合う段階でいきなり負担が重くなる、という事態は減らせます。勝負は定年よりずっと前から始まっている、ということをよく理解したうえで、会社を育てていきましょう。定年後再雇用や賃金制度の設計にお悩みの経営者の皆様は、ぜひ会社側専門の弁護士にご相談ください。
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 定年後再雇用の労働条件は、定年前より下げてもよいのですか。
A. 定年後再雇用の労働条件は、定年前とまったく同一である必要はなく、合理的な範囲で見直すことは可能です。もっとも、およそ受け入れがたいような、著しく不合理に低い労働条件しか提示しない場合には、継続雇用の機会を実質的に与えたとはいえず、違法と評価されることがあります(裁判例)。また、有期契約で再雇用する場合には、正社員との待遇差が不合理でないか(パートタイム・有期雇用労働法8条)という観点にも注意が必要です。どの程度まで見直せるかは個別事情によりますので、弁護士に相談しながら制度を設計することをおすすめします。
Q2. 条件交渉が長引いています。いつ打ち切ってよいのでしょうか。
A. 本人の要望や説明を十分に聞き、こちらもなぜその条件になるのかを説明し、必要な資料も提供したうえで、なお同じ言葉のやり取りが繰り返されるだけで進展の見込みがなくなったのであれば、交渉を打ち切って差し支えありません。団体交渉でさえ、完全にデッドロックに陥れば打ち切っても不当労働行為とは評価されないことがあり、個別交渉も同様に考えられます。ただし、その前提として、労働条件の根拠を丁寧に説明しておくことが重要です。打ち切りの見極めは難しいため、団体交渉の経験が豊富な弁護士に相談しながら進めるとよいでしょう。
Q3. 交渉が長引くのを防ぐには、事前に何をしておけばよいですか。
A. 交渉が長引く多くのケースは、定年後に収入が極端に下がることが原因です。定年直前の賃金が実力を超えて高くなりすぎないよう、65歳、さらには70歳までの雇用を見据えて、定年前から賃金カーブを検討しておくことが有効です。あわせて、問題のある社員や能力の低い社員には、定年ぎりぎりではなく、早い段階から注意指導を行い、人事評価で正確に評価を伝えておくことが大切です。制度面では、権利として再雇用される枠と、試験に合格した人が進む枠とを分けるなど、複数の再雇用ルートを設ける工夫も考えられます。
最終更新日:2026年7月18日