問題社員318 有効な懲戒解雇をした場合における退職金の不支給・減額について

動画解説

この記事の要点

懲戒解雇が有効になったとしても、退職金の3割・4割・5割の支払を命じる判決は結構多い

規定どおり不支給にしたつもりでも、そのとおりにはならないことがある

退職金には、賃金の後払い的性格と生活保障的性格があると考えられている

だからこそ、簡単には不支給にできないという考え方につながっていく

不支給・減額が認められるのは、それまでの勤続の功を抹消・減殺するほどの著しい背信行為があった場合

この基準は、地方公務員の退職手当について不支給を認めた最高裁も採っている考え方である

「とりあえず払っておけば無難」という大雑把な対応も、本当はやってはいけない

周囲の社員の公平感やモラルハザードの防止のため、不支給にすべきものは不支給にしなければならない

1. 規定どおり不支給にしたつもりでも、そうならないことがある

退職金制度がある会社のルールを見ると、懲戒解雇事由があるような場合などについては、退職金を不支給にしたり減額したりするという定めになっていることが多いところです。ですから、「不支給にしました」というもので裁判を起こされても、懲戒解雇が有効になったのであれば、当然ルールどおり不支給などにしても問題ない、退職金の請求も棄却されるだろうと思うでしょう。

ところが、過去の裁判例を見ると、そうとばかりは言えないのです。そこで本記事では、有効な懲戒解雇をした場合における退職金の不支給・減額について解説します。

懲戒解雇が有効でも、一部支払を命じられる

過去の裁判例を見てみると、懲戒解雇が有効になったとしても、3割、4割、5割といった退職金の支払を命じる判決が結構多いのです。
どのようなことを言うかというと、「当該労働者においてそれまでの勤続の功を抹消または減殺するほどの著しい背信行為が認められる場合でなければ、不支給や減額はできない」といった判断です。これが結構厳しいのです。

会社は、退職金制度など設けなくてもよさそうなものを、あえて設けているわけです。言ってみれば通常の給料の上乗せのようなものです。それにもかかわらず、なぜここまで裁判所が介入してくるのかという問題があります。

2. なぜ、全額不支給が認められないことが多いのか

懲戒解雇はハードルが高いと、皆さん思っています。それが有効となっても、なお「3割払え」といった判決が出てしまうわけです。どうしてそうなのか。

理論的な話としては、退職金には、勤続報償的な性格のほかにも性格があるとされているからです。

3. 退職金の二つの性格

賃金の後払い的性格 本来、月々もらうべきだった給料が退職金に回されているのだ、という発想です。だとすれば、本来もらうべきものだったのだから、何か問題を起こしたからといってなくすのはおかしいでしょう、ということになります
生活保障的性格 退職した後の生活が困らないようにするためのものだ、という性格です。そうした性格もあるのだから、不支給にしたりしたら大変だ、減額についても程度を考えなければならない、という発想につながります

その結果、退職者の勤続の功を抹消し、または減殺する事情があったと評価できるような場合でないと、退職金を不支給にしたり減額したりすることはできない、というものの考え方になります。

4. 「勤続の功を抹消・減殺するほどの背信行為」という基準

このような考え方は、地方公務員の退職手当について不支給を認めた最高裁も採っている考え方です。ですから、これは現在も維持されていますし、民間企業にも当てはまり、このハードルを乗り越えなければ退職金の不支給などはできないと考えるのが適切です。

裁判所が示す基準

賃金の後払い的な性格や生活保障的な性格を踏まえてもなお、当該退職者の勤続の功を抹消または減殺するに足りる事情があったと評価することができる場合に、不支給・減額ができるとされています。
しかも、その判断にあたっては、退職者の功績の度合い、非違行為の内容とその程度、諸般の事情を総合的に勘案して判断せよとされています。総合判断です。

なお、退職金の減額・不支給が問題となった裁判例としては、鉄道会社の従業員が私生活上の非行を理由に懲戒解雇された事案で、退職金の一部支払を認めたものが知られています。この考え方は、民間企業の退職金についても広く参照されています。

「諸般の事情を考慮」と言われても、困ります。マニュアル的に「これがあればこう、これがあればこう」と決まっていれば、誰でも判断できます。ところが、諸般の事情の考慮となると、非常に多角的な検討が必要になってきます。少なくとも、重要なものだけで3つ、4つ、5つ、6つは重点的に検討しますし、その他の事情も付随的に検討していかなければなりません。

会社の判断からすると、難しい問題が生じる

額の減額くらいならともかく、懲戒解雇が有効で結構ひどい事案であっても、不支給はだめだ、3割払えと言われてしまうかもしれない。これは、会社の判断からすると、色々と難しい問題が生じます。
「そんなリスクがあるなら、初めから5割くらい払っておこうか」「3割くらい払っておこうか」という発想もあるかもしれません。他方で、めちゃくちゃなことをやった人、懲戒解雇が有効になるくらいひどいことをやった人にまで、半分払う、3割払うと、機械的にいい加減な判断はできないよね、というのも、もちろん言えることです。安易に「とりあえず払っておけば問題ないだろう」というのはやりにくいのです。

5. では、どうすればよいのか。まずはルールどおりに

本当に懲戒解雇が有効となるような案件だったら、やはりルールどおりに処理するのが正しい処理だと思います。ルールというのは、会社が定めた退職金規程などのルールに書いてあるとおりに処理するということです。

それが、コンプライアンスであり、内部統制でもあります。しっかりルールを定めて、ルールどおりに動きましょうというのは、とても大事なことです。

規定に「減額」の選択肢も入れておく

もし、懲戒解雇事由があるような場合に「減額」ができないという定め、つまり減額することがオプションに入っていない定めになっている場合は、状況によっては減額もあり得るような定めを入れておいてもよいかもしれません。そうすれば、一応、規定上は対処したことになります。
「不支給」か「全額支給」かの二択しか規定にないと、裁判所が「全額不支給は行き過ぎだ」と判断したときに、会社側から「では減額で」という主張の足場が弱くなります。あらかじめ減額の余地を規定に設けておくことで、事案に応じた柔軟な対応がしやすくなります。

ただし、退職金は労働契約の重要な内容ですので、既に在籍している社員について規定を不利益に変更する場合には、その変更が合理的なものである必要があります。規定の見直しにあたっては、弁護士に相談してください。

6. 「とりあえず払っておけ」もやってはいけない

大変なのは、そこから先です。個別の事案ごとに、全額不支給でよいのか、ある程度減額した金額を払うべきなのかの判断です。

後からひっくり返って裁判に負けるのは嫌です。他方で、裁判で本来は勝てたはずのものを支給してしまったら、納得感や公平感、コンプライアンス上の問題があるのではないか、と色々考えることがあります。ですから、「とりあえず払っておけ」という大雑把な対応は、本当はやってはいけないことなのです。

「払っておけば無難」の落とし穴

払っておけば無難で、良いことをしたような気分にもなります。労働者に優しい会社のようにも見えるかもしれません。しかし、労働者はその人だけではありません。周囲の大勢の社員、パート・アルバイトの方々もいます。
「そんな人にそんなお金を払う余裕があるのなら、自分たちの給料を上げてくださいよ」と思うのが普通です。ですから、モラルハザードを防ぐためにも、不支給にすべきものは不支給にしなければなりませんし、減額の程度も、気前よく払うわけにはいかないのです。

7. 総合判断であるがゆえに、弁護士に相談すべき

とはいえ、正直なところ、どう判断してよいのか難しいのです。裁判所の言う基準は、「賃金の後払い的な性格や生活保障的な性格を踏まえても、当該退職者の勤続の功を抹消または減殺する事情があったと評価することができる場合に、不支給・減額できる」というものです。しかも、その判断にあたっては、退職者の功績の度合い、非違行為の内容・程度、諸般の事情を総合的に勘案して判断せよ、というものです。

これは、総合判断です。少なくとも大事なものを一つだけ、これさえやっておけば大丈夫、ということはできません。最低でも3つ、4つ、5つ、6つは重点的に検討し、その他の事情も付随的に検討していかなければなりません。

となると、経営者ご自身で判断するのは大変です。本業がありますし、そちらにエネルギーを注ぎ、会社の経営をどうするか決めるのが経営者の仕事です。こうしたところを的確に判断できるようになるための勉強に、あまりにも多くの時間を使うのは不合理です。そこは弁護士に相談してしまいましょう。

経営者がやるべきこと

  • 「ルールどおりにやったつもりでも、そのとおりにできるケースばかりではない」と理解しておく
  • 「多めに払っておけばいい」という安易な発想を取るわけにはいかないことが多い、と理解しておく
  • 具体的な事案は、弁護士に相談しながら、メインの事情を中心に、その他の事情も付随的に考慮して判断する

8. まとめ

  1. 懲戒解雇が有効でも、退職金の一部支払を命じる判決は結構多い
  2. 退職金には、賃金の後払い的性格と生活保障的性格がある
  3. 不支給・減額が認められるのは、勤続の功を抹消・減殺するほどの著しい背信行為がある場合
  4. この基準は、地方公務員の退職手当について不支給を認めた最高裁も採っている
  5. まずはルールどおりに処理する。減額の選択肢も規定に入れておく
  6. 「とりあえず払っておけ」も避ける。公平感とモラルハザードの防止のため
  7. 総合判断であるがゆえに、弁護士に相談しながら判断する

細かい話、個別の判断はとても難しいものですし、弁護士に相談しながら結論を決めるのが大事だと思います。ただ、その前提として、この基本的な知識を押さえておくのは経営者の仕事です。裁判に簡単に負けるようなものはやりたくないですし、「多めに払っておけばいい」という大雑把な判断も、できるだけ避けるべきだからです。

懲戒解雇を有効にした場合であっても、退職金の額をどうするのかを考えて適正な金額を定め、社員たちの公平感やモラルハザードにならないようにする。会社の全体的な秩序を守り、社員に安心して、やる気を出して働いてもらう。そうした仕事に邁進していただければと思います。懲戒解雇と退職金の取扱いでお悩みの経営者の皆様は、ぜひ弁護士にご相談ください。

弁護士 藤田 進太郎

監修者弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

よくある質問(FAQ)

Q1. 退職金規程に「懲戒解雇の場合は支給しない」と明記していても、支払を命じられるのですか。

A. 明記していても、そのとおりにならないことがあります。裁判所は、退職金の賃金後払い的性格・生活保障的性格を踏まえ、不支給とするには勤続の功を抹消または減殺するほどの著しい背信行為が必要だという枠組みで判断します。規定があることは前提として必要ですが、規定さえあれば当然に全額不支給が認められるというわけではありません。事案の重大性と本人の勤続の功とを比較衡量した結果として、一部支払が命じられることがあるのです。

Q2. どのような事情があれば、全額不支給が認められやすくなりますか。

A. 一律には言えませんが、一般に、非違行為の悪質性が高いこと、会社に与えた損害や信用毀損が大きいこと、地位や職責が高いこと、反省や被害弁償がないこと、過去にも同種の問題があったことなどは、不支給の方向に働きやすい事情です。逆に、長年の勤続と功績、反省や弁償の姿勢などは、一部支払の方向に働きます。これらを総合して判断されますので、一つの事情だけで結論が決まるわけではありません。事案ごとに弁護士に相談してください。

Q3. 不支給としたところ、退職金を請求する訴訟を起こされました。全額を供託すべきですか。

A. 供託するかどうか、いくらを供託するかは、事案の見通しと会社の方針によります。安易に全額を供託したり支払ったりすると、本来は不支給や大幅減額が認められ得た事案で、みすみす譲歩したことになりかねません。他方、まったく譲らない姿勢が、かえって不利に働く事案もあります。訴訟における主張立証の方針とあわせて検討すべき事柄ですので、対応方針は弁護士と相談して決めてください。

最終更新日:2026年7月17日


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