問題社員188 向上心がなく、主体的に学ぼうとしない。
動画解説
目次
「学んでほしいこと」が仕事上必要かどうかを見極め、会社が費用・時間を負担して教育することが原則です。プライベートの学習を強制することは法的に認められません。
向上心がなく主体的に学ぼうとしない社員への対応に悩む経営者は少なくありません。しかしこの問題を正確に対処するには、まず「学んでもらいたいこと」が仕事に必要な知識・技術かどうかを見極めることが出発点です。仕事上必要なことは就業時間中に会社が教えるのが筋であり、プライベートの時間に自主的に学ぶことを求めることには法的な限界があります。また、向上心がないように見える社員は、「言われたことをきっちりやるタイプ」という別の特性を持つ人材かもしれません。
■ まず「学んでほしいこと」が仕事上必要かどうかを見極める
仕事に直接必要な知識・技術であれば、就業時間中・給料を払いながら教えることが原則です。仕事との関連が薄い心構えや考え方まで、プライベートの時間に学ぶことを求めることは、労働契約の観点から要求できる範囲を超えます。
■ 自主勉強会の事実上の強制は残業代リスクを招く
自主勉強会などを「任意参加」としながら、事実上の参加義務になっている場合、残業代の支払い義務が生じるリスクがあります。「出なくていい」「あなたの自由」という旨を繰り返し明確に伝えることが、法的リスクを回避する上で重要です。
■ 「向上心がない」は「言われたことをきっちりやるタイプ」の別の見方かもしれない
向上心がなく主体的に学ばない社員は、適性の観点から見ると「指示されたことを確実にこなすタイプ」である可能性があります。このタイプに主体性・向上心を求め続けることはハラスメントリスクも生みます。適性に合った業務への配置が現実的な解決策です。
1. 最初に確認すべきこと:「何を学んでほしいのか」の分類
「仕事上必要なこと」と「それ以外」を区別する
向上心がなく主体的に学ぼうとしない社員への対応を考えるにあたって、まず経営者が明確にしなければならないのは、「学んでほしい内容が何か」という点です。具体的には、①仕事を進める上で直接必要な知識・技術・スキルに関するものか、②心構え・考え方・ものの見方といった、仕事との関連が薄いものかを区別することが重要です。この分類によって、会社として取り得る対応の範囲が大きく変わってきます。
仕事上必要な学びは会社が時間と費用を負担すべき
①の仕事に直接必要な知識・技術については、会社の利害に直接関わるものであり、「ぜひ身につけてほしい」と会社が考えることは当然です。この場合の基本的な対処は、就業時間中に会社が時間を確保し、給料を払いながら教育・指導を行うことです。
よく「なぜ会社がそこまで負担しなければならないのか」「本人のために言っているのに、なぜ主体的に学ばないのか」という発想が経営者から出てきますが、労働契約の本質に立ち返れば、就業時間中の学習コストは会社が負担するのが原則です。仕事上必要な知識・技術を身につけさせることは会社の責任でもあり、それを本人の自主性に委ねるだけでは不十分です。
仕事と関連の薄いことへの干渉は適切ではない
②の心構え・考え方・ものの見方など、仕事との関連が薄い事柄については、会社が干渉すべき問題の範囲を超えています。就業時間外の行動はプライベートであり、原則として自由です。
判断の目安としては、「会社がお金を払ってまで学ばせたいと思えるかどうか」という問いが有効です。費用・時間を負担してでも学ばせたいと言えるものであれば仕事に関連している可能性があります。しかし「それは自分でやること」「自分の問題」と思うのであれば、仕事との関連は薄く、会社が干渉することは適切ではありません。
2. プライベートの時間に学ぶことを求めることの法的限界
就業時間外は原則として自由な時間
労働契約は、使用者が賃金を支払い、労働者が所定の就業時間に労務を提供する契約です。就業時間外は原則として労働者の自由な時間であり、その時間に何をするかは本人が自由に決めてよい問題です。
したがって、「給料が出ない時間に自主的に勉強してほしい」という要求は、あくまでアドバイスの域を超えません。本人がそれに従うかどうかは自由であり、従わないことを問題にすることはできません。仕事上本当に必要な知識・技術は、就業時間中に(所定時間内に収まらない場合は残業代を支払った上で残業時間に)教育する、というのが法的に正しい対応です。
「自主勉強会」の名目での事実上の強制には残業代リスクがある
会社の中には、「自主勉強会」として仕事に関連する学習の場を設けているケースがあります。こうした取り組み自体は一定の意義がありますが、その運営には注意が必要です。
「自主参加」と言いながら、上司や会社からの強い働きかけがあり、事実上参加が義務化している状態になっている場合、それは「使用者の指揮命令下に置かれた時間」と評価され、労働時間として残業代の支払い義務が生じるリスクがあります。特に、仕事上必要な知識・技術に関する勉強会であれば、その傾向はより強くなります。
✕ よくある経営者の誤解
「自主勉強会だから残業代は発生しない」→ 誤りです。
名称が「自主」であっても、上司・会社からの働きかけにより事実上参加が義務化している場合、使用者の指揮命令下にある時間として残業代が発生します。仕事に必要な知識・技術の習得が目的であればなおさらです。
「本人のためを思って言っているのだから、自主的に学ぶべき」→ 誤りです。
労働契約上、就業時間外の行動は本人の自由です。「自主的に学べ」という要求は法的にはアドバイスにすぎず、従わないことを理由に不利益を与えることはできません。
自主勉強会を適切に運営するためのポイント
法的リスクを回避しながら自主的な学びの場を設けるためには、次の点を徹底することが重要です。まず、「参加するかどうかはあなたの自由です」「出なくても一切問題ありません」という旨を繰り返し明確に伝えることが必要です。これは形式的な告知ではなく、実際に不参加であっても何ら不利益が生じない状態を確保することを意味します。
また、経営者や管理職の口から「出ないとまずい」「参加しないと評価に影響する」といった発言をすることは厳禁です。そうした発言が一つでもあれば、事実上の強制と評価されるリスクが生じます。嫌々参加させても学習効果は低く、残業代トラブルのリスクだけが高まるという意味で、双方にとって割に合わない結果になりやすいといえます。
3. 経営者の「自分の物差し」で判断してはいけない
社長と従業員の価値観は根本的に異なる
「なぜ自分から勉強しようとしないのか」「自分が若い頃は誰に言われなくても本を読んで学んだのに」という感覚を持つ経営者は多くいます。しかし、この感覚をそのまま従業員に当てはめることは、判断の誤りを招く原因となります。
そもそも、社長と同じような価値観・向上心・主体性を持つ人物は、多くの場合、自分で会社を起こすか、高い意識を持って独立しています。給料をもらいながら他人の会社で働くという選択をしている人の中に、経営者と同じ発想を持つ人物がごく少数しかいないのは、ある意味当然のことです。
相手の価値観・行動原理を理解する努力が必要
向上心がなく主体的に学ぼうとしない社員への対応で重要なのは、「なぜこの人はこのような行動をとるのか」を相手の立場・価値観から理解しようとする努力です。自分の物差しで「信じられない」と判断するのではなく、相手の判断基準に立って考えることが必要です。
弁護士として多くの相談を受ける中で、経営者と従業員の間で「まるで外国語のような価値観の差」が存在しているケースを数多く見てきました。両者の間に立って「相手はこういう意味でこの行動をとっている」という”通訳”的な説明が必要になる場面は少なくありません。
「向上心を持て」の繰り返しが招くハラスメントリスク
「向上心を持て」「主体的に学べ」という言葉は、経営者側には本人のためを思って言っているつもりでも、受け取る側には「プライベートの時間にタダ働きを求められている」「価値観を押し付けられている」という感覚を持つ社員も少なくありません。
こうした社員からすれば、「主体的に学べというなら、給料を払った上で残業時間にやらせるなど、会社が主体的に決断すべきだ」という発想になります。こうした価値観の違いを認識しないまま繰り返し「向上心を持て」と働きかけることは、パワーハラスメントと評価されるリスクにもつながります。
⚠ 実務でよく見られるパターン(弁護士対応事例より)
こうした問題をめぐる経営者からのご相談でよく聞かれるのは、次のようなパターンです。
・「仕事に必要だからと自主勉強会を設けたところ、退職した社員から『強制参加させられた』として残業代を請求された」
・「向上心を持てと繰り返し指導していたところ、パワーハラスメントだと主張されて労基署に申告された」
・「プライベートでも勉強してほしいと伝え続けたら、本人が精神的に追い詰められて休職になった」
いずれも、経営者が「本人のため」と思って行った行動が、法的・人的リスクに転じたケースです。対応の方向性を早い段階で整理しておくことが重要です。
自主勉強会の運営方法や残業代リスクの管理について、早い段階でのご相談をお勧めします。具体的な運営ルールの設計から、万一の請求への対応まで、実務に即したアドバイスが可能です。→ 経営労働相談はこちら
4. 「向上心がない」は「言われたことをきっちりやるタイプ」の別の見方
発想の転換:このタイプの社員の強みを見る
向上心がなく主体的に学ぼうとしない社員を、適性という観点から見直すと、別の側面が見えてきます。こうした社員は多くの場合、「指示されたことを指示されたとおりに確実にこなす」というタイプの人材です。
実際の職場では、「言われたことをきっちりやれる社員」はそれほど多くありません。多くの経営者が悩む問題社員の大半は、「言われたことすらきちんとできない」という状況にある社員です。その意味で、指示されたことを確実にこなせる社員は、会社にとって一つの財産として捉えることもできます。
適性に合った業務への配置が現実的な対応
このタイプの社員への現実的な対応は、その特性に合った業務に就かせることです。主体性・向上心・自律的な判断が求められる上級管理職や、変化への対応力が必要な業務には向きません。しかし、明確な指示のもとで決められた業務を確実にこなすことが求められる業務であれば、十分に力を発揮できる可能性があります。
「言われたことをきっちりやる人材として適切な業務に就かせる」という発想で人材戦略を組み立てることが、こうした社員を抱える経営者にとっての現実的な解決策です。本人にとっても、自分の価値観に合った働き方ができる環境の方が、ストレスなく力を発揮できるという意味で合理的です。
経営者自身が主体的に判断・決断する
向上心がない社員への対応で最終的に重要なのは、経営者自身が主体的に判断することです。「費用・時間を負担してでも就業時間中に学ばせる」のか、「それほどの負担をしてまでは学ばせない」のかを、経営者が自ら決断することが求められます。
相手が主体的に学ばないことを嘆くよりも、会社として何をどこまで教育に投資するかを経営者が主体的に決め、その決断に基づいて対応を進めることが、問題解決への道筋となります。
このタイプの社員への適正配置・人材戦略の設計について、個別の状況に応じたアドバイスが可能です。対応の方向性が定まらない場合はお気軽にご相談ください。→ 経営労働相談はこちら
5. まとめ:経営者が取るべき対応の全体像
対応の選択肢を整理する
向上心がなく主体的に学ぼうとしない社員への対応は、以下のように整理できます。仕事上必要な知識・技術を身につけさせたいのであれば、就業時間中に会社が時間と費用を負担して教育する。自主勉強会を設ける場合は、参加が完全に任意であることを明確にし、残業代トラブルのリスクを管理した上で運営する。そして、このタイプの社員の特性を前向きに捉え、指示されたことを確実にこなせる業務に就かせるという適正配置の発想を持つ、ということです。
価値観の違いを理解した上での対応を
経営者の価値観と従業員の価値観が異なることは、多くの職場で生じる現実です。「なぜ主体的に学ばないのか」という問いを相手に向けるのではなく、「どうすれば会社として適切に対応できるか」という問いを自分に向けることが、問題解決につながります。
対応に迷いが生じた場合、あるいは自主勉強会の運営や教育訓練に関する労務管理の適法性について確認したい場合には、会社側の労働問題に精通した弁護士にご相談ください。残業代リスクの管理から人材戦略の設計まで、実務に即したサポートを提供することができます。

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
最終更新日 2026/04/05
