問題社員181 マルチタスクが苦手。
動画解説
目次
苦手の程度を見極め、教育指導・適性配置・退職勧奨を状況に応じて選択することが、経営者に求められる対応です。
マルチタスクが苦手な社員への対応は、「やる気の問題」として捉えるのではなく、「適性・能力の問題」として捉えることが出発点です。どれほど真剣に指導しても改善が進まない場合、それは本人の努力不足ではなく、そもそもその業務に適性がないことが原因である可能性があります。経営者としては、苦手の程度を見極めた上で、教育指導・適性を考慮した配置・退職勧奨という三段階のアプローチを状況に応じて選択することが求められます。
■ マルチタスクは誰にとっても負担であることを前提に置く
マルチタスクとは複数の作業を同時並行で処理することですが、その実態は一つひとつの仕事を高速で切り替えているにすぎないとも言われています。どれほど得意な人であっても、複数の対象に意識を分散させることは集中力の低下を招き、ミスのリスクを高めます。「マルチタスクが苦手」という問題は、程度の差はあれ、誰もが持ち得る課題です。
■ 苦手の程度に応じて対応を分ける:教育指導か、適性配置か
軽度であれば、手順の整備・確認作業の徹底といった仕組みの構築と教育指導によって一定の改善が期待できます。しかし重度の場合は、教育指導での対処は現実的ではありません。適性を考慮した業務への配置転換を積極的に検討することが、本人のためにも組織のためにも重要です。
■ 自社に適した業務がない場合は退職勧奨も選択肢に
配置転換を試みても適性に合う業務が自社に存在しない場合には、退職勧奨や合意退職の話し合いも選択肢となります。向いていない仕事を続けさせることは、本人のメンタルヘルスを損なうリスクや周囲の社員への負担増大、パワーハラスメントのリスクも生みます。退職に関する話し合いはトラブルになりやすいため、進め方については弁護士への相談をお勧めします。
1. マルチタスクとは何か:その本質を正確に理解する
「同時処理」ではなく「高速切り替え」という見方
マルチタスクとは一般的に、複数の作業や処理を同時に行うことと定義されています。しかし近年では、人間が行っているいわゆるマルチタスクの実態は、複数の作業を文字どおり同時に処理しているのではなく、一つひとつのシングルタスクを高速で切り替えているにすぎないという見方が広まっています。
この視点に立つと、マルチタスクが「得意」とされる人も、実際には短時間で注意の対象を素早く切り替えているだけであって、複数の作業に同時に完全な集中力を注いでいるわけではありません。切り替えのたびに認知的なコストが発生し、一つの作業に完全に集中できる場合と比べると、どうしてもミスのリスクが高まります。
マルチタスクはどんな人にとっても負担である
マルチタスクが得意とされる人であっても、複数の対象に意識を分散させることは、脳への負担を増大させ、注意が散漫になりやすい状態を作り出します。「女性はマルチタスクが得意」という言説がありますが、たとえ得意な人であっても、同じ人物が一つの重要な仕事に集中して取り組む場合と比べれば、ミスの発生リスクは相対的に高くなります。
このことは、マルチタスクが苦手な社員の問題を考える上での重要な前提となります。マルチタスクへの対応力は誰でも持ち得る課題であり、程度の差はあれ、苦手であること自体は特異な状態ではありません。
経営者として重要度の高い仕事をどう扱うか
マルチタスクが誰にとっても負担であるという事実を踏まえると、経営者として取るべき対応の一つは、絶対に失敗が許されない重要度の高い業務については、他の業務から切り離してその仕事だけに集中させる環境を整えることです。複数の業務を同時に処理させることで重要な仕事の質が下がるリスクを避けるために、業務の優先度と割り振りを意識的にコントロールすることが求められます。
2. マルチタスクが極端に苦手な社員が生じる背景
やる気の問題ではなく適性・能力の問題として捉える
マルチタスクが極端に苦手な社員への対応で、経営者が最初に認識すべきことは、この問題が「やる気がない」「心構えができていない」「指示に従わない」という類の問題ではないということです。やろうとしてもできない、努力しても改善しないというのが、適性・能力の問題の本質です。
注意指導によって改善を促せるのは、本人が意識を変えれば対応できる問題に対してです。しかし、適性・能力に起因するミスは、本人の意欲や心構えだけでは解決しません。この区別を誤ったまま注意指導を繰り返すことは、本人にとっても、指導する側にとっても、消耗するだけの結果を招きます。
適性の問題として捉えることの重要性
ADHDのある方はマルチタスクが苦手であるとよく言われますが、これは医師による診断と説明を踏まえた上で理解すべき事柄であり、経営者が独自に判断できるものではありません。仮に発達特性の有無にかかわらず、現実の職場においてマルチタスクに極端な困難を抱えている社員が存在することは事実であり、その原因が何であれ、適切な対応を考えることが経営者に求められます。
重要なのは原因の特定よりも、現在の状態に応じた現実的な対応を取ることです。本人が努力しているにもかかわらず改善が進まない状況に対して、「もっと頑張れ」「何度言えばわかるんだ」という対応を繰り返すことは、適応障害やパワーハラスメントの問題につながるリスクがあります。
3. 苦手の程度に応じた対応の分岐
ミスを織り込んだマネジメントを行う
マルチタスクが苦手な社員に対して、最初から「ミスしない前提」で業務を進めさせることは、失敗を招く計画です。苦手の程度にかかわらず、ミスが発生する可能性は通常より高いという事実を前提に置いた上で、仕組みとして対処することが重要です。
具体的には、業務手順の明文化、チェックリストの活用、複数人による確認体制の構築といった、ミスが発生しても影響を最小化できる仕組みを整えることが有効です。「信じていたのにミスをした」という事態を避けるためには、ミスを前提とした計画を立て、教育指導の効果が出るまでの間も安定した業務遂行を可能にする体制を整えることが経営者の役割です。
軽度の場合:教育指導と仕組みの整備で対処する
苦手の程度が軽度であれば、教育指導と業務の仕組みの整備を組み合わせることで、一定の改善を期待することができます。手順を丁寧に教え込み、確認作業を習慣化させ、経験を積ませることで、時間はかかりますが対応力が向上していく可能性があります。
この段階では、改善に時間がかかることをあらかじめ覚悟した上で、粘り強く育成に取り組むことが求められます。教育指導の効果が出るまでには相応の時間を要するという前提を持ちながら、適切なサポートを継続することが大切です。
重度の場合:教育指導での対処は現実的ではない
苦手の程度が重度の場合、教育指導による改善は非常に困難です。いくら丁寧に教えても身についていかない、何度同じことを説明しても改善しないという状況が続くとき、それは本人の努力や指導の方法の問題というよりも、根本的な適性の問題として捉えるべきです。
こうした状況が続くと、指導する側の社員も徐々に疲弊し、感情的な言動が生まれやすくなります。穏やかに教えていた担当者がだんだんと語気を強め、パワーハラスメントに近い言動をとってしまうケースも珍しくありません。本人も、頑張っても成果が出ないことへのストレスから意欲を失い、適応障害の診断書が出てくることもあります。こうした事態を防ぐためにも、早い段階で適性を踏まえた対応の方向転換を検討することが重要です。
4. 適性を考慮した配置転換の検討
適性に合った業務への配置が本人のためになる
マルチタスクへの対応が極端に苦手な社員に対して、最も建設的な対応は、適性に合った業務に就かせることです。ある業務では全く力を発揮できなかった社員が、別の業務では驚くほどの成果を上げるというケースは、実際の職場でも少なくありません。
適性を考慮した配置は、本人の才能を活かすという積極的な目的を持つものであり、「問題を解決するための消極的な対処」として捉えるのではなく、「本人が活躍できる環境を作る」という発想で取り組むことが重要です。たとえ一定の時間と手間がかかったとしても、本人が能力を発揮できる業務に就かせることは、組織にとっても長期的に見て合理的な選択です。
配置転換を通じた適性の見極め
適性に合った業務がどれかをあらかじめ正確に判断することは難しいため、配置転換を通じてさまざまな業務を試してみるというアプローチが有効です。一つの業務で成果が出なくても、別の業務では活躍できることがあります。会社に余力がある限り、複数の業務を経験させながら本人の強みを見極めていくプロセスに価値があります。
このプロセスでは、「問題社員の対処として配置を変える」という消極的な発想ではなく、「本人が才能を発揮できる場所を探す」という積極的な姿勢で臨むことが、結果的に会社にとっても好ましい結果をもたらすことが多いといえます。
5. 自社に適した業務がない場合:退職勧奨の検討
向いていない仕事を続けさせることのリスク
配置転換を試みても、自社の業務のなかに本人の適性に合ったものが見つからない場合、雇用を続けることがかえって本人にとって不利益になる可能性があります。向いていない業務を延々と続けさせられることは、本人にとって精神的な負担が大きく、適応障害をはじめとするメンタルヘルスの問題を引き起こすリスクがあります。
また、改善しない状況が続く中で周囲の社員が指導の負担を負い続けることは、組織全体の疲弊にもつながります。「雇い続けることが本人のためになる」という固定観念を持たず、本人がより活躍できる環境への移行を支援するという発想を持つことも、経営者としての重要な視点です。
退職勧奨・合意退職の進め方
自社での活躍が難しいと判断した場合には、本人と率直に話し合い、合意退職や退職勧奨という形で次のステップへの移行を促すことが選択肢となります。他社での仕事やフリーランスとしての活動など、本人の適性に合った形での再スタートが、その人の才能を発揮する機会につながることもあります。
ただし、退職に関する話し合いは、本人にとって自己否定のように受け取られやすく、トラブルに発展するリスクが高い場面でもあります。進め方・言葉の選び方・合意書の内容など、法的な観点からの準備が不可欠です。
試用期間中の場合は本採用拒否・解雇も視野に
試用期間中に、マルチタスクへの対応力が業務上求められる水準に到底達しないと判断できる場合には、本採用拒否や解雇を検討することも選択肢の一つです。ただし、試用期間中であっても、解雇には合理的な理由と適正な手続が必要です。いずれの手段を選択する場合も、法的なリスクを十分に確認した上で進めることが不可欠です。
6. まとめ:経営者が取るべき対応の基本姿勢
苦手の程度を見極め、段階的に対応を選択する
マルチタスクが苦手な社員への対応は、苦手の程度を正確に見極めることから始まります。軽度であれば、教育指導と仕組みの整備を組み合わせることで対応可能なケースが多くあります。しかし重度の場合には、教育指導での対処は現実的ではなく、適性を考慮した配置転換、さらには退職勧奨という段階的な対応が求められます。
いずれの段階においても、「やる気の問題」として注意指導を繰り返すことは、問題の解決につながらないどころか、本人と周囲の双方を消耗させ、パワーハラスメントやメンタルヘルス問題のリスクを高めます。適性・能力の問題として冷静に捉え、状況に応じた現実的な対応を取ることが経営者として求められる姿勢です。
「消極的な対処」ではなく「本人が活躍できる環境を作る」という発想で
適性に合った業務への配置や退職の話し合いは、「問題社員を排除する」という消極的なものではなく、「その人が本来の力を発揮できる場所を見つけてあげる」という積極的な意味を持ちます。向いていない仕事で苦しみ続けることは、本人にとっても組織にとっても得るものがありません。経営者として、その人の才能が別の場所で花開く可能性を見据えた判断を持つことが重要です。
退職・解雇の局面では早めに弁護士へ
退職勧奨・合意退職・本採用拒否・解雇といった局面は、進め方を誤るとトラブルに発展しやすい場面です。また、教育指導の段階から、どこまで対応すれば解雇等の正当性が認められるかという観点での記録の整備も重要となります。対応に迷いが生じた段階で、会社側の労働問題に精通した弁護士にご相談ください。教育指導の段階から退職・解雇の準備まで、一貫したサポートを提供することができます。

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
最終更新日 2026/03/26
