問題社員123 横領発覚と同時に年休を消化して退職すると言い出す。

動画解説

 

1. 横領発覚と同時に年休取得・退職届提出がなされた場合の初動対応

 信頼していた経理担当者の横領が発覚した直後に、その社員が年休取得申請書と退職届を提出し、「年休を消化して退職します」と言って出社を拒否する。このような事態は、会社経営者にとって極めて衝撃的であり、かつ判断の難しい局面です。

 まず冷静に整理すべきなのは、「横領の事実確認」と「労働契約の終了問題」は別次元の問題であるという点です。怒りや裏切られた感情に引きずられて場当たり的な対応をしてしまうと、後に法的リスクを抱えることになります。

 初動として重要なのは、①退職の効力発生時期の確認、②年休残日数の把握、③社内証拠の保全、この三点です。

 特に証拠保全は最優先事項です。会計データ、通帳、振込記録、帳簿、メール履歴、アクセスログなど、客観資料の確保を急ぐ必要があります。本人の協力が得られないことを前提に動かなければなりません。

 また、退職届の法的性質も確認が必要です。無期雇用の正社員であれば、原則として2週間前に退職の意思表示をすれば退職は可能です。したがって、会社が何もしないまま時間が経過すれば、懲戒解雇の判断機会を失う可能性があります。

 この段階で焦って「出社しないなら解雇だ」といった感情的対応をするのは危険です。まずは事実関係の把握と法的枠組みの整理を優先し、今後どの選択肢を取るのかを戦略的に検討することが、会社経営者としての適切な初動対応といえます。

 横領問題は、単なる労務トラブルではありません。企業秩序、信用、財務リスクに直結する重大案件です。だからこそ、最初の一手を誤らないことが極めて重要になります。

2. 年休の時季変更権は行使できるのか

 横領が発覚した直後に、社員が年休をまとめて取得し、そのまま退職すると言い出した場合、会社経営者としてまず頭に浮かぶのが「年休の時季変更権を使えないのか」という点でしょう。

 しかし、実務上はこの手段に大きな限界があります。

 時季変更権とは、会社が業務の正常な運営を妨げる場合に、年休の取得日を別の日に変更させる権利です。ここで重要なのは「別の日に変更できること」が前提であるという点です。

 例えば、退職日までに残っている営業日がすべて年休申請で埋まっている場合、他の日に振り替える余地がありません。その場合、時季変更権は事実上行使できないことになります。退職日を超えて年休を繰り延べることはできないからです。

 さらに仮に形式上は変更可能であったとしても、実際に出社する意思がない社員に対して、時季変更権の行使だけで実効性を確保できるとは限りません。出社を拒否されれば、結局は同じ問題に直面します。

 したがって、この問題は「時季変更権を行使すれば解決する」という単純な話ではありません。

 会社経営者として重要なのは、時季変更権に過度な期待を寄せるのではなく、現実的に本人の協力が得られるかどうかを見極めることです。説得によって調査協力を促す努力は当然必要ですが、それでも協力が得られない場合を前提に、次の手段を準備しておく必要があります。

 年休の問題に固執するのではなく、「調査をどう進めるか」「懲戒判断の期限をどう管理するか」という次の段階を見据えた対応こそが、会社経営者に求められる視点です。

3. 本人が調査を拒否する場合の現実的な調査方法

 年休を取得し、出社を拒否し、聴き取り調査にも応じない。このような状況になると、会社経営者としては「調査ができないのではないか」と感じられるかもしれません。しかし、本人の協力が得られないことを前提にした調査方法を検討する必要があります。

 まず、説得による協力要請は当然行うべきです。調査に応じなければ懲戒判断に影響する可能性があること、説明や弁解の機会を与える趣旨であることを丁寧に伝えます。それでも応じない場合には、どこかで見切りをつけなければなりません。

 その場合、書面による質問という方法が考えられます。具体的な疑問点や確認事項を整理した質問状を作成し、郵送やメールで送付し、一定期限内の回答を求めるのです。これは、本人に弁明の機会を与えたという意味でも重要な手続になります。

 また、本人の協力がなくても実施できる客観的調査を徹底することが現実的です。入出金記録、会計データ、帳簿、振込履歴、社内承認フロー、アクセスログなど、物証に基づく確認を進めます。顧問税理士や会計士と連携し、専門的視点から不自然な資金移動がないかを分析することも有効です。

 本人が沈黙していること自体を直ちに「認めた」と評価することはできませんが、質問状が到達しているにもかかわらず合理的な説明が一切なされない場合、その事情は判断材料の一つにはなり得ます。

 会社経営者として重要なのは、「本人が出てこないから判断できない」と停止するのではなく、「本人不在でも到達可能な事実認定の水準」を探ることです。独自調査の積み重ねによって、懲戒解雇に踏み切れるだけの根拠が形成できる場合もあります。

 もっとも、この判断は極めて個別性が高く、証拠の内容や量によって結論は大きく変わります。安易な推測に基づく決断は危険です。事実関係を整理したうえで、弁護士と協議しながら進めることが不可欠です。

 本人が協力しないからといって、会社の手が止まるわけではありません。経営者としては、冷静に調査の選択肢を積み上げ、最終判断に耐え得る材料を整えていく姿勢が求められます。

4. 2週間前退職の法理と懲戒解雇判断の時間的制約

 無期雇用の正社員である場合、原則として退職の意思表示から2週間が経過すれば、会社の承諾がなくても労働契約は終了します。つまり、社員が「2週間後に退職します」と明確に意思表示をした場合、会社が何も対応しなければ、そのまま退職が成立してしまうのです。

 ここで会社経営者が直面するのは、極めて現実的な時間制約です。横領の疑いがある以上、懲戒解雇も選択肢に入ります。しかし、退職が成立してしまえば、もはや懲戒解雇という処分はできません。解雇とは、存続している労働契約を会社側の意思で終了させる行為だからです。

 つまり、懲戒解雇を検討するのであれば、この2週間という期間内に判断しなければならない可能性があるということになります。

 ところが、本人は出社を拒否し、聴き取りにも応じない。調査が十分に進んでいない段階で、懲戒解雇に踏み切るかどうかの判断を迫られるわけです。

 この局面で重要なのは、「時間がないから焦って処分する」という姿勢を避けることです。懲戒解雇は最も重い処分であり、その有効性は後に厳しく検証されます。証拠が不十分なまま踏み切れば、無効とされるリスクが高まります。

 一方で、退職をそのまま認めるという選択肢もあります。退職届が提出されている以上、会社が承認すればその時点で退職は確定し、以後撤回は困難になります。この場合、懲戒解雇の是非という問題は消滅します。

 会社経営者としては、単に「懲戒解雇できるか」という法律論だけでなく、「懲戒解雇を行うべきか」という経営判断も同時に行わなければなりません。

 2週間という期限は、法的問題であると同時に経営判断の期限でもあります。この時間制約を正確に認識し、どの選択肢を取るのかを戦略的に決めることが重要です。

5. 聴き取り不能のまま懲戒解雇は可能か

 本人が出社を拒否し、聴き取り調査にも応じない場合、「本人の言い分を聞いていない状態で懲戒解雇はできるのか」という問題が生じます。会社経営者としては、ここが最も悩ましい判断の一つです。

 まず前提として、懲戒解雇が有効とされるためには、客観的合理性と社会通念上の相当性が必要です。その判断の基礎となるのは、事実関係の裏付けです。したがって、単なる疑いの段階での解雇は極めて危険です。

 もっとも、必ずしも本人の聴き取りが絶対条件というわけではありません。重要なのは、「弁明の機会を与えたかどうか」です。出社要請や面談要請を行い、さらに書面で質問状を送付し、一定期間内の回答を求めたにもかかわらず、合理的な説明がなされなかった場合、その事情は判断材料となります。

 客観的証拠、例えば不自然な資金移動の記録、承認手続を経ていない送金履歴、本人の権限範囲を逸脱した処理などが積み重なっているのであれば、本人の沈黙も含めて総合評価することになります。

 ただし、「回答がない=横領を認めた」と短絡的に評価することはできません。あくまで客観証拠を中心に据え、その上で弁明機会を付与したという手続的適正を確保しているかが重要です。

 また、就業規則上、懲戒委員会の開催などが要件となっている場合には、その手続を省略できるかどうかも慎重に検討しなければなりません。時間がないからといって手続を軽視すれば、処分無効のリスクが高まります。

 会社経営者としては、「聴き取りができないから何もできない」と考えるのではなく、「聴き取りがない中で、どこまで証拠が積み上がっているか」を冷静に評価する必要があります。

 懲戒解雇は最終手段です。その判断に足りるだけの証拠と手続的適正が確保できているかどうかを、期限内に見極めることが求められます。

6. 懲戒解雇を本当に行うべきかという経営判断

 横領の疑いが濃厚であれば、「懲戒解雇すべきではないか」と考えるのは自然な流れです。特に経理担当者のように金銭管理を任せていた立場で不正が発覚した場合、企業秩序やコンプライアンスの観点からも、厳正な対応を取るべきだという考えが強く働きます。

 確かに、業務上横領は重大な背信行為であり、就業規則に懲戒解雇事由として定められ、かつその規程が適切に周知されていれば、懲戒解雇が有効と判断される可能性は高い類型です。金額が比較的少額であっても、金銭管理を担う立場での故意の横領は、信頼関係を根底から破壊する行為と評価されやすいからです。

 しかしここで、会社経営者にあえて考えていただきたいのは、「懲戒解雇をする必要が本当にあるのか」という点です。

 すでに本人は退職届を提出し、自ら退職の意思を明確にしています。会社がこれを承認すれば、その退職日は確定し、以後は撤回も容易ではありません。つまり、退職を認めることで労働契約関係自体は終了します。

 懲戒解雇に踏み切るという選択は、単に法律上可能かどうかの問題ではなく、経営判断の問題です。

 企業秩序維持を最優先し、「横領行為には必ず懲戒解雇で対応する」という方針を明確に打ち出すことに意味がある企業もあります。その場合、2週間という制約の中で証拠と手続を整え、懲戒解雇に踏み切るという決断もあり得ます。

 一方で、人的・時間的リソースが限られている企業や、何よりも被害金額の回収を優先するという経営方針を持つ企業であれば、退職を認めた上で損害回復に集中するという選択も現実的です。

 重要なのは、「感情で決めない」ことです。裏切られた思いから制裁的発想に傾くのではなく、自社の規模、体制、社風、そして今後のリスクを総合的に考慮して決断することが求められます。

 懲戒解雇は強力なメッセージを持つ一方で、紛争リスクも伴います。本当にそれが自社にとって最適な選択なのかを冷静に見極めることこそ、会社経営者の役割です。

7. 退職金不支給との関係整理

 懲戒解雇を行うかどうかを検討する際、多くの会社経営者が気にされるのが退職金の扱いです。「横領をした社員に退職金を支払うのか」という感情的な抵抗感は当然あると思いますし、社内への示しという観点からも無視できない問題です。

 まず確認すべきは、退職金規程の内容です。近年の規程では、「懲戒解雇事由があるときは退職金を不支給または減額することができる」といった定め方がされているケースが多く見られます。この場合、実際に懲戒解雇という処分をしていなくても、実質的に懲戒解雇事由が存在すれば、不支給とすることが可能と整理できる場合があります。

 一方で、古い規程では「懲戒解雇されたときは不支給」と明確に処分の実行を要件としているものもあります。このような規程であれば、懲戒解雇を行わずに退職を認めてしまうと、不支給の根拠が弱くなる可能性があります。

 ただし、規程に形式的な根拠があったとしても、最終的には実質的合理性が問われます。横領の事実が十分に裏付けられているのか、その内容はどの程度重大か、退職金の性質は功労報償的な側面が強いのかなど、総合的に評価されます。

 会社経営者としては、「退職金を払いたくないから懲戒解雇をする」という順番になっていないかを慎重に確認する必要があります。本来は、懲戒解雇を行うべきかという判断が先にあり、その結果として退職金の扱いが決まるべきです。

 退職金の問題は、懲戒解雇の要否とも密接に関連します。規程の文言を精査し、自社の方針と整合する結論を導くためにも、専門的な確認を経た上で判断することが望ましいといえます。

8. 横領金の損害賠償請求と回収可能性

 横領が認定できる場合、会社として当然に検討すべきなのが損害賠償請求です。原則として、横領された金額については全額請求するというのが基本的な考え方になります。

 一般に、従業員が業務上の過失によって会社に損害を与えた場合には、損害の全額を負担させるのではなく、一定割合にとどめるという裁判例の傾向があります。しかし、横領は故意による不法行為です。意図的に会社財産を取得している以上、「業務の一環だから一部だけ負担すればよい」という理屈は基本的に成り立ちにくいと考えられます。

 したがって、会社経営者としては、まずは全額請求を前提に検討するのが通常です。

 もっとも、現実問題として回収可能性は別の問題です。横領に至る背景には、資金繰りの悪化や浪費傾向などがある場合も多く、既に資力が乏しいケースも少なくありません。金額が高額に及ぶ場合には、実際に回収できる見込みが極めて低いということもあり得ます。

 それでも、請求を行う意味が失われるわけではありません。会社として損害を確定させ、返還義務を明確にし、可能であれば分割でも返済を約束させることには、秩序維持や再発防止の観点からも意義があります。

 また、状況によっては身元保証人への請求が可能な場合もあります。保証契約の内容や期間、保証限度額などを確認し、請求の可否を検討することになります。

 会社経営者としては、「回収できないかもしれないから何もしない」という判断ではなく、「回収可能性を見極めた上で、どこまで実行するか」を戦略的に決めることが重要です。法的手段に進むのか、示談による分割返済を目指すのか、刑事手続との関係をどう整理するのかも含め、総合的に検討する必要があります。

 損害賠償請求は感情的な制裁ではなく、会社財産の回復という合理的目的に基づく措置です。冷静に選択肢を整理し、自社にとって最適な回収戦略を構築することが求められます。

9. 身元保証人への請求の可否

 企業規模がそれほど大きくない会社にとって、実は最も現実的な問題になるのが、横領金の回収です。本人に資力がない場合、損害賠償請求をしても実際には回収できないという事態も十分に考えられます。

 そこで検討対象となるのが、身元保証人への請求です。

 多くの会社では、入社時に身元保証契約を締結していることがあります。この契約が有効に成立しており、かつ保証期間内であれば、保証人に対して損害の賠償を求めることが可能な場合があります。

 もっとも、保証人の責任は無制限ではありません。保証契約の内容、保証期間、保証限度額、さらには会社側の監督体制なども考慮要素になります。会社の管理体制に重大な問題があった場合には、保証人の責任が減額される可能性もあります。

 したがって、単純に「保証人がいるから全額請求できる」と考えるのは危険です。契約書の文言を精査し、事実関係を整理した上で、どの範囲まで請求できるのかを慎重に検討する必要があります。

 会社経営者としては、本人への請求、保証人への請求、どの順番で、どの程度まで進めるのかを戦略的に判断しなければなりません。感情的な圧力をかけるのではなく、法的根拠に基づいた対応を取ることが重要です。

 身元保証人への請求は、回収可能性を高める一つの手段にすぎません。最終的には、自社の管理体制や証拠状況も踏まえ、現実的な回収戦略を構築することが求められます。

10. 刑事告訴を行うかどうかの最終判断

 企業規模がそれほど大きくない会社にとって、実は最も現実的な問題になるのが、横領金の回収です。本人に資力がない場合、損害賠償請求をしても実際には回収できないという事態も十分に考えられます。

 そこで検討対象となるのが、身元保証人への請求です。

 多くの会社では、入社時に身元保証契約を締結していることがあります。この契約が有効に成立しており、かつ保証期間内であれば、保証人に対して損害の賠償を求めることが可能な場合があります。

 もっとも、保証人の責任は無制限ではありません。保証契約の内容、保証期間、保証限度額、さらには会社側の監督体制なども考慮要素になります。会社の管理体制に重大な問題があった場合には、保証人の責任が減額される可能性もあります。

 したがって、単純に「保証人がいるから全額請求できる」と考えるのは危険です。契約書の文言を精査し、事実関係を整理した上で、どの範囲まで請求できるのかを慎重に検討する必要があります。

 会社経営者としては、本人への請求、保証人への請求、どの順番で、どの程度まで進めるのかを戦略的に判断しなければなりません。感情的な圧力をかけるのではなく、法的根拠に基づいた対応を取ることが重要です。

 身元保証人への請求は、回収可能性を高める一つの手段にすぎません。最終的には、自社の管理体制や証拠状況も踏まえ、現実的な回収戦略を構築することが求められます。

 

最終更新日2026/2/15


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