動画解説
1. ハラスメント申告後に「事実追加」される問題とは
ハラスメントの申告があり、会社として事実調査を実施し、懲戒処分の内容を決定し、その説明まで終えた段階で、「実は他にも事実があります」と新たな内容が追加で申告されることがあります。しかもその多くは、「処分が軽すぎるのではないか」という不満とともに示されます。
会社経営者としては、ここで非常に難しい判断を迫られます。すでに調査を尽くし、処分の重さも検討し、会社としての意思決定を終えているにもかかわらず、その前提が揺らぐ可能性が生じるからです。
しかし一方で、追加申告があった以上、形式的に「もう終わった話だ」として一切取り合わない姿勢も適切とはいえません。対応を誤れば、「会社は真摯に向き合っていない」と評価され、別の紛争へ発展するおそれもあります。
この問題の本質は、単なる事実認定の話ではありません。懲戒処分の確定性をどこまで重視するのか、追加事実をどの範囲で扱うのか、そして会社としての統治判断をどのように安定させるのかという、経営そのものに関わる問題です。
感情的な対応や場当たり的な判断をしてしまえば、以後の類似事案にも影響を及ぼし、統治の軸がぶれてしまいます。したがって会社経営者としては、後出し申告は実務上起こり得る現象であると認識したうえで、どのような基準で対応するのかという原則を持っておくことが不可欠です。
まずはこの構造を正確に理解することが、適切な判断の出発点となります。
2. 懲戒処分の重さに被害者の意向はどこまで反映すべきか
ハラスメント事案において、被害者が「もっと重い処分にしてほしい」と求めてくることは珍しくありません。処罰感情を抱くこと自体は自然なことであり、会社としてもその意向を無視してよいわけではありません。
しかし、懲戒処分は被害者の感情を満たすための制度ではありません。あくまで企業秩序を維持し、再発を防止するための統治行為です。したがって、被害者の意向は判断要素の一つにはなりますが、それが決定的要素になるわけではありません。
処分の重さは、行為の内容や悪質性、被害の程度、継続性、加害社員の反省状況、そして過去事例との均衡などを総合的に考慮し、会社が自らの責任で決定しなければなりません。
被害者の意向をそのまま反映させることは、法的に求められているわけではありませんし、むしろそれに引きずられることで客観的合理性を欠く判断に陥る危険があります。
会社経営者として重要なのは、「被害者の意向は十分に考慮した」という事実と、「しかし総合判断としてこの処分が相当であると判断した」という説明ができる状態を整えておくことです。
仮に被害者の理解が得られなかったとしても、合理性に基づいた判断を貫くことが、結果的には企業を守ることにつながります。懲戒処分の最終責任は会社にあり、その判断主体は会社経営者であるという原則を、常に忘れてはなりません。
3. 「もっと重くしてほしい」と要求された場合の法的リスク
懲戒処分の内容を説明した後に、「これでは軽すぎる」「到底納得できない」「もっと重い処分にすべきだ」と強く求められることがあります。会社経営者としては、強い抗議や継続的な要求に直面すると、心理的な負担を感じるのも無理はありません。
しかし、ここで注意しなければならないのは、要求の強さと処分の相当性は全く別の問題であるという点です。懲戒処分は企業秩序を維持するための統治行為であり、抗議の強弱によって左右されるべきものではありません。
仮に抗議を受けたことを理由に処分を加重した場合、その合理性は後に厳しく問われることになります。処分の重さは、行為の内容、悪質性、被害の程度、継続性、過去事例との均衡などを総合的に考慮して決定されるべきものであり、「強く求められたから」という事情は、法的正当化の根拠としては極めて弱いものです。
また、いったん決定した処分を抗議によって変更することは、会社の意思決定の安定性を損ないます。今後の類似事案においても、「強く言えば変わる」という前例を作ることになり、統治の軸がぶれる危険があります。
会社経営者として重要なのは、抗議に迎合することではなく、合理的な判断に基づき、その理由を丁寧に説明することです。理解が得られない場合があったとしても、法的に相当な判断を維持する姿勢こそが、結果的に企業を守ることにつながります。
感情ではなく、合理性で決める。この姿勢を崩さないことが、経営判断として極めて重要です。
4. 不当に重い懲戒処分が招く懲戒権濫用リスク
懲戒処分は、会社に認められた強力な統治権限です。しかし、その行使は無制限ではありません。客観的合理性を欠き、社会通念上相当とはいえない処分は、懲戒権の濫用として無効と判断される可能性があります。
特に問題となるのは、被害者の強い処罰感情や社内の空気に押され、本来会社として相当と考えていた水準を超えて処分を重くしてしまう場合です。その場を収めるため、あるいは紛争を避けるために加重する判断は、一見合理的に見えても、後の法的紛争では極めて脆弱です。
裁判になれば、処分時点でどのような事実を基礎に、どのような比較衡量を行い、その結果どの処分が相当と判断したのかが詳細に検証されます。過去事例との均衡、行為の悪質性、被害の具体的程度、手続の適正などが総合的に評価され、「重すぎる」と判断されれば処分は無効となります。
処分が無効とされれば、会社の統治力は大きく傷つきます。さらに、加害社員側からの反発が強まり、労働審判や訴訟に発展する可能性も高まります。結果として、企業全体の安定が損なわれることになります。
会社経営者として最も避けるべきなのは、感情や圧力に流された処分です。懲戒処分は感情調整の手段ではなく、秩序維持のための法的措置です。合理的範囲を超えないという一線を守ることこそが、最終的には企業を守る判断となります。
5. 後から追加された新事実は再調査すべきか
懲戒処分の内容を決定し、あとは通知を出すだけという段階になってから、「実はまだ申告していなかった事実があります」と新たな内容が示されることがあります。このとき会社経営者が直面するのは、処分手続をいったん止めて再調査を行うべきか、それとも既に決定した処分はそのまま維持すべきかという難しい判断です。
この点について、一般論としての唯一の正解はありません。追加された事実の内容や重大性、既存の懲戒理由との関連性、手続の進行状況などによって、適切な対応は異なります。
例えば、既存の懲戒理由と密接に関連し、実質的に一体として評価すべき事情であれば、全体をまとめて再評価する方が合理的な場合もあります。一方で、既存の事実とは性質や時期が明確に異なるものであれば、既に決定した処分はそのまま維持し、新たな事実は別件として扱うという整理も十分考えられます。
ここで注意すべきなのは、「とりあえず全部やり直す」という姿勢と、「今さら受け付けない」と切り捨てる姿勢のいずれも、安易に選択すべきではないということです。前者は処分の確定性を失わせ、後者は不誠実対応と評価されるリスクを生みます。
会社経営者として重要なのは、なぜ今回その処理方法を選択したのかを合理的に説明できる状態を整えることです。そのためには、追加事実の具体的内容と既存事実との関係性を丁寧に整理し、企業統治の観点から最も安定的な方法を選択する必要があります。
後出し申告への対応は単なる事務処理ではありません。会社の意思決定の重みと一貫性を守るための経営判断であることを、強く意識しておくべきです。
6. 一括処理と分割処理の法的メリット・デメリット
後から追加された事実をどのように扱うかについては、大きく分けて「一括処理」と「分割処理」という二つの考え方があります。しかし、どちらが常に正しいというものではありません。重要なのは、事案の性質と会社の統治方針に照らして合理的に選択することです。
一括処理とは、既存の懲戒理由と追加事実をまとめて再評価し、最終的な処分を一度で確定させる方法です。この方法を選択すれば、紛争を一回的に解決できる可能性が高まり、後から「蒸し返された」という印象を与えにくくなります。特に、追加事実が既存事実と密接に関連し、全体として一連の行為と評価できる場合には、一括で整理した方が合理的なこともあります。
一方で、処分決定が遅れ、手続が長期化するという側面もあります。さらに、追加主張が出るたびに処分を見直す姿勢を示してしまうと、会社の意思決定が不安定になるという問題も生じます。
これに対して分割処理とは、既に決定した処分はそのまま確定させ、新たな事実は別件として独立に扱う方法です。この方法は、処分の確定性を維持できるという点で統治上の安定性があります。会社の判断が容易に覆らないというメッセージを明確にできるという意味でも、一定の合理性があります。
しかし、既存事実と実質的に一体と評価され得る内容であるにもかかわらず分割処理を行うと、「実質的には同じ問題を二度処理しているのではないか」との疑念を招き、後に紛争となる可能性もあります。
会社経営者としては、「どちらが法的に可能か」だけでなく、「どちらが自社の統治の安定に資するか」という観点で判断する必要があります。関連性、重大性、手続の進行状況、将来紛争になった場合の説明可能性などを総合的に検討し、そのうえで一貫した姿勢を示すことが重要です。
後出し申告への対応は、単なる労務対応ではなく、企業統治の在り方そのものを示す判断です。会社経営者が主体的に軸を持って決断することが求められます。
7. 二重処罰禁止との関係で注意すべきポイント
後から追加された事実に基づいて再度懲戒処分を行う場合、会社経営者として特に意識しておかなければならないのが、いわゆる二重処罰の問題です。
刑事事件のように厳格な意味での二重処罰禁止がそのまま適用されるわけではありませんが、実務上は「実質的に同じ事実について二度処分しているのではないか」と評価されれば、処分の合理性が厳しく問われます。
例えば、最初の処分で「一連のハラスメント行為」として包括的に評価していたにもかかわらず、その構成要素となる具体的行為を後から個別に取り上げて再度処分するような場合です。このようなケースでは、「既に評価済みの事実ではないか」と争われる可能性があります。
問題は形式ではなく実質です。処分通知書の書き方や事実の特定の仕方によっては、会社としては別の事実と考えていても、外形上は重複評価と受け取られることがあります。
したがって、懲戒処分を行う際には、対象となる事実を具体的に特定し、どの範囲を評価対象としているのかを明確にしておくことが極めて重要です。曖昧な記載は、将来の紛争において会社に不利に働きます。
会社経営者としては、「処分を出すこと」そのものよりも、「その処分が後に争われた場合に耐えられる構造になっているか」という視点を持つ必要があります。後出し申告への対応は、目先の問題処理ではなく、将来紛争を見据えた統治設計の問題なのです。
8. 申告の小出しを防ぐための実務対応策
後出し申告が一度にとどまらず、二度、三度と繰り返される場合、会社は事実上、終わりの見えない対応を迫られることになります。処分を決めてもなお追加主張が続けば、統治の安定性は大きく損なわれます。
会社経営者として重要なのは、その都度個別対応を繰り返すのではなく、申告の取り扱いについて一定の整理方針を明確にすることです。
例えば、今回の調査にあたり、「過去のハラスメント事実については今回すべて申告してください」と明確に伝えることが考えられます。そして、「今回申告されなかった過去の事実については、原則として今後の対象とはしない」という整理を行う方法も一案です。
もちろん、将来新たに発生した事実まで排除することはできませんし、心理的な事情などにより申告が遅れた可能性も慎重に検討する必要があります。しかし、過去分について一定の区切りを設けなければ、いつまでも問題が確定せず、会社の意思決定が不安定になります。
重要なのは、形式的に「もう受け付けない」と突き放すことではなく、「今回の調査で可能な限り出し切ってほしい」という趣旨を丁寧に説明し、整理の機会を十分に与えることです。そして、その経緯をきちんと記録に残しておくことです。
会社経営者が意識すべきなのは、場当たり的対応を続けないことです。申告のタイミングによって処理が変わる状況を放置すれば、申告自体が戦略的に利用されるおそれもあります。
統治の安定性を守るためには、申告受付の枠組みを明確にし、会社としての原則を示すことが不可欠です。それが結果として、紛争の長期化を防ぐことにつながります。
9. 会社方針・社風を踏まえた最終判断の重要性
ここまで述べてきたとおり、後から追加されるハラスメント申告への対応には、「これが唯一の正解である」と断言できる一般論はありません。事実関係の内容や関連性、申告のタイミング、社内の状況などによって、適切な対応は変わります。
だからこそ重要なのは、会社としての基本方針です。
例えば、規律を重視し、明確な線引きを行う統治スタイルを採る会社であれば、処分の確定性を重視し、追加事実は原則別件として扱う整理が合理的な場合もあるでしょう。反対に、紛争の一回的解決を優先し、全体調整型の統治を行う企業文化であれば、一定範囲で一括処理を選択することにも合理性があります。
重要なのは、その場しのぎの対応をしないことです。今回だけ特別扱いをするという判断は、次の事案でも同様の対応を求められる前例となります。判断の軸がぶれれば、社内の統治は徐々に不安定になります。
会社経営者として求められるのは、「この会社はこのように判断する」という一貫した姿勢を示すことです。法的に許容される選択肢の中から、自社の統治哲学に合致したものを選び、その理由を説明できる状態を整えることが不可欠です。
後出し申告への対応は、単なる労務問題ではありません。会社の意思決定の重みと統治の方向性を示す経営判断そのものなのです。
10. 会社経営者が負う最終責任と弁護士活用のポイント
懲戒処分の最終的な判断責任は、会社経営者にあります。社内担当者や外部専門家が助言を行うことはあっても、決定権と責任は会社経営者から離れることはありません。
処分の重さをどうするのか、追加事実を再調査するのか、分割処理とするのか、一括処理とするのか、申告の小出しをどこで整理するのか――いずれも企業統治に直結する判断です。
判断が難しい事案ほど、早期に弁護士へ相談することが重要です。ただし、「弁護士に決めてもらう」のではなく、リスクや選択肢を整理してもらい、そのうえで会社経営者として決断するという姿勢が不可欠です。
最終的に問われるのは、その時点で合理的な判断を尽くしていたかどうかです。結果がどう転ぶかではなく、判断過程の合理性が評価されます。
ハラスメント対応は感情が強く交錯する領域ですが、会社経営者に求められるのは冷静な統治判断です。迎合でも対立でもなく、合理性に基づいて決断すること。それが企業を守る会社経営者の責任であり、本質的な役割といえます。

最終更新日2026/2/14