問題社員 極端に能力が不足していてミスが多く事故などを起こして会社に損害を与える社員に対する損害賠償請求

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この記事の要点

能力不足が原因のうっかりミスでは、損害全額を社員に負担させることはほぼできない

「報償責任の原則」により、雇用によって利益を得る会社も損害の一部を負担すべきという考え方が裁判所でも採用されている

「これをやったら損害賠償〇円」という予定は、労働契約では禁止されている(労基法16条)

サインをもらっても無効。むしろブラック企業の汚名を着ることになりかねない

給与からの天引きによる回収も原則できない。全額払いの原則(労基法24条)に抵触する

天引きすると賃金未払いとして労基署から是正勧告を受けたり、裁判で返還請求されたりする可能性がある

身元保証人への請求も、本人への請求額以上は認められず、様々な事情でさらに減額される可能性がある

身元保証は保証であり、本人が負担すべき額を超えた請求はできない。さらに関与の度合い等で減額されることが多い

損害賠償に頼るのではなく、適材適所の配置と保険でリスクをヘッジすることが経営者の仕事

損害賠償を当てにするリスク管理は機能しない。能力不足が明らかなら、別の仕事への配置・退職勧奨を検討する方が根本的な解決になる

1. うっかりミスによる損害は全額請求できない——報償責任の原則

能力が極端に低い社員がミスを繰り返し、会社に損害を与えている場合、「本人に損害賠償請求したい」と考える経営者は多いはずです。しかしこの点について、正確な法律の知識を持つことが不可欠です。

まず大前提として、能力不足によるうっかりミスは過失(不注意)であり、故意(わざと)ではありません。故意による不正行為(横領など)であれば損害全額を負担させることも考えられますが、過失によるミスについては、損害全額を社員に負担させることはほぼできません。

▶ 報償責任の原則とは

「その人を雇うことで会社は利益を得ているのだから、雇っている人によって損害が生じた場合も、会社がある程度負担するのが当然」という考え方です。裁判所もこの考え方を採用しており、過失によるミスの場合、社員が負担できるのは損害額のせいぜい2〜3割、場合によっては0円という判断が出ることもあります。

重大な過失(重過失)があった場合でも、半分程度しか認められないケースが多いというのが実情です。「損害賠償請求すれば全額戻ってくる」という期待は持たないことが重要です。

2. 「損害賠償の予定」は労働契約では禁止されている(労基法16条)

「あらかじめ、これこれのミスをしたら損害賠償〇円を負担する」という内容を契約に盛り込んでおけばよいのでは、と考える経営者もいます。企業間の取引であればこうした損害賠償の予定は有効ですが、労働契約(雇用契約)においては、労働基準法16条により明確に禁止されています。

⚠ サインをもらっても無効・むしろ逆効果

本人に「ミスをしたら〇円負担する」という同意書にサインをもらっても、労基法違反として無効となります。それどころか「違法な内容を約束させるブラック企業」として社員に言いふらされたり、労基署への申告につながったりするリスクがあります。こういった内容の取り決めは絶対にしないでください。

3. 給与天引きによる回収も原則できない(労基法24条・全額払いの原則)

損害の一部について本人が負担することに合意した場合でも、給与からの天引きによる回収は原則できません。労働基準法24条は「賃金は全額を支払わなければならない」という全額払いの原則を定めています。

天引きが認められるのは、税金・社会保険料・労使協定で定めた一定の項目のみです。損害賠償分を給与から差し引いた場合、それは賃金未払いとなり、労働基準監督署から是正勧告を受けたり、裁判で返還請求が認められたりする可能性があります。

▶ 損害額を回収する現実的な方法

・本人に振込で支払ってもらう
・本人から現金で受け取り領収書を発行する
・分割払いの合意書を取り交わす
(いずれも、まず弁護士に相談してから進めることを強くお勧めします)

4. 身元保証人への請求も限界がある

「身元保証人がいるから、そちらに請求できる」と考える経営者もいます。しかし現行の民法では身元保証について極度額(上限額)の定めが必要であり、それを守って身元保証書を取っていたとしても、実際に請求できる金額には様々な制約があります。

まず、身元保証人は本人(社員)が負担すべき金額以上を負担する義務はありません。つまり本人が0〜3割しか負担できないとされた場合、身元保証人もその範囲内での負担に限られます。さらに身元保証に関する法律上の考慮要素(会社の監督の不備、本人の能力・素行、保証人の関与の程度など)によって、さらに減額されることが多いです。

⚠ 身元保証人から満額回収することは難しい

身元保証人への請求は、本人への請求以上には認められず、さらに様々な減額要素が重なります。「身元保証人がいるから安心」という考えは通じません。また裁判で権利が認められても、本人・身元保証人双方に資力がない場合は回収自体が困難です。

5. 損害賠償に頼らないリスク管理が経営者の本来の仕事

ここまで見てきたように、能力不足によるミスへの損害賠償は当てにならない部分が多いです。「問題が起きても損害賠償で取り返せばいい」という発想でのリスク管理は機能しません。

経営者として取るべきリスク管理は以下の通りです。

▶ 経営者として行うべきリスク管理

① 適材適所の配置(最大のリスク管理)
能力が明らかに不足している仕事に配置し続けることをやめる。別の仕事に配置するか、退職を促す。

② 保険でカバーする
例えばドライバーが事故を多発させるなら、充実した車両保険に加入することで損害をヘッジする。保険料が上がっても、事故ごとに損害を全額被るよりはるかに合理的。

③ 「本人の能力に依存した対応」を取らない
能力が不足していると分かっているなら、その能力に依存するような対応(損害を本人に負担させる期待)はしない。

能力が極端に不足している社員については、まず適切な教育・配置転換を試み、それでも改善しない場合は退職勧奨を検討することが、損害を最小化する最も確実な方法です。損害賠償は「問題が起きた後の後処理」に過ぎません。問題が起きないような人員配置をすることが、経営者の本来の仕事です。

6. まとめ

能力不足によるミスに対する損害賠償について、経営者が理解しておくべきポイントを整理します。

① 損害賠償を当てにしない

うっかりミスによる損害は全額請求できない(0〜3割程度が現実的)。損害賠償の予定は禁止、給与天引きも原則不可、身元保証人からも満額回収は困難。損害賠償はリスク管理の手段として機能しません。

② 適材適所の配置と保険でリスクをヘッジする

向いていない仕事に配置し続けることをやめ、別の仕事への配置転換か退職勧奨を検討する。また保険でリスクをカバーする体制を整える。これが経営者の本来のリスク管理です。

③ 損害賠償を検討する場合は必ず弁護士に相談する

それでも損害賠償請求を検討する場合は、個別事情を踏まえた専門的な判断が必要です。やり方を間違えると会社が悪者になりかねません。必ず事前に弁護士に相談してください。

よくある質問(FAQ)

Q 社員が今月だけで3回事故を起こしました。損害賠償請求はできますか?
A

法的には損害賠償請求は可能ですが、認められる金額は損害全額ではなく一部に留まります。重過失があっても半分程度、過失のみであれば0〜3割というのが現実的です。

それ以上に、事故を繰り返す社員をその仕事に配置し続けることをやめること(配置転換・退職勧奨)と、充実した保険での対応が最優先です。

Q 採用時に「ミスをしたら損害を負担する」という誓約書を書かせました。これは有効ですか?
A

無効です。労働基準法16条は「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と明確に規定しています。この誓約書は法律上無効であり、それに基づく請求もできません。また、こうした誓約書の存在が発覚すると労働基準監督署への申告につながることがあります。

Q 損害賠償について本人と合意できました。給与から差し引いて回収できますか?
A

原則できません。労働基準法24条の全額払いの原則により、給与からの天引きは法律で定められた項目(税金・社会保険料等)以外は認められません。合意したとしても、一方的な天引きは賃金未払いとして問題になることがあります。本人に振込で支払ってもらうか、現金で受け取る方法をとってください。詳細は弁護士に相談してください。

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弁護士 藤田 進太郎

監修者 弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

 

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

最終更新日 2026/04/14