Q1 協調性がない。
1 「協調性がない。」の具体的意味
「協調性がない。」という日本語は、評価的要素が強い日本語です。「協調性がない。」と「評価」する前提として、協調性がないことを基礎づける「事実」の有無・内容を確定させる必要があります。協調性がないことを基礎づける「事実」の有無・内容を確定できない状態で「協調性がない。」と評価することは、単に「何となく協調性がないような気がする。」と言っているのと変わりません。「事実」と「評価」を分けて考え、「事実に基づいた評価」をして下さい。
事実(具体的言動) → 評価(「…に値するほど協調性に欠ける。」)
協調性に乏しいことを基礎付ける具体的言動を、5W1Hを踏まえて説明できるようにしておいて下さい。いつ、どこで、誰が、何を、どのように言ったのか(したのか)について事実関係を客観的に記録し、どうしてそのようなことを言ったのか(したのか)について、本人から事情を聴取して記録して下さい。
協調性がないことを基礎づける「事実」の有無・内容を確定することができたら、次は当該事実に基づいて「評価」を行います。「協調性がない。」といっても程度問題です。通常許される個性の範囲内に収まっているのか、それとも、社員や管理職としての適格性が問われたり、企業秩序を阻害したりする程度にまで至っているものなのかを「評価」した上で、対応を決める必要があります。
周囲の社員の言うことを鵜呑みにして、裏付けを取らずに「協調性がない。」と決めつけて、処分を決めてはいけません。「上司も、同僚も、部下も、みんなが協調性がないと言っている、裁判になったら証言すると言っている」ことから、協調性がないことを基礎づける「事実」を確定せずにいきなり協調性がないと「評価」して、懲戒処分や解雇をしてしまったような事案は、「事実に基づいた評価」を行っていない失敗事例の典型です。客観的証拠と照らし合わせ、本人の言い分を聴取するなどして「事実」をよく確認してから、「事実に基づいた評価」を行って下さい。
2 注意指導
業務に必要な協調性が欠けている問題社員については、注意指導して、周囲と協調性を保つことの重要性を理解させ、協調性に欠ける言動を改めさせる努力をして下さい。
注意指導の主な目的は、
① 業務に支障を来すような協調性に欠ける言動を改めさせること
② 証拠の確保
の2つです。ポイントは、①業務に支障を来すような協調性に欠ける言動を改めさせることが一番の目的であって、②証拠の確保を一番の目的にしてはいけないということです。
確かに、注意指導したことを立証するための証拠を確保しておく必要はあります。しかし、業務に支障を来すような協調性に欠ける言動を改めさせることを第一の目的としなければ、形だけいくら注意指導しても問題社員の協調性に欠ける言動を改善させることは難しいでしょう。単に「証拠作り」をしているに過ぎないことが透けて見えれば、労働審判や訴訟においても、懲戒処分や解雇の前提として行うべき注意指導をしたと評価してもらえない可能性が高くなります。
協調性に欠ける言動が多い問題社員の態度が悪く、改善の意欲が見られないと、注意指導する側も匙を投げてしまい、辞めてもらうための証拠作りを注意指導の主な目的にしたくなるかもしれません。しかし、そのやり方ではかえって、辞めてもらうという目的を達成することを困難にしてしまいます。問題社員の協調性に欠ける言動をなくすことができるよう誠心誠意注意指導することが、結果として、問題社員の協調性に欠ける言動をなくすことや、改善しない場合の退職につながるのです。大変かもしれませんが、頑張って下さい。
注意指導の仕方のポイントは、何をどのように改めればいいのか、具体的に伝えることです。単に、「もっと協調性を持って仕事して下さい。」「どうすればいいかは、自分の頭で考えて下さい。」などと伝えたのでは、具体的に何をどのようにすればいいのか分かりませんし、注意指導に従ったのか、従わなかったかの判断もできません。具体的事案に応じて、どうしてそのような言動をしたのか質問したり、具体的にどのようにすればいいのか教えたりして、注意指導していく必要があります。
例えば、上司の指示をよく考えもせずに断る問題社員に対しては、「上司から仕事の指示を受けたら、指示された仕事をするよう努めなければなりません。指示された仕事ができない事情があるのであれば、どうしてできないのかをよく説明し、理解してもらえるよう努力して下さい。直ちに対応できない場合であっても、工夫すれば対応できるのであれば、工夫して指示された仕事ができるよう努力して下さい。」などと伝えます。そして、上司の指示を断るような状況にないのに上司の指示を断ってきた場合には、本人の言い分を聞きつつ、何をどうすればいいのか具体的に教えてあげるようにして下さい。
協調性のなさの程度が甚だしい問題社員に対する注意指導の内容は、報告書等の形で上司に報告し、記録に残しておいて下さい。報告書等の書面の形式では大げさだというのであれば、上司への電子メールでの報告でも構いません。会社経営者等、社内で報告する相手がいないような場合は、顧問弁護士にメールで報告するとよいでしょう。協調性のなさの程度が甚だしく、懲戒処分を念頭に置いているような場合は、聴取結果を事情聴取書にまとめた上で聴取内容を確認させ、署名押印させることもあります。
上司等への報告や事情聴取書は、5W1Hを意識して「事実」を記載したものを作成して下さい。何月何日の何時頃、どこで、誰が、誰に対して、何をしたのか(どのような言葉のやり取りがなされたのか)といった客観的な事実を記載する必要があります。必要に応じて、どのように話したのか、どうしてそのように話したのかといったものを付け加えてもいいかもしれません。「事実」を記載せずに、「協調性がない。」とか「反省の色が見られない。」といった評価的な表現や「次に協調性に欠けた言動をしたらいかなる処分を受けても異存ありません。」といった反省の気持ちを表明する発言の記録が中心となってしまったのでは、協調性に欠ける言動の具体的内容が明らかにならず、証拠価値が低くなってしまうことがあります。
口頭でいくら注意指導しても協調性に欠ける言動が改まらず、業務に支障を来しているような場合は、「注意書」「厳重注意書」等の書面に、
① 協調性に欠けることを示す言動の具体的内容
② 具体的にどうすればよかったのか
を5W1Hを意識して記載して交付し注意指導しましょう。①協調性に欠けることを示す言動の具体的内容と②具体的どうすればよかったのかを記載した「注意書」「厳重注意書」等の書面で注意指導することにより、本人の改善をより強く促すとともに、注意指導したことの証拠を確保することができます。協調性に欠ける言動を繰り返していて、普段は自分の非を認め謝罪の言葉を口にしていたような社員であっても、労働審判や団体交渉の席では、「会社が言うような協調性に欠ける言動をしたことはありませんし、十分な注意指導を受けたこともありません。」などと言って、懲戒処分や解雇の無効を主張するのがむしろ通常です。協調性に欠けることを示す言動の内容とどうすればよかったのかを5W1Hを意識して具体的に記載した「注意書」「厳重注意書」といった書面を交付して注意指導することにより、当該社員がどういった言動をしたのかや、上司により書面で注意指導をした事実を立証することができるようになります。
「注意書」「厳重注意書」といった書面を受け取ったことがないと言われないようにするため、受領書にサインを取った方がいいのかとか、書留郵便で郵送した方がいいのかといった質問を受けることがよくあります。確かに、万全を期すのであれば、そういった配慮が必要なこともあるでしょう。しかし、実際の事案では、「注意書」「厳重注意書」といった書面を交付したにもかかわらず、受け取っていないと言われることは、それほど多くはありません。「確かに厳重注意書を受け取りましたが、内容が事実とは異なります。」といった主張がなされることがほとんどです。したがって、ほとんどの事案では、押印済みの「注意書」「厳重注意書」といった書面の写しとPDFを取った上で、本人に「注意書」等を交付し、何月何日何時頃どこで誰が当該社員に注意書等を交付したのか、その際、どのような言葉のやり取りがなされたのかを記録し、上司や顧問弁護士にメールで報告しておけば十分です。極端な虚言癖のある社員等、特に必要性が高い場合についてのみ、「注意書」等を交付するとともにそのPDFをメール送信したり、書留郵便やレターパックで「注意書」等を郵送したりすれば足りるでしょう。
注意指導の際のやり取りを録音しておくことも考えられますが、録音されていることを意識すると、言いたいことを素直に言えなくなってしまう可能性があります。録音記録を労働審判等で証拠として使うためには、反訳(文字起こし)して文書化しなければならないため、録音記録の利用は手間がかかる面があることを意識する必要もあります。録音記録は、必要性をよく検討した上で、必要性が高いと判断された場合に利用すべきと考えます。
従来、協調性に欠ける言動を放置していた職場の場合、従来であれば容認されていた程度の協調性に欠ける言動をした社員に対し注意指導しても、なかなか受け入れられず、上司が協調性に欠ける言動を注意したところ、「パワハラだ。」などと言われることも珍しくありません。仕事の種類によって必要性に程度の差こそあれ、周囲と協調しながら仕事をすることは当然のことなのですが、協調性に欠ける言動を放置していた会社にも落ち度がありますので、直ちに懲戒処分等を行うことはお勧めできません。今後は協調性に欠ける言動を許さない旨、明確に伝えた上で、具体的にどうすればいいのか教えながら粘り強く注意指導し、それでも改善しないときに懲戒処分等を検討することをお勧めします。
協調性に欠ける言動が多い問題社員に対し電子メールを送信して改善を促しつつ注意指導した証拠を確保することも考えられますが、電子メールでの注意指導は、必ず「口頭での注意指導とセット」で行って下さい。協調性に欠ける言動が多い問題社員が、在職中であるにもかかわらず口頭での注意指導を拒絶し、電子メールでのみ注意指導等をするよう要求してくることがありますが、口頭での注意指導を怠ってはいけません。口頭でのコミュニケーションと比較して、電子メールでのコミュニケーションは、誤解が生じやすいものです。恋人や友達と喧嘩した際、電子メール、メッセンジャー、LINE等での話し合いでは埒があかなかったのに、実際に会ってしばらく話しているうちに仲直りしたという経験がある方も大勢いらっしゃるのではないかと思います。口頭での注意指導をせずに電子メールだけで注意指導した場合、注意指導の効果が上がらず、かえって「パワハラだ。」などと反発を受け、問題がこじれることはよくある話です。仮に、会って話すことができないような状況であっても、電子メールでの連絡で終わらせずに、せめて、電話で話すくらいの努力はするようにして下さい。テレビ電話機能を用いて、お互いの姿を表示しながら話し合うことができればより望ましいところです。
口頭で十分に注意指導せずに「書面」でのみ注意指導することもお勧めできません。社員の言い分を聴きながら口頭で教え諭して正しい方向に導いていく努力なしに、協調性に欠ける言動が多い社員の態度を改めさせることは困難です。口頭での注意指導が不十分なまま、書面での注意指導や懲戒処分を行った場合、単に「証拠作り」をしているだけのように見えてしまうこともあります。
3 実態どおりの評価
勤務成績の評価は、協調性に欠ける言動の程度を正確に反映したものにして下さい。実態よりも高い評価をしているような会社は、勤務成績の評価の信頼性が低く、トラブルが拡大しやすい傾向にあります。
勤務成績の評価を実態に合わせて下げて昇給を停止したり、賞与を他の社員よりも大幅に低額にしたり、懲戒処分を行ったりして紛争になった場合、どうして勤務成績の評価を下げたのか、懲戒処分を行わなければならないのかを説明できるようにしておく必要があります。従来は実態よりも高い評価がなされ、昇給幅も賞与額も他の社員とあまり変わらなかった社員が協調性に欠ける言動を繰り返すことに堪忍袋の緒が切れて勤務成績の評価を大幅に下げたような場合は、評価を大幅に下げた合理的理由を説明する難易度が高くなります。その結果、評価を大幅に下げたことがハラスメントと受け取られて紛争となったり、配置転換・降格、懲戒処分、解雇等が無効と判断されたりするリスクが高くなります。
実態よりも高い評価をした方が部下に好かれやすく、問題を先送りにできることもあり、管理職の中には、下手に厳しい評価をして部下に不満を持たれては損だ、実態よりも高い評価をしてあげる上司が良い上司だ、などと勘違いしている者も少なからず存在します。言ってみれば、会社の利益や公正な評価よりも、自分の利益を優先させているわけです。部下の良いところも悪いところもありのままによく見てあげて評価することの重要性を社内で共有しておくべきでしょう。
4 配置転換・降格
配置転換の余地があるのであれば、協調性に欠ける言動が多い社員を別の部署に配置転換してみてもいいでしょう。それほど共同作業が必要のない業務を担当することになったり、共同で仕事をするメンバーが変わることで、協調性に欠ける言動がそれほど目立たなくなることもあります。しかし、複数の配置転換先でも協調性に欠ける言動を繰り返して周囲との軋轢が生じるようであれば、本人に問題がある可能性が高いと言わざるを得ません。
管理職が協調性に欠けた言動を繰り返し、部下やプロジェクトの管理に支障を来すなど、管理職としての適格性を欠くような場合は、「人事権」を行使して、管理職から外す等の対応をするとよいでしょう。就業規則には「懲戒処分」としての降格処分が規定されていることが多いですが、多くの事案において会社にとって最も重要なのは「適材適所」の実現であって、当該管理職の処罰ではありません。懲戒処分の形式を選択する必要性が高い例外的な場合を除き、「懲戒処分」としての降格処分をするのではなく、「人事権」を行使して管理職から外す等の対応をすることをお勧めします。
5 懲戒処分
「厳重注意書」等の書面で注意指導し、配置転換や降格等で対応しても協調性に欠ける言動が改まらず、業務に支障が生じている場合は、懲戒処分を検討せざるを得ません。懲戒処分の種類を検討するにあたっては、協調性が特に必要とされる業務内容、職場環境かどうか、チームワークが重視される共同作業が多い業務内容なのか、少人数の職場なのかといった要素を考慮します。「協調性がない。」ことを理由に懲戒処分を行おうとする場合、通常は、譴責、減給といった軽い懲戒処分を行い、それでも改善しない場合に出勤停止等のより重い処分をしていくことになります。
有効に懲戒処分を行う前提として、懲戒の種類と事由を就業規則に明記し、周知(社員が見ようと思えば見られる状態にしておくこと。)させておいて下さい。就業規則が周知されていないと、業務に重大な支障が生じていても懲戒処分は無効となります。小規模な会社では、懲戒処分の相当性以前の問題として、就業規則が周知されていないというだけの理由で懲戒処分が無効と判断されることも珍しくありません。
「懲戒処分なんてしたら、職場の雰囲気が悪くなる。」などと言って、懲戒処分を行わずにいきなり辞めてもらおうとする会社経営者は珍しくありません。しかし、単に「協調性がない。」と表現したのでは足りないくらいの問題行動をした場合でない限り、懲戒処分歴のない社員を、協調性に欠ける言動を理由に有効に解雇することは困難です。協調性に欠ける言動をした社員が退職勧奨に応じて退職届を提出してくれれば、懲戒処分を行っていなくても目的は達成できるかもしれませんが、懲戒処分を行っておらず、解雇しても無効と判断されるリスクが高い事案において、社員から退職勧奨には応じないと回答されてしまったら打つ手はなく、それこそ職場の雰囲気が悪くなってしまいます。解決金を支払って辞めてもらおうにも、社員は解雇されても無効であることが分かっていて怖くないわけですから、解決金の相場は高くなることでしょう。勢い、強引な退職勧奨を行って、不法行為が成立するようなことにもなりかねません。他方、解雇が有効となる可能性がそれなりに高い場合であれば、社員の側としても無理に争って解雇が有効と判断されては困りますから、ほどほどの金額の解決金で合意退職に応じることが合理的な選択となります。したがって、退職勧奨で辞めてもらう場合であっても、懲戒処分を繰り返し行ったにもかかわらず協調性に欠ける言動が改まらなかったのでやむなく退職勧奨をして辞めてもらったという流れになるよう準備していく必要があります(懲戒処分の結果、協調性の乏しい言動が改善された場合は、当面は勤務を継続させて様子を見ることになります。)。職場の雰囲気が悪くなることを恐れて、懲戒処分をせずにいきなり辞めてもらおうとすることは、協調性に欠ける言動の程度が甚だしいなどの理由から解雇が有効となる見込みが高い場合や、本人も退職する意思を表明していて条件交渉が残されているだけの場合を除き、適切ではないと考えます。
6 退職勧奨
懲戒処分を繰り返しても協調性に欠ける言動が改まらない問題社員については、退職勧奨を行って辞めてもらうことを検討すべきでしょう。
退職に当たり一定額の金銭の支払等を要求された場合は、それが過度の要求でない限り、折り合いをつけるよう交渉するのが原則です。双方折り合いがついた場合は、退職合意書を交わすなどして権利義務関係を明確にし、退職してもらいましょう。折り合いがつかない場合は、解雇するのか、懲戒処分を行うのかなどについて、検討していくことになります。
7 普通解雇・懲戒解雇(諭旨解雇・諭旨退職)等の退職の効果を伴う処分
懲戒処分を繰り返しても協調性に欠ける言動が改善せず、退職勧奨にも応じない場合は、普通解雇・懲戒解雇(諭旨解雇・諭旨退職)等の退職の効果を伴う処分を検討せざるを得ません。
懲戒解雇(諭旨解雇・諭旨退職)等の懲戒処分を行う場合には、懲戒の種類と事由が記載された就業規則が周知されていることが前提として必要です。就業規則が周知されていないと「門前払い」となり、懲戒解雇等の懲戒処分を有効に行うことはできません。就業規則が周知されておらず懲戒解雇等の懲戒処分ができない場合は、普通解雇で対処することになります。諭旨退職処分をした場合は、退職願が提出されていたとしても、合意退職扱いとはされず、懲戒処分としての諭旨退職処分の有効性が問題となることにも注意して下さい。
普通解雇や懲戒解雇等の退職の効果を伴う処分を行う場合は、職場から排除しなければならないほど協調性に欠ける言動の程度が甚だしく、業務に重大な支障が生じていることを証拠により立証できるようにしておく必要があります。立証に必要な客観的証拠がそろっているのか、十分に検討してから普通解雇や懲戒解雇等に踏み切って下さい。
私は、単に「協調性がない。」としか表現できない事案で、普通解雇・懲戒解雇(諭旨解雇・諭旨退職)等の退職の効果を伴う処分ができる事案は多くないと考えています。普通解雇や懲戒解雇等に値するほど協調性のなさの程度が甚だしい事案であれば、通常は、より具体的な普通解雇事由、懲戒解雇事由が存在するように思います。
弁護士法人四谷麹町法律事務所
代表弁護士 藤田 進太郎