問題社員193 メンタルを理由に日常業務を引き受けたり断ったりする。
動画解説
目次
「本当に業務ができない状態か」を医学的に確認することが出発点です。確認なしに言いなりになることも強制することも、どちらも大きなリスクをはらんでいます。
メンタルの病気を理由に、日常業務を引き受けたり断ったりする社員への対応は、経営者にとって最も判断が難しい問題の一つです。診断書・産業医面談・主治医への確認を通じて医学的な状況を把握した上で、状況に応じた個別の対応を取ることが求められます。
■ まず「本当に業務ができない状態か」を医学的に確認する
診断書の取得・産業医面談・主治医への意見確認を通じて、業務拒否がメンタル疾患の症状によるものかどうかを確認することが最初のステップです。確認なしに「信じる」「信じない」のどちらの判断も危険です。
■ 口実の可能性が高い場合:業務命令を出し、注意指導・懲戒処分へ
医学的に業務可能と判断できる場合は、通常の業務命令を出し、従わない場合は注意指導・懲戒処分という対応が可能です。具体的な事実の記録と医学的な意見の確認が前提となります。
■ 本当に業務困難な時間帯がある場合:安全配慮義務の観点から休養を優先
医学的に業務が困難と判断される場合、安全配慮義務の観点から休養を優先する必要があります。本人が「働きたい」と言っても、体調悪化のリスクがある場合は強制的に休ませることが経営者としての責任です。
1. この問題の難しさ:「本当に病気か口実か」という二項対立を超えて
メンタルを理由とした業務拒否が生じる背景
メンタルの病気を理由に、ある日常業務は引き受けるが別の業務は断る、昨日はできたのに今日はできないという状況は、周囲の社員に大きな混乱と負担をもたらします。こうした社員を抱える経営者からは、「本当に病気なのか、それとも嫌いな仕事を断る口実に過ぎないのか」という相談を多く受けます。
しかし、この問題を「本当か口実か」という二項対立で単純に割り切って対応することは、どちらの方向でも大きなリスクをはらんでいます。「本当だろう」と判断して言いなりになることにも、「口実だろう」と判断して強引に業務させることにも、それぞれ法的・人道的なリスクが存在します。
言いなりになることの問題点:安全配慮義務違反と周囲への負担
「メンタルの病気だから」という理由で、本人が断ったすべての業務を免除し、言いなりになってしまう経営者は少なくありません。しかし、弁護士として相談を受ける中で実感するのは、こうした対応が後になって大きな問題を引き起こすことがあるという点です。
特定の業務しかできない状態で出社を継続させることで、本人の体調がさらに悪化するケースがあります。「辛い状態なのに働かされた、体調が悪化した」という内容証明書が届くケースを実際に多く見てきました。また、言いなりの状態が続くと、職場の他の社員への業務負担が継続的に増加し、別の問題が生じます。
強引に業務をさせることの問題点:安全配慮義務違反のリスク
一方、「口実に違いない」と判断して医学的な確認もせずに業務を強制することも危険です。本当に症状があるにもかかわらず業務を強制することは、安全配慮義務違反に問われるリスクがあります。また、症状の悪化を招いた場合、会社の損害賠償責任が生じる可能性があります。
⚠ 実務でよく見られるパターン(弁護士対応事例より)
こうした問題をめぐる経営者からのご相談でよく聞かれるのは、次のようなパターンです。
・「メンタルを理由に断られるたびに業務を免除し続けていたところ、本人の体調がさらに悪化して長期休職になり、安全配慮義務違反を問われた」
・「口実だと判断して業務を強制したところ、主治医の診断書を持ち出されてパワーハラスメントと主張され、労働審判になった」
・「周囲の社員への配慮のため何も対応しなかったところ、周囲の社員が次々と退職してしまった」
いずれも、医学的確認と個別対応の欠如が問題を複雑にしたケースです。早期の医学的確認と対応方針の設計が重要です。
2. 最初のステップ:診断書・産業医・主治医を通じた医学的確認
診断書の取得が出発点
メンタルを理由とした業務拒否への対応の出発点は、診断書の取得です。「何の病気なのか」「その病気の症状として、特定の業務ができなくなることはあるか」という点を、まず診断書から確認します。診断書の記載内容から、業務拒否が本当にメンタル疾患の症状によるものかどうかをある程度判断できる場合もありますが、記載だけでは判断が難しい場合は、さらに踏み込んだ確認が必要です。
産業医面談の活用
産業医がいる会社であれば、産業医面談を積極的に活用することが有効です。「断った業務の内容」「気分が沈んでいる時の頻度・長さ」「実際の職場での状況」などの情報を産業医に提供した上で、「この病気の症状として、この程度の業務ができなくなることはあり得るか」という意見を求めます。産業医は会社と労働者の両方の立場から客観的な意見を述べることができ、こうした判断において重要な役割を果たします。
主治医への確認
産業医がいない会社の場合は、本人の同意を得た上で主治医への直接確認という方法も選択肢となります。「この程度の業務が病気の症状としてできなくなることはあり得るか」という具体的な質問への回答を求めることで、業務拒否の医学的な妥当性を判断する材料が得られます。主治医が「その程度の業務は問題ない」という見解であれば、業務拒否が口実である可能性が高いと判断できます。
産業医面談の設定方法・診断書の読み方・主治医への確認の手順について、早い段階でのご相談をお勧めします。対応の方向性を間違える前に方針を固めることが重要です。→ 経営労働相談はこちら
3. 口実の可能性が高い場合の対応:業務命令と注意指導・懲戒処分
医学的根拠がないと判断できる場合の対応
診断書・産業医の意見・主治医の見解を踏まえた結果、「その程度の業務は病気の症状として困難になることはない」と判断できる場合、業務拒否は口実である可能性が高いといえます。この場合、通常の業務命令を出し、業務を行うよう明確に指示します。断った場合は具体的な事実(いつ・どの業務を・どのような理由で断ったか)を記録した上で、会議室での面談による注意指導を行います。
この際、「医師の意見によればこの程度の業務は問題ない」という点を明確に伝えることが重要です。曖昧な指導ではなく、具体的な事実と医学的な根拠に基づいた指導が、後のトラブル防止においても重要です。
改善しない場合は懲戒処分も選択肢
明確な業務命令を出し、具体的な注意指導を行っても改善しない場合は、懲戒処分という対応も選択肢となります。ただし、懲戒処分の前提として「本当に業務ができない状態ではない」という医学的な確認が十分になされていることが不可欠です。この確認が不十分な状態での懲戒処分は、安全配慮義務違反や不当な懲戒処分として問題となるリスクがあります。
✕ よくある経営者の誤解
「診断書があれば、断った業務はすべて免除しなければならない」→ 誤りです。
診断書の存在だけで業務免除が義務付けられるわけではありません。診断書の内容・産業医の意見を踏まえて、医学的に困難と判断される業務のみを配慮の対象とすることが適切です。
「メンタルの病気を抱える社員に対する業務命令はすべてパワーハラスメントになる」→ 誤りです。
医学的に業務可能と判断できる場合に業務命令を出すことは適法です。ただし判断の前提として産業医・主治医の確認が必要です。確認なしの強制はリスクがあります。
4. 本当に業務困難な時間帯がある場合の対応:安全配慮義務を果たす
安全配慮義務の観点から休養を優先する
医学的な確認の結果、本当に特定の時間帯や状況において業務遂行が困難であると判断できる場合、安全配慮義務の観点から休養を優先する必要があります。体調悪化のリスクが医学的に示されている場合、本人が「働きたい」と言っても、強制的に休ませることが経営者としての責任です。弁護士として相談を受ける中で、「体調が悪いのに働かされた、悪化した」という主張による紛争を多く見てきましたが、こうした問題は安全配慮義務を果たすことで防ぐことができます。
軽減業務への配置という選択肢
体調不良の状態が一時的なものと見込まれ、かつ軽微な業務であれば対応できる状態の場合、一時的に負担の軽い業務に就かせるという対応も選択肢です。ただし、この判断も個別の状況・医学的な意見を踏まえた上で行う必要があります。「一般論でバサッと決める」のではなく、その人の具体的な病状・業務の内容・職場の状況を総合的に考慮することが重要です。
強制的な休養命令・休職命令が必要な場合は必ず弁護士へ
業務ができない状態の程度・期間・頻度が著しく、労働契約で予定されている水準の労務提供が長期間にわたってできていないと評価される場合には、強制的に休養させる(欠勤扱い・休職命令)という対応が選択肢となります。この判断と対応は難易度が高く、自力での判断は非常に危険です。必ず弁護士のコンサルティングを受けながら進めることをお勧めします。
休職命令の発令・欠勤扱いの手順・安全配慮義務の観点からの対応について、個別の状況に応じたご相談をお受けしています。強い手段を取る前の段階でのご相談をお勧めします。→ 経営労働相談はこちら
5. 周囲の社員への負担という視点:経営者として守るべき職場全体
日常業務の不安定な遂行は周囲に大きな負担をかける
メンタルを理由として日常業務を引き受けたり断ったりする状態が続くことは、周囲の社員にとって大きな負担となります。「昨日は頼んだらやってくれたのに、今日は断られた」という状態が日常的に続くと、周囲の社員は業務の計画を立てることができず、その都度対応を迫られます。特定の社員のメンタル状態に周囲が振り回される状況が長期化すると、周囲の社員のモチベーション・メンタルヘルス・職場への信頼感に深刻な影響が生じます。
周囲への負担と本人への配慮のバランスを取る
周囲の社員への過度な負担を防ぐためにも、メンタル疾患を抱える社員の業務範囲と業務量を、医学的な意見を踏まえて明確に設定することが重要です。「できる業務・できない業務」が不明確なまま放置すると、周囲がいつ何を依頼してよいか分からない状態が続きます。労働契約で予定されている水準の労務提供が長期間にわたってできていないと評価される状況では、強制的な休養・休職という対応を取り、周囲の社員への負担を軽減することも、経営者としての重要な判断です。
6. まとめ:経営者が取るべき対応の全体像
医学的確認を出発点に、個別状況に応じた対応を
メンタルを理由に日常業務を引き受けたり断ったりする社員への対応の核心は、「本当に業務ができない状態か」を診断書・産業医・主治医を通じて医学的に確認することです。この確認なしに「言いなりになる」「強制する」のどちらの対応も、後のトラブルの原因となります。医学的な確認の結果に基づき、口実の可能性が高ければ業務命令と注意指導、本当に業務困難な場合は安全配慮義務に基づく休養優先、周囲への負担が著しい場合は強制的な休職命令という、状況に応じた対応を個別に判断することが求められます。
強い手段を取る場合は必ず弁護士へ
特に強制的な休養命令・欠勤扱い・休職命令・懲戒処分など、強い対応を取る場合は必ず弁護士のコンサルティングを受けながら進めることをお勧めします。判断を誤ると安全配慮義務違反・不当懲戒・労働審判などの深刻なトラブルに発展するリスクがあります。メンタルを理由とした業務拒否についてお困りの会社経営者の方は、早めにご相談ください。

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
最終更新日 2026/04/05
