問題社員149 メンタルが極端に弱い社員。
目次
動画解説
1. 「メンタルが弱い」という評価だけで判断してはいけない理由
「注意するとすぐ落ち込む」「少し強めに言うと体調を崩す」「一般的な指導でもパワハラだと主張する」――こうした言動が続くと、会社経営者としては「メンタルが極端に弱い社員だ」という評価に傾きがちです。
しかし、評価だけで判断を進めることは極めて危険です。経営判断も、法的判断も、最終的には具体的事実に基づいて行われます。「社内の共通認識」「なんとなくそう思う」といった抽象的評価は、紛争の場では意味を持ちません。
まず確認すべきは、いつ、どこで、誰が、どのような言動をし、その結果どのような反応があったのかという具体的事実です。同じ「注意」でも、その言い方や状況によって受け止め方は大きく異なります。会社側の対応に改善余地があるのか、それとも当該社員の反応が通常の範囲を超えているのかを、冷静に切り分けなければなりません。
さらに重要なのは、「弱い」というレッテルが先に固定されてしまうと、その後の出来事がすべてその前提で解釈されてしまう点です。本来は個別に検討すべき事象まで、「やはり弱いからだ」と短絡的に結論づけてしまう危険があります。
会社経営者として求められるのは、感覚的な評価ではなく、具体的エピソードの積み重ねに基づく分析です。この作業を怠ると、誤った配置判断や不適切な対応につながり、後に大きな法的リスクを抱えることになります。
まずは評価をいったん脇に置き、事実を丹念に整理すること。そこからすべてが始まります。
2. 事実確認を怠った場合に生じる法的リスク
「誰が見てもメンタルが弱い」「社内では有名だ」――このような状況であっても、具体的事実の裏付けがなければ、会社の判断は極めて脆弱です。
仮に配置転換や評価引下げ、さらには退職勧奨に進んだ場合、後に紛争となれば必ず問われるのは、「どのような事実に基づいてその判断をしたのか」という点です。抽象的な評価や印象論では、合理性を基礎づけることはできません。
特に問題となるのは、安全配慮義務違反やパワハラ主張がなされた場合です。会社側が「通常の指導だった」と主張しても、その具体的内容が整理されていなければ、防御は困難になります。逆に、具体的な指導内容や経緯を記録していれば、不当な主張に対しても冷静に反論できます。
また、事実確認をしないまま「本人の資質の問題」と決めつけると、本来は会社側に改善余地があったケースを見落とす可能性もあります。その結果、本来防げたはずの体調悪化や休職を招くことになれば、経営責任はより重くなります。
重要なのは、評価と事実を明確に区別することです。「弱い」という言葉は評価にすぎません。経営判断の根拠となるのは、具体的な言動、具体的な反応、具体的な経過です。
会社経営者としては、将来の紛争を想定し、第三者に説明できるレベルまで事実を整理する姿勢を持つべきです。それが結果として、過剰対応も過少対応も防ぐ最善の手段となります。
3. 性格の問題か、業務適性の問題かの見極め方
事実を整理したうえで次に検討すべきは、それが「性格の問題」なのか、それとも業務適性の問題なのかという点です。この切り分けを誤ると、対応は的外れになります。
例えば、他の社員であれば問題なくこなしている業務で、特定の社員だけが強いストレス反応を示している場合、その業務が当該社員に適していない可能性があります。プレッシャーの強い折衝業務、即断即決を求められるポジション、ミスが許されない緊張度の高い業務などは、向き不向きが顕著に出ます。
一方で、業務内容にかかわらず、どの部署でも同様のトラブルが生じているのであれば、性格傾向や対人関係スキルの問題が影響している可能性も否定できません。ここは感情ではなく、配置履歴・業務内容・反応の一貫性を冷静に検証することが重要です。
実務上、「わざと騒いでいる」「会社に嫌がらせをしている」というケースは多くありません。むしろ、本人も本気で苦しみ、適応できない状態に陥っていることが大半です。だからこそ、叱責や精神論では解決しません。
仮に業務適性の問題であれば、配置転換や業務内容の見直しが現実的な選択肢になります。逆に、どの業務でも同様の状態が続くのであれば、会社として受け入れ可能な範囲なのかを改めて検討する必要があります。
会社経営者が目指すべきは、「この社員は弱い」という結論ではなく、どの環境であれば能力を発揮できるのか、あるいは当社では難しいのかという構造的な判断です。ここを見極めることが、次の経営判断の土台となります。
4. 安全配慮義務と会社経営者の責任範囲
当該社員が強いストレス反応を示していることを会社経営者が認識している場合、必ず検討しなければならないのが安全配慮義務です。
安全配慮義務とは、社員が業務により生命・身体・健康を害することがないよう、必要な配慮を行う義務をいいます。ここで重要なのは、「一般的に危険かどうか」ではなく、その社員にとって予見可能な危険があったかどうかが問題になる点です。
例えば、100人中99人が問題なく遂行できる業務であっても、特定の社員が繰り返し強いストレス反応を示し、体調悪化の兆候が見られている場合、そのまま同一業務を継続させれば、悪化の結果を予見できたと評価される可能性があります。
会社経営者の立場からすれば、「そこまで特別扱いできない」「他の社員との公平性はどうするのか」という葛藤もあるでしょう。しかし、法的責任の観点では、平均値ではなく具体的個人に対する配慮の有無が問われます。
もちろん、会社が無制限に配慮義務を負うわけではありません。経営上著しい負担を伴う措置まで常に求められるものではありません。しかし、業務内容の調整や配置の検討といった合理的に可能な範囲の対応を一切行わないまま放置することは、後に重大なリスクとなり得ます。
重要なのは、「どこまで配慮すれば足りるのか」を感覚で決めないことです。これまでの経過、業務内容、医師の意見の有無、他部署の状況などを踏まえ、客観的に説明可能な対応を積み重ねることが、会社経営者に求められる姿勢です。
5. 配置転換・業務軽減はどこまで認められるか
当該社員に業務適性の問題が認められ、安全配慮義務の観点からも何らかの対応が必要と判断される場合、現実的な選択肢となるのが配置転換や業務内容の調整です。
もっとも、会社経営者としては「どこまで配慮すればよいのか」「他の社員との公平性はどうなるのか」という悩みが生じます。すべてを当該社員に合わせるわけにはいきませんし、本来予定していた役割を大きく逸脱する対応は、組織全体に影響します。
法的に見れば、配置転換は原則として会社の人事権の範囲内ですが、合理性が求められます。同様に、業務軽減も「可能な範囲」であれば検討対象になりますが、経営に重大な支障を及ぼすまでの措置を常に義務づけられるわけではありません。
例えば、同一社内に比較的負荷の軽い業務が存在し、組織運営上も大きな問題がないのであれば、配置転換は有力な選択肢となります。一方で、企業規模や業種によっては、そもそも代替業務が存在しない場合もあります。その場合まで無理に仕事を創出する義務があるわけではありません。
重要なのは、「検討した形跡」を残すことです。何も検討せずに「無理だ」と結論づけるのではなく、代替業務の有無、組織への影響、他社員とのバランスを検討した上で判断することが、後の説明可能性を高めます。
配置転換や業務軽減は、甘やかしでも特別扱いでもありません。合理的配慮の一環としてどこまで可能かを見極める経営判断です。その限界を超える場合には、次の選択肢を検討せざるを得ないことになります。
6. 私傷病休職制度の活用と復職判断の実務
当該社員が実際に体調を崩し、欠勤が続く場合には、私傷病休職制度の活用が現実的な対応となります。就業規則に基づき、一定期間は雇用関係を維持しつつ療養に専念させる制度です。
ここで重要なのは、感情的に「もう無理だ」と判断するのではなく、制度に則って粛々と進めることです。欠勤期間、診断書の内容、復職見込みの有無などを整理し、規程に従って手続を行うことが、後の紛争予防につながります。
また、復職判断は極めて慎重に行う必要があります。単に「本人が戻りたいと言っている」というだけでは足りません。従前業務を遂行できる状態に回復しているかが基本的な判断基準になります。必要に応じて医師の意見を確認し、段階的復帰や業務内容の調整を検討することもあります。
一方で、休職期間満了時点で回復が見込めない場合、規程に基づく自然退職や解雇が問題となることもあります。この局面では、手続や判断基準を誤ると、解雇無効等の紛争に発展するリスクが高まります。
会社経営者としては、「かわいそうだから延長する」「もう限界だから即終了」といった極端な判断ではなく、就業規則と医学的状況に基づく客観的判断を徹底することが重要です。制度を適切に運用すること自体が、安全配慮義務を尽くした証拠にもなります。
7. 退職を選択肢とする場合の適切な進め方
配置転換も困難、休職期間を経ても十分な回復が見込めない――そのような場合、最終的に退職という選択肢を検討せざるを得ないことがあります。
ここで重要なのは、「排除」ではなく、「適合の問題」として整理することです。当社の業務内容や組織体制との適合性の問題であって、人格否定ではありません。この視点を持たなければ、話し合いは対立的になりやすくなります。
実務上は、まずは丁寧な説明を尽くし、合意退職の可能性を探ることが基本です。これまでの経過、会社として講じてきた措置、今後の見通しを整理し、客観的な事実に基づいて対話することが不可欠です。感情的な発言や威圧的態度は、後に不当な退職強要と評価されるリスクがあります。
一方で、当該社員が自ら退職を希望する場合もあります。その際、過度に引き止めることは適切ではありません。体調悪化が予見される状況で無理に継続させることは、安全配慮義務の観点からも問題を生じ得ます。
もちろん、解雇という選択肢を検討せざるを得ない場合もありますが、そのハードルは高く、手続・理由の相当性が厳しく問われます。安易に踏み込むべき領域ではありません。
会社経営者として大切なのは、「辞めさせる」ことを目的化しないことです。当社での就労継続が本人にとっても合理的かどうかを冷静に見極め、その結論として退職が最適解であるならば、適切な手続で進めるという姿勢が求められます。
8. 退職妨害と評価されないための注意点
当該社員が「もう続けられない」「退職したい」と申し出た場合、会社経営者としては人手不足や業務への影響を考え、引き止めたくなることもあるでしょう。しかし、対応を誤ると退職妨害と評価されるリスクがあります。
退職の自由は原則として保障されています。にもかかわらず、過度な慰留、威圧的な説得、損害賠償を示唆する発言、退職届の受理拒否などを行えば、後に紛争の火種になります。近時は外部の退職支援サービスを利用するケースも増えており、企業対応が可視化されやすい環境にあります。
特に、既に体調不良が顕在化している社員に対し、「人手が足りないから困る」「ここで辞めるのは無責任だ」と心理的圧力をかけ続けることは危険です。安全配慮義務との関係でも、慎重な対応が求められます。
一方で、会社経営者として必要な説明まで控える必要はありません。業務引継ぎの方法、最終出社日、機密保持義務など、合理的範囲での確認や協議は当然可能です。問題は、その態様が強制や威迫と受け取られるかどうかにあります。
重要なのは、記録を残し、冷静に対応することです。感情的なやり取りを避け、事実と手続に基づいて進める姿勢が、会社を守ります。
退職局面は、組織にとっても本人にとっても大きな転機です。会社経営者としては、短期的な人員確保よりも、法的リスクと企業としての信頼維持を優先する視点を持つことが求められます。
9. 人手不足時代における業務設計の見直し
「メンタルが弱い社員が続かない」「採用してもすぐ辞めてしまう」――この状況が繰り返されている場合、個人の問題だけでなく、業務設計そのものを見直す必要があります。
会社経営者としては、「当社のやり方で耐えられる人材を採用したい」と考えるのが自然です。しかし、現実にそのような人材が十分に確保できないのであれば、ないものねだりを続けても解決にはなりません。
重要なのは、採用基準を単純に下げることではありません。今の高負荷な業務設計のまま採用のハードルだけを下げれば、結果は同じです。早期離職や体調不良が繰り返されるだけです。
検討すべきは、メンタルの強さに過度に依存しない業務の仕組みづくりです。業務分解、役割の細分化、マニュアル整備、相談ルートの明確化など、構造的な改善によって負荷を下げる方法はあります。
もちろん、業種や企業規模によっては簡単ではありません。既存の成功モデルを変えることには抵抗もあるでしょう。しかし、慢性的な人手不足が続く中で、従来型の「耐えられる人材だけを求める」発想には限界があります。
会社経営者として問われるのは、理想の人材像を追い続けるのか、それとも現実の労働市場に適応した組織設計へ舵を切るのかという判断です。この視点を持たなければ、同じ問題は何度でも繰り返されます。
10. 難しい局面で会社経営者が専門家を活用すべき理由
メンタルが極端に弱い社員への対応は、単なる個別トラブルではありません。安全配慮義務、配置転換、人事評価、休職制度、退職対応、さらには人手不足という経営課題まで絡み合う、極めて複合的な問題です。
会社経営者が一人で判断を重ねていくと、どうしても感情や経験則に引きずられがちになります。「ここまで配慮したのだから十分だろう」「もう限界だ」といった主観的判断は、後に紛争となった場合に通用しないことがあります。
専門家を活用する意義は、判断を代わってもらうことではありません。事実の整理方法、記録の残し方、就業規則との整合性、解雇や退職勧奨のリスク水準などを、客観的に可視化することにあります。これにより、経営判断の精度が高まります。
特に、解雇や退職を検討する段階、あるいは安全配慮義務違反を主張される可能性がある段階では、初動を誤ると修正が困難です。早期に法的観点を踏まえた整理を行うことで、不要な紛争を回避できる可能性が高まります。
メンタル不調の問題は、本人の資質だけでなく、業務設計や組織体制とも密接に関連します。だからこそ、経営全体を見渡した助言が不可欠です。
難しい局面でこそ、会社経営者は孤立してはなりません。当事務所では、会社側の立場から、実務と法的リスクの両面を踏まえた助言を行っています。重大な判断を迫られる前に、ぜひ一度ご相談ください。

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
よくある質問(FAQ)
Q:メンタルが弱い社員への配慮は、他の社員との公平性に欠けませんか? A:公平性は重要ですが、法的には「個別の健康状態に応じた配慮」が優先されます。可能な範囲での業務調整を行うことが、会社を守る結果につながります。
Q:適性がないと判断してすぐに辞めてもらうことはできますか? A:即断は危険です。まずは事実を記録し、配置転換を検討するなど「会社としてできる限りの措置を講じた」というプロセスを残す必要があります。
Q:体調不良による退職希望は、すぐに受理すべきですか? A:本人が限界を感じている場合、無理な慰留は健康被害を拡大させる恐れがあります。速やかに退職手続きを進めるのがリスク管理上の正解です。
最終更新日2026/3/8

