問題社員289 横領・不正受給した社員を退職勧奨する場合の注意点

動画解説

この記事の要点

「解雇できるか否か」で退職勧奨の進め方が大きく変わる——解雇できる場合はシンプルな対応でよく、できない/微妙な場合は工夫が必要

解雇できれば本人が拒否しても解雇すればよいため退職勧奨で妥協する必要が少ない。解雇が難しい場合は退職してもらうための工夫(理由の丁寧な説明・条件提示)が必要になる

退職勧奨の場での発言はスマートフォンで録音されていることを前提にする——「録音されても問題ない言い方」で話すことが必須

10年前は専用録音機が必要だったが、今はスマートフォンで簡単に高音質録音ができる。社長・部長の発言が録音されて証拠になることを前提に言葉を選ぶ

「懲戒解雇になるぞ」とちらつかせる退職勧奨は危険——解雇できない/微妙な事案でこれをやると脅迫・強制と評価されリスクが高まる

「解雇できる」から「退職した方がいいですよ」と言うのは合法。しかし「解雇できない」のに「解雇になりますよ」と言うのは虚偽の告知として問題になりうる

退職勧奨の成功率を上げる2つのポイントは「退職すべき理由の丁寧な説明」と「退職条件の提示」

なぜ退職しなければならないのかを具体的事実に基づいて丁寧に説明すること、そして相手が退職に合意するインセンティブとして退職条件(出社不要・退職金配慮等)を提示することが有効

1. 横領・不正受給した社員を退職勧奨する前提——「解雇できるか否か」の判断が最重要

会社経営者の皆様、こんにちは。弁護士法人四谷麹町法律事務所の代表弁護士、藤田進太郎です。

横領・不正受給をした社員に退職してもらいたいという状況では、まず懲戒解雇(または普通解雇)ができる状態なのかどうかを判断することが最も重要なステップです。なぜなら、解雇できるか否かで退職勧奨の進め方が根本的に変わるからです。

解雇できるか否かで変わること

状況 退職勧奨の性質と対応
解雇できる場合 退職勧奨で断られても解雇すればよい→比較的シンプルな対応でよく、高い条件を提示する必要もない
解雇が難しい/微妙な場合 断られたら困る→退職してもらうための工夫が必要。退職理由の丁寧な説明・退職条件の提示などが必要になる

なお、解雇できるかどうかは個別の事情によって判断が異なります。特に横領・着服と手当の不正受給では解雇の有効性の判断基準が異なります(詳しくは別記事参照)。まず弁護士に相談して解雇の可否を判断してもらうことをお勧めします。

2. 解雇できる場合の退職勧奨——シンプルな対応でよい

解雇できる状況にある場合(例えば横領の態様が悪質で懲戒解雇が有効になる確率が高い場合)は、退職勧奨の対応は比較的シンプルです。

解雇できる場合の退職勧奨の進め方

  1. 「あなたはこういうひどいことをやりましたね」と事実をしっかり確認する
  2. 「このような状況では解雇できる。でも、まず退職という選択肢はどうか」と話す
  3. 必要に応じて、退職した場合の一定の配慮(退職金の扱い等)を伝える
  4. 本人が断った場合でも有効に解雇できるため、特に高い条件を提示する必要はない

解雇できる状況であれば、退職勧奨で高い条件を提示したり、過度に妥協する必要はありません。たとえ本人が断っても解雇という選択肢がありますので、「普通に話して退職を勧める」という進め方で十分です。

ただし、解雇できる事案であっても訴えられて1〜2年争うという手間・コストは発生します。それが覚悟できるかどうかも含めて判断してください。また、退職合意になった場合でも退職届・退職合意書の取得、退職承諾の明示は必ず行ってください。

「出社不要」の提案が有効なケースがある

横領等をやってしまった方を職場に出社させ続けることに不安がある場合は、「退職日まで出社しなくても給与を保証する」という条件を提示することも選択肢の一つです。出社が困難な状況でもあり(周りの目が気になる・本人も辛い)、相手方にとっても現実的なメリットがある条件です。ただしコンプライアンス上の問題等も考慮して判断してください。

3. 解雇が難しい・微妙な場合の退職勧奨——工夫が必要

問題は「解雇が難しい・微妙なケース」での退職勧奨です。これが最も注意が必要な場面です。

例えば、通勤手当の不正受給で金額も比較的小さく、懲戒解雇の有効性が微妙なケースがあります。会社としては「もう一緒に働けない」という状況でも、解雇が有効になる確率が低い場合は、退職勧奨で何とかやめてもらうしかありません。

解雇が難しいのに「やめてもらう」という状況の難しさ:本人が退職を拒否した場合、解雇もできなければ会社にいてもらい続けるしかなくなります。しかもお金を不正に取ったような方が職場に残ると、周りの士気に大きな悪影響を与えます。だからこそ退職勧奨を上手に行う必要があります。

このような場合の退職勧奨には2つの重要なポイントがあります。

4. 退職勧奨成功のポイント① 退職すべき理由を具体的事実に基づいて丁寧に説明する

退職勧奨の場で「なぜ自分はやめなければならないのか」という疑問に、具体的事実に基づいて丁寧に答えることが重要です。

「横領したんだからやめるのは当たり前だろう」と思うかもしれません。しかし実際には、本人は「何円取ったかよく覚えていない」「そんなにひどいことをしたとは思っていない」という認識でいることもあります。

❌ 説明が不十分な退職勧奨

「あなたが悪いことをしたのは分かっているはずだから、やめてください」——何をどのようにやったかを具体的に示さないと、相手は「なぜやめなければならないのか」を納得できない

✓ 効果的な退職勧奨での説明

  • 不正に取得したお金の金額一覧表を示して「こういう事実がある」と具体的に示す
  • 「この行為がなぜ問題なのか」——会社への損害・他の社員への影響・信頼関係の毀損を具体的に伝える
  • 「周りの社員の納得感が得られない」「担当できる仕事がなくなった」という現実的な理由も説明する
  • 評価的な言葉(「最低だ」「裏切り者だ」等)は抑えて、事実を淡々と伝えることを中心にする

具体的事実に基づいた説明は、相手に「自分のやったことの深刻さ」を認識させる効果があります。また、「会社側が証拠をしっかり把握している」という認識を与えることで、退職に応じやすい心理状態を作ることができます。

5. 退職勧奨成功のポイント② 退職条件を提示する——なぜ問題社員に条件が必要なのか

「悪いことをした社員に、なぜ退職条件を提示しなければならないのか」と感じる経営者もいます。しかし解雇が難しい事案においては、退職してもらうために一定の条件提示が合理的な場合があります。

退職条件提示が合理的な理由

  • 解雇できないとすると、在籍する限り毎月給与を払い続けなければならない
  • 「担当させられる仕事がない」「周りの社員が納得しない」という現実がある
  • 一定の条件を提示しても、在籍が続いた場合の長期的コストに比べれば少ない場合が多い
  • 退職合意によって清算条項(互いに一切の請求を行わないという条項)を設けることができる

退職条件の具体例としては、退職金の扱いへの一定の配慮、退職日までの出社不要(給与は支払う)、退職届出日から実際の退職日までの有給消化などがあります。もちろん金銭の返還は前提として条件に盛り込みます。

条件を提示することは「悪いことをした人を優遇している」のではなく、「会社の長期的な利益のために合理的な解決を図っている」という判断です。コストと効果を比較して判断してください。

6. 最大の注意点——スマートフォン録音を前提に話す

退職勧奨の場面での最大の注意点は、「退職勧奨での会話がスマートフォンで録音されていることを前提に話す」ことです。

10年以上前は録音するために専用の小型録音機が必要でした。録音機を職場に持ち込んでいれば「なぜそれを持っているのか」と指摘することもできました。しかし現在は状況が全く変わっています。

現在の録音の実態

  • スマートフォンのアプリを使えば、高音質の録音が非常に簡単にできる
  • ほとんどの職場でスマートフォンを持ち込むこと自体は許可されている
  • スマートフォンを持っていること自体は不審でも何でもない
  • ポケットやバッグの中に入れたまま録音できる——気づかれずに録音されている可能性が高い

退職勧奨の場でも、ほぼ確実にスマートフォンで録音されていると思って話してください。これは心構えとして非常に重要です。

「録音されても問題ない言い方」とは

  • 裁判官・社長(上司の場合)に聞かれても問題ない内容・言葉遣いで話す
  • 感情的な言葉(「最低だ」「ひどい人間だ」等の人格否定)を避ける
  • 虚偽の事実(「懲戒解雇になる」という事実に基づかない脅し等)を言わない
  • 長時間・執拗に退職を迫る対応を避ける
  • 事実に基づいて淡々と説明し、退職を「お勧め」する形を保つ

7. 「懲戒解雇になるぞ」をちらつかせる退職勧奨の危険性

退職勧奨でよくあるトラブルの一つが、「懲戒解雇になりますよ」と伝えながら退職を迫るケースです。これが問題になるかどうかは状況によって大きく異なります。

「懲戒解雇」を示唆する場合の合法・違法の境界線

状況 評価
懲戒解雇が有効になる事案で「退職しなければ懲戒解雇になる可能性がある」と伝える 基本的に問題なし——事実に基づいた情報の提供
懲戒解雇が難しい(有効にならない)事案で「懲戒解雇にするぞ」と脅して退職を迫る 違法な退職強要・脅迫と評価されるリスクがある

よくある危険なパターン(録音される可能性大)

「本来あなたは懲戒解雇になるところですが、ここで退職に応じてもらえるなら懲戒解雇は行わず、退職金も出します」という形での退職勧奨。解雇が有効な事案でこれを行う場合は基本的に問題ないですが、解雇が有効にならない(あるいは微妙な)事案でこれを行う場合は、「有効になるか分からない懲戒解雇を使って退職を強要した」として問題になる可能性があります。しかもこの会話が録音されていた場合、証拠としてそのまま使われます。

解雇が難しい事案での退職勧奨において「懲戒解雇になる」と言いたくなる気持ちは理解できますが、事実ではない脅しは録音証拠と組み合わさった際に会社が大きく不利になります。退職勧奨の場での言葉遣いについては、事前に弁護士と打ち合わせて適切な表現を確認してから臨むことをお勧めします。

8. 退職合意書の取り交わし——退職が決まったら確実に書面化する

退職勧奨が成功して退職の合意が得られたら、必ず退職届または退職合意書を取り交わしてください。横領等の不正行為をするような方ですから、口頭の合意だけでは「やはりやめない」「退職の取消し」などの問題が生じる可能性があります。

退職合意書に盛り込むべき主な内容(横領・不正受給のケース)

  • 退職日(何月何日付けで退職するか)
  • 不正取得した金銭の返還に関する合意(金額・返還スケジュール)
  • 退職条件(退職金の扱い・出社の要否等)
  • 清算条項(本合意書に定める以外に互いに何ら請求を行わないこと)
  • 守秘義務条項(会社の情報を外部に漏洩しないこと)

清算条項は特に重要です。退職合意後に「やはり不当な退職だった」として訴訟を提起されることを防ぐ効果があります。退職合意書の作成は弁護士に依頼することをお勧めします。

また、退職合意書を取り交わした後も、退職日まで間があれば出社状況・情報漏洩等に注意を払ってください。横領等の不正行為をした方が退職前に証拠を処分したり、顧客情報を持ち出したりするリスクもゼロではありません。

9. まとめ

  1. 「解雇できるか否か」の判断が退職勧奨の進め方を決める最重要ポイント——まず弁護士に解雇の可否を判断してもらう
  2. 解雇できる場合はシンプルな退職勧奨でよい——高い条件を提示する必要はなく、断られても解雇という選択肢がある
  3. 解雇が難しい/微妙な場合は2つのポイントが重要——①退職すべき理由を具体的事実で丁寧に説明 ②退職条件を提示する
  4. 退職条件の提示は合理的な判断——解雇できない場合、退職してもらうためのインセンティブとして条件提示は合理的
  5. 退職勧奨の場はスマートフォンで録音されていることを前提に話す——録音されても問題ない言葉遣いを意識する
  6. 「懲戒解雇になるぞ」という根拠のない脅しは違法な退職強要のリスク——事実に基づかない脅迫は絶対に避ける
  7. 退職が決まったら必ず退職合意書を取り交わす——清算条項を含む書面で後のトラブルを防ぐ

横領・不正受給した社員への退職勧奨でお悩みの経営者の皆様は、ぜひ事前に弁護士にご相談ください。

弁護士 藤田 進太郎

監修者弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

 

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

よくある質問(FAQ)

Q1. 退職勧奨を何回行っても拒否されます。いつまで続ければよいですか。

A. 退職勧奨の回数・時間について明確な法的上限はありませんが、断り続けているにもかかわらず執拗に迫り続けることは退職強要と評価されるリスクがあります。「断ったのに何度も面談を強要された」という主張が後から出てくることがあります。拒否が続く場合は退職勧奨を一旦止めて、解雇の可否を再検討するか、弁護士に相談して別の対応を検討することをお勧めします。

Q2. 退職勧奨で合意が得られた後、本人が「やはりやめない」と言ってきました。どうすればよいですか。

A. 退職合意書をすでに取り交わしていれば、その合意の拘束力を主張できます。退職届のみを提出させており会社がまだ承諾していない場合は、退職届は原則として会社の承諾前は撤回可能です。いずれの状況であっても、具体的な対応については弁護士に相談してください。横領等の不正行為をした方への対応は個別の事情が重要ですので、状況を踏まえた適切な対応が必要です。

Q3. 退職勧奨の場に弁護士を同席させることはできますか。

A. 会社側の弁護士が同席すること自体は可能です。ただし弁護士が前面に出て交渉を行うと、相手が身構えて話がまとまりにくくなることがあります。弁護士は同席しながらサポート役に徹し、主役は社長(または担当役員・上司)が務める形が一般的に効果的です。退職勧奨前に弁護士と十分に打ち合わせをして準備万端で臨むことが最も重要です。

最終更新日:2026年4月30日


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