問題社員286 横領・不正受給された金銭の取戻し方

動画解説

この記事の要点

最初のステップは「返還金額の確定と書面による合意」——気まずくても水臭くても必ず書面を取り交わす

口約束では後から「そんな約束したかどうか分からない」「金額が違う」と言われやすい。書面を取り交わすことがスタートライン

給与天引きには労基法24条(賃金全額払いの原則)違反のリスクがある——安易に実施すると給与の一部不払いとして問題になりかねない

給与は法律で定められた項目や労使協定(賃金控除協定)に基づく項目しか天引きできない。横領金の返還は通常これに該当しない

推奨は「会社口座への振込返還」または「現金手渡し(領収書付き)」——本人が自発的に支払う形にすることが法的リスクを下げる

自発的な振込・現金返還は本人の「払う意思」が明確になるため紛争リスクが低くなる。給与口座への振込後に現金で受け取り領収書を出す方法も有効

「小さな金額でも周りの社員の士気・会社の秩序に大きなダメージ」——金額の大小にかかわらず、しっかり返還・処分することが重要

ほんの数万円の横領でも、それを放置すると「あの会社では横領しても許される」という誤ったメッセージを社員全体に送ることになる

1. 横領・不正受給が会社・社員全体に与えるダメージ

会社経営者の皆様、こんにちは。弁護士法人四谷麹町法律事務所の代表弁護士、藤田進太郎です。

社員に横領・不正受給された場合、金額が大きければ会社経営が傾くほどのダメージになることもあります。しかし金額が小さくても、問題は金額だけにとどまりません。

金額の大小にかかわらず発生するダメージ

  • 会社と社員たちの信頼関係が壊れる
  • 「自分たちが一生懸命稼いだお金がこんな形で使われている」という他の社員の不満・不公平感
  • 「あの会社では横領しても許されるんだ」というモラルハザードが起きるリスク
  • 不正に取得されたお金があったなら「自分たちに還元してほしかった」という正直な社員たちの納得感の喪失

金額の多少にかかわらず、横領・不正受給に対してはしっかり対応することが、会社全体の秩序維持のために必要です。

2. 最初のステップ——返還金額の確定と書面による合意

金銭の取戻しに向けた最初のステップは、「不正に取得した金額を確定し、返還の書面合意を取り交わすこと」です。

まず横領・不正受給した金額を正確に計算してください。いつの時点でいくら取ったのかを一覧表の形で整理します。客観的証拠(口座記録・申告書類等)と本人の説明を照合して金額を確定させます。

その上で、確定した金額をどのペースで返してもらうかを書面で合意します。

書面合意に盛り込む内容

  • 返還すべき総金額(計算根拠を明確に)
  • 返還方法(一括・分割、振込か現金かの確認)
  • 分割の場合の返還スケジュール(月額・日付)
  • 返還が滞った場合の対応(残額の一括請求権など)

3. 書面合意が重要な理由——「払う気があっても」後からトラブルになりやすい

「返すって言ってるんだから、わざわざ書面までしっかり取り交わす必要はないか」と思う経営者もいます。しかし、必ず書面を取り交わすことが必要です。

人はお金をもらうのは好きですが、払うのは嫌なものです。お金を払う相手のことを嫌いになり、途中でなんだかんだ理由をつけて払うのをやめたくなったりします。口約束だと「そもそも金額を約束したか」「どのペースで払う約束だったか」も曖昧になりやすいです。書面を取り交わしていても守られないことは多いのですから、書面なしではさらにトラブルの確率が上がります。書面の取り交わしはスタートラインに過ぎませんが、それさえやらないとトラブルが起きる確率が極めて高くなります。

4. 給与天引きのリスク——労基法24条(賃金全額払いの原則)との関係

横領・不正受給した金銭の返還方法として、「給与から天引きする」という方法を考える経営者は多いです。確かに、辞めない限りは確実に回収できるように思えます。しかし、給与天引きには労働基準法上の重大なリスクがあります。

労働基準法第24条は「賃金の全額払いの原則」を定めています。給与は原則として全額を本人に払わなければならず、そこから天引きできるのは限られた項目だけです。

給与から合法的に天引きできるもの

  • 法律で定められたもの(源泉所得税・社会保険料の本人負担分等)
  • 賃金控除協定(労使協定)で定められ、かつ契約上差し引く根拠があるもの

横領返還金の天引きが問題になる理由

横領した金銭の返還額は、通常、賃金控除協定に記載されていません(「横領した場合などの返還金」という項目を協定に書いている会社はほとんどありません)。そのため、横領返還金を給与から天引きすると、賃金全額払いの原則(労基法24条)に違反するとして「賃金一部不払い」になるリスクがあります。労基署に届けられたり、裁判で差額分の支払いを命じる判決が出たりすることがあります。

「本人が返すべきお金なのに、なぜそれを払わなければならないのか」という気持ちは理解できます。しかし給与という性質上、法律の規制が非常に厳しく、こうした問題が起きるのが現実です。

5. 賃金控除協定がある場合でも注意が必要な理由

「うちの会社には賃金控除協定がある。その中に貸付金の返済が記載されている。横領返還金を貸付金と見なして天引きできるのでは?」という発想もあります。

しかし横領した金銭は貸付金ではありません。準消費貸借(借金として性質を変換する契約)という手続きを経れば話が変わることもありますが、そういった手続きを取ったかどうか、それが通用するかどうかはケースバイケースです。

また、賃金控除協定に「横領した場合の返還金」が明示されていない限り、協定を根拠とした天引きはリスクがあります。万全な状態で天引きを行うためには、複数の条件を満たす必要があり、それを確認・整備するだけで相当の手間がかかります。

6. 給与からの天引きに本人が同意していても問題になりうる理由

「本人が天引きに同意したんだから問題ないでしょう」と思うかもしれません。しかし、給与の天引きに本人が同意していても争いになることがあります。

理由は、給与は本人の生活の糧であるという前提があるからです。雇用関係において使用者は労働者に対して指揮命令権を持ちます。「社長に言われたから仕方なく天引きに同意した」「金額の計算根拠も十分説明されないまま同意させられた」という形で、後から「同意は真意に基づくものではなかった」と主張される可能性があります。これは一見不思議な話ですが、実際に起きることがあります。

7. 推奨される返還方法——振込返還と現金手渡しの具体的な手順

では、どのように返還させるのが最もよいのでしょうか。原則は「会社口座への振込」または「現金手渡し(領収書付き)」です。

推奨される返還方法の詳細

会社口座への振込(推奨) 本人が自発的に毎月会社口座に振り込む形。本人の「自分で払っている」という意識が生まれ、紛争リスクが下がる。一括返還できる場合はすぐに振り込んでもらう
現金手渡し(領収書付き) 振込が難しい場合の代替手段。給与を現金で渡す際に、その場で返還額を現金で受け取り、双方が領収書を出す形が理想的。手順を省略せず一連の手続きを踏むことが重要

天引きと振込・現金返還の違いは、「本人が自発的に払っているかどうか」という点です。毎月自発的に振込返還してもらっている状況では、本人も「自分で払っているんだからしょうがない」という気持ちになりやすく、後から争いになりにくくなります。これに対して天引きは「何も自分でしていない間に勝手に引かれた」という感覚になりやすく、紛争リスクが上がります。

現金手渡しの際は、給与を一旦全額渡してから返還額を現金で受け取るという手順を必ず踏んでください。最初から差し引いた形で渡すことは給与の一部不払いになるリスクがありますので、領収書の交換という一連の手続きを省略してはいけません。

8. まとめ

  1. 横領・不正受給のダメージは金額だけでない——社員全体の士気・会社の秩序への影響を考えてしっかり対応する
  2. 最初のステップは返還金額の確定と書面による合意——気まずくても必ず書面を取り交わす。書面は最低限のスタートライン
  3. 給与天引きには労基法24条(賃金全額払いの原則)違反のリスクがある——安易に天引きすると給与一部不払いとして問題になる可能性がある
  4. 本人が天引きに同意していても後から争いになることがある——給与の特殊性から、同意の有効性が争われるリスクがある
  5. 推奨は会社口座への振込返還——本人が自発的に払う形が最も紛争リスクが低い
  6. 現金手渡しの場合は一連の手順(全額渡し→返還→領収書交換)を省略しない

横領・不正受給された金銭の取戻しでお悩みの経営者の皆様は、ぜひ弁護士にご相談ください。

弁護士 藤田 進太郎

監修者弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

 

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

よくある質問(FAQ)

Q1. 分割返還を約束したのに途中で支払いが止まりました。どうすればよいですか。

A. 書面(返還合意書)がある場合、その合意に基づいて残額の一括請求や民事訴訟による強制回収の手続きを取ることができます。書面がない場合は証拠収集から始める必要があります。分割払いの合意書には「滞納した場合の残額一括請求権(期限の利益の喪失条項)」を入れておくことが重要です。すでに支払いが止まっている場合は弁護士に相談してください。

Q2. 退職後に横領が発覚しました。金銭の返還請求はできますか。

A. 退職後でも不当利得返還請求・損害賠償請求として金銭の回収を求めることができます。ただし退職後は本人との連絡が取れなくなることも多く、強制執行などの手続きが必要になる場合があります。また、請求の時効には注意が必要です。横領の発覚が退職後になった場合は、早急に弁護士に相談して対応策を検討してください。

最終更新日:2026年4月30日


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