固定残業代(みなし残業・定額残業代)

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固定残業代(みなし残業・定額残業代)をめぐる状況

 最近の固定残業代(定額残業代・みなし残業代)をめぐる状況として、形式的には通常の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とが判別できるように見える事案であっても、定額残業代が割増賃金としての実質(時間外・休日・深夜労働の対価としての性格)を有するとは認められない場合は、割増賃金の支払がなされているとは認めない裁判例が増えてきています。固定残業代(定額残業代・みなし残業代)を導入している会社は、単に判別可能性があればよしとするのではなく、固定残業代(定額残業代・みなし残業代)が割増賃金としての実質を有しているのか、もう一度よく確認しておく必要性が高まっているといえるでしょう。
 また、求人段階における固定残業代(定額残業代・みなし残業代)のトラブルも増えている印象です。「求人情報にはそれなりの金額の給料がもらえるかのように記載されていたので応募して就職してみたら、残業代込みの給料であり、実際の給料は求人情報から読み取れるものよりもはるかに安いことが後から判明した。残業代込みの給料であることが事前に分かっていたら、ほかの企業に就職していたのに。だまされた。」といったトラブルが起きないよう十分に配慮しなければなりません。こうしたトラブルをなくすため、最近、どのような規制がなされているのかという点についても以下で解説していきます。

固定残業代(みなし残業・定額残業代)の特徴

1 割増賃金の計算(原則)
 割増賃金の計算方法は労基法37条・労基則19条で定められており、「通常の賃金の時間単価×時間外・休日・深夜労働時間数×割増率」です。
 要約すると、各割増賃金の計算式は以下のとおりとなります。
  時間外割増賃金=時間外割増賃金の時間単価×時間外労働時間数
  休日割増賃金=休日割増賃金の時間単価×休日労働時間数
  深夜割増賃金=深夜割増賃金の時間単価×深夜労働時間数
 割増賃金の計算式からは、割増賃金額は、時間外・休日・深夜労働時間数と比例する関係にあることが分かります。
2 固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入した場合の割増賃金の計算
 1で述べたとおり、時間外・休日・深夜割増賃金は、原則として、時間外・休日・深夜労働時間数に比例して支払われることが想定されています。固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入した場合、定額残業代額に達するまでは、現実に支払われる割増賃金額と時間外・休日・深夜労働時間数との間の比例関係が切断され、支払われるべき割増賃金額が固定残業代(みなし残業・定額残業代)の額を超えた時点で比例関係が復活することになります。
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)は労基法37条5項、労基則21条各号に限定列挙された除外賃金には該当しませんが、残業代を基礎に残業代を計算しなければならないのはおかしいですから、割増賃金の実質を有する固定残業代(みなし残業・定額残業代)は、割増賃金の算定基礎から除外されることになります。
 また、固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金と認められた場合、割増賃金の支払がなされたという弁済の効果も生じます。
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)の特徴としては、割増賃金算定の基礎賃金から除外されることや、割増賃金の弁済として認められることが強調されるのが一般的ですが、固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金の支払として認められるかの判断に当たっては、時間外・休日・深夜割増賃金は、原則として、時間外・休日・深夜労働時間数に比例して支払われることが想定されているのに対し、固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入した場合、固定残業代(みなし残業・定額残業代)の額に達するまでは、現実に支払われる割増賃金額と時間外・休日・深夜労働時間数との間の比例関係が切断され、支払われるべき割増賃金額が固定残業代(みなし残業・定額残業代)の額を超えた時点で初めて比例関係が復活することになるという固定残業代(みなし残業・定額残業代)の特徴の理解が重要となってきます。原則的な計算方法との乖離の程度、比例関係切断の程度が小さい固定残業代(みなし残業・定額残業代)であれば割増賃金の支払として認められやすいですが、乖離の程度、比例関係切断の程度が大きければ大きいほど、割増賃金の支払とは認められにくくなります。

固定残業代(みなし残業・定額残業代)に関する最高裁判例

  医療法人社団康心会事件最高裁平成29年7月7日第二小法廷判決
は、下記の規範を定立した上で、医療法人と医師との間の雇用契約において時間外労働等に対する割増賃金を年俸に含める旨の合意がされていたとしても、当該年俸の支払いにより時間外労働等に対する割増賃金が支払われたということはできないと結論づけており、固定残業代(定額残業代・みなし残業代)に関する最高裁判例といえるでしょう。
 そして、同最高裁判決は、参照判決として、
  高知県観光事件最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決
 ③ テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決
 ④ 国際自動車事件最高裁平成29年2月28日第三小法廷判決
を引用しており、これらの最高裁判決も固定残業代(定額残業代・みなし残業代)に関する最高裁判例と評価して差し支えないと考えます。
 他方で、固定残業代(定額残業代・みなし残業代)に関する最高裁判例と誤解されて引用されることがある小里機材事件最高裁昭和63年7月14日判決は、医療法人社団康心会事件最高裁平成29年7月7日第二小法廷判決を含め、最高裁判決で参照判決として引用されたことは一度もありません。同判決は最高裁判例ではないと考えられます。
 また、テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決には、櫻井龍子補足意見が付されており、以前はその先例的価値について議論されたことがありますが、現在では櫻井龍子補足意見は先例的価値に乏しいと考えるのが一般的です。そもそも、補足意見それ自体を最高裁判例と評価する余地はありません。

【医療法人社団康心会事件最高裁平成29年7月7日第二小法廷判決】
 「労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される(最高裁昭和44年(行ツ)第26号同47年4月6日第一小法廷判決・民集26巻3号397頁参照)。また、割増賃金の算定方法は、同条並びに政令及び厚生労働省令の関係規定(以下、これらの規定を「労働基準法37条等」という。)に具体的に定められているところ、同条は、労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、労働者に支払われる基本給や諸手当(以下「基本給等」という。)にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではない。」「他方において、使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、同条の上記趣旨によれば、割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法で支払う場合においては、上記の検討の前提として、労働契約における基本給等の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であり(最高裁平成3年(オ)第63号同6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁、最高裁平成21年(受)第1186号同24年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事240号121頁、最高裁平成27年(受)第1998号同29年2月28日第三小法廷判決・裁判所時報1671号5頁参照)、上記割増賃金に当たる部分の金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは、使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うというべきである。」

固定残業代(みなし残業・定額残業代)の支払が残業代の支払と認められるための要件の検討

1 固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金の実質(時間外・休日・深夜労働の対価としての性格)を有していること
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)が実質的にも割増賃金の性質を有することを要求する裁判例は以前から存在していました。その代表例は、以下の徳島南海タクシー(割増賃金)事件高松高裁平成11年7月19日判決(労判775号15頁)です。本高裁判決に対し、会社側は上告及び上告受理申立をしましたが、最高裁平成11年12月14日第三小法廷決定(労判775号14頁)は上告を棄却し、上告不受理としています。
 「そこで、右賃金体系における時間外・深夜割増賃金に係る合意の有無について検討するに、本件協定書においては、基本給8万5000円、乗務給1万3000円、皆精勤手当5000円及び超勤深夜手当(歩合割増含)5万0600円の合計15万3600円は、固定給である旨が記載され、定額の超勤深夜手当が固定給に含まれることとされている。」
 「そして、控訴人は、右超勤深夜手当は、労働基準法37条の時間外・深夜割増賃金であると主張するところ、文言上は、そのように解するのが自然であり、労使間で、時間外・深夜割増賃金を、定額として支給することに合意したものであれば、その合意は、定額である点で労働基準法37条の趣旨にそぐわないことは否定できないものの、直ちに無効と解すべきものではなく、通常の賃金部分と時間外・深夜割増賃金部分が明確に区別でき、通常の賃金部分から計算した時間外・深夜割増賃金との過不足額が計算できるのであれば、その不足分を使用者は支払えば足りると解する余地がある。」
 「しかしながら、被控訴人らは、本件協定等による賃金には、名目上は定額の超勤深夜手当を含むこととされているが、控訴人の賃金体系は、水揚額に対する歩合制であって、実質的に時間外・深夜割増賃金を含むものとはいえないと主張するところ、なるほど、名目的に定額の割増賃金を固定給に含ませる形の賃金体系がとられているにすぎない場合に、そのことのみをもって、前記のような時間外・深夜割増賃金の計算が可能であるとし、その部分について使用者が割増賃金の支払を免れるとすれば、労働基準法37条の趣旨を没却することとなる。したがって、右のような超勤深夜手当に係る定めは、実質的にも同条の時間外・深夜割増賃金を含める趣旨で合意されたことを要するというべきである。」
 最後の段落の判断内容は、よく認識しておく必要があると思います。判別可能性だけを考えて固定残業代(定額残業代・みなし残業代)の制度設計をすると、当該固定残業代(定額残業代・みなし残業代)は割増賃金としての実質を有しないと判断されかねません。
 北港観光バス(賃金減額)事件大阪地裁平成25年4月19日判決は、「ある手当が時間外労働に対する手当として基礎賃金から除外されるか否かは、名称の如何を問わず、実質的に判断されるべきであると解される。」とした上で、「無苦情・無事故手当及び職務手当は、実際に時間外業務を行ったか否かに関わらず支給されること、バス乗務を行った場合にのみ支給され、側乗業務、下車勤務を行った場合には支払われないことからすると、バス乗務という責任ある専門的な職務に従事することの対価として支給される手当であって、時間外労働の対価としての実質を有しないものと認めるのが相当である。」と結論付けています。バス乗務をした時だけ支給される手当であれば、実質的にはバス乗務の対価として払われる賃金であって、割増賃金の実質を有しないと認定されてしまいます。
 労基法37条5項、労基則21条各号に限定列挙された除外賃金に該当するかどうかは、名目ではなく実質で判断されることは周知の通りです。固定残業代(定額残業代・みなし残業代)は労基法37条5項、労基則21条各号に限定列挙された除外賃金には該当しませんが、割増賃金の実質を有する固定残業代(定額残業代・みなし残業代)は、割増賃金の算定基礎から除外されることになります。とすれば、固定残業代(定額残業代・みなし残業代)が割増賃金として認められるかどうかについても、実質的に判断すべきと考えるのが自然だと考えます。
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)の時間数の明示、清算合意(実態)等は定額残業代が除外賃金とされその支払が割増賃金の弁済として認められるために必須の「要件」ではなく、固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金の実質(時間外・休日・深夜労働の対価としての性格)を有しているかを判断する際に考慮する「要素」と考えるべきではないでしょうか。
 例えば、時間外割増賃金の時間単価が1500円の労働者の労働契約書に「定額時間外勤務手当として4万5000円支払う。」とだけ書いてあり、それが何時間の時間外労働の対価かは書かれておらず、差額支払の合意の記載もなかったとします。しかし、時間外割増賃金の時間単価が1500円の労働者であれば、4万5000円が30時間分の時間外割増賃金であり、30時間を超えて時間外労働を行えば追加で時間外割増賃金の支払を受けられることは明らかです。
 毎月、「時間外勤務手当」名目で4万5000円を払っていたとしても、何時間分の定額残業代かの明示がなく、差額清算の合意がなければ、時間外割増賃金の支払があったとは認められないのでしょうか。このような場合であっても、時間数を明示してもらわないと労働者が過不足を計算するのは大変だとか、不足が生じた場合は不足額を追加で支払う旨規定させないと事実上追加額の支払を受けられなくなりかねないといった懸念が生じ得ることは承知しています。しかし、「時間外勤務手当」のように時間外割増賃金の趣旨であることが明らかな名目で金額が明示されて支給され、客観的に割増賃金の過不足が計算できる固定残業代(定額残業代・みなし残業代)のすべてが定額残業代の支払として認められないという見解は取りにくいと考えます。
 もちろん、固定残業代(みなし残業・定額残業代)が何時間分か、差額清算の合意や実態があるかといった事情を軽視しているわけではありません。これらは独立の「要件」ではなく、固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金の実質(時間外・休日・深夜労働の対価としての性格)を有しているかを判断するための重要な「要素」と考えているというに過ぎません。時間外割増賃金は、「時間外割増賃金の時間単価×時間外労働時間数」で計算されるのですから、想定される時間外労働時間数に対応した金額となっているか、想定される時間外労働時間数を超えたら差額が清算されているかは、当該固定残業代(みなし残業・定額残業代)が時間外割増賃金としての実質を有するかを判断する上で重要な考慮要素だと考えます。
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)の時間数の明示、清算合意(実態)等を「要件」と考えるから、判断が硬直的になり、その法的根拠の説明に苦慮することになるのです。ちょうど、以前は整理解雇が認められるための「要件」(「整理解雇の四要件」)と考えられていたものが、解雇権濫用(労契法16条)の有無を判断する際に考慮する「要素」(「整理解雇の四要素」)と考えられるようになったのと同じように、定額残業代の時間数の明示、清算合意(実態)等を、固定残業代(定額残業代・みなし残業代)が割増賃金の実質(時間外・休日・深夜労働の対価としての性格)を有しているかを判断する際に考慮する「要素」と考えるべきだと思います。
 そして、原則的な計算方法との乖離の程度、比例関係切断の程度が小さい固定残業代(みなし残業・定額残業代)であれば割増賃金の実質(時間外・休日・深夜労働の対価としての性格)を有していると認められやすく、乖離の程度、比例関係切断の程度が大きければ大きいほど、割増賃金の実質を有しているとは認められにくくなると考えています。
2 通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができること
 高知県観光事件最高裁判決やテックジャパン事件最高裁判決からすれば、通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることは、固定残業代(みなし残業・定額残業代)が除外賃金とされ、割増賃金の支払として認められるための最低限の要件といえると思います。この要件を満たさないようでは、1で述べた割増賃金の実質を有するとはいえないと考えることもできるかもしれません。実務上問題となるのは、何をもって判別可能性があるといえるかということです。
 ファニメディック事件東京地裁平成25年7月23日判決のように、「基本給に時間外労働手当が含まれると認められるためには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分が判別出来ることが必要であるところ(最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決、裁判集民事172号673頁参照)、その趣旨は、時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分が労基法所定の方法で計算した額を上回っているか否かについて、労働者が確認できるようにすることにあると解される。」と考えれば、割増賃金の過不足を「労働者」が確認できなければならないのですから、判別可能性が認められるためには厳格な要件を満たす必要があるという結論に傾きがちです。
 テックジャパン事件最高裁判決櫻井補足意見は、「このように、使用者が割増の残業手当を支払ったか否かは、罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであるため、時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額が明確に示されていることを法は要請しているといわなければならない。そのような法の規定を踏まえ、法廷意見が引用する最高裁平成6年6月13日判決は、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別し得ることが必要である旨を判示したものである。」「便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われている事例もみられるが、その場合は、その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう。さらには10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべきと思われる。」と述べています。
 しかし、ファニメディック事件判決や櫻井補足意見のように判別可能性の要件を厳格に考えなければならない理由はないのではないでしょうか。何時間分の定額残業代(固定残業代)なのかとか、清算合意(実態)があるのかといった実質的な事情は、1の固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金の実質(時間外・休日・深夜労働の対価としての性格)を有しているかを検討するに当たって考慮すれば足りると考えます。
 ことぶき事件最高裁平成21年12月18日第二小法廷判決(裁判集民232号825頁、裁判所ウェブサイト、労判1000号5頁)においても、「管理監督者に該当する労働者の所定賃金が労働協約、就業規則その他によって一定額の深夜割増賃金を含める趣旨で定められていることが明らかな場合には、その額の限度では当該労働者が深夜割増賃金の支払を受けることを認める必要はない」とされており、深夜割増賃金の支払があったと認められるための「要件」として、深夜労働時間数の明示や差額清算の合意を要求していません。主戦場は「深夜割増賃金を含める趣旨で定められていることが明らかな場合」に該当するかどうかであって、判別可能性との関係では、「一定額の」というだけで十分と考えているように思われます。
 判別可能性との関係では、労基法37条の趣旨を医療法人一心会事件大阪地裁平成27年1月29日判決のように「労基法37条の趣旨は、割増賃金等を確実に使用者に支払わせることによって超過労働を制限することにある」と考え、「割増賃金部分が法定の額を下回っているか否かが具体的に後から計算によって確認できないような方法による賃金の支払方法は、同法同条に違反するものとして、無効と解するのが相当である。」と結論付けたり、「通常の労働時間の賃金に当たる部分から当該手当の額が労基法所定の時間外割増賃金の額を下回らないかどうかが判断し得ることが必要であると解される。」(泉レストラン事件東京地裁平成26年8月26日判決)という扱いにすれば十分と考えます。
3 その他の検討事項
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)の名目が「時間外勤務手当」等、割増賃金であることを推認させるものであればいいのですが、「営業手当」等、その名目から割増賃金であるとは推認できないものについては、賃金規程に当該手当が割増賃金である旨明記して周知させたり、労働契約書にその旨明示して合意したりしておかなければ、固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金であると認めてもらえないのが通常です。
 中小企業などでは、固定残業代(みなし残業・定額残業代)について「口頭」で説明したというだけで十分な客観的証拠が存在しない事例が散見されます。また、定額残業代(固定残業代)について定めた賃金規程を労働者が確認できるようになっていない(周知させていない)事案も珍しくありません。これらの場合は、上記1や2の要件を検討するまでもなく、会社側の主張は門前払いとなってしまいます。
 労働協約で固定残業代(みなし残業・定額残業代)を定めている場合は、組合員についてはその内容が労働契約の内容になります。労働協約で定めていれば個別合意などと比べて固定残業代(みなし残業・定額残業代)と認められやすいかという論点があります。労使自治で決めたことですから、裁判所にも労使合意の内容を尊重して欲しいところですが、労基法37条は強行法規ですから、労基法37条に違反するような内容であればその効力は否定されざるを得ないと思います。

固定残業代(みなし残業・定額残業代)の適切な運用の検討

1 固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入する目的の検討
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入する前に、まず、「何のために固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入するのか」を検討する必要があります。
 一般的に、固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入すればいちいち残業代を計算する事務処理の手間を省くことができるかのようなことが言われることがあります。しかし、固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入したところで労働時間の把握はしっかりしなければなりませんし、固定残業代(みなし残業・定額残業代)で支払うべき割増賃金が足りてるのかどうかを毎月計算して確認しなければなりません。固定残業代(みなし残業・定額残業代)を支払うだけでその過不足を確認せずに放置して追及を受けたら不足額を追加で支払えばいいや、というのなら楽かもしれませんが、真面目に過不足の確認をした場合、残業代計算の手間を省くという目的を達成することはできません。固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入する目的として、残業代を計算する事務処理の手間を省くことができることを期待できる場面は、限定的なのではないかと思います。
 「残業すれば残業代がもらえて給料が増える仕組みだから、労働者に対し残業するモチベーションを与えることになってしまっている。固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入して、残業しても現実に支払われる残業代が増えない仕組みにすれば、残業を抑制することができる。」という考えが存在します。確かに、固定残業代(みなし残業・定額残業代)の導入により無駄な残業をする労働者が減った職場もあるようですが、必ずしも良い結果につながるとはいえません。残業させるかどうかを決めるのは使用者の権限なのですから、残業時間を抑制したければ残業させずに帰せば足りるはずです。固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入する目的として、残業抑制を強調することは適切でないと思います。
 残業時間の長さにかかわらず一定額の残業代を保証することにより労働者の賃金額を魅力あるものとし、労働者を惹きつけることで労働力を確保するという目的で固定残業代(みなし残業・定額残業代)が導入されることがあります。「基本給20万円で、残業時間に応じて1分単位で残業代を支払う」という労働条件と「基本給20万円と定額残業代5万円の合計25万円は残業の有無・長さにかかわらず保証し、残業代の額が5万円を超えた場合は不足額を追加で支払う」という労働条件が提示された場合、労働者にとってどちらが魅力的でしょうか。残業の有無・長さにかかわらず5万円の定額残業代が保証される分、後者のほうが魅力的だと思います。後者の労働条件の労働者に関し固定残業代(みなし残業・定額残業代)を廃止し、基本給20万円だけが保証されることとし、現実の残業時間に応じて1分単位で残業代を支給することにした場合、当該労働者にとっては労働条件の不利益変更となります。固定残業代(みなし残業・定額残業代)をけしからんと言っている人でも、固定残業代(みなし残業・定額残業代)を廃止するにあたり、単に固定残業代(みなし残業・定額残業代)5万円をなくして基本給20万円を基礎賃金として実労働時間に応じて1分単位で残業代を支払えとは言ってきません。固定残業代(みなし残業・定額残業代)相当額5万円を基本給20万円に加算して、基本給を25万に増額してくれと要求してくるケースがほとんどです。
 求人・採用に当たり、使用者が労働者に対して十分な説明を行い、納得した上で求人に応募した労働者が就職を決めたのであれば、一概に固定残業代(みなし残業・定額残業代)が問題であるとはいえないと思います。しかし、求人情報の内容とその後合意された労働契約書等に記載された労働条件が相違する場合、原則として労働契約書等に記載された労働条件が労働契約の内容となることを悪用し、固定残業代(みなし残業・定額残業代)込みで25万円なのに、基本給等の残業代以外の賃金が25万円と受け取られかねない求人情報を出して人を集める会社が出てきたら、どうなってしまうでしょうか。労働者が安心して就職活動ができなくなってしまうことは明らかです。
 こうしたトラブルを防止するため、厚労省は平成26年4月14日付けで「求人票における固定残業代等の適切な記入の徹底について」という文書を出し、求人票に定額残業代に関し不適切な記載がなされないよう注意を促しています。
 また、「青少年の雇用機会の確保及び職場への定着に関して事業主、職業紹介事業者等その他の関係者が適切に対処するための指針」(平成二十七年厚生労働省告示第四百六号)においても、「募集に当たって遵守すべき事項」の一つとして、固定残業代(定額残業代・みなし残業代)に関し、「青少年が応募する可能性のある募集又は求人について、一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金を定額で支払うこととする労働契約を締結する仕組みを採用する場合は、名称のいかんにかかわらず、一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金(以下このヘにおいて「固定残業代」という。)に係る計算方法(固定残業代の算定の基礎として設定する労働時間数(以下このヘにおいて「固定残業時間」という。)及び金額を明らかにするものに限る。)、固定残業代を除外した基本給の額、固定残業時間を超える時間外労働、休日労働及び深夜労働分についての割増賃金を追加で支払うこと等を明示すること。」と規定しています。
 公益法人全国求人情報協会は、加盟している企業に対し、①固定残業代の額、②その金額に充当する労働時間数、③固定残業代を超える労働を行った場合は追加支給する旨の記載を要請しています。
 平成28年6月3日付けで「雇用仲介事業等の在り方に関する検討会報告書」が公表され、厚生労働省のウェブサイトにアップされています。同報告書の「求人に際して明示される労働条件等の適正化」の項目において、「労働条件等明示等のルールについて、固定残業代の明示等指針の充実、虚偽の条件を職業紹介事業者等に対し呈示した求人者に係る罰則の整備など、必要な強化を図ることが適当である。」と述べられています。
 残業時間の長さにかかわらず一定額の残業代を保証することにより労働者の賃金額を魅力あるものとし、労働者を惹きつけることで労働力を確保するという目的で固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入することが問題というわけではないと考えます。ただ、現在、求人の場面における定額残業代に関するトラブル防止が重要な課題となっていますので、この点に対する十分な配慮が必要であることに留意する必要があります。
2 時間外・休日・深夜労働時間数の実態調査
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入する目的を検討した結果、定額残業代の導入が決まった場合、時間外・休日・深夜労働時間数の実態調査を行います。時間外・休日・深夜労働時間数の実態と固定残業代(みなし残業・定額残業代)の時間数の乖離が大きいと、固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金の実質を有するかという論点において、これを否定する方向に働く一要素となります。他方、実態調査を行い、その結果に基づいて固定残業代(みなし残業・定額残業代)の時間数を設定した場合、時間外・休日・深夜労働時間数に応じて金額が定まるという割増賃金の性質に合致しますので、割増賃金の実質を有すると判断されやすい方向に作用します。
3 固定残業代(みなし残業・定額残業代)として支払う時間外・休日・深夜労働時間数の決定
 実態調査が終わったら、調査結果に基づいて固定残業代(みなし残業・定額残業代)として支払う時間外・休日・深夜労働時間数を決定します。
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)の時間数の設定に関し、「何時間分の定額残業代までなら安全ですか。」という質問を受けることがあります。裁判例の中には限度基準を参照して、1か月45時間を基準にしているかのようなものも見受けられますが、理論的には何時間分の固定残業代(みなし残業・定額残業代)までなら安全といえる基準は存在しません。
 時間外・休日・深夜割増賃金は、原則として、時間外・休日・深夜労働時間数に比例して支払われることが想定されているのに対し、固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入した場合、固定残業代(みなし残業・定額残業代)の額に達するまでは、現実に支払われる割増賃金額と時間外・休日・深夜労働時間数との間の比例関係が切断され、支払われるべき割増賃金額が固定残業代(みなし残業・定額残業代)の額を超えた時点で比例関係が復活することになります。固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金の実質を有するかは、原則的な計算方法との乖離の程度、比例関係切断の程度が大きく影響してきます。原則的な計算方法との乖離の程度、比例関係切断の程度が小さい固定残業代(みなし残業・定額残業代)であれば割増賃金の支払として認められやすいですが、乖離の程度、比例関係切断の程度が大きければ大きいほど、割増賃金の支払とは認められにくくなります。固定残業代(みなし残業・定額残業代)の時間数が長時間になればなるほど、原則的な計算方法との乖離の程度、比例関係切断の程度が大きくなりますので、割増賃金の実質を有しないと判断されるリスクが次第に高まっていくことになります。
4 固定残業代(みなし残業・定額残業代)として支払う金額の計算
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)として支払う時間外・休日・深夜労働時間数を決定したら、固定残業代(みなし残業・定額残業代)として支払う金額を計算します。
 仮に、時間外割増賃金の時間単価が1937円の労働者に関し、30時間分の時間外割増賃金を定額残業代とするのであれば、1937円×30時間=5万8110円を「時間外勤務手当」等の名目で定額残業代として支給します。
 上記事例では、固定残業代(みなし残業・定額残業代)の金額に端数が生じていますが、敢えて、端数を残したままの固定残業代(みなし残業・定額残業代)とすることが多いです。なぜなら、労基法・労基法施行規則に基づいて計算した時間外割増賃金の時間単価に、実態調査を踏まえて決定した時間外労働時間数を乗じて計算した金額に1円単位まで一致している「時間外勤務手当」であれば、時間外割増賃金の実質を有していると推認できるからです。計算式を示すなどすれば、端数処理して切りのいい金額にしたら直ちにダメというわけではないのですが、端数を残したままの固定残業代(みなし残業・定額残業代)の方が時間外割増賃金の実質を有していることの立証がしやすいことは明らかです。
 このような固定残業代(みなし残業・定額残業代)の設定方法とは逆に、まずは固定残業代(定額残業代・みなし残業代)の金額を決めてから、何時間分の割増賃金に相当するのかを後から計算して、時間数を明示するやり方がよく見られます。例えば、時間外割増賃金の時間単価が1937円の労働者に関し、固定残業代(みなし残業・定額残業代)の金額を6万円に決めてから時間単価の1937円で除し、6万円が約30.98時間分の時間外割増賃金相当額であることを確認します。そして、6万円の固定残業代(みなし残業・定額残業代)を「労働者に有利に」30時間分の固定残業代(定額残業代・みなし残業代)である旨、明記するわけです。このやり方は、直ちに労基法37条に違反するとはいえないかもしれませんが、いかにも「残業代請求対策」を行っているように見えがちです。また、固定残業代(みなし残業・定額残業代)の金額が、時間外割増賃金の時間単価に想定される時間外労働時間を乗じた金額と一致しませんから、時間外割増賃金の実質を有しないと認められやすくなる方向に作用することになります。このように、固定残業代(みなし残業・定額残業代)を切りの良い金額とする場合は、最低限、計算式を明示する等して、あくまでも時間外割増賃金の時間単価に想定される時間外労働時間を乗じて計算したものの端数を調整したに過ぎないことが客観的証拠から分かるようにしておくことをお勧めします。
5 就業規則(賃金規程)の整備
 実施しようとする固定残業代(みなし残業・定額残業代)の内容が確定したら、固定残業代(みなし残業・定額残業代)導入の経緯や決定した事項を反映する就業規則(賃金規程)を整備します。固定残業代(みなし残業・定額残業代)で不足がある場合に不足額を追加で支払うのは当然のことですから、固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金の実質を有することを明らかにするためにも、就業規則にもその旨、明記するようにして下さい。
 就業規則変更の際の労働者代表の選出方法に瑕疵があったり、就業規則の周知がなされていなかったりする事例が散見されます。特に、就業規則の周知を欠いている場合は、就業規則の規定を根拠として固定残業代(みなし残業・定額残業代)の支払により割増賃金の支払がなされたとは認められなくなることには注意が必要です。
6 求人情報、労働条件通知書、給与明細書における固定残業代(みなし残業・定額残業代)の明示
 求人情報、労働条件通知書には、定額残業代の金額、時間数、不足額がある場合には不足額を追加で支払うことなどを可能な範囲で記載します。
 給与明細書には、「時間外勤務手当」等、名称自体から時間外・休日・深夜割増賃金の支払であることが推認できる名称で、固定残業代(みなし残業・定額残業代)の金額が明確に分かる形で定額残業代を記載します。時間外・休日・深夜労働時間数も明記し、固定残業代(みなし残業・定額残業代)で不足額がある場合には不足額についても金額を明示して記載します。
7 不足額の清算
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)で不足額がある場合には、固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金の実質を有することを明らかにするためにも、不足額について忘れずに支給して下さい。


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