賃金制度の是正

賃金制度是正の必要性

 不必要な残業をなくすことで対応できるような場合は、労働時間管理を適正に行うことで問題は解決するかもしれません。これに対し、必要な残業に対して、従来の賃金制度に労基法を当てはめて賃金を算定して支払ったのでは事業資金がほどなく枯渇してしまうような場合は、賃金制度を是正する必要があります。賃金制度を是正しないまま、残業代請求を受けたらその都度対応すればいいというものではありません。なぜなら、残業代の不払は刑事罰を伴う違法行為ですし、会社を経営する上で大きな問題を伴うものだからです。
 社員から残業代を請求された場合の支払は、「予定外の支出」です。金額が大きい支払でも、元々予定されたものであれば、資金の手当てをしていますから、大きな問題にはなりません。しかし、社員から残業代を請求された場合の支払は、本来、予定していなかった支払のため、ことのほかダメージが大きくなるのです。「残業代込みのつもりで、業界水準よりも高い給料を払っていたのに、まさか、こんなことになるとは。」予想外の残業代請求を受けて途方に暮れる会社経営者を、私は数多く見てきました。
 「社員間の不公平」も重大な問題です。想像してみて下さい。退職後に残業代を請求して、200万も、300万も支払ってもらえる社員がいます。他方で、ボーナスをあまりもらえなくても、会社のために一生懸命働いてくれている社員たちがいます。「会社や周りに迷惑をかけて辞めた社員にこんな大金を払うんだったら、会社のため頑張ってくれている社員たちに支払ってあげたい。今回の支払で、事業資金が底をついてしまう。」悔しそうに話す会社経営者を、私は数多く見てきました。
 「職場秩序の乱れ」も考慮しないわけにはいきません。想像してみてください。あなたの会社に、ひどい問題社員がいたとします。仕事をさぼってばかりで、上司が注意しても、全く言うことを聞きません。新入社員がせっかく入社しても、いじめて辞めさせてしまいます。会社に残ることができるのは、自分の思いどおりになる「子分」のような社員ばかり。何とかしなければいけないと思い、会社経営者が注意したところ、「残業代も払わないくせに、何を偉そうなこと言ってるんですか!?残業代を払わないのは、労基法違反の犯罪なんですよ。法律も守れない犯罪者に、人のことをあれこれ言う資格はない!まずは残業代を払ってから、ものを言って下さいよ!」などと言い返されてしまいます。弁護士や労働組合が入って、とても払えないような多額の残業代を請求されたら、どうしますか?労基署に駆け込まれたら、どうしますか?残業代を請求するという言葉に会社経営者がひるんで、問題社員に必要な注意をすることができなくなったら、職場はおかしくなってしまいます。好き勝手に振る舞う問題社員に会社経営者が手も足も出ないのを社員たちが見たら、愛想を尽かして退職してしまうかもしれません。
 残業代に未払があって、いつ請求を受けても不思議でない状態というのは、本当に大きなリスクなのです。必要な残業に対して、従来の賃金制度に労基法を当てはめて賃金を算定して支払ったのでは事業資金がほどなく枯渇してしまうような場合は、賃金制度を是正する必要があります。

賃金減額

 残業時間が長い職場で残業代込みのつもりで賃金を支払っていたところ、残業代は従来の賃金とは別に支払わなければならないと判断されたため、賃金制度を是正せざるを得なくなったような場合は、当該賃金に上乗せして残業代を支払ったのでは賃金額が過大となることがあります。そのような職場で、手取額を従来と同程度になるように調整しつつ、残業代を1分単位で計算して支払おうとした場合、通常の賃金を減額して対処せざるを得なくなります。
 「元々、残業代込みの賃金だったものを、残業代を1分単位で支払う運用に変更したに過ぎないし、手取額はほとんど変わらない(従来と比べて増えることすらある)のだから、基本給等が減額されているように見えたとしてもこれは賃金減額(労働条件の不利益変更)ではない、仮に賃金減額(労働条件の不利益変更)と評価されることがあったとしても労働者の不利益の程度は低い。」といった主張は、なかなか認めてもらえません。
 賃金減額に対する労働者の同意があったというためには、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるだけでは足りず、労働者の自由な意思に基づいてなされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する必要があります。労働者の同意がない場合に、就業規則の変更で賃金を減額しようとした場合、就業規則の不利益変更が有効となるためには、作成又は変更された就業規則の条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである必要があります。
 有効に賃金減額を行うことはハードルが高いと言わざるを得えませんが、実務対応としては、労働者に十分な情報提供・説明を行い、経過措置や代償措置を講じるなどして納得してもらった上で同意書を取得するようにすれば、訴訟リスクを相当程度下げることができるものと思われます。

【山梨県民信用組合事件最高裁平成28年2月19日第二小法廷判決】
 「労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者との個別の合意によって変更することができるものであり、このことは、就業規則に定められている労働条件を労働者の不利益に変更する場合であっても、その合意に際して就業規則の変更が必要とされることを除き、異なるものではないと解される(労働契約法8条、9条本文参照)。もっとも、使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。そうすると、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である」

【大曲市農協事件最高裁昭和63年2月16日第三小法廷判決】
 「当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによつて労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解される。特に、賃金、退職金など労働者にとつて重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。」

定額残業代(固定残業代)の導入

 賃金の内訳を変更するにあたり、定額残業代(固定残業代)を導入して手取額が減らない(増える)ようにすれば、書面での同意を取得しやすく、事実上、紛争が起きにくくなります。
 従 来:基本給30万円(残業代込みのつもりだが判別可能性なし)
     ↓
 変更後:基本給25万円、定額時間外勤務手当5万781円(時間外労働26時間分)
     合計30万781円
 ただし、この事例では、通常の賃金である基本給が30万円から25万円に減額されており、労働条件の不利益変更であることは明らかです。従来の基本給30万円のまま26時間分の時間外割増賃金を支払おうとすれば、合計36万円を超える賃金を支払わなければならなかった可能性が高いです。
 訴訟等で賃金内訳変更の効力が争われた場合、「賃金減額」で検討した問題がここでも問題となります。近年、定額残業代(固定残業代)の効力が労働条件の不利益変更の問題として争われる事例が増加しています。

【ジャパンレンタカー事件名古屋高裁平成29年5月18日判決】
「(3) 基礎時給の額及び固定残業代の有無
ア 前記(1)ア(ア)のとおり、平成22年ころから平成24年ころまでの控訴人と被控訴人間の雇用契約書では、就業時間は午後20時より午前8時までとされ、休憩時間については記載がなかったこと、賃金は日給1万2000円とされていたことが認められる。
 上記雇用契約書の記載によれば、割増賃金算定における基礎時給の認定においては、休憩時間は0時間と扱うほかなく、1日8時間を超える合意は無効であるから、所定労働時間は8時間として計算することになる。また、控訴人の就業規則等に上記日給1万2000円の中に時間外割増賃金分及び深夜早朝割増賃金分(以下「固定残業代」という。)が含まれていることはうかがえないから、その全額が基礎賃金となる。
 なお、上記雇用契約書には、週末手当1000円の記載があるが、支給要件が明確でないので、割増賃金算定における基礎賃金の対象とはしない。
 したがって、割増賃金算定における基礎時給は1500円(1万2000円÷8時間)となる。
イ 前記(1)ア(イ)のとおり、平成25年4月21日以降の控訴人と被控訴人間の雇用契約書では、就業時間は20時から翌5時まで(うち休憩時間1時間)とされ、賃金については、所定労働時間分の賃金が6400円(800円×8時間)、深夜割増賃金として1200円(800円×0.25×6時間)が、時間外割増賃金として3000円(800円×1.25×3時間)が支給される旨の記載があることが認められる。
 上記雇用契約書によれば、1万2000円の中に固定残業代が含まれていることになり、また、割増賃金算定における基礎時給は800円ということになる。したがって、前記アの雇用条件と比較すると被控訴人の賃金に係る労働条件の切り下げに当り、被控訴人に不利益となる変更である。
 しかし、前記1(2)認定の更新期間・更新手続等によれば、平成24年当時の段階では、控訴人と被控訴人間の有期労働契約は、期間の定めのない労働契約とほぼ同視できるものであったと認められる。そうすると、前記アの労働条件を上記のとおり不利益に変更するためには、被控訴人の承諾があることを要する(労働契約法9条)。
 上記変更後の労働条件の内容に照らせば、上記変更は、基本給を減じ、その減額分を労働基準法及び同法施行規則の除外賃金とし、又は割増賃金とすることによって、残業代計算の基礎となる賃金の額を減ずることに主たる目的があったものと認めるのが相当であるところ、前記(1)ア(ウ)のとおり、控訴人がアルバイト従業員に対しそのような目的自体の合理性や必要性について詳細な説明をしていないことからすると、形式的に被控訴人が同意した旨の雇用契約書が作成されているとしても、その同意が被控訴人の自由な意思に基づくものであると認めることはできない。
 したがって、上記変更はその効力を認めることができないから、平成25年4月21日以降も被控訴人の割増賃金算定における基礎時給は1500円というべきである。また、上記変更後に割増賃金とされた部分については、上記説示によればこれを有効な割増賃金の支払とみることはできない。
 控訴人は、当審において、上記変更は有効であるとして縷々主張するが、採用することができない。」

【ビーエムホールディングスほか1社事件東京地裁平成29年5月31日判決】
「イ 就業規則の不利益変更
 上記(2)のとおり、サービス手当及びLD手当の全額が割増賃金の対価としての性格を有すると認められないことからすると、平成27年10月までの原告の賃金総額と同年11月以降の原告の賃金総額は、いずれも26万8900円と同一の金額であるものの、同年11月以降の賃金には、42時間の時間外労働に対する割増賃金の対価も含まれている点で、原告の賃金は不利益に変更されたことになる。使用者が就業規則(賃金規定)の変更によって、労働契約の内容を労働者の不利益に変更するためには、労働者の同意を得るか(労契法9条)、就業規則の変更が、「労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものである」(労契法10条)ことが必要である。
 しかしながら、原告が、新賃金規定に賃金規定を変更する方法により、労働条件を不利益に変更することに合意したものと認めることができないのは上記アで判示したとおりである。また、被告Y1社は、旧賃金規定を新賃金規定に改定した理由について、サービス手当やLD手当が時間外労働に対する割増賃金の対価である趣旨を明確にするためであると主張するが、旧賃金規定におけるサービス手当やLD手当が時間外労働に対する割増賃金の対価であると認めることができないのは上記(2)のとおりである。そして、新賃金規定によって、42時間分の時間外労働の対価が従前の賃金総額に含まれることになることは、労働者にとって不利益の程度が大きいというべきである。しかるに、被告Y1社は、新賃金規定の導入に当たり、経過措置や代償措置を何ら講じておらず、工場長が本件改定を十分理解していないなど労働者に対する説明手続も不十分であったことが認められる(証人D・27頁及び28頁)。他に、新賃金規定が合理的なものであると認めるに足りる的確な主張立証はない。
 したがって、新賃金規定は、原告との間では、就業規則の不利益変更として無効であると言わざるを得ないから、上記固定残業代が42時間分の時間外労働の対価であると認めることはできない。」

 


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