労働審判期日
第1回労働審判期日
第1回労働審判期日は、労働審判の申立てがあった日から40日以内に指定されるのが原則です(労働審判規則13条)。労働審判の申立てから労働審判手続申立書等が会社に届くまではタイムラグがありますから、第1回労働審判期日は裁判所から労働審判手続申立書等が会社に届いてから1か月くらい先になるのが一般的です。
第1回労働審判期日では、労働審判官、労使双方の労働審判員の自己紹介がなされた後、争点が確認され、証拠調べがなされます。労働審判手続における証拠調べは、訴訟における証人尋問のように代理人弁護士が相手方当事者に質問するのではなく、労働審判官や労働審判員から労働者本人や事情をよく知る会社関係者に直接質問する審尋の形式により行われます。したがって、労働審判期日に出頭する会社経営者・会社担当者は、労働審判官や労働審判員からの質問に回答できるよう事前に準備しておく必要があります。
労働審判委員会が生の事実を把握するためには、代理人弁護士ではなく、労働者本人や事情をよく知る会社経営者・会社担当者に直接質問することが適切ですので、労働者本人や事情をよく知る会社経営者・会社担当者に直接質問がなされ、代理人弁護士には原則として質問がなされません。代理人弁護士に期待されている役割は、基本的には当事者のサポートであり、複雑な事実関係や法的主張の説明をすることがある程度です。
労働審判期日での質問にうまく答えられなくて困ったというような事態を回避するための一番の対処法は、予想される質問に対する回答を予め答弁書に記載して提出することです。答弁書に記載してあれば質問されないことが多いですし、よく打ち合わせして作成した答弁書に記載されていることであれば、回答の負担を軽減することができます。
証拠調べに要する時間は、私が代理人を務める労働審判事件では、ほとんどが30分~1時間程度です。事案が単純で充実した申立書、答弁書が双方から提出されている場合には5分、10分程度で証拠調べが終わることもありますし、事案が複雑な場合等は、証拠調べの時間が1時間を超えることもあります。同じような事案でも、充実した申立書、答弁書が提出されている場合は、証拠調べに要する時間は短くなる傾向にあります。他方、申立書、答弁書で主張すべきことが記載されていない場合は、労働審判委員会が質問しなければならない事項が多くなりますので、証拠調べに要する時間は長くなる傾向にあります。
一通り証拠調べが終わると当事者双方は席を外し、労働審判委員会は合議に入り、調停が試みられます。10分くらいすると当事者の一方が呼び出され、労働審判委員会の心証を伝えられた上で、どれくらい譲歩するつもりがあるのか、当事者の意向が聴取されます。会社側であれば、何円までであれば解決金を支払う意思があるのかといった調停条件について打診されますので、労働審判委員会が合議している時間に、支払う用意がある解決金の額を中心とした調停条件を検討しておくべきでしょう。
再び席を外して労働者側と交代した後、労働審判委員会から伝えられた心証を踏まえて解決金の額等を検討します。妥当な解決金の額等の調停条件は、一次的には権利義務関係を踏まえて検討されなければなりませんが、他の労働者に対する波及効果や、調停をまとめずに労働審判が出され労働審判に対して異議を申し立てて訴訟に移行した場合にかかる時間、金銭、労力といったコスト等も考慮に入れた上で決定し、再び労働審判廷に呼び出された際、労働審判委員会に伝えます。
条件が折り合えば、双方が同時に労働審判廷に呼ばれて、調停条項の確認がなされ調停が成立します。直ちには条件が折り合わないものの、調停が成立する見込みがある場合は、労働審判委員会が解決金の額等について調停案を提示するなどして、引き続き調停が試みられます。調停成立で終了した労働審判事件のうち3件に1件程度は、第1回労働審判期日で調停が成立しています。ある程度の駆け引きをすることはあるかもしれませんが、労働者側が合理的条件を受け入れている場合は、特別な事情がない限り、第1回労働審判期日で調停をまとめてしまうべきでしょう。
第1回労働審判期日が終わるまでに調停がまとまらなかった場合でも、第2回労働審判期日を開催すれば調停がまとまる可能性がある場合には、第2回労働審判期日まで双方、解決金の額等の条件を検討することとするなどして、第1回労働審判期日は終了します。第2回労働審判期日までにすることは解決金額を中心とした調停条件の検討ですから、それほど時間は必要ありません。第2回労働審判期日は、2週間後くらいに入れれば十分なことが多いと思います。
双方の考えに隔たりが大きく、第2回労働審判期日を開催しても調停がまとまる可能性が低い場合は、第1回労働審判期日で直ちに調停が打ち切られ、労働審判が告知されたり24条終了となることもあります。
第1回労働審判期日は通常、調停を含め2時間程度で終わります。ただし、私は、調停が長引いて3時間30分かかったこともありますので、念のため、4時間程度の時間を取られても不都合が生じないようスケジュールを調整しておくことをお勧めします。
第2回労働審判期日
労働審判規則27条は、「当事者は、やむを得ない事由がある場合を除き、労働審判手続の第2回の期日が終了するまでに、主張及び証拠書類の提出を終えなければならない。」と定めていますが、これは、第2回労働審判期日までに主張及び証拠書類の提出を終えればいいということを意味しません。労働審判事件の運用では、第1回労働審判期日までに主張及び証拠の提出を終え、第1回労働審判期日で証拠調べを行って心証を形成し、労働審判委員会が形成した心証に基づいて調停が行われており、第2回労働審判期日は調停をまとめるのにあてられるのが一般的です。追加の証拠調べがなされることはありますが、あくまでも補充的なものに過ぎません。
私は、少なくとも主要な主張及び証拠書類の提出は第1回労働審判期日までに終えておき、第2回労働審判期日は調停のための期日と考えて労働審判事件の準備をする必要があると考えています。第2回労働審判期日で新たな主張をしたり、新たな証拠書類を提出したりするのは、第1回労働審判期日までに準備が間に合わなかった場合か、第1回労働審判期日で労働審判委員会から指示されたような場合くらいではないでしょうか。
調停成立で終了した労働審判事件のうち4件に3件程度は、第2回労働審判期日までに調停が成立しています。労働者側が合理的な条件を受け入れている場合は、特別な事情がない限り、第2回労働審判期日で調停をまとめてしまうべきでしょう。
第2回労働審判期日が終了するまでに条件が折り合わなかった場合でも、第3回労働審判期日を開催すれば調停がまとまる可能性がある場合には、第3回労働審判期日まで双方、解決金の額等を検討することとするなどして、第2回労働審判期日は終了します。双方の考えに隔たりが大きく、第3回労働審判期日を開催しても調停がまとまる可能性が低い場合は、第2回労働審判期日で調停が打ち切られ、労働審判が告知されたり24条終了となるのが通常です。
第2回労働審判期日は、第1回労働審判期日で少なくとも主要な争点についての証拠調べを終えているため、短時間で終わるのが通常です。第1回労働審判期日に労働審判委員会から調停案が示されていて、第2回労働審判期日では当事者双方が調停案を受諾する旨直ちに回答したような場合は、30分もかからずに第2回労働審判期日が終了することもあります。他方で、第1回労働審判期日終了後に当事者から新たな主張がなされてその証拠調べに時間がかかった場合や、当事者が調停案を受け入れなかったものの双方の意見の齟齬が大きくなく時間をかけて調停を試みれば調停が成立しそうなため調停に時間がかかったような場合は時間がかかります。私の経験では、第2回労働審判期日に2時間30分かかったことがありました。したがって、第2回労働審判期日前の交渉で話がついている場合は30分程度で第2回労働審判期日が終了するものと考えて差し支えありませんが、事前に話がついていない場合は、少なくとも2時間程度、できたら3時間程度、第2回労働審判期日に時間がかかっても問題が生じないよう、スケジュールを確保しておくことをお勧めします。
第3回労働審判期日
第3回労働審判期日では専ら、調停が試みられます。労働審判法15条2項で「労働審判手続においては、特別の事情がある場合を除き、3回以内の期日において、審理を終結しなければならない。」と定められていることもあり、第3回労働審判期日で調停がまとまらない場合、審理は終結し労働審判や24条終了がなされます。
第4回労働審判期日を開催すればほぼ確実に調停が成立する見込みがあるような例外的場合であれば、第4回労働審判期日を開催することとされることもあります。しかし、第4回労働審判期日が開催されるのは労働審判事件全体のわずか1~2%程度に過ぎません。ほとんどの労働審判事件は第3回労働審判期日までに終了するものと考えて差し支えありません。
会社関係者の労働審判期日への出頭
労働審判期日における証拠調べ(審尋)では、双方の主張を基礎づける事実関係について質問されます。問題となる事実関係について直接体験した人物でなければ、説明に説得力がありませんから、労働審判期日には、
① 争点となっている事実関係について直接体験した人物
が出頭する必要があります。直接体験した人物ではなく、報告を受けただけの人物しか出頭しなかったり、会社関係者は一人も出頭せず代理人弁護士だけが出頭するとなると、会社側の説明は「…との報告を受けています。」「…と聞いています。」といったものにならざるを得ず、証言の価値が低いと評価されやすくなります。具体的事実関係について即答できないことも増えるため、会社の言いたいことが十分に伝わらないリスクも高くなります。
また、
② 代表取締役社長や人事労務担当役員等、調停をまとめるかどうか、どのような内容で調停をまとめるのかの決裁権限のある人物
も労働審判期日に出頭することが望ましいです。調停をまとめる決裁権限のある人物が出頭しないと、調停案を一旦会社に持ち帰り検討してからでないと、調停をまとめられるかどうか判断することができないことになりかねず、解決までの日数が長くなってしまいがちです。労働審判官や労働審判員と直接話をしておらず、調停の場の雰囲気を直接感じ取っていない人物が調停に応じるかどうかを判断した場合、決裁権限がある人物が労働審判期日に出頭した場合と比較して、的確な判断ができないリスクが高くなります。調停をまとめるかどうか、どのような内容で調停をまとめるのかの決裁権限のある人物が労働審判期日に出頭することができない場合は、解決金の額等について出頭する担当者に裁量を与えておくとか、労働審判期日が開催されている時間は代理人弁護士からの電話に出られるようにしておき、電話で労働審判期日の報告を受けた上で、調停をまとめるかどうか、どのような内容で調停をまとめるのか等を代理人弁護士と電話で協議できるようにしておくなどの工夫をしておきたいところです。