労働審判事件の終結

労働審判事件の終結事由

 労働審判手続の終結事由を多いものから順に並べると、次のとおりとなります。
① 調停成立
 70%前後の労働審判事件が調停成立により終結しています。
② 労働審判
 16~17%程度の労働審判事件が労働審判により終結しています。
 労働審判に対して異議が申し立てられるのは50%程度、異議が申し立てられず労働審判がそのまま確定するのも50%程度です。以前よりも異議を申し立てられる割合が減っているのが近年の特徴です。
③ 労働審判の取下げ
 7~9%程度の労働審判事件が取下げにより終結しています。
④ 24条終了
 4~6%程度の労働審判事件が24条終了により終結しています。
⑤ 却下・移送等
 1%前後の労働審判事件が却下・移送等で終了しています。

① 調停成立

 労働審判手続では、調停の成立による解決の見込みがある場合はこれを試みることとされており(労働審判法1条)、70%強の労働審判事件が調停成立により終了しています。
 調停が成立するためには、申立人・相手方双方が調停内容について合意する必要があります。申立人・相手方の一方でも調停内容に同意しないと調停は成立しません。
 調停条項の内容としては、会社に解決金の支払義務があること、解決金を一定期限までに振り込んで支払うこと、労働者が調停条項に定めるもの以外の請求を放棄すること、調停条項に定めるもののほか債権債務関係がないこと(清算条項)、手続費用は各自の負担とすることなどが盛り込まれるのが通常です。調停内容や交渉の経緯等を公にしたくない場合は、調停内容等を正当な理由なく口外しないことを相互に約束する旨の口外禁止条項(守秘義務条項)を入れてもらうといいでしょう。解雇、雇止め、合意退職等が有効になされているかが争点となっている労働審判事件の場合は、解雇日等の一定の日に退職していることを確認しておくといいと思います。退職日が解雇等がなされた日であれば問題は起きにくいのですが、調停成立日を退職日とする場合は、解雇等の日から調停成立日までの間の社会保険料の負担関係についても考慮した上で調停条項を決める必要があります。会社都合か自己都合かが争いとなる可能性がある事案では、そのいずれかを調停条項に明記することもあります。
 調停が成立すると労働審判事件は終了し、「労働審判手続期日調書(調停成立)」が作成されます。調書の受取方法は、裁判所の管轄内に依頼した弁護士の法律事務所がある場合は裁判所書記官から調書ができた旨の電話連絡があった時点で裁判所に受け取りに行くのが一般的であり、そうでない場合は期日に裁判所書記官に口頭で申請して郵送してもらうのが一般的です。
 調書における調停の合意の記載は、裁判上の和解と同一の効力を有します。したがって、調書に記載された金銭支払の約束を期限までに行わなかったような場合は、会社の預金口座等に差押えがなされる可能性があります。

② 労働審判

 調停がまとまる見込みが低い場合、当事者双方が出頭している期日において口頭で労働審判の主文、理由の要旨を当事者双方に告知する方法により労働審判が行われるのが一般的です(欠席した当事者がいる場合は審判書が作成されて各当事者に送達されます。)。
 労働審判の主文は、当事者間の権利関係と手続の経過を踏まえたものである必要がありますが、労働審判委員会が柔軟に定めることができます。例えば、労働審判委員会が解雇無効の心証を抱いた場合であっても、労働者が金銭解決を望んでいる場合は、退職の確認と金銭の支払いを内容とする労働審判が言い渡されることがあります。実際の労働審判事件の労働審判の主文は、労働審判委員会が提示した調停案と似た内容になることが多いです。理由の要旨は、「審理の結果認められる当事者間の権利関係及び労働審判手続の経過を踏まえ、主文のとおり審判することが相当であると認める。」という定型文がほとんどです。
 労働審判に不服のある当事者は、労働審判期日において労働審判の告知を受けた日から2週間以内(欠席した当事者がいる場合などで労働審判期日における告知がなされなかった場合は、審判書の送達を受けてから2週間以内)に、裁判所に異議の申立てをすることができます。口頭で労働審判の告知を受けた場合は、「労働審判手続期日調書(労働審判)」を受領していなくても、口頭で労働審判の告知を受けた日から異議申立て期間が進行することに注意して下さい。例えば、9月5日の労働審判期日において労働審判を口頭で告知され、9月7日に「労働審判手続期日調書(労働審判)」を受領した場合、2週間の異議申立て期間満了日は9月19日であって、9月21日ではありません。
 適法な異議の申立てがあると、その時点で異議を申し立てた当事者に有利な部分を含め労働審判はその効力を失い、労働審判手続の申立ての時に事件が係属していた地方裁判所に訴えの提起があったものとみなされます。いったん申し立てた異議を取り下げることはできません。
 2週間以内に異議の申立てがなかった場合は、労働審判は確定し、裁判上の和解と同一の効力を有します。したがって、労働審判で命じられた金銭の支払を期限までに行わなかったような場合は、会社の預金口座等に差押えがなされる可能性があります。
 労働審判に対し異議を申し立てるかどうかの判断は、労働審判の内容の妥当性、訴訟移行後の時間・金銭・労力等の負担、他の労働者への波及効果等を考慮して冷静に判断する必要があります。判断が難しい場合は、労働問題の予防解決を中心業務としている会社経営者側弁護士に相談することをお勧めします。

③ 労働審判事件の申立ての取下げ

 労働審判事件の申立ては、調停が成立するなどするまでの間、取り下げられる可能性があります。労働審判事件の申立ての取下げがなされると、期日で取り下げられた場合や労働審判手続申立書の写しが相手方に送付される前に取り下げられた場合等を除き、相手方(会社側)に通知されます。労働審判事件の申立ての取下げは、期日外の話し合いで和解が成立して労働審判手続で審理してもらう必要がなくなったことからなされるのが通常です。
 労働審判事件の申立ての取下げの大きな特徴として、相手方(会社側)が申立人の主張に対し答弁した後であっても、相手方(会社側)の同意が不要な点が挙げられます。このため、労働審判手続における審理の結果、自己に不利な判断がなされる可能性が高いと考えた労働者が、自己に不利な労働審判を回避する目的で労働審判事件の申立てを取り下げることがあります。

④ 24条終了

 労働審判手続は、個別労働関係民事紛争を迅速かつ適正に解決するため、原則として3回以内の期日において審理を終結し、調停・労働審判で解決する手続です。しかし、事案の性質上3回以内の期日で審理を終えることが困難な事件や労働審判や調停による解決に適さない事件の労働審判が申し立てられることがあるため、労働審判法24条1項は「労働審判委員会は、事案の性質に照らし、労働審判手続を行うことが紛争の迅速かつ適正な解決のために適当でないと認めるときは、労働審判事件を終了させることができる。」と定め、労働審判を出さずに労働審判手続を終了させることができるものとしました(24条終了)。24条終了により労働審判事件が終了した場合は、労働審判事件が終了した際に係属していた地方裁判所に訴え提起があったものとみなされます。
 「事案の性質に照らし、労働審判手続を行うことが紛争の迅速かつ適正な解決のために適当でないと認めるとき」とは、事案の性質上3回以内の期日で審理を終えることが困難な事件、労働審判や調停による解決に適さない事件等のことをいうと考えられます。もっとも、事案の性質上3回以内の期日で審理を終えることが困難な事件等であっても、当事者双方が調停で解決する意思がある場合等は、調停で解決する可能性がありますので、直ちに24条終了させるのではなく、できるだけの審理を行った上で調停を試みるべきでしょう。

⑤ 却下・移送等

 労働審判手続の申立てが不適法な場合、その申立ては却下されます。具体例としては、紛争が個別労働関係民事紛争に当たらない場合などが考えられます。労働審判手続の申立てが不適法な場合であっても、補正が可能なときは、裁判所は直ちにその申立てを却下せず、申立人に対して相当期間を定め補正を命じた上で、それでも申立人が補正に応じない場合に申立てを却下します。申立書に不備がある場合や申立手数料の納付がない場合、相当期間を定めて補正や納付を命じても申立人が応じない場合には、申立てが却下されます。労働審判手続の申立書を却下する命令に対しては、即時抗告(不服の申立て)をすることができます。即時抗告期間は1週間です。
 労働審判事件の移送には、
① 管轄違いを理由とする移送
② 裁量移送
の2種類があります。①管轄ではない裁判所に労働審判手続の申立てがされたとしても、裁判所は、その申立てを却下することができません。任意の取下げを促すか、その申立てを管轄裁判所に移送することになります(管轄違いを理由とする移送)。また、②裁判所は、管轄の裁判所に労働審判手続が申し立てられ受理された場合でも、当事者に便宜であるなど事件を処理するために適当なときは、他の裁判所に事件を裁量で移送することができます(裁量移送)。「事件を処理するために適当と認められるとき」とは、事件の関係人の住所等の関係から、事件処理のために多くの時間と費用を要する場合などが考えられます。
 労働審判事件の管轄は、以下のとおりです。
① 相手方の住所、居所、営業所もしくは事務所の所在地を管轄する地方裁判所
② 紛争が生じた労働者と事業主との間の労働関係に基づいて、当該労働者が現に就業し、もしくは最後に就業した当該事業主の事業所の所在地を管轄する地方裁判所
③ 当事者が合意で定める地方裁判所
 義務履行地を管轄する裁判所というだけでは、労働審判事件の管轄があることにはなりません。原則的な管轄がない地方裁判所が申立人(代理人)、相手方(代理人)双方にとって便宜な場合は、労働審判手続申立前に③書面で管轄を合意することにより対応するとよいでしょう。
 労働審判手続は、「地方裁判所」の「本庁」でのみ認められるのが原則です。地裁支部で労働審判手続が行われているのは、現在、東京地方裁判所立川支部、福岡地方裁判所小倉支部、長野地方裁判所松本支部、静岡地方裁判所浜松支部、広島地方裁判所福山支部の5支部のみです。

訴訟への移行

 労働審判事件が訴訟に移行するのは次の①②③の場合ですが、基本的には①②の場合に訴訟に移行することを理解しておけば十分です。
① 労働審判に対して異議が申し立てられた場合
② 24条終了の場合
③ 労働審判が取り消された場合
 ①労働審判に対して当事者のいずれかから適法な異議の申立てがなされると労働審判は失効し、当該労働審判事件を行っていた地方裁判所に訴えの提起があったものとみなされます。②24条終了した場合も、訴えの提起があったものとみなされます。③労働審判の審判書を送達する場合に、民事訴訟では公示送達によることとなるようなときには、裁判所は、決定により労働審判を取り消さなければならず、労働審判を取り消す決定が確定した場合、訴えの提起があったものとみなされます。
 労働審判事件が訴訟に移行すると、地方裁判所に労働審判事件記録が引き継がれます。裁判長は訴状とみなされた労働審判手続の申立書、申立ての趣旨又は理由の変更申立書等について訴状審査を行い、不備があれば補正を命じ、原告が補正に応じない場合には、これらの書面を却下します。また、原告は、訴え提起の手数料を裁判所に納付する必要があります。この場合の手数料は、訴え提起の手数料の額から労働審判事件の申立て時に納付した手数料を控除した額になります。原告が訴え提起の手数料を支払わなかった場合には、訴状とみなされた労働審判事件の申立書等は却下されます。訴状とみなされた労働審判手続の申立書等以外の答弁書等の主張書面、証拠の写し等は訴訟に引き継がれず、これらを訴訟における資料とするためには、改めてこれらの資料を陳述、提出する必要があります。
 東京地方裁判所などでは、原告が労働審判手続の経過を踏まえた「訴状に代わる準備書面」を提出し、被告がこれに対する答弁書を提出することから訴訟の審理が開始します。申立書そのものを訴状とみなして被告がこれに対する答弁書を提出するよりも、原告が労働審判手続の経過を踏まえた「訴状に代わる準備書面」を提出して被告がこれに対する答弁書を提出する扱いにした方が、労働審判手続の経過を訴訟に反映させることができ、合理的だからだと考えられます。
 労働審判事件が訴訟に移行し、原告が労働審判手続の経過を踏まえた「訴状に代わる準備書面」を提出した場合、労働審判手続の中で行われた争点整理や主張立証活動が訴訟に反映されるため、移行後の訴訟で判決まで至る期間は初めから訴訟提起した場合と比べて短くなることが多く、労働審判を経て訴訟に移行し判決に至った場合と、最初から訴訟が提起されて判決に至った場合とで、判決までの期間に大きな違いはありません。ただし、労働審判手続において調停が成立せず、労働審判に対しても異議が申し立てられるような事案の性質上、和解成立率は低めのようです。

 


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