労働審判の答弁書の作成
答弁書の記載事項
答弁書の記載事項は、次のとおりです。
① 申立書の趣旨に対する答弁
② 労働審判手続の申立書に記載された事実に対する認否
③ 答弁を理由づける具体的な事実
④ 予想される争点及び当該争点に関連する重要な事実
⑤ 予想される争点ごとの証拠
⑥ 当事者間においてされた交渉その他申立てに至る経緯の概要
通常、裁判所から労働審判手続申立書とともに答弁書の記載例が届きますので、記載例を参考に答弁書を作成して下さい。もっとも、労働問題を主に取り扱っている会社経営側弁護士に依頼するのであれば、何をどのように記載するかは弁護士に任せればいいと思います。
「答弁書で勝負が決まる」
「第1回労働審判期日までが勝負」であるとすれば、第1回労働審判期日には万全の準備をして臨みたいところです。第1回労働審判期日の準備における最大のポイントは、充実した答弁書の作成提出です。
労働者側が提出した申立書と会社側が提出した答弁書により労働審判委員会の一応の心証が形成され、第1回労働審判期日の主張の整理や証拠調べによりその確認作業が行われます。答弁書は労働審判委員会の心証形成や第1回労働審判期日の証拠調べや調停の行方に大きな影響を与えます。
また、労働審判期日で言いたいことが言えないまま終わってしまったり、事実とは違うことを間違えて話してしまうなどの失敗を減らすためには、労働審判委員会に伝えたいことや予想される質問に対する回答を予め答弁書に記載しておくのが効果的です。労働審判期日に出頭する会社関係者は、労働審判に不慣れなことが多いため、労働審判期日で緊張して事実を正確に伝えることができなくなりがちです。言いたいことを答弁書に記載しておけば質問されないことも多いですし、よく打ち合わせして作成した答弁書に記載されていることであれば、質問されても容易に回答することができるはずです。
以上の理由から、私は、「答弁書で勝負が決まる」と言ってもいいくらいだと考えています。弁護士に労働審判の対応を依頼したら、充実した答弁書の作成提出に全力を尽くしましょう。
重要な証拠の引用方法
証拠と照らし合わせなくても答弁書の記載から重要な証拠の記載内容が分かるようにしておいた方が会社の主張を理解してもらいやすいことは訴訟でも変わりません。しかし、労働審判事件では労働審判員が審理に関与することから、証拠と照らし合わせなくても答弁書の記載から重要な証拠の記載内容が分かるようにしておくことが特に重要となってきます。
答弁書を裁判所に提出する際は、証拠の写しも提出するのが通常ですが、東京地方裁判所や大阪地方裁判所の運用では、労働審判員には答弁書のみが事前に送付され、証拠の写しについては送付されない扱いとなっています。労働審判員に証拠の写しを送付しない運用の裁判所の労働審判員は、自宅等で証拠と照らし合わせながら答弁書を検討することができません。少なくとも労働審判事件の争点の行方を左右するような重要な証拠については、証拠と照らし合わせなくても証拠の記載内容が分かるよう、答弁書に書き込んでおくことが効果的です。
答弁書のページ数
労働審判の対応において答弁書の果たす役割は極めて重要であり、答弁書を読んだだけで会社側の主張が分かるようにしておく必要があります。他方で、ページ数が不必要に多くなっていないかについても十分に検討する必要があります。同じ価値の情報を伝えられるのであれば、ページ数の少ない答弁書の方が労働審判官、労働審判員に言いたいことが伝わりやすく、優れています。
望ましい答弁書本文のページ数は事案の内容により変わってきます。労働審判手続での解決になじむ事件であれば、通常は長くて30頁以内、できたら20頁以内でまとめておきたいところですし、ほんの数頁の答弁書で十分な労働審判事件も珍しくありません。複雑な事案については、ページ数が多くなることもやむを得ませんが、不必要にページ数の多い答弁書になっていないか、よく吟味するようにしてください。十分に推敲すれば、コンパクトで分かりやすい答弁書に仕上げることができるはずです。
答弁書の提出期限
答弁書の提出期限は裁判所によって異なりますが、概ね第1回労働審判期日の1週間前から10日前に設定されています。提出期限までに答弁書を提出することができず、第1回労働審判期日間際になって答弁書を提出した場合、第1回労働審判期日までに労働審判官(裁判官)・労働審判員が答弁書の主張内容を検討する時間が十分に取れず、会社側の主張を理解してもらいにくくなってしまいます。特に2名の労働審判員については、裁判所への答弁書提出から答弁書が労働審判員の手元に届くまでにタイムラグがあることについても考慮する必要があります。
ほとんどの労働審判事件では、第1回労働審判期日で証拠調べを終え、調停が試みられますので、第1回労働審判期日までに会社側の主張を理解してもらえないと、会社側に不利な事実認定と法的評価を前提とした調停が試みられ、会社側に不利な結果に終わるリスクが高くなります。したがって、答弁書の提出期限までに答弁書を完成させて提出できるよう、全力を尽くすべきこととなります。
では、弁護士に依頼したのが答弁書提出期限間近な時期、あるいは答弁書提出期限経過後で、答弁書を提出期限までに提出することができない場合は、どのように対応すればいいのでしょうか。 答弁書を提出期限までに提出しないと、会社の主張が十分に理解してもらえず、不利な結果に終わりやすくなりますから、答弁書の提出期限が遵守できない場合も、1日も早く提出できるよう全力を尽くすべきことは言うまでもありません。もっとも、労働審判の対応を弁護士に依頼したのが答弁書提出期限の直前または提出期限経過後のような場合は、急いで答弁書を作成して提出しようにも、提出できない場合もあるかもしれません。答弁書が提出できなければ、そのまま第1回労働審判期日を開催しても期日が空転してしまいます。そのような例外的事案では、第1回労働審判期日の変更と合わせて答弁書提出期限を延期してもらうことも考えられると思いますので、裁判所に相談してみるとよいでしょう。